東京怪異物語~人に憑くモノ~

めでとゆんで

第1話 六条のため息<序>

コン・・コン・・コン・・


何かを打ち付けるような音が響く

音のする方を見ると 

十二単を来た髪の長い女が何かをしている

薄暗くて何をしているのかはっきりわからない


許さない・・許さない・・絶対許さない・・


今度は女性の恨めしそうな声が響く

ああ あの女は辛いのだ、悲しいのだ

一体何がそんなに悲しいのか

彼女を慰めたいという強い気持ちが湧いてくる

そっと彼女に近づいて声をかけようとして気づく

彼女の周りには幾つもの藁人形が転がっていた

そのすべてにいくつもの五寸釘が刺さっていた

彼女は誰かを呪っているのだ

一体誰を呪っているのか

さらに近づいて覗き込む


その瞬間 大きく息を呑んだ

すべての藁人形の顔に 同じ写真が貼り付けられていた

そしてその女は私のよく知っている人だった

私は激しく混乱した


次の瞬間 彼女がこちらを振り返った

私は声にならない悲鳴をあげる

そこに居たのは血の涙を流し 鬼の形相で女を呪い続ける< 私 >だった


=====


「ひっ!!」

跳ねるようにベッドから起き上がり、急いで鏡を覗き込む。

そしてフーッと大きく安堵の息を吐き出した。

自分があの夢のような、鬼の顔になっているのではないかと毎回確認してしまうのだ。

あの夢はそれだけリアルで恐ろしかった。


夢の中の私は、もう一人の私をいつも見ている。

もう一人の私はいつも十二単を着て彼女を呪っていた。

そう・・彼女を。

私の大事な恋人を盗んだ、私の職場の後輩でもある、島田安奈しまだあんな


「はーっ・・・」

もう一度大きく息を吐いて、首をがっくりと落とす。

「職場内恋愛なんてしなきゃよかった・・・」

そう呟くと鏡の前の時計を確認し、朝のルーティーンに取り掛かろうと洗顔料に手を伸ばして、ガリガリに痩せてしまった自分の手首に気づく。

さすがに食欲もなく、ここ1ヶ月ほどで5kg落ちた。

鏡の中には鬼ではなく、餓鬼が映るのも近いかもね、と苦笑いして洗顔に取り掛かる。

今日も行くしかないのだ。

元恋人がいる、そして、元恋人の婚約者がいる職場へ。




恋愛というのは浮かれれば浮かれるほど、終わった後に地獄を見るよねー。

誰が言い出したのか覚えてないが、大学の時にファストフード店でそう盛り上がったのを覚えている。

そして30歳目前になった今、その言葉を改めて真理だと思い知らされた


たまたま職場の飲み会で近くに座り、好きな漫画の話で盛り上がった。

その後も廊下ですれ違う時や、休憩室に居る時に声をかけてくれるようになった。

彼は今年、新規採用された若手の22歳、それに対して私はもう28歳だったので、淡い気持ちを抱きながらも、どうせ恋愛対象外なんだからトキメクな!と自分に言い聞かせていた。

そんな私に「年齢なんて関係ない」と言ってくれて始まった交際だった。

そして、その幸せは1年ちょっとであっさり終わった。


さくらちゃん、ごめん。本当にごめん」

「今年入った島田君と結婚することになった」

「そう、君の下で働いてる島田安奈くん」

「でも本当は今も君のことが一番好きだから」

「ただ、妊娠してしまったのなら責任を取るしかない」

「できるなら君と結婚したかった」


そう涙を流して言い訳する彼を見て、混乱してしまい


「そっか。たっくんが幸せならそれが一番だよ。彼女と子供、大切にしてあげてね。

たった1年だったけど楽しかったよ。思い出をありがとう」


と、咄嗟に「物分りの良い年上の女」を演じてしまったのが失敗だった。

その反動からか、友達と飲んだ時ついた悪態は歴史に残るほど酷かった。 


 妊娠するようなことしたのはオメーだろ。

 18歳の子の手ぇだしといて何言い訳してんだよ。

 ハイハイ、そりゃよかったね。ピッチピチの可愛い子じゃん。

 そりゃ手ぇ出すわな。でもさ、避妊くらいしろよ、猿。

 つーかさ、こっちはもう来年30歳のババアだもんね

 勝てるわけねーじゃん!!うわああああん


うっすら残る記憶の中の自分は、あまりにも情けなかった。

それでも次の日にはしっかり仕事にいった。

ウチの島田君と営業二課の堂上どうがみ君が結婚することになった、島田君は妊娠中なので配慮してあげるように、という部長の話も無表情で聞き流す事ができた。

事情を知っている職場の人から、全力の同情の目で見られながら残業までキッチリこなした。

そんな私をみて「香咲こうざきさんって結構図太いんですね」と通りすがりに呟いてニヤリと笑った島田安奈の顔は永遠に忘れないけどねっ!!


そして、その夜から時々夢を見るようになった。

あの夢を。


「大丈夫?香咲ィ、最近痩せすぎじゃない?ちゃんとご飯食べてる?」

心配そうに覗き込んできたのは、同僚の倉木穂香くらきほのかだった。

「大丈夫。まあ色々あったからね~」

とわざと軽い口調で伝えて仕事に取り掛かろうとした瞬間、突然目の前が真っ暗になった。



あれ?



コン・・コン・・コン・・


何かを打ち付けるような音が響く

音のする方を見ると 

十二単を来た髪の長い女が何かをしている

ここ会社じゃなかったっけ

そう思いながらも彼女から目が離せなかった

薄暗くて何をしているのかはっきりわからない

いや 私は知っている

だって いつもの夢だから


許さない・・許さない・・絶対許さない・・


今度は女性の恨めしそうな声が響く

ああ あの女は辛いのだ、悲しいのだ

いや違う 辛いのは私だ 悲しいのも私だ

そっと彼女に近づく

彼女の周りには幾つもの藁人形が転がっていた

そのすべてにいくつもの五寸釘が刺さっていた

彼女は呪っているのだ 彼女を 島田安奈を


彼女が死ねばいいのに

お腹の子も死ねばいいのに


そうすれば そうすれば


これは彼女の声

それとも私の声


どちらなのかわからない

だけどどちらも一緒だ

彼女が死ねば良いだけだから

彼女さえ居なければ

彼女さえ死ねば

彼女さえ彼女さえ彼女さえ




「香咲ィ?本当に大丈夫?」

同僚の声で正気に戻った。

今のは夢?それとも

「大丈夫なの?いきなりボーッとして。顔色も悪いよ?」

覗き込む彼女に

「ちょっと寝不足で、今座ったまま寝てたかも」

と何事でもないように言う。

倉木は差し入れ、と引き出しからチョコレートを取り出して放り投げてきた。

「あんまりしんどいならさ、有休とりなよ。一日二日。それくらいこっちで何とかするからさ」

そういうとヘタクソなウインクをして、フフッと照れ笑いした。

彼女はいつもウインクをすると両目を閉じてしまうのだ。

それでも本人はウインクのつもりなんだから、面白くてしょうがない。

つられて私も笑ってしまう。

「ありがとう。今やってる仕事終わったら、ちょっと休みでも貰って一人旅でもいこうかな」

「何なら一緒にいってやってもいいよ?」

もう一度ヘタクソなウインクを投げかけてくる。

「ありがとう」

良い同僚もったなあ、としみじみ思い、もう一度

「ありがとう」

と言うと彼女は照れたように笑って仕事に戻っていった。

倉木に気づかれないようにふーっと細く息を吐いて、私も仕事に戻る。

頭の片隅で、もしかして心療内科とか必要なのかな、とうっすら考えながら。


=====


香咲桜たちのオフィスを見下ろすビルの屋上に、二人の少年の姿があった。

「あれさ、もうそろそろヤバくないか?」

眼鏡をかけた頭の良さそうな少年が聞く。

高校生くらいだろうか。

「うーん。結構持ちこたえてるみたいだけど、厳しそうだよねぇ」

妙にのんびりした声で答えたのは、小学校の高学年にしか見えない少年だった。

二人とも顔立ちは整っているが、年下の少年の片目は髪で意図的に隠されていた。

「食われたら終わりなんだから、さっさとやっちまおうぜ」

「うーん。時期尚早だと美味しくないからなぁ」

「焼きすぎ煮すぎも美味しくないだろ」

「うーん。ウェルダンが好きなんだよねぇ、僕」

「はぁ・・・」

ため息をついた眼鏡の少年を見て、クスリと笑い

「まあでも、そろそろ頃合かもねぇ」

とのんびりと答えた。


それが戦闘開始の合図だった。

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