第9話ぼくと西成

改めて僕は幼少期に強く影響を受けた西成を考える時間が増えた。その当時の悪友とも連絡がつくがあの頃よりずっと西成におもむく時間が減ったと言う。未だに


「西成は行ってはいけない所」


と言う空気が強いらしい。子供達は新世界や西成に抵抗が無いらしいが、奥さんが西成に行くことを許さないと言う。少し寂しい話である。西成を取材した雑誌が有るとの事を聞いた僕はその雑誌を買い求めた。その雑誌には綺麗な店で、お洒落な店内で可愛い女の子がウェイトレスをしている。要するに小奇麗な店が増えたと言うのだ。成程もっともな理由である。インバウンドの期待が薄れた今、国内の需要を喚起するのであろう企画の内容だった。行きつけの喫茶店が紹介されていてなんだか寂しくなった。そうしてメディアに浪費されてまた新しい街が出来る。思えば西成はどれだけ脱皮してきただろうか。格安の自動販売機、スーパー玉出。街もすっかり変わってしまった。一人で歩いても危険では無くなった。要塞のような警察の西成署を拠点として周囲を散策する。インバウンドがコロナ禍で少なくなったのは有難い事だ。ゆっくりと西成を徘徊できる。しかし緊急事態宣言で更に西成は窮地に立たされるだろう。僕には為す術がない。衰退する西成をゆっくりと傍観するまでだ。僕にはこの街を活性化するスキルも何もない。往時の釜ヶ崎を記憶している人間として眺めるしかない。しかし僕の脳裏に強く焼き付くのは夏の昼下がりのホルモン屋、日本酒をぶっかけられた事、ヤクザの事務所の思い出、匂い、西成暴動。様々な記憶が強く残る。思い出が残り、街は変化していく。そして西成に集う人々も変わっていく。それでも僕は西成を愛する。コロナ禍でもその思いは変わらない。

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