第4話ぼくと屋台

夕方になると西成は俄然がぜん活気が出てくる。労働を終えて西成へ戻って来る人と食事を提供する人で熱気を帯びるのだ。小学生の時は泣く泣くその空気を後にして帰ったが、中学生になるとほんの少しだけ帰宅時間を遅く出来たので西成の世界を垣間見る事が出来た。夕方のドヤ街はドヤ(簡易宿泊所)を求める労働者とその日の空腹を満たすために活気が出る。夜こそ西成の本当の姿を見る事が出来るのかもしれない。


「おう、ボウズの来るとこちゃうぞ」


そう言って日本酒をぶっかけられた時は難儀なんぎした。その時は素早くその場から去り、悪友の風呂を借りて酒を洗い流した時もある。その時は悪友の家に泊まると家に電話し、洗濯した服を干して乾くのを待った、夏なので一晩あれば乾くのだった。それを教訓として西成に入る際には安くで買った中古の作業服を着るようになった。タオルを首にかけてしまえば立派な西成の労働者だ。


「兄ちゃんら若いな」


積極的に話しかけて来る労働者は多い。僕達は高校中退で通した。中学生であるが。僕の屋台のお気に入りは焼きそばだ。ホルモンといかにも安そうな麺と濃いお好み焼きソースで200円である。本来ならビールや缶チューハイで一杯やるのであろう味付けであるが僕は我慢して完食した。ドヤ街の


「1泊700円」


の看板がぼんやりと夜の西成に馴染んでいる。聞くところによるとドヤを決めてから食事の為に街に繰り出すという。当時は好景気で、西成にも活気があった。しかし混沌とする西成の闇が本能を刺激して夜の8時までと徘徊する時間を決めたのだった。そんな時、西成で出会った店が「ちからうどん」であった。とにかく安い。きつねうどんが200円だった。どうも労働者を選別するらしく、ガラの悪い労働者は入ってこなかった。酒類を提供しない、あくまで饂飩うどん蕎麦そばを提供するスタイルに徹する店であった。若い女の子がウエイトレスをしていてその時の店内は穏やかだった。突然外でガラスの割れる音がした。あまりにも激しい音だったので店内の客はぞろぞろと外へ野次馬へ出た。僕と悪友は見るのにも飽きていたので饂飩をすすっていた。ウエイトレスの女の子もさして気にせず仕事をこなしていた。野次馬に乗じて店を去ればいいものをドヤの人はいじらしくちゃんと勘定をして帰る。そのあたりは西成らしい。


「もう慣れたから」


女の子は気も使わずテーブルを拭いていた。西成では普通の出来事なのでさして問題にしない。粉々になったガラスが散乱している道路などは見慣れたものである。西成は大きな包容力を持って、ドヤに生きる人を包み込む。

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