働けアリ娘
社畜のアリ娘
ある晴れた日の朝──石の近くにある巣穴から出てきた、クロオオアリのアリ娘。
黒いTシャツと黒いスポーツスパッツで、指が露出した黒革のオープンフィンガー・グローブ〔フィンガーレス・グローブ〕姿の『イ号』は、軽くストレッチで体をほぐしながら。
仲間のアリ娘たちがセッセッとエサを求めて遠征していたり。
巣を拡張するために、土塊を穴の外に運び出している光景を眺めて深呼吸をした。
「うん、今日もいい天気、雨は振りそうにないな……頑張って働くか」
イ号がエサの探索に出ようとした時、先輩アリ娘で体躯も少し大きい『ハ号』が声をかけてきた。ハ号はエサ探しの他にも戦闘も行うアリ娘だった。
「よっ、イ号ちょうど良かった……今、花の蜜を腹に貯めて持ってきたところだ、受け取って巣の中に運んでくれないか」
「わかった」
イ号とハ号が、抱き合って唇を重ねる……アリ娘たちの体には、蜜や肉汁を貯めておく『蜜胃』があって、液体エサはその蜜胃を使って運んだり蓄積しておいたりする。
ちなみに、蜜胃に入れた蜜がアリ娘本人たちの栄養として使われるのは、わずかな量になるように体の構造はなっている。
「んんっ……んっ」
ハ号の口から逆流して流れ込んでくる花の蜜の甘露が、イ号の口の中に広がり蜜胃に蓄積されていく。
他のアリ娘たちも、花蜜の受け渡しで、アリ娘同士で抱き合って唇を重ねている。
「んんっ……はぁ」
蜜を移し終わったハ号が、イ号から唇を離して言った。
「ふぅ……腹が軽くなった」
「あたしは、お腹いっぱい」
イ号とハ号が互いの顔を眺めて微笑む。
イ号とハ号の近くを、虫の死骸や穀物を巣の中に運ぶアリ娘たちや、巣の中で死んだ仲間の死骸を巣の外に無造作に捨てるアリ娘の姿もあった。
アリ娘たちにとって仲間の死骸は、ゴミの一種としか認識されていない。
仲間のミイラ化した死骸を、どこかに運ぼうとしているアリ娘を発見した。
ハ号の目つきが変わる。
「おい、そこのアリ娘、見慣れない顔だな……その死骸をどこへ運んでいくつもりだ? 怪しいな、おまえ」
死骸を運んでいたアリ娘に近づいたハ号が、クンクンとアリ娘の体臭を嗅いで認識確認する。
アリ娘たちは、同じ巣の仲間と別の巣のアリ娘を体臭〔フェロモン〕で判別している。
怪しいアリ娘の体に鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅いだ、ハ号がオープンフィンガー・グローブで拳を握り締めて、戦闘体勢に入る。
「匂いがちがう……おまえ、よそ者だな……殺す」
別巣のアリ娘は、担いでいたアリ娘の死骸を捨てると、舌打ちした。
「チッ、バレたか……死んで捨ててあり死骸なら、他の巣のアリ娘が持っていってもバレないと思ったけれどな……殺されてたまるか!」
はじまる、アリ娘同士のバトル ──アリ娘の戦いは、どちらかが死ぬまで続けられる。
拳での壮絶な連打、連打、連打。
「アリリリリリリリッ!」
他のアリ娘たちは戦っている二匹のアリ娘を無視して仕事をしている。
やがて、ハ号がテリトリーに侵入してきたアリ娘の首筋に噛みつき、口から蟻酸を放出する。
「ガブッ! ブシュゥゥ!」
「ギャアァァァ!」
断末魔の叫びを響かせて、別巣のアリ娘は絶命した。
勝利したハ号は、絶命したアリ娘を見下ろす。
ハ号に駆け寄ったイ号が、返り蟻酸を少し腕に浴びたハ号の腕を布で縛って訊ねる。
「大丈夫?」
「こんなの、かすり傷だ」
その時──一匹のアリ娘がハ号に近づいてきて、ハ号の額に思いっきり頭突きをして去っていった。
アリ娘とアリ娘がコッツンコ。
「ぐはっ!」
額を押さえて、その場にうずくまったハ号は、すぐに立ち上がって言った。
「どうやら、向こうに瀕死の虫がいて仲間が苦戦しているらしい……ちょっと狩りしてくる」
そう言い残して、ハ号は駆けていった。
ハ号がいなくなると、小石の上から声が聞こえてきた。
「あ~ぁ、真面目に働いちゃって……少しは手を抜けばいいのに」
イ号が小石の上を見ると、そこにサボりのアリ娘──ロ号が、何かを食べながら座っていた。
アリ娘の中には数パーセントは、働いているフリをしてサボっているアリ娘がいる。
イ号がロ号に言った。
「あなたも、いつもサボってばかりじゃなくて、ちゃんと働いたら」
「あたしには、あたしの役割があるの……さてと、少しは働いているフリしますか」
小石の上から飛び降りたロ号は、仲間のアリ娘たちの間をウロウロしながら、列にまぎれてどこかに行ってしまった。
肩をすくめたイ号は、自分の花蜜が詰まったお腹をさする。
「あたしも、ハ号から預かった蜜を巣の中にもっていかないと」
イ号は往来の激しい、巣穴の中に入っていった。
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