夢見るアリ娘

 巣の外に出て働いているアリ娘は、全体の3%くらいしかいない。

 大部分のアリ娘は巣の中で働いている。


 イ号が入った巣の中は、各種の部屋に分かれていた。

 最初にあるのが、ゴミ捨て場の部屋だった。この部屋はいっぱいになったら埋めて別のゴミ部屋を増築する。


 次にあるのが、捕まえてきた獲物の解体部屋。

 瀕死状態まで弱った虫を解体している。

 アリ娘たちは、解体した肉塊から肉汁を吸って、吸った肉汁を幼虫や女王さまに口移しで与える。

 もちろん、死んだ虫も砕いて食べれば。

 生きた虫も咬みちぎって食べる、クロオオアリのアリ娘は雑食性だ。

 

 卵やサナギの部屋では、アリ娘たちが生まれてくる妹たちのために、卵やサナギをナメ回して清潔にしている。

 アリ娘たちは、すべて一匹の女王から生まれた姉妹だった。

 女王は、最初に生んだ卵はナメ回して世話をするが、その卵から最初に孵ったアリ娘たちが妹たちの世話が出来るようになると。

 女王はひたすら卵を生みぱなしの存在になる。

 女王の胎内には最初に交尾して死んだ、王の精子が数年間に渡って保存され続けている。


 その次にあるのが、少し不思議な部屋だった。

羽が生えた若いオスのアリ息子や、若いアリ娘が別々の部屋にいてアリ娘が世話をしている。

 イ号は、いつもその部屋の前を通る時。

(この羽が生えたアリ娘やアリ息子は、いったいなんだろう? なんで巣の中にいるんだろう?)

 そう思っていた。


 イ号は、育児カゴが並んだ幼体部屋に入った。そこには、乳児のアリ娘がカゴ入っていて。

 世話係りのアリ娘たちから、体をナメ回されて清潔にされていた。 

 アリ娘たちの唾液には、カビや細菌を殺す抗生物質が含まれているので汚くない。


 一番近くでアリ娘の幼体をナメていた、アリ娘に近づいたイ号が言った。

「花蜜を持ってきました、受け取ってください」

「はい、ごくろうさまです」

 アリ娘同士で抱擁して口移しで蜜を受け渡す。

「んっ……んっ、確かに受け取りました」

 イ号から花蜜を受け取ったアリ娘は、幼体アリ娘に口移しでエサを与える。

「は~い、ご飯でちゅよ……うぐっ」

 幼体アリ娘が、嬉しそうに運搬されてきた花蜜を飲んでいるのを、イ号はほっこりとした気分で眺めた。


 数日後──気象予報をしているアリ娘から「雨が降りそうだから、巣の入り口を土嚢どのうでふさいで」の、指示が出た。

 アリ娘たちが土嚢で入り口を、ふさいだ直後に。

 低部が平らな、おまんじゅう型をした巨大な雨粒が地表を爆撃する。

 雨粒爆弾の衝撃音を暗い巣の中で聞きながら、イ号は隣に並んで座っているハ号に言った。

「あたし、女王になるのが夢です……一生懸命働いて、いつの日か女王に」

 その言葉を聞いたハ号は、悲しそうな顔で一言。

「そうか」とだけ言った。

 避難した部屋では、アリ娘同士で体をナメ合って体を清潔にしていた。


 次の日からまた、アリ娘たちの仕事がはじまった。

 イ号が外で人間の子供がこぼした、クッキーの欠片を運んでいると。

 樹上のアリマキ牧場に向かう列の中に、普段はサボってばかりいるロ号の姿を見つけて声をかけた。

「あれ? ロ号が働いているなんて珍しいね」

 いつもと違う、キリッとした顔つきで、列から離れ答えるロ号。

「アリマキ牧場を管理しているアリ娘の一人が、アリジゴクに落ちて体液吸われて死んだからね……あたしは、欠員が出た時の補てんアリ娘。

これからは、働くよ……じゃあね」

 列にもどり、足並みを揃えてアリマキ牧場に向かうロ号を眺めながらイ号は、自分が働く意義の決意を再確認した。

「あたしも働いて、女王にならないと……頑張るぞぅ!」


 その日の午後──イ号の働く意義を揺るがす、大災害が起こった。

 いつものようにアリ娘たちが、エサを運んでいた巣の天井が、急に壁のようなモノで崩された。

「きゃあぁ!?」

「なに!?」

 子供の持っているプラスチックのスコップが、アリ娘たちの巣を無情に、ほじくり返す。

 白日に晒される地下世界、パニックになるアリ娘たち。

「卵を安全な場所に避難させて! 早く!」

「どこに、サナギを運べばいいのよ?」

「誰か助けて!」

 逃げ惑う、羽アリ娘や羽アリ息子たち。


 子供の小さな靴で踏み潰され、圧死するアリ娘たち。

「助けて!」

「いやぁぁ!」

「痛い、痛い!」

「ギャアァァァ!」

 地獄絵図が広がる。


 やがて、アリ娘たちの巣をほじくり飽きた子供が去り。

 埋まった土砂中から、生き残ったアリ娘たちが這い出してきた。

 イ号とハ号は生き延びるコトができた。

 運悪く外にいたロ号は、子供に踏み殺された。


 イ号は女王の安否を心配する。

「女王は? 女王さまは、どこに?」

 女王は生きていた。

 二匹のアリ娘に左右から支えられ、避難した巣穴の深い部屋から女王は出てきた。

 イ号が安堵した声で言った。

「女王さま、ご無事で」

 女王の膨らんだ腹部を撫で回している姿に女王の体を気づかったイ号は、今まで秘め続けてきた夢を女王に伝えた。


「女王さまは、安全な場所で新たな巣を作ってください……破壊された巣は、あたしが女王になって必ず再建を」

 イ号の言葉を聞いたハ号が悲しく、冷ややかな口調で言った。

「ムリなんだよ」

「えっ!?」

 驚いているイ号にハ号が言った。

「アリ娘は、女王にはなれない……生まれた時に、すでに女王は決まっている……アリ娘は子供を宿すことも一生できない、子を生めるのは女王さまだけだ」

「そんな……」

「巣の中にいた、羽が生えたアリ娘やアリ息子を見ただろう……彼らが次の女王さまと王さまだ」

 崩れ去っていく、イ号が抱いていた夢と希望。

 頭の中が真っ白になる。

(働きアリ娘は永遠に……女王にはなれない……そんな、そんな)


 そして働きアリ娘のイ号は、女王には絶対になれない絶望の中で死ぬまで働き続けた。



夢みて働くアリ娘〔蟻擬人化〕~おわり~

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夢みて働くアリ娘〔蟻擬人化〕 楠本恵士 @67853-_-

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