電信柱の話 2
「
休み時間。授業中から引き続き昼寝に興じていた俺の背中を、
「うるせーよ」
「さっきの古典の話、すごくない!? 私たちみたいだったよね」
授業中も寝ていたからそんなに覚えていないが、長々話されると面倒なので、俺は「んー」と突っ
「もー、ちゃんと聞いてよ。そんなだから、何考えてんだかわからないとか言われんだよ」
「なんだよそれ。初耳だわ」
「柳真の印象は、
「……寝る」
「あーもう!」
まだ体を揺すってきたが、何も
(何だよ柄悪いって……)
光梨はいなくなったというのにうまく寝れなかった。
結局、次の時間も半分近く机に伏していた。
部活が終わり、仲間と別れて駅に入ったとき。
「あ、柳真ー」
何度も聞いた声。そちらを見ると例の幼馴染が周りも
「なんだ光梨か」
「何だって何だよー。柳真も部活終わり?」
「ああ」
「そっか。じゃ、一緒に、帰る?」
彼女はどこか
「ああ」
一緒に帰ろうと言うことの、何がそんなに彼女を静かにさせるのかわからないが、まあいい。帰り道は一緒だ。
電車に乗る。
といっても一駅で地元の町だ。
海沿いを走る線路。
「疲れたあ」
「な」
「もう、お腹すいちゃったよ」
「なんか買ってくか。まだ店やってんだろ」
「駄菓子屋しかないけどね。もしかしておごってくれる?」
「なんだそりゃ。別にいいけど」
「わーい」
高校生だとは思えないくらい、彼女は元気だ。一体どこからこんないたいけな仕草が出てくるのだろう。
いや、単純に成長していないだけか。
「そうだ、さっきの話していい?」
地元の最寄り駅につき、自転車に乗り換えた時、光梨が言った。
「あん?」
「古典の話だよ」
「こてん……。ああ、昼間言ってたやつか」
「そうそう」
「幼馴染の話ってのが似てるって?」
「それもそうだけど違うよ。もっと、もっとそっくりなんだよ」
「もっともっとわかるように話してくれよ」
そう言うと彼女は、にひっと笑った。
「駄菓子屋着いたらわかるよー」
俺たちの住む町ははっきりいって
前方、光梨が自転車から勢いよく飛び降りた。
「柳真こっちー」
「おう」
自転車を下りて近くに止め、店に入ろうとしたとき、光梨が俺の腕を取った。
「なんだよ」
「こっちだよこっち」
「いや、店入るんじゃないの?」
「その前にさっきの話の」
いまいちよくわからなかったが引っ張られるままついていく。
「ほらこれ」
「……うん」
「いや、だからほら、電信柱」
「うん。……だ、だから?」
「え」
「悪い、全然ピンとこない」
光梨は
怒ったせいか、いつの間にか背中にまで伸びていた、彼女の長い髪の毛がふわふわ浮かんでいる。
「もうっ。じゃあ、これで思い出せるんじゃない?」
そう言うと彼女は電信柱の横に立ち、敬礼をするように手を頭の頂点に掲げた。かと思うと、それを電信柱の方にやった。交互にそんな動きを見せる。
まるで身長を測っているかのような……。
「あっ」
そこまでされて、ようやく俺は思い出した。
「ああ、やってたやってた」
「思い出した?」
「思い出した思い出した。うわ、
それはまだ小学校にすら通っていなかった頃だ。
俺と光梨は毎日のように遊んでいたが、時々こうやって互いの身長を測っていた。まだ、センチメートルという単位も知らず、そんなに身長の差もなかった時代。
お菓子を買ったついでに、そうだ、よくやっていた。
「うわ、なっつ……」
眠っていた記憶がよみがえった心地に、感動すら覚える。
「古典のあの話みたいじゃん」
昼間の授業を思い出す。
眠りに落ちる前、確か先生が話していたのは、井戸の周りで遊んでいた幼馴染の話。彼らはその井戸を
「ほんとだ」
「ね。もう私めっちゃ感動したよ」
「そう、だな。すげえ」
古典なんて昔の話だし大して興味もないが、全てがそうというわけでもないらしい。
「柳真は背伸びたね。昔はたしか、このあたりだったのに」
勝手に張られた広告の上面を指して彼女は言った。
「光梨はあれだな、髪が伸びたな」
物語のように、同じ髪の長さということはなかったけれど、あの頃はせいぜい肩先くらいの長さだった彼女の髪は、今はもう背中を
「えへへ」
彼女は幸せそうに笑った。
ほめたつもりはなかったのだけれど、まあいい。
「なんだっけ、髪上げだっけ」
「何?」
「先生言ってたやつ。よく知んねーけど、こんな感じかな」
俺は光梨の髪の毛を集めて上にあげた。
「ちょっと柳真!?」
「成人式なんだっけ。じゃあ強制成人式だな」
「なっ……ううっ……」
光梨は顔を赤くして、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「なんだよ。せっかく話に乗ってやったのに」
「話聞いてないからそんなことできるんだよ。髪上げの儀式って、け、けっ……けっこ……が決まってから、やるんだよ……」
「あ? 何? 全然聞こえねえ」
「も、もう知らない!」
謎に
「何なんだアイツは……」
苦笑しつつ、俺はその後を追った。
結構長居したのに、結局はクーリッシュを二人分買っただけだった。
「じゃあまた明日なー」
「うん」
もう家はすぐそこだけれど押していた自転車に乗ったとき、光梨が俺を呼んだ。
振り返ると、彼女は真剣な表情で俺を見ていた。
「どした」
「柳真」
「うん」
「……」
「光梨?」
心配になって、自転車を下りると、彼女は途端にぱっと笑顔を見せた。
「私たちさ、幼馴染中の幼馴染だよね」
「うん?」
「だって、ほら、生まれた時さ」
「ああ、そうだな」
その話は流石に覚えている。
俺と光梨は兄妹ではないけれど、同じ日の、ほぼ同じ時間に産まれた。
だから、確かに彼女の言う通りだ。こんな幼馴染関係、なかなかないだろうから。
「だから柳真、ずっと近くにいてよ」
「ええ……約束はできねーよ」
「じゃあ、善処して」
「ぜんしょ? なんだそれ」
「出来るだけそうしてってこと。じゃ、ばいばい!」
一方的に言うと、光梨は足早に帰って行った。
電信柱で背比べをしたあの頃から15年以上一緒にいて、未だに困惑するところがあるのは不思議だ。
でも逆に言えば、それってすごいことなのかもしれない。
普通の友人関係じゃ、滅多に起こらないかもしれない。
「よくわかんねーな」
呟き、苦笑する心地は、決して悪くなかった。
2014.5
電信柱の話 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina
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