序章 / ポルノッツ・ライン防衛戦

「そうだな……まず、ポルノッツでは何人死んだ?」

 言葉にしてみれば、単純な数の話。

 戦場という紙面の上での記録について、イレーナは切り出した。

「わかりません」

 コウはそれを淡々とした口調で返した。

 それはまるで興味のない素振りに見えるが、本人としては本当に覚えていないことなのである。

「そうか。まあこちらも正確な人数を掴めているわけではない。なにせ記録が無いからな……だが第13小隊は健在だったのだろ?」

「はい。ここでの損耗はありません」

「…………」

 イレーナは顎に手を当てて僅かに俯く。

 影を落とした表情から何かを読み取ることはできない。

「何か」

「いや、あくまで噂に聞いた話なんだが――」

 ――大隊の損耗率は戦闘開始から5日で300%を超えたという。

 それなのに13小隊だけ目立った損耗がないというのは、やはり異常である。

「…………それは、いつの話でしたか?」

「ん?ああ、そうだな」

 イレーナは副官に目配せをする。気づいた彼女は短く「はい」と応え続ける。

「二年前の帝国紀1044年、二月。帝国の北方防衛線とされていた、アルゲオ王国国境で起きた戦闘です」

「冬……ですか」

「だな」

 コウは思考を巡らせた。

 記憶にある中で雪を思わせる戦闘は少ない。その中でも大規模な戦闘は限られる。

 思い当たるのは一つ。雪と土砂に埋もれたあの戦場。

 あの日はたぶん、雪が少しずつ強くなり始めていたはずだ。


    …………………………………………………………………


 ハラハラと空気抵抗に抗う白の群れは、つい一時間前に比べると確かに量が増えている。

 そして、轟音。

 静寂を食い破るその一瞬にして、地に溜まった雪も、空を漂う雪もが吹き飛ばされた。

 同時に、土煙と雪の混じった灰色の暗幕から人影が飛び出す。

 その小さな人影は煙を纏ったまま地を俊敏に這う。

 ジグザグと軌道を変えながら転々と立つ針葉樹の合間を縫うと、僅かに隆起した地面の前で鋭く跳躍した。

 その隆起の先。大人の人丈はある仮塹壕に滑り込むように着地すると、人影は頭を振って土を振り落とす。

「どう?様子は」

「変わらないな」

 土塊から現れた灰色頭の少年――コウに話しかけるシン。

 頭上ではバリバリと機関銃が悲鳴を上げながら吐き出す鉛の塊がビシビシと盛り上げた土を削っている。

「戦車が動くつもりがないとなると、こちらも下手には動けない」

「でも、巧くコウが引き付けてるおかげで他は何とか押し返せてるみたいだよ」

「…………試製一型は?」

「〈ゲイルドリブル〉のこと?まだ動かせないって」

「……そうか」 

 コウはそれだけ言うと両手で抱えていた半自動小銃の箱型弾倉を取り換える。

 次いで腰から取り出したバヨネットを着剣すると塹壕から目だけを出して様子を窺う。

「もう一回行くの?」

「なるべく時間を稼ぐ」

「いつもどおりってやつだね」

「連絡は密に頼む。特にコユミとケンジには」

「りょーかい。二人ともそろそろこっちに合流できると思うから、もう少しだけ頑張っ――」

 その言葉の最後を聞く前に、コウは塹壕から飛び出した。

 銃声と砲火の戦場に再び飛び込んだ灰色の少年はみるみるうちに加速すると土煙へと消えて行く。

「まったく……さ、仕事仕事」

 シンはその背中を見送ることはなく、背負っていた通信機を地面へ下ろす。

 そしてそのまま無線を探り始めた。

 さて、塹壕から飛び出したコウはというと。

 一直線に敵歩兵の小隊に向かって疾走していた。

 もちろん、敵もそれに気づかない訳ではない。

 木々や傾斜に身を隠しながら、確実に仕留められる距離にコウが飛び込むまでじっと耐えていた。

 間抜けな新兵が愚かにも単独で突撃してきたという考えは、数度の彼との戦闘で既に彼等からは消えている。

 しかし、歩兵群にあえて突撃すれば砲火や機関銃に狙われにくくなるという行動原理は、それを差し置いても異常な行動であった。

「引きつけろ!今度こそ確実に仕留めるぞ!」

 十人の兵を纏める分隊長は声を上げる。

 広く扇状に展開した兵たちは、恐怖に押し潰されまいと奥歯を噛みしめる。

 死を恐れない恐怖が一歩、また一歩と近づき、そして――

「撃てぇ!」

 号令と共に弾雨に呑み込まれた。

 しかし、コウは彼等が引き金を引くより一足早く真横に跳んでいた。

「――ッ!!」

 誰かが避けろと叫んだ。

 その声は届かず、コウの一番近くにいた一人の喉笛が貫かれ、斬り裂かれる。

「クソっ!囲い込め!抑え込むんだ!」

 隊長は即座に指示を飛ばす。

 素早く左右に広がる兵たちは、しかし距離を詰めずに銃を構える。

「…………」

 物言わぬコウは、確かにその厄介さと練度の高さを感じ取った。

 と同時に、自分の右側から狙う兵を視認。

 即座に身を屈めるとまだ生きている死体を背負うようにしてそちらに背を向ける。

 一瞬の躊躇。十分な隙。

 肉盾を突き飛ばすようにして相手の視覚を引き付けると、その影から真横に飛び出して引き金を引く。

 半自動小銃から放たれた二発の7.92mm弾が肺と胃を貫くのを確認しながら肩から着地。

 そのまま一回転すると丁度すぐ後ろにまで一人の兵が迫る。

「ひ――」

 その兵士の顔が恐怖に歪むより先に、左足を軸にして振り向きつつ逆袈裟に斬り裂き、二手目に顎下から脳天を穿ちとどめを刺す。

「やめろォ!!」

 隊長が声を張り上げた。

 見れば、コウを挟むように正面から二人の兵士が突撃してきていた。

 怒りに震える二人から一歩引くと、コウはまるで儀仗兵のように手の中で半自動小銃を回転させだした。

 左から迫る銃剣の突きを反転しながら回避し背中側に回り込むと、回転の勢いのまま小銃の銃床を帽子越しの頭蓋に叩き込む。その瞬間、手に伝わる頭蓋が砕け凹む感覚。

 そして、たった今作った死体が地に沈むより先に背中を踏んで跳躍する。

 大上段から振り下ろした銃床が二人目の顔面を捉えるとぐしゃりと歪む。

 着地と同時に腕の中で小銃を半回転。

 素早く構えて少し先にいる四人目に狙いを定めて引き金を絞る。

 しかし、銃弾は空を切って遠くの木の幹を抉った。

 咄嗟に部下を突き飛ばした隊長が反動で倒れた姿勢のまま乱暴に銃を乱射する。

「退け!撤退だ!」

「――ッ!援護します!!」

 コウが飛び退くと同時に反対方向に生き残った兵達が動く。

 同時に銃弾が飛び交い行動が制限される。

 そして十分に距離が開いた瞬間、砲弾と機関銃の攻撃が容赦なく降り注いだ。

「――――!!」

 待ち構えていたように、その名を叫んだ。近くまで来ていることがわかっていたから。

 視界の隅から首と両腕を無くした戦女神が、低く唸りを上げて跳躍する。

 コウの目の前に着地したそれは胴体を派手に滑らせて停車すると、迫りくる銃弾と砲弾を弾いた。

「……よう、乗ってくか?」

「遅い」

「悪い悪い」

 試製一型機動戦車〈ゲイルドリブル〉――その大きく突き出た砲塔の後頭部。翼を携えた首の無い戦女神のパーソナルマーク。

 その上のキューポラからひょっこりと頭を出した赤っ鼻の中年男はニヤニヤとコウを見下ろしていた。

 コウはその視線をふいと躱して車体に跳び乗る。

「よし!出していいぞ」

 中年男が手に持った無線機に話しかけるとゲイルドリブルは急加速し即座に時速70キロ前後に到達する。

 波波とした隆起を乗り越え宙を舞い、敵陣を切り裂いて、鉄の戦女神が突き進む。

 そのエンジンカバーの上で、振り落とされまいと必死にしがみつくコウは無線越しに隊長の声を聞く。

「第13小隊集合の後、一度基地まで戻るぞ。飯食って作戦会議だ」

 ノイズに霞む声の先。それぞれの隊員がバラバラに「了解」と言う声を聞きながらコウはゆっくりと目を瞑った。



「やっこさん、恐らくそんなに余裕はない」

 厚い雲を超えて地平線の向こうへと向かう太陽を背に、第13小隊の隊長――ヤマモト マサカヅはそう告げた。

 一時は吹雪く勢いだった天候はすっかり鳴りを潜めている。

「あれだけある戦車を動かさなかったからでしょうか?」

 これに、手を小さく挙げて問う大和撫子が一人。ゲイルドリブルで砲手を務めているリドミラ・ヴォルがヤマモトの方を向く。

「ああ。大方、俺らが早々に防衛線を下げるとでも思っていたんだろう。燃料も砲弾もそこまで備蓄は無いはずだ。……いや、確実に無い」

「でもよ、あるけど渋ってるってこたねぇか?」

 机の上で機関銃を整備していたハンス・ケンジ・ハウスクネヒトが聞くと、これもヤマモトはきっぱりと否定した。

「コウに向かって撃たれた砲弾はどれも徹甲弾だった」

「それがどうしたの?」

 これは分隊の前哨狙撃兵を務める少女アンネ=コユミ・アラーベルガーの声。

「味方が十分に後退した状況なら、榴弾を使うほうが効果があるし、何よりこの5日間、こちらは戦車を一台も出していない。それなのに歩兵支援で徹甲弾から換装していないのは変だろ?」

「だからか……」

 隅の方でうたた寝をしていたコウが何かを会得したように呟く。思えば今回はあまり爆風を受けていない気がしたのだ。

 しかしコユミはいまいち要領を得ないようで小首を傾げた。

「つまり……どういうこと?」

「榴弾を用意するのを忘れるほどの愚かな人が指揮を取っているのか、必要無いと判断した愚かな人が指揮を取っている――のかもしれないってこと」

 通信機を弄っていたシンが補足するとコユミは何となくわかったような顔をした。

「シン、司令本部は?」

「あいも変わらず“絶対死守・撤退禁止”の一点張り。本気でここを捨てるつもりらしいね」

 その言葉を聞いたヤマモトは不敵に微笑む。

「となれば、戦果を上げて価値を示すチャンスだ」

 口元を釣り上げる隊長とは対照的に他の隊員の反応は平然としたものだった。

「出撃が決まったら起こしてくれ」

 そう言って立ち上がったコウは自分の寝床へと足を向ける。

「ちょっと!作戦は?!」

「どうせいつも通り“無茶苦茶する”だけだ」

 その一言は引き止めたコユミも含めて誰も否定ができなかった。



「クソッタレの上層部共が!!」

 第13小隊が作戦の伝達を行っている頃。コウによって壊滅的な被害を受けた王国軍の分隊長は椅子を蹴飛ばしていた。

 部屋の入口に待機している部下たちはその様子とは対象的に失意の表情を浮かべている。

 どちらにせよ、どうしようもない現状という壁に為す術もなく押し潰される様子を俯瞰するしかない現実。

「プロパガンダの演習のつもりか!砲弾も燃料もまともに用意せず、何が威力偵察だ!」

 この5日。隊は無茶を強要され続け、戦力と士気の低下はとどまるところを知らない。

 損耗率だけで言えば、相手の方が遥かに激しい。しかし、こちらが展開する作戦を嘲笑するような異常な防衛戦が彼等を恐怖に駆り立て、決して少なくは無い死者を出していた。

 今日もまた、壊滅的な被害を受けた。今度ばかりは損耗が無視できないものとなり、前線から大きく退いた本部で人員の補給を直接要請しに来ていた。

 その答えは、決して望み通りとはいかなかったが。

「防衛戦で総員突撃……イカれてやがる……あいつらは死を恐れていないのか?」

 叩きつけた拳の痛みに、ひとまずの冷静さを取り戻した隊長は、起こした椅子に深く腰掛ける。

 そして、脳裏に過る灰色の少年。

 取り戻した冷静さが反転して拳が震え、極寒の土地だというのに額に汗が浮かぶ。

 最初こそ、子供を戦場に連れ出す帝国を異常だと思った。

 しかし次第にその考えは、この戦場にいる彼らこそが異常なのだという考えにすり替わっていた。

 何処からともなく飛来し命を奪う狙撃。

 人間の体など紙のように切り裂く機関銃。

 どこの隊も似たようなものだと言う。

「……戦車隊に向かうぞ」

 深く息を吐いた隊長は立ち上がると部下を連れて外に向かう。

「戦車隊――ですか?」

「ああ。おそらく今夜、襲撃がある」

「我々が攻めているのではないのでしょうか……」

 部下が嘆息すると、隊長はピタリと足を止めた。

「……そういうことか」

「は、なにか?」

「いや」

 確信があった訳ではない。

 だが、仮に彼らが増援の無い状況で戦っていたとしたら、増援があるかも知れないこちらに対して粘ったところで無意味に時間を稼ぐだけ。

 だからこそ、無茶苦茶な攻めでこちらを退かせようとしているのではないか。

 そう考えると、帝国軍部隊であるはずの敵に極東系の人間しかいないことに合点がいく。

“捨て駒”として利用されている可能性に嫌悪感を覚えたとき、夜襲は仮定から確信へと変わっていた。

「使い潰されていたのは、我々だけではないようだな……む?あれは――」

 ぽつぽつと建ち並ぶ仮設テントの先に二人の軍人が見える。

 それ自体は別段珍しい光景ではない。

 仮設テントの合間を縫うように疲弊した顔に泥をかぶった軍人が行き交うのは日常だからだ。

「あの二人……どこの部隊の人間でしょう?」

「いや、あれはこの国の人間じゃないな」

「え?!」

 羽織っているトレンチコート自体は王国軍の物と差異が少ない。しかし、被っている軍帽は装飾などが全く違うもので、そもそもこの戦場で律儀に帽子を被っているという時点でかなり浮いている。

 二人の女性――平均より少し高いであろう身長の方が上官であろうか――少し体を屈めて本部の入り口に顔を向けて何か話している。

 そしてにっこりと笑うと姿勢を正して敬礼をした。

「あ、こっちに来ますよ!」

「見ればわかる」

 慌てる部下をなだめて、後から追いつくと言って先行させる。

 残された隊長の前に立った二人の女性軍人。上官は少佐の階級をつけている。

「共和国の者です。巻き込んでしまってすみません」

「……いまいち要領を得ないのですが」

 向き合って敬礼をすれば、互いに相手が軍人としてどういう人間なのか予想がつく。

 この女軍人は、何があっても敵に回してはいけない。隊長は言いしれない虚像をその人物の背景に感じ取った。

「やけに恨めしそうにこちらを見ていたのでね」

「そんなつもりは――いえ、失礼しました」

「謝ることはないですよ。先程申したように、そちらの上官の無茶は、どうやらこちらに向けた政治的なメッセージのらしいので」

「………………」

「……苦虫を噛み潰したような顔ですね」

 隊長の思考は上の人間たちへの怒りもあったが、それ以上にこの女少佐と会話することに危機感を覚えていた。

「それだけ分かれば十分です。あの、部下を待たせているので――」

 これ以上何かを話せば何を読み取られるかわかったものではない。

「ああ、時間を取ってすまない。……最後に一つ」

 戦車隊に足を向けた背中に凛とした声が引っ掛けられる。

「何か?」

「戦場は、どうなっています?」

「…………」

「深く考えなくてもいいですよ。いずれ、我々も戦うことになりそうなので」

「……地獄ですよ。奴らの盾は、壊れることを厭わない」

「それは、厄介ですね」

「こちらからも、いいですか?」

「ええ。どうぞ」

「先程は作戦本部と何を話していたのですか?」

 その問いに少佐はそれまでの雰囲気を偽るようないたずらっ子のような微笑みを浮かべた。

「愚かだと進言したら、怒られてしまいました」

 その背後に、上官が手配したであろう車が停車した。

「では、生きていたらまた会いましょう。お互いに」

 その車は隊長が何かを言う前に走り去った。

「次はもっと平和な時に……いや、もう会いたいくはないな」

 背を向けた隊長は足早に戦車隊へと向かう。



 一方、不整地にガタガタと揺れる車の上で頬杖をついて、淀んだ空を見上げるイレーナ・ステチェンスカはぼんやりと呟いた。

「この戦線……もう長くはないだろうな」

「そうでしょうか?戦車も野砲もあるようですし、うまく使えばもう少しだけ持ち堪えそうですが……」

それに対し“優等生”な受け答えをする副官の方を見ると、いかにも“優等生”な顔をしている。

「ふふ、君は頭がいいからね。『普通はこういう考えが浮かんで当たり前』と思うかもしれないが、軍隊という大きな生命体のるつぼの中では、その考えに至るのも一苦労なのだよ」

 視察の疲労を紛らわすように、イレーナは短く切り揃えられ2つに別れた前髪からのぞかせる小さな額をつつく。

「あう――もう、からかわないで下さい」

「すまない。……まあ、彼等が愚かなのもあるが、やはり相手が悪かったと言わざる負えないね。今回ばかりは」

「先程の……隊長さんの言っていた事ですか?」

「ああ。彼は中々優秀そうだったな。また会えればいいが」

 そう言うと、副官が難しそうな顔をする。

「どうかしたか?」

「いえ。彼の言っていた意味がよくわからなくて――死を恐れない兵の脅威性というか……」

「ああ。兵力や兵器をデータとして取れば、死をマイナスとして捉えない戦術は効果的でないことは確かだ。しかし、こと戦場においてはこれが効果的になることがある。そう考えると、彼らは不老不死より厄介なものの巣を突いたよだね」

 イレーナがヒントを与えると副官の顔が一変して学者のように考え込む表情を作る。

 イレーナが答えを濁すときは何かの教えを示す時。それが長い付き合いで二人にできた暗黙の了解というもの。

「あの」

 二人の会話が落ち着くのを見計らっていたのか、運転手の若い士官が声をかける。

 多少ぶっきらぼうに聞こえるのは、聞き慣れない共和国語が飛び交っていたことに憤りを覚えたからか。

「この先の補給基地で輸送隊と合流します。そこから先は市内までトラックで護送する予定です。」

「ああ、よろしく頼むよ」

 流暢な共通語帝国語で返すと、士官が目を丸くするのがサイドミラー越しに見えた。



 日が地平線の彼方へととっぷりと沈み、絡みつくような夜闇が針葉樹の合間に流れ込んで独特なシルエットを作り出す深夜。

 闇に慣れた夜目が遥か上空から僅かな光量を提供する月明かりから情報を抽出し、なだらかな隆起と傾斜を繰り返す雪景色の先に明かりを最低限にまで絞った敵基地を確認する。

 光から闇を見通すことはできない、しかしその逆は可能だ。

「本当にコウの言ったとおりだったね」

 日が完全に沈んでから数時間。

 斥候(コウ)、衛生・通信(シン)、機関銃手(ケンジ)、狙撃手(コユミ)で構成されたコウ班は敵哨戒を幾度となくやり過ごし敵地深くまで潜り込んでいた。

 ここ一時間は腹這いの状態が続いている。

「シン……うるさい」

 咽頭マイク越しのぼやきに小言を漏らすコユミはいつもに比べておとなしい。

「そろそろいいだろう」

「だな」

 そんな二人に構うことなくコウは指示を出し、ケンジがそれに応える。

 闇の中で四人の体がゆっくりと、ごく僅かな動きで起き上がる。

 隠密行動において素早く動くことは推奨されない。人間はそういうものを反射的に目で追ってしまうからだ。

 四人は膝立ちの姿勢を取ると各々が周辺の警戒をする。

「異常無し」「異常無し」「……こっちも問題ないわ」「うん、異常無し」

 一先ず、即座に死の危険がないことが確認された一同はふっと一息つく。

「それじゃあ、あとは頼む」

「ああ、そっちもポカすんなよ」

 これから先、敵の基地にはコウが単独で潜入する。その間、班の隊長はケンジが受け継ぐ。

「そうよ!今回ばかりはいつもみたいなことしたら許さないからね!」

「……………………」

「――な、なによ……」

 小声で語気を荒げる小さな狙撃手を、コウはじっと見つめた。

「無理するなよ」

 背中越しにそれだけ言うと、反論は受け付けずに走り出した。

「ちょっ――つっ!」

 堪らずと言った様子のコユミに、シンはすかさず漬け込んだ。

「コユミ、お腹壊したね?」

「う、うるさいわねっ!」

「お前ら静かにしろ。シン、通信頼む」

 音が乗り始めた囁き声に喝を入れたケンジは正面を睨んだまま動かない。

「ほいほい――ケンジ。順調に浸透してるって。合図を待つって隊長が」

「ああ、わかった」

 コウ班が敵哨戒を抜けるときに開けた穴から徐々に浸透している本隊が、彼らの後方で着々とその時を待っていた。

「コウのことが心配?」

 険しい表情を覗き込むシンは、いつもどおり飄々としている。

「心配じゃないわけないだろ」

「ははっ、それもそうだ。でも、この程度で死ぬ男じゃないよ……コウは」

「…………わかってる。静かにしてろ」

 そんなやり取りをオープンの回線で聞いていたコウはもちろん無言だったが、口元を防寒着の襟元で覆いフードを被った。

 班と距離が離れるうちに仲間の声は聞こえなくなるが、相対的に基地を行き交う王国兵たちの声が聞こえてくる。

 高い位置にいる見張りの視線を掻い潜り、仮設塹壕の灯が照らしきれていない闇に滑り込む。

 その刹那、足元にいた一人の王国兵の首を捉えるとうたた寝から覚める前にあの世に送る。

 周辺を確認。そして目を瞑り耳を済まし、懐からバヨネットとスコップを取り出す。

 右手でバヨネットを逆手に持ち、スコップは左手で順手に持つ。

 長年の付き合いで研ぎ、手入れを施し、鍛え上げたスコップは確かな重量感を残しつつも鋭い刃を両面に持ち、まさに掘って良し、叩いて良し、切って良しの便利道具となっている。

(――右に二人、正面の通路から三人――)

 目を開けて確認すると、正面の通路の先に灯りを持った兵士が見える。後ろに二人携えこちらに向かってきていた。

 まだコウを照らせる距離にはいないが時間の問題だろう。

 そして右の通路から漂う煙草の薫り。こちらからは二人の話し声が聞える。

 コウはすぐさま走り出した。

 すぐに灯りを囲い長く伸びた影が現れ、その影に小さな体躯を隠すようにして一瞬にして距離を詰めると疲労感を漂わせる背中から喉笛を貫く。

 苦しそうに喘ぐ死体の先、驚愕の表情を浮かべる二人目に飛びついたコウは、それが声を上げるより先にスコップを口に叩き込んだ。

 口が数センチ切り開かれたところで刃を止めると目に涙を貯めたそれに問う。

「作戦本部は?」

 スコップを咥えたまま男は「この基地の東の端」という旨を話した。

 コウは本人が気づくより先に首筋にバヨネットを突き立てた。

 見開かれた瞳がゆっくりと光を失うのを最後まで見ていると、通路から三人の足音を聞きつける。

「おい!どうした!」

 光を感じるより先に左手が意志をもってスコップを投擲した。

 先頭に立っていた男がぐったりと倒れるまで、後ろにいる二人には何が起きたのかわからない。

 その一瞬はコウにとって距離を詰めるのに十分な時間。

 死体の陰から飛び出した灰色の少年は、右手で右の兵を仕留め、その腰から拳銃を抜くと左の兵の口に銃口を押し込んだ。

 夜間で視界と判断の鈍った兵は声を上げる暇すら与えられない。

 そしてあくまで冷徹な、少年らしくない声で問う。

「武器庫と食糧庫は?」

「――ッ!!――っ!――――ッッ!!!」

 果敢に抵抗の意志を見せたその兵士の左手を右手のバヨネットで咎めると、機械的に同じ問いを繰り返す。

「武器庫と食糧庫は?」

「…………っ――」

 答えたところで命が無いことはわかり切っている。

 だからこそ、その兵士は少しでも時間を稼ごうとその意思を貫こうとした。

 しかし無意識中の生存欲求は、反射的に視線を動かしてしまった。それを読み取れないコウではない。

「……………………」

 銃声は鳴らなかった。コウは最適化された動きで的確に命を奪った。

 その動きは無慈悲ではあったが、猟師が獣を苦しませまいとする慈悲の一撃のようでもあった。

 そして、再び走り出した。

 塹壕のぬかるんだ地を抉るように蹴って、仮設塹壕から一段階深い位置まで侵入する。

 慎重に頭を出すと目の前にはテントの密集地帯が広がっていた。

 その隙間から人の営みを象徴する光がチラチラと見え隠れし、忙しそうな喧騒が入り乱れている。

 コウはその様子に眉をひそめた。

 昼間に彼等とやり合った時とはまるで雰囲気が違う。

(――勘付かれた?)

 しかし、仮にそうだとしても作戦に変更はない。現に今こうしている間にも本隊の準備は進行している。

 頭をぐるりと回転させ、一度周囲を確認する。軽業のように身を翻して塹壕から飛び出すと、その勢いのままテントの側面に滑り込み張り付く。

 テントから聞える音はない。

 その代わり、合間を行き交う人々の喧騒は時間と共に増している。

 コウは隙間から頭を出しすぎないように、そっと耳をそばだてた。

「砲弾の配備。急げ!」

「弾薬の残りは?!」

「不凍液の補充は……たったこれだけか!」

 基地を忙しなく動き回り指揮を取る人間達の中に、コウと戦場で相対した部隊の隊長も混じっていた。

 彼は部下から配置完了の報告を受ける傍ら、机に広げた地図を睨んでいる。

「少佐!少佐!!」

 怒鳴る声に目を向ければ、ズカズカと部下を突き飛ばして歩いてくる男がいた。

 中年の割にシワの深い、なんとも小心者そうな顔が真っ赤なのは、きっと寒いからではないだろう。

「なんだこの騒ぎは?!誰がこんな事しろと許可した!」

「耳元で叫ばんでください!」

「この基地の物質がどれだけ少ないと思っているんだ!」

「だからこっちがこんなに苦労しているんでしょう?敵はもうすぐ傍まで迫っているのですよ!」

「そんな報告は受けていない」

「定期報告もつい一時間前から途切れていますがね」

「それが何だと言うのだ?」

 いつも通りの怒鳴り合いの末、隊長は真っ白な息を溜息として消費した。

 これでは駄目だ。

「増援も補給もあと一晩で──おい!どこへ行く?」

「貴方と話していても埒が明かない。報告は作戦本部にしておきます」

 その時だった。

 耳を劈く爆音が衝撃波を伴って二人を襲った。

 周辺にいた人間や仮設テントが揺らぎ、脳が振動する。

 わずかに遅れて、熱を伴った風が吹き、そこにいた誰もが黒く膨らむ二柱の炎を目撃した。

「──い!!あ──何だ!!」

 激しい耳鳴りが上官の怒声を遮る。

 隊長の体はふらついていたが、それでも余力を振り絞ってうるさい上官の体を吹き飛ばした。

「伏せて!!」

 ぬかるんだ地面に伏せた二人の頭上を、音より早い無数の鉛が通過した。

 それらはその場で足踏みする者、逃げ惑う者、背を向けたものを容赦なく切り裂いて彼方へと消えて行く。

 ほぼ同時に聞こえる銃声は、機関銃のそれというよりモーターが激しく回転する音に近く、銃弾が人体を容易く破壊する様はまさしく電動ノコギリのようだった。

「な、なんだ──あの銃は……」

 隊長は、震えて固まる上官の肩を強く揺すると視線の先にある塹壕を指さした。

「あそこまで這って下さい!!」

「い、いやしかし──」

「立っている兵がいるうちに、早く!!」

 上官の体を突き飛ばし、その遥か先に広がる闇に銃を向ける。

 連続した発光をその中に見つけると、銃を向けて何度か引き金を引いた。

 もちろん、当たるはずがない。しかしそれでも一瞬だけ銃撃が途切れ隙を作ることができた。

「隊長!!こっちです!!」

 見計らったように若い声が聞こえ、反射的にそちらへ転がる。

 冷たい泥をまといながら悲鳴の中を進み、部下たちが隠れていた土嚢の遮蔽までたどり着いた。

 土嚢の裏には部隊の全員が集まっていた。しかし、恐らく声を上げたであろう少尉は、頭から上が弾けていた。

「これは……状況は?」

「拠点が爆破されました!位置は不明!!それ以外はよくわかりません!!」

 弾雨の中で部下は必死に声を上げる。

 その向こうを見渡すと、立ち上がった一人の王国兵が一発の銃弾で頭蓋を撃ち抜かれているのが視界に映りこむ。

「狙撃手がいるな……」

 呟いた隊長は、次いで顔をしかめた。

「爆破した奴は?」

「まだ一人しか見つかってないそうです。別の分隊が追撃中です」

「一人……どうにも嫌な予感がする」

 隊長は少尉の死体から発煙筒を取り出すと、それを焚いて土嚢の向こう側へと投げた。

「支援に行くぞ。もう手遅れかもしれんが」

「了解」

 煙に紛れて立ち上る黒煙の方へ足を向ける。

 先頭に現在の副官が付き、そのすぐ後ろに隊長。以下部下が続く。

 皆身を屈めて足早に進むが、その際にも二人が銃弾によって刈り取られた。

 隊長の眼前にも銃弾がかすめたが、そんな鉛よりも背後の脅威が遥かに恐ろしかった。

「……はずした」

「やっぱ調子悪いんじゃないか?」

「うるさい」

 煙のスクリーンの向こう側。基地から800メートルは離れてはいるだろう場所に、アンネ達三人は陣取っていた。

 ケンジとシンは白い布を被り、コユミは全身を包んで雪を被って伏せていた。

 ケンジは仮設的に作った堀に胡坐をかいて機関銃を構え、その少し後ろの木の上に双眼鏡をもったシンが座っている。

「潮時だな。コユミは少しづつ後退しつつ、チャンスがあれば狙撃してくれ」

「私はまだここにいるわ」

 平然としたコユミのトーンから不満を読み取るのは、隊のメンバーでないと難しい。

 ケンジはそれを正確に読みとった上で、静かに諭す。

「安心しろ。隊長は優秀だが、それだけだ。あれぐらいの練度なら、あいつの敵じゃない」

「でも──」

「大丈夫だって。コウはむしろ、ああいう環境の方が得意でしょ」

「……なんかあったら許さないから」

「わかってる。早く行け」

 不満そうな声色は残したまま、コユミは芋虫のようにもぞもぞと起き上がった。

 その時、三人の遥か後方で爆発が起こる。

「向こうも始まったみたいだね」

「コユミ。拾ってもらえるような拾ってもらえ」

「無茶言わないで。あんな暴れ馬乗りたくないわ」

 それだけ言うと、コユミはそそくさとその場から後退し始めた。

 ケンジは機関銃の二脚を畳むと胡坐から膝立ちに移行する。

「通信はどうだ?」

「うーん…………地獄?」

「そうか」

「どうするの?」

「射線を変えてもう一度攻撃を加える。この状況なら、本隊が合流するより先に畳める気がする」

 ケンジがそう言うと、その隣に音もなくシンが降り立った。

「バックアップするよ」

 同時に、後方で爆発が起き、柔らかな風が二人の背中を撫でた。



 王国軍前線基地で二柱の爆発が起きた時、同時に信号弾が二つ。上空に上がっていた。

 それらを基地で確認できた人間はわずかだったが、そこから一キロ先の砲陣地と二キロ先の前線壕では確認できる者がいた。

「信号弾が二つ。成功だ──起きろキコ」

 砲塔の扉から胸上を出し、右手に双眼鏡を持ったヤマモトは左手の送信機にそう言った。

 キコと呼ばれた少女が、操縦席でむくりと起き上がる。

 狭い車体内にちょうどいいか、すこし小さい体格の少女は“首のない戦女神”――試製一型機動戦車〈ゲイルドリブル〉のエンジンスイッチを押す。

「どすの」

「とりあえず二キロ先まで……そこに野砲と戦車がある、予定だ」

「ん」

 少女はそれでも眠そうな瞼のまま、自分の眼前のハッチを開けて視界を確保する。

 それに合わせるように砲塔内部に座った二人も動き出した。

 ヤマモトの右下にいる大柄な装填手ジミーは砲身に20ポンド砲を押し込む。

 装填を確認した砲手リドミラは砲を操作して異常がないか再度点検する。

 ヤマモトを脳とした、三人の手足によって大きな鉄の獣が鎌首をもたげる。

「ライトはギリギリまで使用しない。合図したら点灯してくれ」

「りょうかい」

 続けてヤマモトは前進の指示を出すと、左手で通信を切り替える。

「大隊長――大隊長――」

『こちらも信号弾を確認した。五分後に総突撃を仕掛ける。おとりは任せたぞ十三小隊』

「了解……小隊総員聞こえるか?これより作戦は最終段階に入る。繰り返す──これより作戦は最終段階に入る。我々は大隊の支援及び陽動、遊撃を行う。諸君の奮励努力を期待する。以上」

 その通信を最後に、ヤマモトはチャンネルを戦車内に切り替える。

 その間にも、戦車はガタガタとした不整地を快速に突き進んでいた。

 操縦席に座りハッチから外を見ていたキコは、鼻先をわずかに揺らした。

 木々や湿った土に交じって、わずかな火薬の匂い。

「接敵まで一分」

 少女ははっきりと告げる。その据わった瞳は先ほどの寝起きのものと違い、はっきりと闇を見通していた。

 そして、少し大きな隆起で車体が跳ねるとその先に淡い暖色の光が見え隠れしていた。

「どうやら間に合いそうだな……砲塔。左45度で固定。手前の野砲をすれ違いざまに落とす。直後に左ターン180でバック。二台目を後ろから破壊する。できるか?」

「問題ありません」

「いつもやってる」

「…………」

 テキパキとした指示にリドミラとキコ応える。

 装填手のジミーは無言だったが、それは了承の意味であると乗員たちは皆心得ていた。

「待て!右から何か来てるぞ!!」

 そして、野砲陣地にいた誰かの叫びが、唸るような戦車の音を超えて聞こえた。

「点灯!」

 同時に、ゲイルドリブルの二つのヘッドライトが辺りを照らす。

「敵しゅ──」

 瞬間。野砲が激しい音とともに爆ぜる。

 周辺にいた兵士も諸共吹き飛び、悲鳴を上げる。

 それらを轢き、撥ね、戦車は燃え盛る野砲の眼前をすり抜けて十数メートルを滑走。土砂を巻き上げて車体を激しく横滑りさせる。

 そのままスピンして車体の前後が入れ替わると、そのままバック走行で敵を照らす。

「敵戦車は一台!」「早く破壊しろ!!」「戦車隊を出せ──!!」

 彼らからの散発的な反撃は、眩しいヘッドライトによって定まらない。

 その間にゲイルドリブルは二台目の野砲の背後まで迫り、二発目の砲弾を至近距離で叩き込んだ。

「――ッ!!車体右反転!!」

「あいよ!!」

 ヤマモトの指示とキコの操縦が誤差なく行われ、速度を保ち滑るままに履帯が左右逆に動き超信地旋回を行う。

 ほぼ同時に、どこかから放たれた砲弾が砲塔の側面に被弾。浅い角度で着弾したそれは鈍い音を内部に響かせながら彼方へと方向を変えて消えていった。

「砲塔右45度!!車体を一回転させながら東へ抜けるぞ」

「「了解!!」」

 傾斜に乗った軽いゲイルドリブルの車体が速度を増してスピンする。

 その間にも各方向から飛来する砲弾を車体や砲塔が弾く。

 敵の砲弾は決して強力なものではない。しかしそれでも、ゲイルドリブルの装甲に直撃すればあっさりと貫徹してしまうほど、車体の装甲は脆弱だ。

 しかし、装甲を犠牲にして得た速度と走破性、強力な主砲は第13小隊の彼らだからこそ扱うことができ、大隊の戦女神たり得たのだ。

 ゲイルドリブルは陣地の明かりから離れ、森の闇を切り開き突き進む。

 針葉樹林の隙間を器用にすり抜けると、後ろから飛んできた砲弾がそれらに穴をあける。

 ヤマモトはハッチから身を乗り出して後方を確認する。

「敵戦車は三台。このままだと追いつかれるな……」

「それはそうですよ。こちらがいくら速いとは言え、車体はそれなりに大きいんですから」

「小回りの利く軽戦車の方が、こういう森じゃ有利に決まってんだろ」

 続く二人の言葉にヤマモトはニヤリと笑う。

「この先、少しだけ森が開ける。そこに出たらライトを消してくれ」

「わかった」

 作戦前に穴が開くほど地図と地形の照合をしていたヤマモトの言葉に疑問を持つ乗組員はいない。

 徐々に迫る敵戦車から放たれる砲弾が顔のすぐ横を通り過ぎようとも、飄々とした態度を崩さず、常に数手先を想定する。

 第13小隊をまとめる男とはこういう人間だった。

 そうでなければ、彼らは当に死んでいる。それは現在進行形で敵基地で暴れまわっているコウ達も決して否定できない。

 帝国陸軍第101歩兵大隊とは、死して任務を達成することを願われた──決死隊を想定して設立された部隊である。それは、末端である第13小隊とて変わりない。

 その前提の上に成り立つバランスをヤマモトは取り続けていた。

「――っ!!――――」

 と、その耳に誰かの怒号が風に乗ってかすかに聞こえた。

 ゲイルドリブルが発するエンジン音で正確に聞き取ることはできない。だが、どうやらそれは後ろに近づいている3台の軽戦車から身を乗り出した男からのものらしい。

「奴ら通信機を積んでないのか……」

「車体が小さいから必要ないのではないでしょうか?」

「そんなはずは……」

「もうすぐ出るぞ。雪の匂いが強くなった」

 キコの言葉に二人は口をつぐみ、自分の仕事に専念する。

 その様子を見ていた装填手のジミーは、それでも声を出さなかったが穏やかに微笑んでいた。


 ゲイルドリブルの車内とは一変して、追いかける軽戦車3台の空気は酷くピリピリとしていた。

 野砲陣地で砲撃支援さえしていればすぐに終ると思われていた戦場は、日を追うごに目に見えて悪化していた。

 しかし上はそれを気に留める様子もなく、野砲陣地にいた大半の兵士も危機感を持つことはなかった。

 そんな安穏はあっという間に崩壊した。

 否、そんなものは端からなかったのかもしれない。

 酒で緩んだ思考が引き締まる瞬間は、野砲が眼前で派手に炎上した時と同時だった。

 指揮官が怒鳴り、戦車隊が動き、こうして敵を追いかけている。

 立った一台で乗り込んで、即座に効果的な損耗を与えたそれは、踊るようにこちらの攻撃を躱して逃げる。

 苛立ちを隠さず、それぞれの車長は乗員の肩を強く蹴飛ばして指示を飛ばす。

 もうすぐ追いつく。3台で囲めばさすがに破壊できるだろう。その瞬間を想い発信機握る手が震える。

 しかし、通信機は残酷な続報を届ける。

『せ、戦車を前線に──ぜ、前線が!!』

 そういう作戦だったのだろう。今まで無謀に思えた彼らの行動が、今では充分にに効果的だったと実感する。

 戦車が野砲陣地に突っ込んだのと時を同じくして、前線では一斉に歩兵がなだれ込んだらしい。

 死に物狂いで走り、隣人が鉛に倒れようとも振り返らず、狭い塹壕に飛び込んでくるそれらは想像するだけで恐ろしい。

 その地獄は、手元の通信機を通してノイズ交じりに訴えかけてきた。

『――ど、どうなってるんだ!!――作戦本部に繋がらない──!!』

 今更、何をしてももう手遅れなのでは……誰もが、その時感じた。

 戦車隊をまとめる男が、右隣を走っていた戦車に指示を出して後退させる。

 残った二台はもう眼前まで迫った一台の敵戦車に、砲塔をゆっくりと傾けた。

「同時に撃って、確実に仕留めるぞ!!」

 そして、合図を出す。

 3――2――――

 引き金を引こうとした。だが、一瞬の躊躇がタイミングを狂わせた。

 敵戦車が闇に消えた。

 今まで派手につけていたヘッドライトを消したらしい。

(……そこまで読み通りということかっ……)

 闇を切り裂く光を目印に追いかけていたことは、敵の策だったらしい。

 ワンテンポずれたタイミングで発射された二発の砲弾に手ごたえがなかったことは言うまでもない。

 一瞬の後、森が切り開け月明かりが三台を照らした。

 敵戦車は車体を真横にしていた。

「しまっ――――」

 そのまま滑り込むように二台の間に挟まったそれは、正面に向けていた主砲で殴りつけるように一台の横っ腹に大穴を開けた。

 即座に貫徹した徹甲榴弾が車体内部で爆ぜ、小さな弾薬庫も連鎖的に爆発する。

 内部の圧力に耐えられなくなった車体は、砲塔を無理やり分離する。

 乗員が無事でないことは誰の目にも明らかだった。

 同時にその戦車は、車体の後部で二台目の右前方を殴りバランスを崩していた。

 つんのめる様に横転した車体は、成す術もなく土手っ腹を撃ち抜かれ爆破・炎上。

 燃え盛る車内から激しく悶えながら脱出した車長は、今際の際にそれを目撃する。

 炎に包まれる視界の隅で、確かにその女神は立っていた。

 両腕を失くしてなお、凛と胸を張り。首を失ってなお、空を見上げる。

 幾つかの神話で語られる、翼を称える戦女神。その名前は──


 車長の意識は、一発の銃弾によって途切れた。

「お、ここにいたか」

 ヤマモトが振り返ると、履帯の轍のすぐ脇からもぞもぞと起き上がる物体があった。

「ここに、来るんじゃないかって」

 狙撃銃を抱えた青い目の少女がゲイルドリブルの前に現れる。

「そうか……まあ乗れ」

「え」

「え?」

「は?」

 まさか同乗を求められるとは思わなかった反応に対する、間髪容れない「そんな反応されると思わなかった」という応手――に対する「逆に思い至らなかったのか?」という咎め。

 砲手は思わず吹き出してしまったが、すかさずフォローを入れた。

「コユミ。えっとね、隊長が乗るかどうか聞かないときは、乗った方がいいってことよ……そうよね?」

「あ、ええ、そうですねリドミラさん……ね?」

「ね?じゃないんだけど──」

 コユミは心底嫌そうな顔をしていたが、立ち上がり銃を懐におろした。

 そして渋々といった様子でゲイルドリブルの車体に手をついて、軽業のように砲塔までひらりと飛ぶと、仁王立ちでヤマモトを見下ろした。

「蹴ったら許さないからね」

「善処はするよ」

 ヤマモトは不服そうな表情をしたが、無線から入る連絡を聞くとその表情が元の軍人らしいものに戻った。

 それを見ていたコユミも事態を察し、するりとハッチから狭い車内に滑り込む。

 入れ替わるように車内で立ち上がったヤマモトがハッチから上半身を乗り出し、その足の隙間に座るようにしてコユミが顔と狙撃銃だけを外に出す。

「狭い」

「まあそう言いなさんな」

 不服そうな表情を横目に、リドミラはコユミから口元を隠す。

 微笑ましいなどと言えば彼女がどんな表情をするか、それはそれで見てみたかったが、後の楽しみとして取っておくことにしたのだ。

「さてと、取り逃した大物を仕留めに行きますか」

「コウ達は?」

 そして少女は一転して、借りてきた猫のように小さく尋ねる。

「安心しろ。なんかあったら信号弾が上がる。このタイミングで何もないってことは、もう何も起きないってことだ」

「そう……」

 それでも、どこか不安げな表情を浮かべる彼女の肩に大きな掌が置かれる。

「…………」

 決して声を出さない装填手は、穏やかな表情を浮かべていた。

「うん。わかってる……大丈夫だってことは」

 その意味するところを察せない彼女ではなかった。

「行くぞ」

「「「「了解」」」」

 そしてゲイルドリブルは、また月明かりの届かない闇へと消える。

 その心臓の残響が、不気味な生き物のように森にこだました。



 戦時において、いづれも安全な場所など存在しない。

 彼は、そのことを強く自覚するとともに、同じくらい後悔していた。

 常在戦場の心構えなど所詮は標語のようなもので、それを意識している軍人などよほどのエリートぐらいのもの。ごく一般的な一将兵には無縁の話だった。

 それが、いったいどうしたものだ。

 敵は、安全だと盲信した後方にたった数人で殴りこんできた。

 そのたった数人に、彼等は哀れになるほどに引っ搔き回され、やがてその悲鳴も小さくなり、今ではすっかり静かになった。

「何人残ってる?」

 隊長が吐き出した声が闇に呑まれる。

 やがて、闇から疲労困憊の部下が答えた。

「我々だけです。前線に向かった部隊、撤退しようとした部隊……いづれも通信途絶」

「――そうか」

 隊長は深く息を吐いた。吐き出された白い吐息はゆっくりと立ち昇ると、どこかの炎に照らされて見えなくなった。

 その吐息に失望の意図はない。どちらかと言えば諦観に近い。

 彼等が司令部を壊滅させた時点で勝敗は喫している。

 取れるだけの最善は尽くしたつもりだったが、それでどうにかなる相手ならば、今までの苦労は無用だろう。

 そして、たった今残された最後にして最善の行動は

「撤退だ。我々だけでも退く」

「しかし──」

「ここの状況が後ろに伝わるのは早くても夜明けだ。それより早く伝えれば、その分早く対策が打てる」

「……了解です」

 勇んでずかずかと敵地に踏み入り、あっけなく蹴散らされた挙句の撤退。

 これほどの屈辱を、自分より立場が上の人間に振り回される形で味わった。

 それをすんなりと受け入れられる人間は少ない。

「まあ、無事にここを抜けられたらだが」

 そして今は、縋るべき希望すら見えない。

 その場にいた誰も彼もが地に積もる、汚く踏み荒らされた雪から目線を上げることはなかった。

 ふいに、隊長の背中を不安が襲った。

 言葉にできない嫌な予感が泥のようにべったりと張り付いたような、気持ち悪さ。

 その泥はさあっと冷や汗で流れ、ついでに体温を奪っていく。

「おい……大丈夫か?」

 勇気を振り絞り体をひねって、後ろにいた部下の影に手を伸ばす。

 遠くに見える炎の光を遮って逆光に包まれた表情は不明瞭。疲労からか、両手はだらりと下げていた。

 その影に触れようとした。しかし、逃げるようにそれはずるりと崩れ落ちた。

「――っ!!」

 悪い夢なんじゃないかと思った。

 仕掛け絵本のように部下の影がめくれると、今度はそれよりも一回り小さな影が頭上に火の光を称えて現れる。

 それは、もう二度と見たくないと願った少年。

 凍り付いた血液が全身に流れ込み、思考と肉体が停止した。現実を理解することを、ほんの一瞬だけ本能が拒んだ。

 重力に従うように視点が落ち、影の顔を通り過ぎ、やがてたどり着く。

 構えた銃の銃口が、その下に取り付けられた銃剣から垂れる赤黒い液体が──鈍く輝いていた。

「少佐!!」

 体を衝撃が襲い、冷たく固い雪に叩きつけられる。

 つい今しがた自分の頭のある位置を銃弾が切り裂いていく音を耳で捉え、現実に引き戻される。

 視界には自分を突き飛ばした部下と、引き金を引いた少年に切りかかる部下が映る。

「やめ──」

 次の瞬間、瞳が映す景色には赤の差し色が加えられた。

 部下の体が袈裟に切り裂かれたのだ。隊長は拳銃を取り出して反撃するが、もう既に遅く、ひらりと体が歪み子供の人影は仮設キャンプの向こうに消えた。

「全周警戒!方位十二時に全力撤退!!」

 立ち上がり、恐怖を拭い去る様に叫んだ。

「殿は私が勤めます!!」

 皆それに呼応する。

「行くぞ──」

 隊列を形成した部隊は一つの生命として動きだす。

 十メートルほど移動すると、隊列中段で上方を警戒していた隊員が声を上げた。

 その声に被せるように銃声が鳴り、中段にいた別の隊員の頭が散る。

「上だ!!」

 一斉に銃口を向けられた人影は、再びひらりとテントの影に消える。

「クソッ!!」

 銃口を下せば今度は背後から足音がする。

 そこにいた誰もが頭に獣を思い浮かべた。

 その獣が、一瞬のうちに背後を取ったように感じたのだ。

 ついに、誰かの緊張の糸が切れた。それは殿を務めていた部下。

 その男は雄叫びとも悲鳴ともつかない声を上げながらテントの壁布に向かって小銃を連射した。

「先に行って下さい!!」

「――ッ」

 動いていた隊列で一人が倒れ、一人が足を止め、全体に隙間ができる。

 逃げるか否か、その一瞬の迷いをまるで予測したかのように子供の兵隊が飛び込み、隊列を切り崩し始めた。

「おい!」

 名前を叫ぶより先に、殿の首が飛んだ。

 動揺した部下の命が、後ろから次々と刈り取られていく。

「あ、あぁ────」

 声が出なかった。

 心に渦巻く混沌に絶望という名前を付けるには、それはあまりにも簡単すぎるから。

 絶望がこんなに身近では、それは絶望と言うには随分ありふれてしまっているから。

 一人、また一人と命の灯を消した銃剣が、すと──と驚くほどすんなりと隊長の体に流れ込んだ。

 それはほんのりと熱を持って体に受け入れられ、じんわりと冷たさが広がっていく。

「……な」

 これほどまで近くによって、初めてその瞳をまじまじと見た。

 漆黒の瞳は何かを捉えているようには見えない。その中心に据えられた瞳孔は、まるで虚のように虚空を保ち、感情を見せない。

 その本質を今際の際に絶望の意味と共に理解した。

 その少年は、人間ではないのだと。

 彼自身が絶望あり、人間の皮を被った別の存在なのだと。

「………………」

「――――――」

 この絶望を生かしておいてはいけないと。

 子供らしい顔の、わずかに陰った瞳に映る死の色。殺戮をもたらす悪魔の魂を確かに感じ取った。

 敵を……人を殺すことに何の意義も罪悪も感じない人ならざるものを、消えかけの灯をもって抹殺しなければならないと。

 それは軍人としてでも王国人としてでもなく、一人の人間として。

 まるで天啓のように頭に沸いた衝動。

 銃身をしっかりとつかみ、反対の手に持った拳銃をその額に押し付けた。

 その絶望は「しまった」と口でこそ言えど、その顔に焦りの色を見せることはない。

 まるで忘れ物をした子供のように。

 その表情になおさら指に力が加わり引き金を引く。その筈だった。

「………………」

「………………」

 沈黙よりわずか後、銃声がこだました。

 体から力が抜け、隊長の体の中ですっかり温まった銃剣がずるりと抜けた。

 すでに生気を失った顔の先、また別の少年兵が銃を構えていた。その銃口からは小さな煙が上っている。

「危なかったね。コウ」

「シン……」

 ゆるく微笑んだ黒髪のシンは、銃の切っ先ををコウの方向から降ろす。

 自分の鏡写しのようなシルエットの、黒髪の少年をコウはじっと見つめていた。

「……お礼でなくとも、なんか言ってほしいな」

 虚のような瞳にシンははにかみながら答える。

 やがて、コウは遅延信管のようにぽつりと「助かった」と述べた。

 シンの助けがなくとも状況を切り抜けることは可能だったからこそ、その返答には時間を要した。

 しかし、自分が使用可能な残りの弾薬など様々なことに考えを巡らせれば結果的にはプラスに働いたと考え礼を述べたのだ。

 その心境を知ってか知らずか、シンは慣れたように苦笑いを浮かべた。

 タイミングを見計らったかのように、コウの背後からケンジが近づいてくる。

「俺たちの仕事は終わりだな。やがて本隊が合流するはずだ──どうした?お前ら」

「いや、別に」

「ああ」

 付き合いの長い二人が醸し出す微妙な雰囲気をそれとなく察知したケンジは困惑した様子だった。だが、それはそれとして、機関銃の先端でそこかしこに転がっている死体をつつきながら続けた。

「まあいい。シン、本隊の様子を探ってくれ。コウは俺と死体の確認だ」

「その必要はない」

「どういう──」

 ケンジの提案を真っ向から否定したコウは、素早く拳銃を抜くとケンジに向かって引き金を引いた──ようにケンジから見えた。

 正確には背後に地を這って迫る敵指揮官の眉間に向かって引き金を引いていた。

「もう皆死んでるよ」

「……ああ、そうか」

 頬を突き抜けた凍てついた真空。ケンジにはそれが敵が放った銃弾の何十倍も質量を持っているように感じた。

 戦い、命のやり取りをした者は、必ず殺す。

 それが、イノウエ コウという男。物心ついて此の方、人が命を落とす裁量を指先の感覚だけで感じられるまでになった人間に死亡確認など必要ないのだ。

 沈黙した基地に立つ三人を、上り始めた日が照らそうとしていた。


 戦闘開始から数時間。

 前線では叫び声上げる者も徐々に減り、断末魔も悲鳴から諦観へと緩やかに移行していた。

 己が命をもって敵の命をすり潰した者幾百人。

 その屍を朝日を背に渡り歩く者がいた。

 帝国陸軍第101歩兵大隊・大隊長カール・フォン・ラマーズ中佐。

 見渡せば広がっていたはずの美しく冷酷な白い大地は、もう一度日が照らすころにはすっかり様変わりしている。

 純白のベールはすべて剥がされ、なだらかな形状を成していた起伏は穴だらけになり、最後にこれでもかと骸がトッピングされていた。

 それら骸の大半は目を開いたまま胡乱な瞳孔で虚空を見つめ、うち幾つかは形状を成しておらず、うち数十は四肢のいづれかもしくは複数を欠損しており、どれだけ忖度をしても「美しく整えられた死体」とはそこには存在しなかった。

 そんな彼らを、ラマーズは睨んだ。

 その視線こそ彼らに向けられていたが、その憎悪は間違いなく自分――ひいては帝国に向けられていた。

「中佐殿!少しよろしいですか?」

 と、その背中に声をかける者。

 振り返れば、自分より頭一つ分ほど身長の低い極東系の男が一人。

「君は──」

「第三中隊所属。ベイヤー少佐であります」

「ああ、そうだったな」

 彼らは、自分の名を必ず帝国名で名乗る。ごくわずかな幾人かを除いて。

「それで、ベイヤー少佐。何か」

 その黒い瞳をまっすぐ見つめると、ベイヤーと名乗った少佐は一度怯むように口を噤んだ。

 しかし、ぐっと拳を握って姿勢を正すと、まるで自分を奮い立たせるように大きな声を出す。

「恐れながら!中佐殿にお願いがあって参りました!」

 こう言ったところは、何とも彼等らしい。

 中佐は彼らの訓練を受け持った時から常に感じていた。

 彼らがどんなに帝国人然としていても、将兵だろうが戦場においては常に先陣を切り、撤退やむなしとした時には全力で殿を務め、そして──

「そう大声を出さずとも聞こえるよ」

「し、失礼しました……」

 少しシャイであるという人間性。

 それらは、もちろんこちらが引いた境遇がそうさせているともとれるが、そうでなくともそうなっていただろうと、ほかの帝国軍人より長く彼等との付き合いのあるラマーズは感じていた。

 まるで、遺伝子にそう刻まれているかのように。

「それで、あの──」

「遺体の扱いについては、別段咎めるつもりはない。時間の許す限りだが」

「あ、ありがとうございます!!」

 彼が何を進言しに来たかは、何となく察しがついていた。

 誰でなくとも軍人であれば、戦場で散った仲間を弔いたいという気持ちは一緒だ。

 それぐらいの自由は、認めさせてやりたかった。

 そう思い立つ自分の境遇と偽善にまた、ラマーズは吐き気を感じざる負えない。

「お優しいですね。中佐殿は」

 仲間のもとに走り去っていく少佐の背中を見ていると、今度は聞きなれた大尉の声が耳に届く。

「皮肉はよせ。大尉」

「大隊の連中の皮肉は黙って受け入れてくれるのに、俺の皮肉は受け取ってくれないんですね」

「ヤマモト、お前な──」

 振り返って言葉が詰まったのは、学生時代から妙に鼻につく赤鼻が目に入ったからではなかった。

 ヤマモトの後ろに立つ、彼の小隊所属の大柄な青年。

 小柄な人間が多い大隊内では頭二つ分ほど大きな体格を持ち、常に柔和な笑みを浮かべる話せない公国系の彼は、たしかジミーと言ったか。

 ラマーズが束ねる大隊は、公的には秘匿された秘密部隊。存在しない101番目の大隊。

 その大隊内で真に“存在しない”第13小隊とは、公的にも存在してない小隊。

 その出自は一切不明。しかし、そのメンバーや圧倒的な戦績。大戦が発生する前に起きた幾つかの小規模な小競り合いに聴く怪談話を照らし合わせれば、彼らがどういった存在なのかはおのずと見えてきてしまう。

 それ故に、大隊内でも屈指の鼻つまみ者と化している。

 何より不気味なのは、その小隊に所属する人間たちが自分たちよりも10も20も年下だという事実。

 それでいて明らかに人間を超越したであろう能力を持っている点。

 ラマーズにとっては、数年ぶりに再会した学友がそこで指揮を執っているという点も心底不気味だった。

「はあ……お前たちは何しにここに?まさか小隊に損耗でも?」

 視線をそらし、背中に感じるわずかな罪悪感を振り払うようにため息交じりにそう問うと、ヤマモトは派手に笑う。

「まっさか、そんな訳ないでしょう」

「じゃあ──」

「使える物がないか拾いに来たんです」

「あ、あのなぁ」

 彼らの言い分はもっともだ。だが、つい今しがた遺体の扱いどうのと話した手前、その尊厳について大隊内でどう思われるかと思うと落ち着かない。

 ジミーが王国兵の装備品を抱えているのを見るに、それについて指摘するつもりは起きなかったが。

「安心してください。仲間から追い剥ぎなんてしませんよ。彼等にも皇国の血が流れてる──その体を荒らすつもりには、俺はなれませんよ」

「彼らは、あくまで帝国人でありたいようだがな」

「それはそれです」

 ジミーの表情が読めないラマーズは、その気まずさを切り替えるように話題を変える。

「それで?小隊は?」

「ああ、今後続から補給だの何だのが来て、そこに交じってた技術屋のねーちゃんと話してますよ」

「あぁ……彼女か」

 第13小隊付きの技術提供者というポジションに左遷された彼女の天才ぶりと言えば……小隊がしばらく動けないことは想像に難くなかった。



「ふむふむ……なるほど、無茶な使い方はしていないようだね」

 当の本人は、そんな噂を知ってか知らずかどこ吹く風でケンジの機関銃をべたべた触っていたのだった。

「アイツと一緒にしないでくださいよ、マイザー女史」

「フフフ」

「なんすか……」

 マイザーと呼ばれた設計者は、防寒着の下から道具を取り出すと機関銃をあちこちいじり始める。

「物の扱いってのは性格が出る物なんだよ」

「それは、まあ」

 その様子をいぶかし気に眺めるケンジは懐疑的だ。

「あの少年は、実に興味深い」

 マイザーの言う“あの少年”とは、小隊内で一番不気味な彼のことである。

「と、言うと」

 機関部から何かを取り外し、ケンジに振り返ったマイザーは怪しく微笑む。

「彼が以前試製29型を振り回してフレームを歪ませた時に、私は彼に命令したんだ」

「壊すな、ですか」

「いや」

 いたずらっ子のように鼻を鳴らした彼女は、再びケンジに背を向け自分が乗ってきた不整地輸送車に向かう。

 その荷台から両手に収まるほどの大きさの木箱を取り出すと、釘抜と共にそれをケンジに渡した。

「…………」

「…………」

 無言で見返すケンジに顎先で「開けたまえ」と示すと、話を続ける。

「私は彼に『機関部に影響が出ないように使え』と命令した」

「――なにが違うんですか?」

 木箱を開けたケンジは中身をまじまじと眺めた。

 そこにはケンジが使っている試製42型機関銃の機関部一式によく似た部品が固定されていた。

 不思議そうにそれを眺めるケンジの視野外から手を伸ばしそれを持ち上げたマイザーは、うきうきと言った様子で試製42型に組み込み始める。

「先ほどウッドストックがボロボロになった29型を放られたよ。その他には発砲以上のダメージは見受けられなかった」

 そのあっけらかんとした発言に、ケンジは呆れも笑みも漏れなかった。

 それよりも圧倒的に先行した感情は驚き。

 分解可能とは言え、機関部と木製の部分はしっかり繋がっている。そうでなければ銃はまともに動かないか、すぐに壊れてしまうから。

 しかし彼は、そんな状態の銃を、あの儀仗兵を模したような近接戦闘術の中で振り回し、あまつさえウッドストックで幾人もの頭蓋を陥没させてきたというのだ。

 それなのに、機関部に発砲以上のダメージを与えないというのは、繊細を通り越して曲芸じみた芸当である。

 それを、一つの些細な不運で命を落とす戦場で彼は成しているのだ。

「つくづく、化け物じみているだろう」

 振り返ったマイザーは、ケンジの心境を言語化した。そして、組みなおした機関銃を手渡す。

「……今度はどんな改造を?」

「現在試作中の重機関銃のシステムを仕込んでみた。次の作戦で使用感を教えてくれ」

 マイザーは飄々と伝えたが、使い慣れた相棒がまたも人格を変えられた本人の心境は決して穏やかでない。

「安心したまえ、前回も問題はなかっただろ?」

 その表情を読み取ってか、彼女は付け加える。

「あのですね……俺らはこれに命預けてるんですから、多少の感覚のズレが命取りになるんですよ」

「どちらにしても、君たちが死にゆく運命なことに変わりはないだろう」

 鋭いメスのような細い指が、分厚い手袋越しにケンジの胸を突いた。

 その言葉に、自然と怒りは沸いてこなかった。

 彼女が言い示したのは、すでに人と違う体になった自分たちの不透明な寿命についてか、それともおぞましいものを消しさるために置かれたこの境遇についてか。

「君たちを使って実験しろと言われた以上、君たちに情を移すわけにはいかないのでね」

 まるで自分に言い聞かせるように背を向け、道具を片付け始めたマイザー。

「でも、俺たちで実験した兵器が一般人に扱えるとは思えませんけど」

 話題を変えたケンジは、受け取った試作42型の動作を一通り点検して、机にそっと置いた。

「そうでもないさ」

 もう一度向き直った彼女はいつもの微笑を浮かべていた。

「君が使っていた以前のバージョンを元にした支援機関銃は百挺ほど試作され高評価を経た。現在量産体制を整えているところだよ。そしてそこから派生したのが据え置きの三脚重機関銃の思想だ」

「さっき言ってたやつですか」

「ああ。一応君たちの女神に乗せる試作型を持ってきたのだが……」

「あるなら積んじまえばいいんじゃないんですか」

 ケンジがそう言うと、マイザーは顎に手を当てて悩ましい顔をした。

「そうしたいのは確かだ。しかしこれは三脚で使用する前提で組み立てたし、なによりあの戦車は緻密な計算によって完璧な重量バランスを成しえた傑作だ。そのバランスを壊さずに設置することを失念していたのだよ」

 “完璧な重量バランスを成しえた傑作”――その結果、ゲイルドリブルは並みの搭乗員はおろか、熟達した戦車乗りでも扱えない俊足の獣になってしまい、量産化の計画は潰えたわけだが。

「ちなみに、そいつのスペックはどんなもんなんです?」

「口径13ミリ。毎分770発ってところだ」

「………………」

 少なくとも人に向かって撃つものではないと感じたが、その残虐性が予想を超えていたため言葉は出なかった。

「反動とかどうすんだ……」

 誤魔化すように呟くと、あっけらかんとした様子でマイザーは答えた。

「その辺は問題ない。三脚で固定する前提だから動作は単純に、精度も確保できた。もう一つの試作型は銃身を後退する設計にして反動抑制を試みているが……こっちはまだ難しいね」

 それだけ言うと彼女は輸送車に置かれた大きな木箱にぽんと手を置いた。

「ま、何かの機会に使うことがあれば使ってくれ。分解も組み立ても簡単だから邪魔にはならんだろう。弾がなくなったらバラして廃棄してくれても構わん」

「いいのですか?一応機密でしょう、それ」

 ケンジが当たり前の疑問を投げかけるとマイザーは声高らかに笑う。

「こんなもの、歩兵用としては誰も考えんだろ」

 楽観的なのか、天才ゆえに何かが見えているのか、彼女がそう言うのならそれでいいのだろうとケンジはそれ以上について考えるのを止めた。

 と、見計らったかのように彼女に話しかける者がいた。

「は、博士……」

「おや、キコ」

 小隊内でも小柄なキコが、女性として身長の高いマイザーに後ろから話しかけるとまるで親子のようにも見える。

 マイザーのことを“博士”と呼ぶ数少ない人物の中でも、キコは特に彼女を尊敬している。

 それは、小隊の人間に向ける彼女の態度と比較すれば一目瞭然であった。

 ゲイルドリブルの整備を一任されているキコは、マイザーと合流することがあれば必ずその技術を乞う。マイザー自身も、彼女の技術力を認めてゲイルドリブルを任せている。

 不定期に見えるしおらしいその小さな少女の姿は、小隊では貴重なもので、見られれば幸運または不運と言われている。

 ケンジはその微笑ましい光景を眺めていたが、鉄の獣の手綱を操る少女の、その獣より恐ろしい剣幕を目にし「今回は不運だな」と占いの結果を憂いるのだった。

 そして、その少女に穏やかな視線を向けるマイザーに気付いた時、もうすでに彼女が引き返せないところまで来ていることに、気づいたのだった。



 上り始めた日差しは、木々の隙間の水蒸気の結晶を照らし、キラキラと乱反射した霧を発生させていた。

 澄んだ空気に氷点下の気温。つい数時間前まで王国軍の所有物だった基地より先の、さほど踏み荒らされていない雪景色に、細氷──俗にダイヤモンドダストと呼ばれる現象が起きていた。

 見慣れた人間でなければ美しいと形容するその景色も、しかし無残な一閃が通過する。

 基地から延びる少し深い、一本の車両の轍。そこから少しずれ、背の高い木々が乱立する森に分け入ったコウは、自身を包むダイヤモンドダストなどには目もくれず、無心に小銃を振り回していた。

 銃剣がついたそれは、王国兵の死体から漁ってきたもの。彼の近くで木の幹に深々と突き立てられているもう一丁も、どちらも帝国軍以外では広く正式採用されている標準的な半自動小銃。

 コウはそれを腕の中で回し、全身の動きを連動させ、最高速度で銃剣を振り、振り子のように最大威力を乗せたストックを振るう。

 一つ一つの動作のたびに、空を切る音が発生しては、小さく木霊して森に浸透する。

 そうして時折、木の幹を強く強打しては、落下する決して軽くない雪の塊を滑らかな体捌きで避け、素早く保持し直した半自動小銃で撃ち砕き、そして木の幹に向かって小銃を鋭く投げて、もう一方の小銃を回収して一連のランダムな動きに戻る。

 稀に、これまた拾った予備の弾倉をクリップ装弾するすることもあるが、それらを繰り返してどれくらいたっただろうか。

 周辺の枝に積もった雪をあらかた落とした頃、コウは右手で持っていた小銃を天高く放り投げた。

 もちろんそれは、重力に伴って重たい木製のストックを地面に向け、落下し始める──かと思われたが、何かに小突かれたように空中で軌道を変えた。

 それは、コウが即座に引き抜いた拳銃から発せられた弾丸だった。

 コウは空中で一瞬静止した小銃のストックを狙って拳銃を放ち、弾かれるように滞空時間が伸びた隙を見計らって、一メートル離れた木の幹まで飛ぶと、もう一度拳銃を空中に向かって発砲して捨てる。

 弾かれるように空中で回転する小銃を横目に、木の幹に刺さったもう一つの小銃を右手で引き抜く。引き抜いた時に体を引っ張る慣性を利用して、体を半回転させながら左手で取り出したスコップを斧のように投げる。

 空中の小銃の先端付近に回転しながら突き刺さったスコップは、ストックを中心に半回転すると地面を目掛けて落下し始めた。

 コウはそのスコップ目掛けて、回収した小銃で発砲。

 キン、という甲高い音が鳴ると空中の小銃は落下しながらもストックを下に向ける。

 発砲。今度はチューンと唸る音が鳴り、より遠くに飛びながら落下する。

 発砲。コンという金属音の後、ドサッと地面に落下した。

 最初はほぼ頭上に投げたはずの小銃は、ボロボロになってコウから十メートルほど離れた位置で着地した。

「………………」

 コウは小銃の薬室を手動で開放する。

 カキーンという小気味いい音が鳴り、数発の弾丸とクリップが弾けるように排出された。

 そのまま小銃を投げ捨てたコウは、拳銃を拾うとトボトボと十メートル離れた位置で突き刺さったままのスコップを回収しに向かう。

「相変わらずだね。コウ」

 その背中に、いつもの調子で声をかける少し高い少年の声。

「何の用だ、シン」

 振り向かずに、スコップに向かって歩きながらコウはその名前を呼んだ。

「暇になったから、様子を見に来た」

「また、手伝ってきたのか」

「ああ」

「懲りない奴だ」

 コウは拾ったスコップを太陽に照らしながら眺める。

 ここ数日の戦闘で随分くたびれたようだ。そろそろ手入れをするべきだろうか。

「コウだって、懲りずにそれをやっているわけだろう?」

 両手を広げて肩をすくめたシンは、それとなく地面の残骸を示した。

「これは生活の一部みたいなものだ。任務と変わらない……少なくとも不気味に思われながら死体処理の手伝いをする異文化交流とは違う」

 基地にいる者、戦場跡にいる者、そして遠く離れた場所にいるコウ達も、もう気づいていた。

 戦闘が終わった後、仲間の遺体を弔う特有の臭い。

 志半ばで倒れた仲間を、母国の土に埋葬できずに空に浮かべ、涙を呑んで彼らの意思を引き継ぐ──そういう儀式の臭気。

 シンは第13小隊の中では唯一進んでそれを手伝う人間。

 第13小隊の中でも特に不気味に思われているのがコウならば、特に変な奴だと思われているのはシンである。

 大隊の人間からすれば対局な存在に見える二人は、しかし最も戦場での付き合いが長い。

「俺にはわからない。そんなことをする理由が」

 振り返ってシンを見据えれば、いつものように微笑を照らされた少年がいる。

「前から言っているだろ。僕は僕の一生をかけて僕という存在が何なのかを知りたいって」

「任務のためだろ」

「それは君の答えだろう。コウ──それに、それが答えじゃないかもしれない」

 物心つく前からそう生きてきた二人には、いくつかの戦場を経験するうちに大きな考え方の違いが生まれていた。

「俺らに、それ以上もそれ以下もないだろ」

「どうだろ……」

 煮え切らないシンに興味を失くしたかのように、コウは座っている彼からふいと視線を外して足元に転がった半自動小銃らしきものを見つめる。

 しゃがんで、手に取って状態を見る。

「それで?今回は何かわかったのか?」

「よくわからなかった」

 だろうな、と言おうとしたその時、シンは続けた。

「でも、どうして彼らが僕たちを不気味に思うかは何となくわかった」

「…………」

 コウは使えないこともないが危険であるという判断を下した半自動小銃を掴むと、シンの方に向かって歩き出す。

 そんなコウに向かってシンは問う。

「どうして彼らがああやっていつも仲間を火葬するかわかる?」

「……遺体を残しておくと伝染病が──」

「そうじゃないよ」

 コウの答えは真っ向から否定された。

 確かに、少し考えればそうでないことはすぐにわかる。

 伝染病を気にするのであれば、積み重なった王国兵の遺体も焼かないとならないのだから。

 コウだって、仲間を弔うだとか、意思がどうのという話を小耳に挟んだことはあった。

 しかし、それがとっさに出てこないぐらいには、それらは自分の考えや価値観とは縁遠いものだった。

「彼らを強く結びつけている者は、どうやら同じ信念というものらしい。それもとても強い」

「信念……それは任務に必要なものなのか」

「任務に必要とか、必要じゃないとか、そういうものじゃないんだ、多分。任務が目的なんじゃない──任務の先にあるもの……そのために命を懸ける、らしい」

「らしいって……」

 コウがそういうと、シンはおどけたように笑った。

「少しだけ警戒心を緩めてくれた人が教えてくれたんだ。だから、信念もなしに任務だけを目的に動いている僕たちが不気味なんだと」

「それと火葬に何の関係が?」

 使える方の小銃も回収したコウがシンの隣に座る。

「昨日まで信念を同じくした戦友が、今日死ぬ。明日死ぬ。それが悲しくて、悔しいんだって」

「なおさら、わからんな」

 二人で針葉樹より高い位置に上った太陽を見ながら、コウがそういうとシンはまた笑った。

 彼らは戦友、仲間と言ったものがわからない。言葉としては知っているが実感したことはない。

 そういったものは、そういった実感が湧くより先に気が付いたらいなくなっているか、己が手で殺めてきた存在だ。

「……コウが僕の目の前で死んだら、何かわかるのかな」

「どうだろうな……」

「僕が目の前で死んだら悲しい?」

「考えたことないな」

「そっか。それもそうだね。今まで生き残ってきたんだもの。でも──」

 シンはひょいっと立ち上がると、コウに背中を向けて基地に向かって歩き出した。

「僕の予想じゃ、これから僕たちはもっと過酷な戦場を歩くことになる」

「……いずれ隊から死人が出るかもな」

「あるいは全滅するかも」

 太陽を眺めているようで何も見ていないコウの背中から、シンはどんどん離れていく。

「全滅するまで戦場に立たされるのが俺たちだっただろ」

「そうだったっけ?じゃあ、それでも生き残ったら……」

「生き残ったら?」


「任務の先にあるものが、わかるのかも」


 

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