私が登山を続ける理由

ちい。

☕️

 赤茶けた土を踏みしめ、ゆっくりと登って行く。所々に苔に覆われた木の根が顔を出している。その先には鎖場があり、これまでの山道と変わり急な岩の斜面となる。そこを越えたら山頂まであと少し。私は足を止め、ほうっと一息をついた。やんわりと吹く風が私の頬を優しく撫でていく。久し振りに登る山。


 心地よい汗が流れる。私は額の汗を拭い、ザックのポケットからボトルを取り一口飲み、また、歩き出した。山道は赤茶けた土からごろごろと転がる岩が多くなってきた。どれもが土や苔に覆われ、滑りやすくなっている。細心の注意を払い、登山靴の底から伝わる感覚を意識し、一歩一歩、前へと進んでいく。


 断崖絶壁……とまでは言わないが、かなり急な斜面の岩場が私の目の前に現れた。上の方より年季の入った鎖がだらりと垂れ下がっている。私はそれを握ると、慎重に足を乗せる岩を選び登っていく。そして、片方の手で岩を掴み、もう片方の手で鎖を握る。何度も登ったこの鎖場。それでも毎回慎重になる。


 そして、鎖場の中程まで来て後ろを振り返った私の視界に、遠くまで続く山々の緑とその奥に見える藍色の海が飛び込んできた。本当に久し振りの風景である。頂上からの景色も良いが、ここで見る景色も好きだ。私は大きく深呼吸すると視線を斜面へと戻した。三点支持を意識し、一つ一つ確実に上へと登る。


 目の前には人が一人、通れるくらいの岩と岩の隙間がある。私はそこを通る前にもう一度、後ろを振り返った。眼下に広がるあの景色。「よしっ」と気合いを入れる私。あともう少し。大きな岩の隙間にある自然の作った階段へ一歩、足を乗せた。そして、ぐっと踏み込み岩の階段を登っていく。心地よい疲れ。


 それを登り終えた私の目の前に、少し開けた場所が現れた。山頂である。そう広くない、岩と木々に囲まれた山頂。私が立っているその少し先に、〇〇山山頂と標高の記された木札が建てられている。相変わらず、ふにゃりとした文字である。何度見ても、上手いのか下手なのかよく分からない字だ。


 その木札のすぐ側にある小さな岩の横にザックを下ろし腰掛けた。私はいつもここに座り昼食を摂る。ザックから小さなテーブルを取り出し設置すると、その上に固形燃料とストーブを置いた。そして、メスティンに米とカット野菜、ツナ缶、水を適量入れ、ストーブの上に置くと、固形燃料に火を着けた。


 あとは固形燃料の火が消えるまで放っておけば良い。重し替わりに焼き鳥の缶詰を乗せる。吹きこぼれ防止と同時に缶詰も温められる。固形燃料の火が消えるとメスティンをタオルで包む。蒸し終わるまでの間、もう一品作るため、ガス缶とプリムスのバーナーにクッカー、それといくつかの食材を取り出した。


 クッカーに水をいれ火を着ける。ぼうっと音がするとクッカーに熱が伝わっていくのが分かる。水をはったクッカーの底から、幾つもの気泡が水面へと上がっていく。ぐらぐらという音と共に、その気泡が次第に大きくなる。それを確認した私は平面に打たれたと家で切ってきた数種類の野菜を入れた。


 良い塩梅になってきた所で火を弱め、味噌を溶かす。だご汁の良い香りが辺りへと広がっていく。そして、ちょうど蒸し終わったメスティンの蓋と焼き鳥の缶詰を開けた。良い香りが私の食欲を刺激する。ゆっくりとだご汁を一口啜る。空腹の体に染み渡っていく。思わずほうっとため息が漏れてしまう。


 山から見える景色も好きだ。しかし、山で作って食べるご飯が何よりも好きなのだ。どれも簡単なお手軽料理。だけど、それがとても美味しい。私はこれがあるから登山をしていると言っても過言ではない。多少、荷物が重たくなっても、この為なら我慢出来る。私はこれからもこの為に山に登り続けるだろう。

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