序章 / ~軍務省・五階 ××××××局本部~

「なるほどな……」

 イレーナが緊張をほぐすように呟いた言葉は、タイプライターのベルによってその末尾がかき消された。

 対面するコウは、話し始めた時からずっと同じ姿勢でイレーナを見ていた。

「続けますか?」

 じっと視線を外さず問う少年を、イレーナは手で制した。

「少し休め」

「わかりました」

 それだけ言うと、コウはイレーナから視線を外して机をぼうっと見始めた。

 その実、休憩を欲していたのはイレーナの肉体だった。

 この小さな少年兵が体験したこと、その仲間が体験したであろうこと、その彼等から聞いたであろうこと。それらはまるで物語のようで、しかし端々に滲む現実感が、その物語が英雄譚でも叙事詩でもないことを物語っていた。

 彼が話した『ポルノッツ・ライン』は、観測上“彼ら”の存在が初めて公に確認された戦闘だ。

 しかしそれは彼らが観測されたのではなく、彼らが残した結果だけが残っていたのだ。

 攻略の起点として置いた基地が、いつの間にか全滅・占領され、知らずに向かった後続の部隊が返り討ちにあった。文面だけ見ればまさに怪談だ。

「その後、君たちの部隊は南方の最前線に送られた──」

「はい」

 ポルノッツ・ライン防衛戦にてその有用性が認められた第101大隊は、そのまま王国を攻めることはなかった。

 後続の部隊がその役目を引き継ぎ、彼らはその当時もっとも苛烈を極めた南方の最前線『ミューラー・ライン』の攻略に参加する。

「続けますか?」

 今度は副官がそう聞いた。

「いや。ミューラーのことはいい」

 そう伝えると、彼女は書類をまとめてタイプライターをしまった。

『ミューラー・ライン』とは“彼ら”の実態が初めて記録に残った戦線。

 現在ではその記録も殆ど残っていないが、帝国が二ヶ月かけても突破できなかった防衛線に突如極東系の部隊が現れて、その後二週間で突破されたという事実が世界に与えた衝撃は、今でも新鮮に残っている。

 その頃から、帝国内で大戦以降消息が不明だった極東系二世や移民の行方についての噂が流れ始めたのだ。

「」

 長きにわたった大戦で、それ以前からあった

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少年はスパイになった 紅夢 @unknown735

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