第3話ぼくとヤクザ
西成には暴力団の事務所があった。暴力団対策法の施行されるずっと昔の話である。子供心に一般の労働者と直ぐに見分けがついた。ヤクザは清潔で、身なりもきちんとしている。労働者は何時洗ったかわからない、汗と埃にまみれた服装なので匂いでわかるのだ。事務所の前には常に2,3人の組員が交代で番をしている。僕と悪友は何時もそこから西成の探検に行くのであった。ある日、事件が起こった。
「ボク、こっちへ来てみい」
見張りをしているヤクザが僕たちを誘っている。流石にヤクザは僕たちも怖い。それでもヤクザたちは優しく誘ってくれる。その時は確か3人位であったが腹を据えて事務所に入ってみる事にした。
「ボウズ、ここに座りな」
高級そうなソファに座れと言うのだ。しかし僕たちは汗みどろなので気が引けた。部屋はクーラーで快適だった。
「汚れるのは気にせんでええ」
一番偉いように思えるヤクザがそう言うので座った。腰が沈む。
「キミ達、ミックスジュースでええな」
そうヤクザが言うのでハイ!と元気よく答えたのであった。しばらくすると喫茶店のお姉さんらしき人がお盆でミックスジュースを持ってきた。今でもこの事は鮮明に覚えている。
「姉ちゃん、前のコーヒー、ぬるかったで。熱くしてくれや」
はい、承知しましたとお姉さんは事務所から消えた。僕たちの前にミックスジュースが並ぶ。
「飲んでええで」
勧められるまま飲んだ。美味しかった。当時でもミックスジュースは400円位したのではないか。子供には高価な飲み物であった。
「キミらを事務所に呼んだのも訳があるんや」
ヤクザの偉い人らしき人が語り始めた。事務所の前で番をするヤクザと監視カメラに映る僕達を見て事務所の偉い人が気を止めたのだという。
「僕達、なんで西成に来るんや」
当時はファミコンが子供達を狂乱させていた。しかし僕を含む悪友たちは西成を取った。この猥雑とした街が好きだったのである。いつも夕方になると事務所前を通る僕達が気になったのだろう、声を掛けてみようとなったらしい。
「ボウズ、西成の何が楽しい」
「ホルモン焼きが美味しいからです」
どっとヤクザたちが笑った。僕達にはどこが笑いどころだったのか理解できない。
「ほうか、ようわかった。ミックスジュース、ワシのおごりや。味わってな」
そうして雑談になった。なぜかそこには奇妙な連帯感があったように覚えている。西成を生業とする者とそうではない者。その間に僕たちは居たのだろうと思う。それからも僕たちはその事務所の前を気にせず通った。顔なじみのヤクザには挨拶もした。今、あの人達はどうしているだろうか?
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