最終話 透き通った世界で

 殺してやるつもりだった。私の手で、愛を奪った狂人を。

 それこそが愛への弔いになると思っていた。葬式に参列することより、そっちの方が具体的な弔いになると思った。ぬけぬけと愛の葬儀にやってきたあの人を見た時には、絶対に殺してやると、そう思った。

 

 なのに、どうして私は中途半端に怒鳴りつけるだけで往来おうらいを歩いているのだろう。涙を流しながら。

 かたわらの線路を列車が疾走していく。愛を殺した犯人だ。


 もしかしたら心のどこかで私は、わかっていたのかもしれない。

 あの人を殺したって弔いにはならないということを。仮にそうしたとして、何の意味もないということを。

 そうだ。それはさながら、愛をひき殺したからと言って電車の窓を割ったり、線路に石を置いたりするのと同じだということを。

 何をどうしたって、愛はもう戻っては来ないんだ。


 夕日の残像ざんぞうはすっかり消えてしまって、あたりはもう夜だった。

 世界は変わらない。記憶から消えていないほどの過去に人が一人、この近くで死んだと言うのに。

 シャッターの閉じた商店街。向こうから制服姿の女子グループが歩いてくる。その手には白花の束がある。

(愛と同じ制服……)

 葬式の帰りに、愛の死んだ踏切に供えようとでもしているのだろうか。まあ、いい。どうでも。しらじらしいと思だけだ。


 皆、馬鹿だ。あの人たちも。あの殺人鬼も。愛も。私も。

 愛は望んだだろうか。私があの人を殺すのを。わからない。もう、わからない。

 ただはっきりしているのはただ一つ。今後一生、愛が私の前に現れることはない。二度と、私は彼女と話したり笑ったり喧嘩けんかしたりできないのだ。

 生まれ変わりとか、死後の世界とか、そんなものはない。二度と、愛とは会えない。

 電車の急ブレーキの音が響く。まるで私の心の中の慟哭どうこくを体現しているかのような叫び声だった。




 枕に顔を突っ伏して息を吐く。

 一瞬頭によぎったのは、私の家に来たいという愛の申し出を受けていたら、こうならなかっただろうかという、今まで何度も思った仮定だ。

 けれど、答えが出るものでもない。


 ……どこで間違ったのだろう。愛は、私は、あの人は。

 あらがいようのない未来というのは、たしかにある。生まれたときから一緒にいた愛猫あいびょうが死んだとき、私はそれを知った。

 どんなものでもいずれすべてなくなることは、抗いようがない。抗うことは無駄だ。

 

 けれど、この結末は、それと同義か。違うだろう。皆が少しづつおかしくなっていったんだ。その上での、当然の帰結が、たぶんこの現実だ。そしてきっと私もそこには関わっているんだ。無縁などとは、言えないんだ。


(どこで間違ったんだろう。あなたは、どう思う?)


 その問いかけは、誰に向けたものだったろう。自分自身にでもあり、愛に対して、あの殺人者に対してでもあった。あるいは……いや、いいや。もう。どうせ、答えなんて出ないし、何を言われても、納得できないで終わるだけだ。

 それならどうして、そんなことを考え続けるのか。簡単だ。


 こうやって、無理やりにでも論理だてて考え続けていれば、悲痛が多少まぎれるから。

「……愛……」


 隣で眠る愛の寝息を、悶々もんもんとしながら聞いている、あるいは月明かりに照らされる愛の白く綺麗な寝顔をドキドキしながら見つめている、そんな未来も、きっとあったはずなのに。


 流れ出そうになった涙を枕にこすり付けて誤魔化す。

 そんな夜は、これで何度目だっただろう。

 

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【解釈小説】少女レイ 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina

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