第3話 負けず嫌い
揃って食堂に到着。
ちょうど夕飯時ということもあり、それなりに食堂は賑わっている。ちなみに食堂は昼から開き、二三時程度で閉まるらしい。なかなかハードではあるが中休みもあるだろうし交代要員もいるだろう。とはいえやはりこちらとしては頭が上がらない。
食堂は券売機で発券し、それを渡して途中で支払い、受け取るという形。発券時に清算しようとすると混雑するからだろうか。注文窓口と受け取り口の間にレジがある。
「マイさんは何にしますか?」
「んー、何でもいいなぁ」
本当に何でもよかったのだが、部屋での私の落ち込みが尾を引いていると思ったのかリーゼはキリっとした顔でとんかつ定食の券を二枚発券する。
「じゃあとんかつにしましょう! ミアーナさんは?」
「わた、しは……こ、れで」
選び、出てきたのはししゃも定食。
実在はするのだろうがなかなか目にしないネーミングだ。
注文を終え、できあがった料理を手に適当な席に腰を下ろす。
「いただきまー」
私はおざなりな挨拶のままとんかつに手を付け始めるが、リーゼとミアーナはしっかりと両手を合わせてそれを口にする。
「いただきます」
「……いただき、ます」
なんかすごいな。えらい。
本来なら年長者の私が率先してそういう姿を見せるべきなのだが、やはり当たり前になってしまうとどうしても意識が薄れてしまう。今後は私も気をつけよう。
そのまま適当に会話をしながら食事を進める。もうそろそろ私は食べ終わる頃。リーゼはすでに食べ終わり、隣でうつらうつらと舟を漕いでいる。
と、不意にミアーナの食事が目に入った。並んでいる皿は四つ、白飯、味噌汁、ししゃも、漬物。
「えっ、何それ朝ごはんじゃん」
「……? おいしい、です、よ……?」
いや、おいしいかどうかはわからないが年頃なのだからもう少ししっかり食べないといけないのでは。
「こういう、シンプル、なほうが、料理人の腕とか、わ、わかりやすい、ですし……」
なるほど。
ミアーナはコーヒーの時にもすごい反応を示していた。食べ物関係になるとそうなってしまうと。
どうやら食に対して並々ならぬこだわりがあるらしい。であれば――。
「よし、じゃあこれもミアーナにあげよう」
私はそう言って新たな箸を取り出すと、自分の皿に残っていたとんかつをミアーナの皿に移動させる。
「え、えっ……? い、いいん、ですか……?」
私はそれを聞きながら茶碗の中の白飯を一気にかきこむ。
「ん、私もうごはんなくなったから。それに、おいしく食べれる人が食べたほうが食堂のおばちゃんも喜ぶよ」
別に私がおいしく食べることができないというわけではない。単にミアーナのほうがよりそのように食すことができるだろうということ。
「ぁ……ありがとう、ございます……!」
何かが琴線に触れたのか、ミアーナは何故か涙目になりながらそう言う。そしてそれまでとは見違えるほど素早く皿を空にしていく。
「ごちそうさまでしたっ!」
苦笑。
しかし呆れから来るものではない。
「うん、まあ、私が作ったわけじゃないけどね」
目を擦るリーゼを連れ、食器を下げて寮へ戻る。
さて、後はシャワーでも浴びて明日に備えてゆっくり眠るだけだ。
そう思っていたのだが、ここで重大なことに気付く。
「……そういえば二人って、料理とかできる?」
部屋に踏み入れるや否や問いかけると、二人は「え? 料理って何ですか?」とでも言いたげな表情でこちらを見た。
そう、役割分担だ。
共同生活をするうえでこれはしっかりと決めておいた方がいいだろう。そしてたった今料理は私がすることに決定してしまった。
「よし、じゃあ掃除はリーゼ。洗濯はミアーナ」
昼、夜は食堂に行けばいいが朝は各々で用意する必要がある。特にそのあたりは言及されていなかったが、食堂の時間を考えるとそうするほかない。
自立のための一環だろうか。あまり負担になってもよろしくないため、少なくとも朝だけは自分たちで何とかしなさいと暗に言っているよう。
二人からの異論は今回もない。
これ以上決めておくようなことも特にないだろう。多分。少なくとも差し当たって決めるべきはもうないはずだ。
その後は順に風呂を済ませて無事就寝となった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
朝。
目が覚めると視界に強烈な違和感。
即座に記憶の前後が整合化され、ルーンベルの寮にやって来たことを改めて実感する。
「お、はよう、ございま、す……」
「ん、おはよう」
ミアーナはすでに起きていたがリーゼはまだ寝ている。まあ、何と言えばいいのか、想定通りだ。
とりあえずは昨日決めた通り朝食の用意をしなければならない。
とはいえ朝、そこまで手の込んだものは出せないしそもそも出したくもない。
ある程度の食料は学園側から配布されている。定期的に補充されるという便利なものでもないだろう、それなりに考えながら消費しなくてはならない。
環境の変化のせいか、いくらか体には疲労が残っているような気もする。ちょうどパンがあったので適当に焼いて食べることにしよう。
この世界の機械は基本的に電気を使わない。車と同様でマナを消費して稼働するよう設計されている。そのためコンセントなどは必要ないしどこでも好きな場所に設置できるのだ。
三人分のパンをトースターにかけ、目を擦りながらフライパンを熱して油を敷くと、冷蔵庫から卵、ベーコン、ほうれん草を取り出し適当にフライパンにぶち込む。目玉焼きだ。
そちらができあがる頃にはパンも焼き上がり、バターを塗って砂糖をまぶす。目玉焼きには軽く塩コショウをかけて完成。
「今更だけど甘いのとしょっぱいのって食べ合わせ的にどうなんだ……まあいいか、面倒くさいし」
両手で皿を持ち、行儀悪く足で扉を開く。
「できたよー」
声をかけるとミアーナが小動物のようにぴょこっと顔を見せる。多分尻尾がついていればものすごい早さで振り回していただろう。
「ごめん、ミアーナ。コーヒー淹れてくれる? リーゼのは砂糖とミルク二つずつにしてあげて」
「あっ、は、い……!」
声をかけ、テーブルを少し片づけながら皿を並べる。味付けの好みもわからないので一通り使いそうなものもキッチンから持ってくる。
後はコーヒーがくれば完了だが、リーゼはまだ寝ていた。
私は何のためらいもなくリーゼの掛け布団を引っぺがす。
「起きろー」
「んぅ……?」
「もうごはんできたから、冷めないうちに食べるよ」
「んー……」
もそもそと身動ぎ、ゆっくりとベッドから抜け出す。
と、いいタイミングでコーヒーも入ったようだ。
早速三人で卓を囲む。
「んじゃ、いただきまーす」
味付けは最初から薄めにしているので失敗はないはず。
食べながら二人の様子を窺う。特に不満があるようにも見えないが、どうだろうか。
「どんな感じ?」
「おいしいですよ」
「そか、ならよかった」
リーゼはそう返したがミアーナは食べるのに夢中なのか見向きもしない。
「ミアーナは?」
「ふぁい! おいひいでふ!!」
「うん、とりあえず口の中は空にしてから話そうか」
食事が絡むだけでここまで周りが見えなくなってしまうのか。仕方なしに口の周りを拭いてやる。
「ん……ありがとうございます!!」
なんだこの可愛い生物は。
犬みたい。
朝食を終え洗い物まで済ませる。
適当にだらだらしているともうそろそろ定刻だ。八時四五分、九時にグラウンド集合とのことだ。出たほうがいいかもしれない。
グラウンドに移動すると、すでに二〇人程度がそこに集まっていた。総数は掲示を見る限り三〇なので半数以上ということになる。
適当な位置に落ち着き周りを見渡す。少し離れた場所にはデリアの姿も見えた。
目が合うとこちらに向かって大きく手を振って来るので私も少し控えめに返す。
さて、そろそろ定刻になるわけだが、いまだに変化は特にない。
おそらくは教師、もしくは学園長あたりが顔を見せるはずだが、どうなのだろう。というかそもそも何故体育館ではなくグラウンドなのか、普通入学式的なものは体育館で――。
「――よう、お前ら揃ってんな?」
思考が声によって遮られる。
遅れ、何もいなかったはずの場所にその人物が現れる。
「ま、揃ってなくてもオレの知ったことじゃねえわけだが」
それは粗野な口調が目立つひとりの女性だった。
確かに時間指定されている以上遅れている生徒がいたとしても無視していいだろう。
「んじゃあさくっと始めっか」
始める……?
はて、それは何を?
「は、始めるって……一体何の話ですか?」
同じ疑問を抱いた男子生徒が問う。
「あん? そりゃあお前、試験だろ」
試験とは、入学、入社における採否のために筆記および実技においてそれを評価すること。
「試験って、入学試験ってことですか……? 俺たちはもう学費も払っているんですよ!」
「いちいちうっせーな。つか、誰でも彼でも好きに入学させるわけねえだろ。お前ら冒険者っつー職業舐めてんのか? 仮にお前らここ卒業して冒険者になったとして、そんで無様に死んでみろ。こっちの信用が落ちんだよ」
……確かに、言っていることは何も間違っていない。
「人にはそれぞれ限界っつーもんがある。ここで二年学んでさっさと頭打ちんなったらどうすんだ? これ以上成長できねえってなったら意味ねえだろ。こっちでそれを見極めてやるっつってんだ、感謝されこそすれ逆はねえんだよ。落ちこぼれや見込みのねえやつまで面倒見てやるほど暇じゃねえしよ」
……。
女性――試験官は続ける。
「学費? 交通費? んなもん落ちたら全額返済してやるよ。ついでに来た時とは違って門の目の前まで車でも用意してやろうか?」
あぁ、空気がひりつくのを肌で感じる。
全員、ここにいる全員の感情が統一化されていく。
「……文句、ねえだろ」
たったひとつ。
「受ける気のあるやつは並べ」
示し合わせたわけではない。
私たちは一瞬で一本の列を形成する。
「……いい顔になったじゃねえかよ」
こいつの鼻を明かしてやりたい、ただそれだけだ。
試験は単純明快。
ひとり一回ずつ、自分の中で最も自信を持っている魔法を披露すること。
試験官はどこから取り出したのか、椅子に腰かけながらこちらに声をかける。
「よーし、んじゃ先頭から名前言ってさくさくやってけ」
先頭は先ほど試験官に意見した少年。
「アードルフ・ヘイズ!」
少年――アードルフは気合の入った声で名乗り、そして何事か呟くように口を動かした。そして間もなく炎の魔弾を撃ち出す。
あの呟きは何だったのだろうか。自らを鼓舞する目的なのか。
「はいはい、次ー」
試験官はバインダーのようなものを手に持ち何かを書き込んでいる。あれが評価結果ということなのだろうか。
こんなたった一発で評価が決まってしまうというのも少し酷だ。
アードルフは悔しそうに顔を歪ませ列から外れる。
思ったような結果が出せなかったらしい。
続々と消化されていき、次はデリアの番。
ここまでも例外なく全員が魔法を撃つ前に何かを呟いている。単なる偶然ではもう片付けられない。一体何が目的でそれをしているのだろう。
初めて葬式に参列した時のことを思い出す。前の人を真似してやりなさいと言われ、具体的に何をしているのか観察しようとしても体で隠れて何をしているのか全く分からないのだ。
結局それっぽく手をきょろきょろと動かし、最後に“りん”――椀型の鈴――を鳴らして終えた。後から親に注意されたがあれは仕方がないと思う。
「デリア・ブラックフォード!」
デリアも名乗り、やはり何かを呟く。
「《炎弾》!!」
アードルフのものより一回り大きな炎の魔弾。地面に炸裂すると少しグラウンドが抉れた。これまでは痕跡も残らないような魔法だったため、デリアは頭ひとつ抜けているということになるだろう。
「なるほどね、ん、次ー」
試験官もどこか満足そうに頷いている。
しかし人にはやはり得手不得手というものがある。中には魔法を得意としない生徒もいるはずだ。
本当にこの一発勝負の試験で合否が決まるとなればかなり問題だろう。ルーンベルという学園を選ぶべきではなかったのかもしれない。
――次はリーゼの番だ。
大丈夫だろうか。小さな体躯、明らかに近接、剣術に力を入れているわけではない。つまりメインは魔法だ。デリアと同程度の結果を残せればおそらく大丈夫なはず。さて……――。
「リーゼル・グリント!」
例に漏れることはない、リーゼも何かを呟く。
「《炎龍弾》!!」
手の先から溢れるように放たれる炎の奔流。それは弧を描くように天に上り、龍の姿を象ると一度留まる。
咆哮するように口を開け、一転、地に向かって落下。
衝撃に少し地面が揺れた。
見なくてもわかる。
デリアによって作られた窪み、二回り以上大きな窪みができていた。
「リーゼ、あんなにすごかったんだ……」
「いい感じじゃねえの。ほれ、この調子でどんどん行けー」
今までにない、顕著な好感触。リーゼの合格はほぼ確定と言っていいだろう。さすがにそれを否定する人はいないはずだ。
次々に消化されていき、残るは三人。
次はミアーナの番。
大丈夫かな。
本当に大丈夫かな。おっとりしてるし、ものすごく心配になる。
「……ミアーナ・フォゼリンガム。い、行き、ます」
もうここまで来ると驚きはない。ミアーナも何かを呟き、そしてゆったりとした動きで手を前に出した。
「《
バキッ!!
腹に響くような音。
同時に、目の前に氷の世界が広がった。範囲、規模、どれを取っても間違いなくこれまでの中で最高。
「すげ、え、まじ……?」
目を疑うとはこのこと。
まさかミアーナがここまで魔法に長けているとは思わなかった。人は見かけによらないとは言うが、本当にまさかだ。
「……ハッ、なるほど。いいね、うし、次!」
さすがの試験官も予想外だったようで一瞬面くらったような顔をしていた。
「フィリック・ハンド!」
少年――フィリックの次は私だ。最後。
試験官の鼻を明かすという目的はミアーナによってすでに達成されたと言っていい。しかし、何と言うべきか、まだ胸の内は収まっていない。
魔法書に載っている魔法は大体使うことができたが、規模が大きすぎる魔法は中庭で試せなかったのでまだ使ったことがない。
しかしここは試験、ぶっつけになるが試してみてもいいだろう。失敗したらその時はその時だ。
――控えめな炸裂音。
フィリックの魔法が大きな氷塊にぶつかる。しかし、それだけ。特に崩すことができたわけでもない。残念だが少し揮わなかったようだ。
「はい次ー……ってもう最後か。おう、とっととやれ」
むか。
そういう言い方はないだろう。何だこいつ、まじでむかつく。
「マイ・アージェント」
逆に捉えよう。
その挑発めいた言葉が私に踏ん切りをつけさせてくれた。
失敗してもいい。
「……ふぅー」
魔法書の最後。一般にページの序盤には下位魔法、進むごとに中位魔法、上位魔法となっていく。基本的に最後に記されているのは最も扱いが難しいとされる魔法なのは言うまでもない。
「《天雲招雷》」
唱えると極太の雷が一発落ちた。巨大な氷塊の一角が崩れる。
続いて連鎖するように二発目、三発目、四、五……計八発の雷が大地を蹂躙する。
ミアーナが作り上げた氷の世界は跡形も残っていない。ただ、煙を上げる焦げた大地が残るだけとなった。
読んで字のごとし。最も上位の魔法。最上位魔法。
「っ……」
絶句という表現がここまで似合う場面もそうそうない。
「……私たち、これでも落ちこぼれですか? 見込みなしですか?」
「……」
「撤回、してくれます?」
沈黙。
しかしそれも長くは持たない。
試験官の笑い声が破った。
「……くっくっく、くっははははは――」
「何笑って……撤回してください!」
ダメなんだ。人のことを馬鹿にするような発言は許せない。思うのは自由、発言や行動に対して言うのもまあいいと思う。
だけど能力や性質に対して言うのだけは絶対に許せない。
「――いいじゃねえかよお前ら」
「何が……!!」
「ハッハァ! あぁ……合格」
……今、何て言った?
「お前ら全員、合格」
意味が、まるで意味がわからない。
何を根拠にそれを言っているのだろうか。そもそも魔法しか見ていない試験で明らかに合格とも言えない結果を残している生徒がいる。
中にはひとりだけ魔法の行使すらできない生徒もいた。
それが何故、どうして合格になるのか。
「――ちょ、ちょっと待ってください!」
「あぁ? んだよ」
「俺は結果に満足していない! 合格なんて言われても納得できません!!」
「お前の都合なんざ知るか。オレが合格っつってんだから合格なんだよ、そんなに嫌なら最初から来んな」
異議を申し立てたのはアードルフ。
しかし同調するような圧が他の数人からも感じられる。同じように結果に納得していない生徒たちだろう。
「……チッ、面倒くせえなぁ。そもそもな、魔法の試験とかって銘打ってるが、ある程度体格ができてるやつは除外してんだよ」
「えっ……?」
「一発でわかれよ。いいか? この試験は、魔法を使えるが骨格や体格が優れてねえっつーやつを落とさないための試験だ」
まだ全員が理解しているわけではない。
試験官は頭を掻きながら続ける。
「魔法っつーのは基本的にセンス、才能で決まる。生まれ持った素質によって限界が完全に決まんだよ。ある程度は伸ばせてもそこで止まる。が、剣術は努力でカバーできる範囲がクソ広い。だからオレが近接向きだと思ったやつは魔法が使えなかろうが合格扱いにしてるっつーことだ。元がゼロだろうが努力で八〇くらいまで伸ばせるからだ」
私も途中で理解した。
つまり、魔法のセンスがない。プラス体格、骨格が近接戦闘に不向きである場合のみ不合格とされるのだ。
「それにしてもああいう言い方ってないと思います。謝ってください」
だけどやはり私は納得できない。
だから食って掛かったが――。
「んなもん発破に決まってんだろうが。いちいち突っかかってくんじゃねえよ。つか、試験前にも言っただろうが。冒険者ってのはいつでも危険と隣り合わせだ。大小は問わねえ、死のリスクってのがどこにでも付いて回んだよ。根性のねえやつ、覚悟のねえやつは最初に死ぬ。どこかで絶対に甘さが優先順位の先頭に切り替わる時が来るからだ」
……。
「名だたる高名な冒険者にはな、絶対に折れねえ不屈の精神ってもんが必ずある。少なくともオレが知ってるやつらは全員そうだ。だからオレは最初にお前らの覚悟と精神力を見た。それがあの発破。あれを発破と見ずにオレを見返そうってのはいい、褒めるべきだ。が、逆は愚者。こいつは気に入らねえ、こっちから願い下げだ……典型的愚者、最初に死ぬ。すでに逃げ癖がついてやがる」
どうしても納得できなかったはずなのに、もうすでに私の中に怒りは残っていない。
「お前ら生粋の負けず嫌いだ。いいぜ、そういうやつらは強くなる。勝てねえ勝負に挑むのも愚者だが、勝てる勝負に挑まねえ愚者より一〇〇〇倍マシだ。覚悟は十分、見極めはこれから覚えればいいだけの話だ」
私たちが仮に生粋の負けず嫌いだとすれば、この人は生粋の教師脳。
まさか自分がここまで丸め込まれるとは思わなかった。私は普段本気で怒るようなことはないが、相手に非がある時はその限りではない。
今回は本当に怒っているつもりだったが、どうやら間違っていたのは私だったらしい。
基本が違う、基準が違う。もう全てを理解したと思っていた。この世界と私がいたあの世界の違い、頭の中だけでも理解した気になっていた。
全然だ、まだ私は何もわかっていない。
改めて、ここが異世界なのだと実感する。
「……納得、しただろ」
誰も異論は唱えない。
当たり前だ。いや、当たり前と言うのもおかしな話だが、正直脱帽。文句の付け所を探そうにも努力しなければ見つけられない。
「つーわけで、改めてお前ら、ルーンベル冒険者養成学校へ入学おめでとう」
ここから、新たな生活が始まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
試験官――先生の誘導により私たちは全員教室へ向かうことになる。門、寮の正面に位置する校舎の中だ。ちなみにグラウンドは寮の反対、門を入って左手に位置する。
「――マイ、すごかったね」
解散となり、各々が校舎へ向かうタイミングでデリアに声をかけられる。
「あ、デリア。いや、それを言うならデリアだってすごかったよ」
これは別にお世辞ではない。
おそらくだがデリアが得意とするのは近接戦闘。立ち振る舞いや、例の試練での構えからの予想だ。しかもそのうえでデリアの体格は近接向きとは言えない。
だから先生は一応魔法の才能ありと見込んでデリアを合格としたはずなのだ。本領は近接であるにも関わらずの合格。
お世辞抜きですごいことだと思う。
「いやいや、さすがにマイのあれ見た後じゃ嫌味にしか聞こえないって」
「うっ、いや、そんな嫌味とかじゃないんだけど……ていうかあれ、ぶっつけだったんだよね。一回も試したことなかったから、本当にただ運がよかったって感じ」
「へっ? あ、あんなのぶっつけで試したの!? いやぁ、やっぱりただ者じゃないなって思ってたけど、あたしの想像の遥か上をいったねぇ」
それは本当にこちらのセリフだ。
そもそも、荷物があるから戦えないかも、なんてセリフはやはり近接特化じゃなければ出て来ない。それでも水準以上の結果を残しているのだからただ者ではない。
「や、本当に勘弁して……私は大したことないから」
「それはさすがに嫌味が過ぎるんじゃないかなぁ。だってあんなの見せられたらびびって誰も寄り付かなくなるか――」
と、不意に後ろから肩をポンと叩かれた。
「――マイさん、君の魔法すごかったよ。今度僕にもコツとか教えてもらえないかな?」
「えっ? え、あぁ……まあ、機会があれ、ば……」
声の主はフィリック少年。
私がそう言うと気障なウインクを見せ校舎のほうへ走っていった。
何だあいつ。
「……ほら、周り見てみ。みんなマイに興味津々って感じ。私みたいな素人から見てもわかる。あの試験で最も評価されてるのはマイの魔法だった。恐怖の対象になるか憧れの的になるか、二分されるのは仕方がないことだよね」
「あぁ……最悪。目立たずにひっそり過ごしたいだけだったんだけど……」
それもこれもあの先生のせいだ。あんな発破がなければ周りの規模感を見ながら無難な結果で終わらせたはずだ。
憧れ、恐怖。確実に憧れのほうがいいはずだが、私個人としては正直恐怖のほうがマシ。ぐいぐい話しかけられるくらいなら誰からも話しかけられないほうがいいのだ。
無難に、リーゼやミアーナ、デリアたちと適当に楽しく過ごせればそれが一番良かったのだが、もうその望みは潰えたらしい。
「……はぁ」
溜め息、昨日から数えるともう何度目だろうか。
学園に来てから溜め息ばかりだ。幸せが私の口から逃げていく。
まあなってしまったものは仕方がない。なるようになれ、もとい、なるようにしかならないのが人生。無理やり捻じ曲げたいのであれば行動するしかない。
そして行動する気力は私にはない。
視線を浴びながらも指定の教室に向かうのだった。
間もなく到着。
教室内に入ると、どうやらすでに席は振り分けられているらしい。よく見ると試験を受けた順番に並んでいるらしい。私は最後だったので窓側の一番後ろの席だ。
試験を終えたのはつい先ほど、どうやってその情報をこちらに流したのか。いや、考えようとしたが野暮、というか無駄。魔法でどうにでもなるのだろう。考える意味がない。
全員が席に着いて少しすると先生が教室にやって来る。今回は突然現れるということもなく普通に扉を開けて入って来た。
「揃ってんな。あー、あれだな、とりあえず自己紹介でもしとくか。オレはお前らの担任になるフローリア・リンドバーグだ」
「ぷふっ……!」
やべっ、予想以上に可愛い名前だったから笑ってしまった。
いや、大丈夫。多分バレていない。
「これから席順、つまり試験を受けた順に面談を行う。つーわけで最初は、あー……アードルフだな、戻ったら順番にさくさく来いよ。ここの三つ隣の部屋でやるからな」
面談か。
確かに入学するにあたって特に何もなかった。試験すら今日だったのだ、一応人となりを知ろうということなのだろうか。
それとも、試験で魔法特化、近接特化などおおよそ見極めたはずなのでそのあたりのすり合わせも兼ねているのかもしれない。
「んで、ただぼさっと待ってんのも暇だろ。別に静かに待ってろとは言わねえ、適当に談笑すんのも構わねえよ。が、現状自分がどうしたいのかっつーことと、どうするべきかっつーのだけは考えとけ。面談の時に聞くからよ」
どうしたいのか、そしてどうするべきか。
似ているようでこれはかなり違う。要は理想と最適解の違いだ。ここの食い違いは本来少ないほうがいいはず。それでもあえてそれを答えさせるのは、わざと食い違いを起こさせようとしているのか。
「んじゃさくさく行くぞ、ほれ、お前はオレと来い」
フローリア――先生はアードルフに声をかけ、そのまま教室を後にした。
同時に教室内に話し声が溢れる。最初はひそひそと、だんだん大きくなる。
別に席順にこだわりなんてものはないが、前は当然試験順なのでフィリック、隣は……確かフランツという少年。角の席、二つしかない隣が両方男子生徒というのはこういうタイミングにおいては若干気まずいものがある。
――と、不意に教室の扉が開いた。
当然のように全員の視線がそちらに向くが、そこに立っていたのはアードルフのみ。アードルフはそのまま席に着き、後ろの少年に声をかける。
「……次、お前の番だろう」
……やばい。
早過ぎる。さすがにこれはいくらなんでも早過ぎる。まだ出て行ってから一分経ったかどうかくらいだ。
だからきっと全員が、先生が何か言い忘れたことがあるとかで戻って来たのではと視線を向けたのだ。
本来面談はひとり当たり早くても五分程度かかるだろう。三〇人なので一五〇分、二時間半だ。それがひとり一分となると三〇分で終わる。異常だ。
「え……あ、あぁ」
控えていた次の少年――エルヴィンは困惑しながらも教室を出て行く。
アードルフがどこか落ち込むように頭を抱えていると、隣の少年がその腕をつつく。
「な、なあ、ど、どうしてこんなに早く終わったんだ……?」
「……いや、普通に、やりたいことと、やるべきと思うことについて話したら……終わった」
そこまで来ると面談である必要性はなかったのではないだろうか。アンケート用紙でも配って適当に書かせて終わりでもよかった気がする。
「俺も、さすがにこれで終わりなはずがないと思って聞いたんだ。そしたら……『お前らに時間かけるくらいなら、目玉焼きに醤油でもかけてたほうが有意義だろ』って……」
なるほど、とりあえず先生が目玉焼きに醤油をかける派だということしかわからないな。私は塩コショウとちょっとだけ醤油かけたい派だ。
何と言うか、アードルフは本当にご愁傷様。めげずに頑張ってくれ。
そうこうしていると、賑わいが戻る前にエルヴィンが教室に戻って来た。
「……」
これは、本当に三〇分で終わってしまうかもしれない。
まあ早いに越したことはない、面談で答えることでも少し考えよう。
――あれから一時間が経過。
さすがに三〇分で終わるようなことはなかった。当たり前と言えば当たり前だ。今のところ最も時間がかかったのはサイラスだろうか。例の魔法が全く使えない少年だ。三〇人の中で群を抜いて大きな体、誰がどう見ても近接特化だとわかる。
やはり魔法に関しての能力値がゼロというのは先生としても掘り下げたいところがたくさんあったのかもしれない。
そして現在はミアーナが面談中。すでに教室を出てから一〇分ほど経っている。サイラスもそれくらいかかっていたが、おそらくミアーナのほうが遅くなるだろう。
しかしそれも仕方がない。ミアーナの口下手を考えれば必然とも言える。
と、思ったがそこでミアーナが教室に戻って来た。
これまでの流れ同様、特に何を言われるでもなくフィリックが席を立ち入れ替わりで教室を出て行った。
次はいよいよ私の番。
大丈夫、すでに答えることは決まっている。
ガラッ……。
扉が開いた。
あれ、フィリックはまだ教室を出ていなかったのだろうか。
そう思ったのだが、フィリックは何故かこちらに歩いてくる。
そして私の前の席に腰を下ろした。
「え……」
「……次、君の番だろう……?」
まさかここでタイムを更新してくるとは思わなかった。今の何秒だ? 多分三〇秒もかかっていない。むしろフィリックは本当にちゃんと話はできたのか?
悲惨が過ぎる。
「……ぁ、あ、はは。い、行ってくる」
フィリックの近くに留まっていると負のオーラに蝕まれるような錯覚すらある。いや、別に人として避けるなどということはないが今は近づかないほうがいい。自衛だ、許してくれ。
そして教室を出て面談場所に向かう。三つ隣と言っていた。
扉の前に立ち早速ノックをする。
「おーう、さっさと入れ」
「失礼しまーす」
言いながら開ける。
中は異常に狭い。四畳ほどのスペースに周囲が棚で囲まれている。中心には小さな机、上座に先生が座っているので私は対面に腰を下ろす。
「んで、お前の考えは?」
やりたいこととやるべきこと。
「私がやりたいことは、とりあえずいろんな知識を得ることと、自衛手段の拡張……ですかね。やるべきこともほとんど同じですけど、できるなら近接の戦闘経験とか積むべきかなーと」
「……」
私は素直に答えたつもりだったが、先生は何故かぽかんと口を開けっ広げたままだ。
「……? 先生?」
「……いや、お前魔法特化だろうが。近接なんかやる必要ねえよ」
「え、だって近接のほうが難しそうだし、実戦でけっこう重要そうじゃないですか。学んで損ってことはないんでどっちかっていうとそっちに比重を置きたい感じなんですけど」
「ダメだ、却下。お前は魔法特化、近接はやらせない」
何だこいつ。
「や、あの……そんな子どもみたいな言い分じゃ納得できないんですけど」
「……はぁ」
溜め息、そして手元に置かれていたカップを取ると口をつける。
「いいか? 最強の一を持つってのはウルトラ重要なわけだ。半端に磨いた二より、完璧な一のほうが強え。お前の最強の一は魔法、これは揺るがない。だから近接――剣術なんてもんに割いてやる時間はねえの」
「えぇー……いや、でも――」
「――でももへったくれもあるか! 大体お前、気付いてねえのか……?」
何の話だ。
気付く、気付かない……もしかして先生はドッキリでも仕掛けようとしてたのだろうか。
思わず部屋の中を見渡すが、特に何もない。
「あの試験。結果だけ見てもお前が最も優れてるが、お前とその他の生徒で決定的に違うことがひとつだけある」
あ、ドッキリじゃないのか。
「え、何ですか?」
「あの時、お前だけは明らかに“詠唱をしていなかった”。結果を並べただけでもお前がトップに変わりはねえが、但し書きでお前の場合は詠唱破棄で、って文言が追加されんだよ」
「ほん……? え、詠唱って何です?」
「はぁ!?」
うぉ……急に大きい声出すのはやめてほしい。
「おまっ……は、いや、まじかよ……詠唱破棄とかしやがるから舐めてんのかと思ったが、そもそも知らねえと来た。別の意味でやべえよ」
どうやら詠唱というのは魔法における基本のようなものらしい。
魔法書に載っていなかったのは基本過ぎるからか。高校の数学に足し算の説明が載っていないようなものかもしれない。いや、それはそれで少し例えが違うか。
「詠唱っつーのは言霊、魔法を強化するために用いる最も簡単な手法……ってところか。放つ魔法を言霊によって強化すんのが詠唱、これをするかしないかで効果は一.五倍は変わる」
「へぇ、すごいんですね」
「他人事で聞いてくれてんじゃねえよ馬鹿が。……つーわけだ、わかったな。お前は魔法特化、よって剣術の授業は一切受けさせねえ」
これは事前に知っていた。
ルーンベルでは魔法特化、近接特化でわかれて実技の授業がある。選択授業のようなものだ。
「生徒のいいところを伸ばすのは教師なら当然、よってお前は魔法を学ぶ」
「教師なら生徒の意見を尊重することも求められると思いますけ――」
「――うるせえ!! 何だお前、ああ言えばこう言う! いいからお前は魔法やんの! ……っかぁー、何だよこいつ……全然話理解してねえじゃねえか。馬鹿か? おバカちゃんなの? 何なの、もう疲れたんだけど……」
おぉ……なんだかわからないが先生のネガティブスイッチを探し当ててしまったらしい。ごめんね。
「えぇ……でも――」
「――よしわかった、じゃあ剣術の試験やろう。お前のせいで剣術試験やることに決定。お前のせいで。いいな、文句ねえな。あっても言わせねえ。そんですっぱり諦めさせてやる」
「おぁ……え、なんか、すみません……?」
いつの間にか何かとんでもない方向に話がシフトしているような気がする。
「とっとと行くぞ」
言われるままについていき、二人で教室に戻る。
「――つーわけで、急遽で悪いが午後は剣術の試験をすることになった。いや、オレもそんな面倒くせえことしたくねえんだけどな、ひとりのわがまま姫のせいでやることになった。恨むならそいつを恨んでくれ」
その言い方はやめてくれないだろうか。
タイミング的に私が濃厚、いわれのない恨みを買うのは遠慮したい。
「一応、面談時にそれぞれ言い渡した通り魔法専攻のやつは受ける必要はねえ。受けるなとは言わねえが、まあ好きにしろ。剣術専攻は強制、あとマイな」
ダメだ、名指しされたから濃厚とかではなく確定になってしまった。
「じゃ、一旦解散。一三時にまたグラウンドに集合な」
ということで、試験を終えたばかりだったがまた試験が始まるのだった。
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