第7話 喧嘩しよう

妙に眠れない。

久しぶりの感覚、この世界に来てから眠れないなんてことはなかった。


隣を見やるとリーゼはぐっすりと寝入っている様子。


「……」


少し夜風にでも当たろう、そう思い音を立てずに部屋を出る。




寮を出るには談話スペースを通るのだが、ちょうどそこを通りかかったところで背後から声をかけられる。


「ま、マイ、さん……」


振り返った先にはミアーナ。

どうやら私を追って部屋を出てきたらしい。


「ん、どしたの?」


「ま、マイさん、こそ……」


「なんか寝れないからぐるっと散歩でもしようかと思って」


おそらくはミアーナの頭の中にも同じものが行き来している。


「ミアーナも来る?」




そうして寮を出て校舎の周りを歩き出す。


「……リーゼ、さん、だ、大丈夫、でしょう、か……」


やはりと言うべきか、ミアーナもそれを気にしていたらしい。


「どうだろ、まあ自分から言わないなら私たちがぐいぐい行くのもおかしいし、今はそっとしておいたほうがいいのかも」


「で、も……は、歯痒い、です、よね……」


確かに、ミアーナの気持ちはわかる。

体の内側から痒みが発生しているような、どうしようもないもどかしさ。


「ん、本当はリーゼから言ってくれれば一番いいけど……多分言わないだろうなぁ」


どういう悩みなのかがわかればアクションの起こしようもあるが、全く何もわからない状態ではお手上げだ。


「……せ、先生、伝いに、き、聞いてもらい、ます、か?」


「あー、それはありかも」


先生も忙しいはずだが、さすがに少しくらいは時間があるだろう。


「んじゃ明日話してみようか」


方針が決まるや否や不思議と眠気が近づいてくる。

適当にあたりを歩き、そのまま寮のベッドに戻ることになった。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




翌日、今日も今日とて授業。


字面は非常に嫌なものだが、特に憂鬱なわけではない。

そもそも私は勉強は嫌いだが授業が嫌いなわけではなかった。わざわざ勉強という行為に時間を吸われるのを嫌っただけであり、何かを学んだり理解したりするのは好きだったということ。


それにこの学園は三〇人しか生徒がいない。騒がしさもそれなり、人のいない場所はたくさんある。

個人的にはかなり生活しやすい場所と言える。


いつものように朝食を終え、いつものように少し暇を持て余し、いつものように慌ただしく部屋を出る。

ただ、やはりリーゼの表情だけはいつもと違ってどこか沈んでいた。




慌ただしく部屋を出るのはいつものことだが、やはりそれでも五分前には教室についている。何だろう、心配性という自覚もないのだが何かに追われる焦燥感というのを感じやすいのかもしれない。

……いや、それを心配性というのか。


教室に入るとまっすぐに自分の席に向かう。


「おはよう、ふっ……」


「お、おはよう……」


いまだにキャラクターが掴めないフランツと挨拶を交わし腰を落ち着ける。何と言うか、濃い。朝から牛丼でも食べてるような気分だ。

バレないように短い溜め息、そのままいつものように窓に視線を向けようとすると視界の端で教室の扉が開いた。


「……」


やって来たのはオスヴァルトという男子生徒。私の列の一番前の席だ。

オスヴァルトは同じ魔法専攻だが、雑談などしているところも見たことはない。寡黙な少年だ。


私の列の一番前ということは、当然私の横を通ることになるのでオスヴァルトはまっすぐに私のほうへ歩いてくる。


あまり見ているのも感じが悪いと思い視線を逸らす――


「おはよ」


――前に小さな声でオスヴァルトがそう言った。


「お……はよ、う……?」


目線は確実に私に向けられていた。だからその挨拶も私に向けたものだと思うのだが、いかんせん今までのイメージからは想像できずよくわからない返答が口からこぼれた。


これまで会話もしたことがないのに突然挨拶をするようになるというのはどういう心境の変化だろうか。

いや、そもそも実は私ではなくフランツに言ったのではないか。男子同士だしそのほうが可能性としては高い気もする。しかし仮にそうならフランツが何も返さないのはおかしい。


結論、オスヴァルトはおかしい。


いやいや、それは違う。

これが学園に入って一ヵ月経っての出来事ならその結論でもいいが、単純に交友関係を広げようというかわいい考えからの行動かもしれない。

もうそう思い込むことにしよう、それが一番平和だ。


「――おはようさん、集まってんな」


先生の登場により思考は強制的に中断される。


「んじゃそれぞれとっとと移動しろ」




そして昨日と同じくグラウンドに移動。


「今日も昨日と同じく、二人一組のペアを作ってもらう。だが、今回は制限なし。基本の意識は全員平坦になったわけだしな。好きなやつと組んで各々スキルアップを目指す形だ。いいな? ……じゃ五秒で組め」


……お、終わった。

先生はその言葉にどれだけの殺傷能力が備わっているか理解しているのだろうか。私は声を大にして全世界の教師に言いたい、「自由にペア、ないしグループを作れ」は禁断の呪文だ。ぼっち特攻、確定即死。


大体好きなやつと組めと言われ五秒で済むはずが――。


「――よう、俺と組んでくれ」


不意の声に、無意識のうちに下がっていた顔を上げる。


「それより私と組んでくれませんか?」


「わ、わたしと組んでください!」


上げた先には数人の生徒が並んでいた。


え、なんで私こんなに人気ものなんだ……ちょ、ダメ、まじでお腹痛くなってきた。


「え、えっと……」


「お前ら五秒で組めっつっただろうが、ちんたらしてんじゃねえぞ」


その様子を見ていた先生が溜め息混じりに言う。


「俺が最初に声をかけたわけだ、それなら俺とで構わないな……」


「その理論には納得できません。私は試験の時から彼女と組みたいと思っていました」


「そ、それならわたしだって!」


「――だー! もううるせえな! マイはオレと組め!! お前らさっさと散れ!」


頭の中がまだ整理しきれていないのだが、どうやら私は先生とペアを組むことになったらしい。

並んでいた数人は口々にぼやきながら散っていく。


「……ったく。それと、今日は成果の発表は強制しねえ。希望者は見てやるからその分のマナは残しとけよ」


視界の端で、リーゼがぽつんとひとり立ち尽くしているのが見えた。




しかしまさか先生とペアになるとは思わなかった。


正直な話、魔法については天井を叩いているような気がしなくもない。


もちろん私がいる場所が一番上というわけではないのは理解している。一般の総合的な平均水準を見た時にマナ量という部分で頭ひとつ抜けているために、優れていると勘違いされている、と言ったほうが正しい。


無尽蔵に近いマナというのはそれだけでチート級。

本来技術というのはそのマナをいかに消費しないで大きな結果を得るか、というもの。このマナの消費を全く気にしなければ、極論技術なんて全くなくてもいいわけだ。


今の私の状態がまさにこれ。

技術と保有マナ量のバランスで上手く折り合いをつけながら上を目指すのが普通だが、マナが多すぎるが故に技術がなくても成立しているのだ。もちろん最低限の知識と技術は必要なわけだが、マイナスになってしまう要素はおそらく大体排除した。


……だらだらと説明したが、要するに先生と組んでも得るものがないのでどうしたものか、というだけの話。


「あ」


というか、そうだ。

先生とペアならばちょうどいい。やることも大してないしリーゼのことをここで相談すればいい。


「あん?」


「そういえば先生、リーゼのこと何か聞いてないですか?」


「あぁ、お前あいつと同じ部屋だったっけか。何かって言われても特に何もねえが……あいつあの後ちゃんと帰ったか?」


「あの後?」


「グラウンドでずっと魔法の練習してたんだよ。暗えし闇雲に練習しても意味ねえからさっさと帰れっつったんだ」


なるほど。


「……まあ、かなり遅かったですけど帰ってきて一緒にごはん食べましたよ。でも、昨日の昼くらいからちょっと様子がおかしいんですよね、先生からそれとなく聞いてみてもらえませんか? 多分私とかミアーナから聞いても余計にこじれる気がするんで……」


「それは別に構わねえが、まあお前らが間に入ったらそりゃこじれるだろうな」


「……?」


「天才だの凡人だの、よくわかんねえがお前らとのギャップに悩んでるみてえだったからよ」


ギャップ?


ギャップとはあのギャップ、溝、隔たり……要するにこの場合は格差的なものを感じているということ。


「あの、なんかよくわかんないんですけど、え、なんでギャップ?」


「オレもわかんねえっつったろ。知らねえけど、あいつは自分のことを凡人っつってたぞ。推測だが、どっかの誰かとお前らを重ねてる風だったな」


リーゼの魔法は相当なものだ。

素人の私から見ても確実に上位に位置するだろうことはわかる。それで何故自分を凡人などと言うのか、何故私たちの間にギャップなんてものを感じるのかわからない。


「……なんか、むかつきますね」


あぁ、イライラしてきた。


私はリーゼに悩みがあるなら聞いてあげたいと思ったし、解決してあげたいと思っていた。それは紛れもない本心だが、例えば言ってもどうしようもないことならば仕方ない。リーゼ本人が相談してくれるまでいくらでも待つし、何なら言わなくてもいい。


しかし、これに関してはそうではないような気がする。

おそらくだが、むしろ放っておいたら悪化していく類のものだ。


「は?」


「だって勝手に私たちに引け目を感じて、それで勝手に遠慮してるだけですよね。しかもここにいないどこかの天才の影と重ねて。……私たちは別に何も気にしてないのに、それで向こうから距離取られたんじゃどうしようもなくないですか? めちゃくちゃむかつきます」


わかっている。

私だってどちらかと言えばそういう人間だ。


だからこそ、本当に、心の底から腹が立つ。


「……ちょっと、むかつくんでぶん殴ってきます」


「は……? はぁ!? い、いやちょい待て!!」


先生が背後から私を羽交い絞めにする。


「待ちません、ボッコボコにしてきます」


「おまっ、頭に血ぃ上った状態で話してもしょうがねえだろうが!! とりあえず落ち着け!」


その言い分には今の私でも少なからず同意できる。

だから私は足を止め、一度全身から力を抜いた。


「む……じゃあ昼になったら殴ります」


「せめて今日の授業が終わるまでは待て……午後もあんだぞ、それまでは大人しくしてろ」


「むぅ……」


仕方がない。

さすがに先生も自分が関わっている間くらいは穏便に済ませてほしいのだろう。何か問題を起こすなら自分の監督時間外で、ということだ。全てに納得したわけではないが、今日のところは先生の顔を立ててやることにする。




――鐘が鳴る。

昼を知らせる鐘だ。


「午前でマナ使い切ったやつはいるか? ……いねえな。なら今日は午後も午前と同じ内容でやる、時間になったらグラウンドに集まれよ。じゃ解散」


まだ沸々とした感情が治まらない。


「――ま、マイさん、せ、先生と、お話、ど、どうでした、か……?」


ミアーナだ。

先生と私がペアだったことからとりあえずの相談を終えたと推測したのだろう。


「ん、一応ちょっと話したんだけど……ごめん、ミアーナはとりあえず何も聞かないでできるだけリーゼと一緒にいてくれないかな」


理由の大部分は話を聞いてミアーナまで私と同じ感情を覚えてしまったら面倒が増えるから、だ。

それにリーゼとしても今までと変わらず接してくれる人がいたほうがいいだろう。非常に気に食わないが、それくらいはしてあげてもいい。


「……マイさんが、そう、言うなら……。はい、わ、かり、ました」


いい子だ。

本当はミアーナも気になっているはず。リーゼについても私からではなくミアーナから言ってきたのだ、それにカツカレーの件もある。

私よりもミアーナのほうがリーゼを心配している。


だが、だからこそミアーナには何も知らないままでいてもらったほうがいい。


「お昼、リーゼと一緒に食べてきて。私は食べなくていいや、ちょっとひとりでいろいろ考えたいし」




そして例のベンチにやって来る。

別に昼の時間だし寮に戻ってもよかったのだが、考え事と屋内というのはどうにも相性が悪い気がしてならない。

別にそこまで何かが変わるわけでもないのだろうが、屋外の心地いい風、開放的な景色、広がる青空には何か特別な力がある気がしたのだ。


「さて……」


少し頭を冷やして冷静に考えてみることにしよう。


現状を整理すると、リーゼは何故か私たちに対して劣等感を抱いており、それによって負い目を感じている。

何故かなどとぼかしたが、リーゼは自身を凡人、落ちこぼれだと思っていて逆に私やミアーナを天才だと思っているから、だと思われる。


そもそもここがわからない。

リーゼは当然凡人ではないし落ちこぼれでもない。


ここに認識の齟齬があるというのが難しい。問題の基盤が理解できないので考えようがないのだ。

しかし私やミアーナを天才だと思っている、というのは少なからず理解できる。ミアーナは言わずもがな魔法のスペシャリスト、私には謎の莫大なマナがある。私の場合は技術などないただの力技だが、目に見える結果として残るのはほぼ同じ。よってそう捉えても仕方がないだろう。もちろん私が自分を天才だと思っているわけではないが。


まあいい、わからない部分に時間を割いても仕方がない。次だ。


リーゼが何故このような状態に陥っているのか。これは完全な推測になってしまうが、先生の言った「どこかの誰かと重ねている」という部分。

考えられるのは、過去に出会った天才と呼ばれる人間に何かトラウマのようなものがある、ということくらいか。

ふとした拍子に刺激され、フラッシュバックしたのだろうか。


結局単なる予想なのできっちりと答えは出せないが、解決するのであれば鍵は多分ここ。その名前も顔も知らないどっかの天才というトラウマをどうにかできればいいはず。


「……誰かも知らないのにどうしようもなくね」


結局振出しに戻る。


「あ、いやそうじゃないか……」


誰かなんてことはどうでもよかった。つまるところ私たちは過去の天才とは全く別物だと示せばいい。多少の人となりを知る必要はあるかもしれないが、深く理解する必要はないのだ。

何となくこういう感じの人で、私たちはそれとは違うよってことを正しく、丁寧に教えてあげればいいだけだ。


しかしそうなるとリーゼとの対話は必要不可欠。しっかり話せるかどうかはわからないが、それも話術次第だろうか。

そもそも天才うんぬんも推測に過ぎない、結局リーゼから話を聞かなければ前には進まないのだ。


ちょっと想像してみよう。


『リーゼ、何かあるなら話してくれない? 私はリーゼの力になりたいだけなんだよ』


『……何か? 何かってなんですか、あるならってなんですか……? 何もないわけないじゃないですか!』


そこかよ!

……あーくそ、いやちょっとミスったな。ちょいアプローチの仕方変えるか。


『先生から少し聞いたよ。でも私はリーゼのことを凡人だなんて思ってない、試験の時だってすごい魔法使ってたじゃん。気にする必要ないよ』


『それはできる人の考えじゃないですか!!』


そういう感じになっちゃうのね。

違う違う……こう、なんていうかもうちょっと上手いことやらないと。


最初の感じで失言なくせばいけそうな気もする、もう一回。


『リーゼ、いつまでもそうしてたってしょうがないよ。話聞くからさ、話してみない?』


『……ない……しょうがないって何ですか!!』


……。

やばいなんかむかついてきた。


ちょっ、もう一回だけやらせて。


『リーゼの力になりたいだけなんだ、話してくれない?』


『……でも』


『大丈夫、私はリーゼの味方だから』


『だ、だけど……』


『話を聞いたうえでどうするべきか一緒に考えよう、リーゼのしたくないことはしないから大丈夫だよ』


『そ、そうは言いますが……』


「でもとかけどとかうるっさいな!! 何だこいつ!」


やべっ、思いっきり声に出てた。


しかしやはり話し合いは無理そうだ、私の会話スキルが低すぎるのかもしれないが、それ以上に想像の中のリーゼが取り合ってくれなさすぎる。

いや、都合のいいように改変してもいいのだが楽観はできないしそれでは意味がない。


「んー、やっぱ一回ぶん殴るか」


結局これが一番簡単かつ最短の道な気がする。道徳的によろしくないが、無駄を省いた高効率だ。

ここまで考えてそれ以上の答えが出ないとなると、どうしてこんなこと考えなくちゃならないのかと不思議になってくる。そうなってしまえば終わり、私の脳内がよりよい答えを出すことを諦めてしまった。


……――。


鐘の音、昼が終わった。




「つーわけで午後だが、組み合わせを変える。お前らすぐにペア組めねえからな、こいつを作ってきた」


先生が取り出したのは割り箸の束。


「持ち手に番号振ってあっから同じ番号同士でペアな」


先生、あれお昼食べながらせかせか作ってたんだ。そう考えるとめっちゃ面白いしかわいいな。


順に割り箸を引いていく。


とりあえず、今だけはリーゼと組みたくない。

ひとまず考えはまとめ、方針も決めたものの授業中に問題を起こすなと釘を刺されている。こんなくそったれな祈りをしなければならない状況にも腹が立つが、今は仕方がない。


そして割り箸を引く。

書かれている数字は“3”。


「数字言うから順に割り箸戻しに来い。んじゃ一番……次、二番……三番」


呼ばれ、割り箸を戻しに行くとちょうどミアーナとかち合った。つまりミアーナとペアということだ。よかった。


間もなくいつものようにそれぞれ散っていく。




「リーゼ、昼何食べてた?」


ミアーナと組めたのは幸い、直近――昼の様子を聞いておこう。


「え、と……し、ししゃも、定食を」


「うわ、よりによってそれか……だいぶ効いてるっぽいなぁ……」


「……?」


ミアーナがかわいらしく首をかしげる。

わかっている、どうせまた「おいしいですよ?」とか言いたいんだろう。味が重要なのではなくそのチョイスが重要なのだ。

普段カツばっかり食べているリーゼが鰆の西京焼きにししゃも定食。わかりやすいのは助かるが、メンタルと食事ってそこまで比例して変化するものなのだろうか。少なくとも私はどれだけ落ち込んでいても好きなものを嫌いになったり避けようとしたりはしない。


「それ、で……考え、まと、まりました、か……?」


「あぁ、ぶん殴るしかないと思う」


「……え、えぇっ!?」


「いや、まあ半分冗談だけど」


「……は、半分本気、なんですね」


それも仕方ない。それほどまでに取っ掛かりがないのだ。

本当ならばもっと時間をかけて解決していくものだと思うのだが、こういうところで全寮制の弊害というものが出てくる。

こちらにその気がなくても向こうが避けていることで必然的に空気も重くなるし、外からの印象も悪くなってしまう。仮にそれで私に対する風当たりが強くなる分にはまだいいが、ミアーナまで巻き込まれるのは忍びない。


今はまだそういった実害はないが、先延ばしにすれば必ずそうなる。

もっとも、そのようになってしまう大衆心理的なものにもかなり腹は立つが。


「とりあえず、今日の夜にでも一回ちゃんと話してみよう。どうなるかわかんないけど、黙ってれば良くなる問題じゃないと思うし」


「そう、ですね……」


ミアーナにも方針を共有したところで授業の終わりまで適当に流す。




午後にはマナが切れた生徒も出てきたため一五時前には解散となった。


私はミアーナに、できるだけリーゼと一緒にいてほしいという旨を伝えひとりで食堂にやって来た。


腹が減っては何とやら、別に戦争するわけではないが気持ちは似たようなもの。

気合を入れようにも空きっ腹ではどうしようもない。


「何食べよっかなぁ」


券売機の前で腕組み。

たまには変わったものを食べようと思うのだが、その度に結局無難なところに落ち着いてしまう。


「ふむ……」


しかし今日こそはチャレンジしよう。

そう思って選んだのは、例のししゃも定食。


早速注文、受け取って席に着く。


盆の上には前に見た通り、白飯、味噌汁、ししゃも、漬物。


「……やばい、もう後悔してきた」


とはいえ選んだのは自分だ。

気は進まないが食べるとしよう。


手を合わせ、まずは四尾並んだししゃもからいただく。

箸で持ち上げ口へ運ぶ。


「うわうっま! なにこれ!!」


やべっ、また声に出ていた。

最近口元がいやに緩い気がする。


しかし、本当に美味しい。


何だろう、油が違うんだろうか。それともフライパンか。中華鍋とかは味が変わると聞いたことがあるが、そういった部分でここまで味が変わるものなのだろうか。

もしかしたら塩が違うのか。


ぱくぱくと食べ進めていくと、いつの間にか白飯が先に底をついた。


何ということでしょう。

私は普段からごはんとおかずのバランスを見極め両方同時になくなるように調整して食べるようにしているのだが、ししゃも二尾で米が消えてなくなってしまった。


まさに青天の霹靂、おいしすぎた。


残ったししゃもは贅沢にそのままいただき、漬物も消化し味噌汁でしめる。


「……ごちそうさまでした」


いや、いいものを食べさせてもらった。

こんなものを食べてしまうとミアーナのようになるのもわかる気がする。変に味の濃いものや豪華なものを食べるよりも“食事”の楽しみはこちらのほうが見出せそうだ。


さて、食事も終えたしひとまず一旦寮に戻るとしよう。もしかしたらリーゼも今日は戻っているかもしれない。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「――り、リーゼ、さん、か、帰り、ましょう……?」


マイさんと別れ、わたしはリーゼさんにそう声をかける。


できるだけ一緒にいてほしいと言われた。仮にそうでなくともひとりにしておくのはやはり心配だ。


「いえ……私は、もう少しひとりで残ります」


「で、でも、き、昨日も遅かったです、し……き、今日は、早く戻り、ましょう」


「別に、私はまだ大丈夫です。気にしないでください」


……あぁ、わたしもそれを聞かなければ引き下がっていたかもしれない。


「……ダメです。リーゼさん、帰りましょう」


リーゼさんは言った。「まだ大丈夫」と。

嘘だ、まだ大丈夫はもう危ない。


危険信号。

まだ、を自覚しているということはこのままではダメになるとわかっている。もしくは、本当はもうダメなのに大丈夫だと自分に言い聞かせているか。


このまま、放っておくわけにはいかない。


「まだと言うなら、いつダメになるのか教えてください。そうすればわたしも、これ以上は何も言いません」


「……関係、ないじゃないですか」


「関係ありますよ。わたしたちは同じ部屋で暮ら――」


「――関係ないじゃん!!」


不意の大声。


痛い、苦しい。

まるで心臓を鷲掴みにされているような錯覚。


「私がどこで何しようが私の勝手でしょ!! ……もう私に、関わらないで」


すぐに手を伸ばす。伸ばした。


――そう、したはずだった。

だけどわたしの手は腕の関節が折りたたまれたまま、全く伸びることはなかった。


「ぁ……」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「いやぁ、食った食った。意外と腹膨れるもんだなぁ」


満腹、とまではさすがにいかないが遅めの昼だったのでそれはそれでちょうどいい。


寮に戻って来た私は早速部屋のドアノブを捻る。

ノブは抵抗なく回った。


「おっ、開いてる、ってことは……ただいまー」


期待とともに中に踏み入れるが、やけに静まり返っている。

もしかしたら鍵をかけ忘れたか、などと考え、記憶を遡りながら部屋に繋がる扉を開ける。


「っ、ま、マイさん……ご、ごめんなさい、わ、わたし……わたし!」


そこには泣きじゃくるミアーナがいた。




「――それで……お、怒らせちゃった、みたいで……」


ここに至るまでの流れをミアーナから聞き終える。


あの馬鹿、さすがにミアーナに八つ当たりするのは違うだろう。

どれだけつらいのかは知らないが、それを他人にぶつけるのだけはやってはいけない。


「わかった……ミアーナは待ってて、リーゼは私が連れて帰って来る」


そして立ち上がる。


「あっ、ま、待って、ください……!」


「うん?」


「こ、これ、見たほうが、いいかもしれません……」


そう言って渡されたのは一冊の魔法書。

ずいぶんと年季が入っている。


「これは……?」


「り、リーゼさんの、魔法書、です……わ、悪いとは思ったんですけど、な、何かヒントはないかと思って開いたら……」


ふむ、よくわからないがミアーナいわくこの本に今回の一件を紐解く何かが隠されているらしい。


適当に本を開き、パラパラとめくっていく。何の変哲もない魔法書だが、ところどころ走り書きのようなものがある。おそらくはリーゼが書き込んだもの。


『難しい』『また失敗した』『今日も失敗』『もっと上手に魔法を使いたい』『明日はもう少しがんばる』『やった! 成功した!!』『上位魔法習得!』『準備が整った!!』


一見しただけでわかる。

これはリーゼが魔法の練習をしていた際に書き込まれたものだ。たくさんある術式には丸で囲まれたものとバツがつけられたものがある。丸は習得済みのサイン、バツは失敗したものにつけられているのだろう。


バツの上に何度も丸で囲った跡がある、上位魔法《炎龍弾》。


まるで文字から感情が浮かび上がるようだ。

意図せず微笑みが浮かぶ。


そのままページをめくっていくと、走り書きの内容が徐々に変わっていく。


『悔しい』『わらわれた』『目の前で失敗した』『また嗤われた』『今日も無視された』『嗤われた』『嗤われた』『嗤われた』『嗤』『嗤』『嗤』『嗤』


ページをめくる。




『死にたい』




ぐしゃ。


無意識、本を握る手に力が入った。


……こいつだ。


「……行ってくる」




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




まず向かうのは校舎。

教室の三つ隣の部屋、明かりはついている。


ノックはしない。そんな余裕は私にない。


ガラッ。


「うぉっ!? びっ、くりした……お前ノックぐらい――」


「――先生、ごめんなさい。これからリーゼと喧嘩してきます」


「は……?」


伝えるべきことは伝えた。

返事は聞かず扉を閉めると、さっさとその場を去る。少し遅れて中からドタバタという音が聞こえたがそれも気にしない、気にするに値しない。


さて、リーゼを探さなければ。

どこにいるだろうか。先生の話では昨日はグラウンドにいたとのこと、とりあえずはそこから見てみよう。


そのまままっすぐグラウンドに来てみたがリーゼは見当たらない。


逆に考えよう。

私が今のリーゼの立場だったらどこに行くか。


……人が集まるような場所にはいかない、人が通るような場所にもいかない、徹底的に誰も来ない場所を選ぶ。


学園の敷地内で最も人が集まるのは校舎、食堂、寮。つまりこれ以外。

私の脳内マップでは人が少ないと言えば例のベンチ付近。


行こう。


校舎の裏を通り例のベンチへ。

やって来たはいいが、見えるような場所にはいない。私も足を踏み入れたことはないが、この先にいるのかもしれない。

そう思い進んでいくと、ガサリと何かが動く音がした。音は前方の茂みから。手でかき分け、中をのぞく。


「――ぁ」


「見つけた」


私は座り込むリーゼの手を取り力任せに立ち上がらせる。


「い、痛いっ!」


「リーゼ、話してくれる気になった?」


「っ、な、何の話……?」


「そっか」


疑問には答えずひとり納得。

リーゼをそこから引きずり出し、そのままグラウンドに向かう。


「ぃ、痛いってば! ど、どこに行くの!?」


「リーゼが答えてくれないからさ、体に直接聞くことにしたよ」


「何、言って……!」


間もなくグラウンドに到着し、放るようにリーゼを解放する。


「っ、な、何なの! 意味わかんないこと言ったり、急に人のこと引っ張ったり!!」


「簡単なことだって」


陽が沈んでいく。


「喧嘩しよう、リーゼ」

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