第23話 こんにちは日常、また会えて嬉しい

「あの子のことは、私に任せてください」


 そう、美雨が言った。山を歩きながら、唐突に。

「美雨さまの、子どもだから?」

「そうです」

 きっぱりと、美雨は言う。「実のところ私、あの子の気持ちがわからないのです」と続けた。

「あの子は私と同じような不死性を持ったのでしょう。永すぎる生に飽き飽きという思いまでは理解できますが、私は自らの生を無理やり終わらせたいと思ったことがありませんでした。なんせこの千年余り、人間の文化と言うのは絶えず変化しており、『明日には何か面白いものがまた生まれているかもしれない』と思わせるに十分な力を持っていました。私は、案外それを愛していたのです。それを見守ることは私の責務であり趣味でもありました。

 だけれどあの子が人間という種を滅ぼすというのなら、その文化を絶やすというのなら、それは到底許せることではありません。神と人を繋ぐ役目を負っていた神獣としても、あの子の母親としてもです」

「……どちたの。はぴはぴな夢を見せるゆめかわ大妖怪でしょ?? そんな怖い顔して」

「気持ちが理解できなくとも、ダメなことはダメと教えなければなりません。あの子を殺して私も死にます。それが責任というものでしょう」

「待っ……」

 言いかけたユメノを遮るように、美雨は翼を広げる。そのまま何も言わず、飛んで行ってしまった。


「止めなきゃ!」

「……そうね。急ぎましょう」


 ふと立ち止まったユウキが、「でもノンちゃん……ノンちゃんにも会いたい」と呟く。そんな声につられて立ち止まりそうになったユメノは、それでも首を横に振って歩みを進めた。「会えるもん、大丈夫だよ」とユウキの腕を掴む。ユウキは珍しく袖で涙を拭いて、頷いた。




☮☮☮




 ユメノたちが到着した時、すでに美雨とヂアンはもみ合いになっていた。

「聞きなさい、章! あなたを見つけることができなかった母の責任も多分にあろうと思います。けれどそれでもあなたの考えは間違っていると言わなければなりません」

「この期に及んで母親面はやめてください。僕はあなたを知らない」

 間合いを取ったヂアンがナイフを構える。美雨は炎をもってして少年を呑み込もうとしている。


 不意にユメノの隣で、都が動いた。一瞬辺りが吹雪いて、美雨の足元が凍る。美雨は「何をするんです?」と言いながらすぐに氷を解かした。都は口を開いて、「あなたこそ何をしているの。母親が子どもを殺したいわけないでしょう!」と叫ぶ。


「私はこんなことで、私の友人が悔いるさまを見たくない。その子のことは死なせない」

「……あなたは黙っていて。永い……あまりにも永い時間、この子に寄り添えなかった責任が私にはあります。私が何とかするのです。この子の不死性が私由来のものであれば、もしかしたら私だけがこの子に本当の死を与えられるかもしれないのです」

「たとえそうだとしても! 我が子を探し続けてきたあなたの数百年の旅が、こんな幕引きでいいとは思わない」

 唇を噛みながら、美雨は黙って右手を上げる。炎が勢いを増した。


 しかし火の手はヂアンまで届かずに押しとどめられる。見えない何かがその勢いを押さえているような。

「確かに」とどこかで声がした。

「親子喧嘩で死人が出るなんて過激すぎですよね。正直、見るに堪えないっす」

 ユメノとユウキは思わず振り返り、「ノンちゃん!」と声を上げる。ノゾムは初めてこちらに気付いたという様子で、「あれ……里の子かな。どうしたんです、その子たち」とカツトシに尋ねた。


「……ノゾム」

「はい?」

「後で話す。だから今は、何も喋らないで。お願い」

「そう……ですか。そうなんすね。わかりました」


 カツトシは、きょとんとしているユメノとユウキに前を向かせて「後でね」と囁く。なんだか全部わかってしまって、ユメノたちは泣きそうになりながらも必死に頷いて涙を引っ込ませようと努力した。


「とにかく……美雨も、その子も、一旦引きなさい。話し合いの余地はある。そうでしょ? ヂアン。僕たちは決してあなたに敵対しようとは思ってない。あなたはね、僕らの友達がずっと探してた子どもなんだから。そもそもが戦いたくないのよ。あなたの野望っていうのもかなり悠長な話だし、お茶するぐらいの時間はあるでしょ。どうなの?」


 ヂアンはじっとカツトシを見て、「話し合ったとて何も変わりませんよ。僕は人間なんて滅んでいいと思っています。その考えがある限りは、皆さんの敵でしょう?」と吐き捨てる。「必ずしもそうじゃない。実行に移さない限り」とカツトシは言う。

「じゃあそこの、僕の母を名乗る人。僕のことを殺してください。本当にそれで済む話なら、僕はもうここで終わりたい」

 厳しい表情をした美雨がまた腕を上げる。ノゾムが『どうしますか』という表情でカツトシを伺い見たが、カツトシは何も言わずにそれを見つめていた。都が「待って、美雨!」と叫ぶ。ユメノとユウキも、それを止めようと飛び出すところだった。


「――――お前たちは、俺の山を燃やすつもりか?」


 一体どこから現れたのか、美雨とヂアンの間にタイラが落ちてきた。面倒そうな顔で頭を掻いている。

「騒がしいことこの上ない。見ろ、木が三本もへし折れているじゃないか。場所を移せ。ひとの家の庭で喧嘩をするな。わかったな?」

「雀鈩さま……」

 瞬きをし、一転して優しげな表情のタイラが「どうしたんだ……? お前たち、どいつもこいつもしけた面をして。人生はもっと楽しまなきゃダメだぞ。俺は今日二万勝った。つまり明日は三万勝つということだ。そうだろ」と首を傾げた。


 それからヂアンのことを見て、「お前……」と訝しげに目を細める。

「迷っているな。悩んでいるよな。あれから何があったんだ?」

「いえ……いえ、何でもありません。おかえりなさいませ、雀鈩さま。お待ちしておりました」

「そう急くものじゃない。迷っているなら、悩んでいるなら、それについて何度でも考えろ。生涯に一度の選択なら尚更だ」

 そう言って、いきなりタイラはヂアンの首を掴んだ。ヂアンはひゅっと息を呑んでされるがままになっている。そのままヂアンを持ち上げたタイラが、「お前も不死なら時間はいくらでもある」と微笑んだ。


「今生のお前に引っ込みがつかないなら、次の生で考えろ」


 そう言って、ヂアンの首を掴む手に力を込める。ヂアンは未だ状況が呑み込めない様子で「ざくろ、さま……?」と呟いた。

「やっ……」と口を開いた美雨が咄嗟にタイラの腕を掴んで「やめて!」と叫ぶ。タイラはちらりと美雨を見て、ヂアンを離した。地面に転がり咳き込むヂアンを庇うように抱きながら、美雨が「やめて、お願い……お願いです、お兄さま。この子を傷つけないで」と懇願する。


「私の子なのです。可愛い可愛い坊やなのです。どうかこの子に悪いことが起こりませんように、幸せを両手いっぱいに抱えていますようにと願い続けた子なのです」


 泣きながら、「この子の望みなら何だって叶えてあげようと思っていました。でも、いざこの子を前にしたら……。時間が欲しいのです、私にも。その間、この子を傷つけないで。お願いです。ちゃんと私がやりますから」と頭を下げた。


 やがてふっと脱力したヂアンが、「負けました」と呟いた。

「僕が愚かでしたね」とため息まじりに目をつむる。「お騒がせして、申し訳ありませんでした」と。




☮☮☮




 唐突に歩き出した都が、タイラの目の前に立つ。タイラは「どうしたんだ、幸枝ちゃん。怒ってる?」と小首をかしげた。都はそのまま、タイラの頬を平手打ちする。いい音が響いた。

「何をしているの。あなたはあなたのことを、裏切ってはダメ」

 自分の頬を押さえたタイラが、「“何”って……俺はずっとこうなのにな。君たちが知らないだけで」と言いながら目を閉じた。頭に生えた角が消える。次の瞬間には、いつもの山伏のような格好に戻っていた。


「ん……? あれ、何だったかな。君……俺のこと殴ったか? なんで? パチンコ行ったから?」

「……そうです」

「でも二万勝ったぞ?」

「そういう問題じゃありません」


 そんなタイラたちを尻目に、立ち上がったヂアンが「はぁ……では、僕はこの辺で。弁償が必要であれば善処いたします」と装いを整える。

「なんだ、お前。俺の傍にいるんじゃないのか」とタイラが顔を出した。

「ええ……そうしたいのはやまやまなのですが、雀鈩さまが他の方とイチャイチャしている様を近くで見せつけられるというのは少しキツいものがあります。というか僕のものにならないなら一緒に死んでほしいです」

「残念ながら俺との心中ルートだけは解放されていないんだ」

 呆れた顔のノゾムが「他に何のルートが解放されてんですかね」と突っ込んだ。くすくす笑ったヂアンが、「雀鈩さま」と呼びかける。

「不敬かと思って言えなかったのですが、僕もあなたをタイラさんとお呼びしても?」

「別に構わない。“雀鈩さま”では堅苦しすぎると思っていたところだ」

「そうですか。……タイラさん」

「うん?」

「次に僕が、『羊たちを二人占めにしてしまいましょう』と言ったら今度こそ遊んでくださいますか」

「いい口説き文句だ。ぐっときた」

 カツトシと都が同時にタイラの耳を思い切り引っ張った。「痛い痛い、裂ける、耳が」とタイラは騒ぐ。


 ふふふ、と上品に笑ったヂアンがふと美雨に向き直った。

「僕の……母を名乗る人」

「え、まだそんな扱いなのですか」

「先ほど言った通り、今生の僕には両親がいます」

「……ええ、存じておりますわ。私も人間の両親がたくさんおりますから。彼ら一人一人ときちんと向き合わなかったことを私は悔いております。あなたは今のご両親を、大切にして差し上げて」

 じっと美雨のことを見て、ヂアンは「そうします」と頷く。

「タイラさんの言った通り、僕はたぶん引っ込みがつかなくなっていたのでしょう。よくよく考えれば、今すぐに終わりを迎えたいというわけではないと思います。ただ、“いつまで続くかわからない”ということにうんざりしていたのです」

「理解できます」

「もう少し……もう少し、楽しもうと思いますから。生きるということを」

「……そうしてくださったら、嬉しいですわ」

 短く息を吐いて、「いつか思い出した時にでもいらっしゃいな。あなたの都合の良い時に、私はずっとあなたの母でおりますから」と美雨は言った。ヂアンはちょっと目を伏せ、「あなたは“由良”という名を口走りました。確かに僕の一番初めの父の名は由良でした」と話す。

「恐らく、あなたが母であるというのは本当でしょう。父は、あなたのことを本当に美しくて強い女性だと。僕はあなたの顔すら見たことはありませんでしたが、それはそれは素敵な方なのだろうと思っていました」

「期待外れでしたか?」

「いえ……そういうことではなく……」

 一度言葉を濁したが、しかしヂアンはぽつりと「僕もお会いしたかったですよ、と。そう言いたかったのです」と瞬きをした。


 目を丸くした美雨が、すぐに「随分と遠回りをしましたわね、わたくしたち」と破顔する。ヂアンは照れくさそうに、「僕を忘れないでいてくださって、ありがとう」とだけ言った。


「では、僕は帰ります。本当にお騒がせしてすみません。……特に稲荷の若神さまには大変なご迷惑をおかけしました」

「え、オレですか? 大したことないですよ、今は力も戻ってるし。むしろ初心に戻れたので」

「……そうですか。では僕は、彼らに謝罪しましょう」


 そう言ってヂアンはユメノとユウキを振り返った。「あなたたちの日常を大きく乱してしまったこと、今となっては大変申し訳なく思います」と頭を下げる。ユメノたちは顔を見合わせて、「ううん。あたしたちに何かしたわけじゃないもん」「お母さんと仲直りできてよかったですね」と控えめに微笑んだ。

 そう。ノゾムのことはつらかったけれど、でもそれはノゾムの選択だったのだ。だから、ユメノたちにそれを怒る権利なんかないのだ。


 ヂアンは山を下りて行き、山にはいつも通りの平穏が訪れた。

 ユメノとユウキは翌朝いつもよりずっと早くに登校し、朔のいる屋上前の踊り場へ向かった。




☮☮☮




 やわらかい朝日の中で、朔は瞬きをして「どうも。おはようございます」とユメノたちを迎えた。なぜだか不意に泣けてしまって、ユメノはごしごしと目の辺りを拭う。それを朔は黙って見ていた。


「ねえ、さくさま」

「今日はその呼び方なんですか。一体なんでしょう」

「知ってる? 楽しいこと」

「……『クレープ食べながら洋服を見に行くとか』『新しいゲームを買うとか』『遊園地の絶叫マシンを制覇するとか』『電車に乗って知らない街まで行くとか』そういうことでしょうか」

「じゃあ、」


 やっぱりノンちゃんは覚えてないんだよね? と、ユメノは確認する。「オレが知っているということは、そうでしょうね。また死んだんですか、望月は」と朔がため息をついた。

「しかも今回は、ほとんど……もしかしたら、全部なのかな。君たちの記憶がごっそりある。あいつは、君たちのことを……」

「……そっか。そんな気がしたんだよね」

「でもぼくたち、ノンちゃんに確認するのこわくて……聞けなかったから」

「それでオレに確認しに来たんですか。よくわからないな。同じ顔でしょ、オレも望月も」

「でも違うんだもん」

「……そうですか」

 ちょっと屈んだ朔が「そう泣かないでくださいよ。困りますって」と本気で困った顔をする。

「もうあんなのと関わるの、やめたらどうです? どんなに仲良くなっても簡単に忘れられるようじゃ、やってらんないでしょ。てか、忘れられたんですよ。そういうもんですから」

 ユメノが首を横に振る。「いいの」ときっぱり言った。

「いいの。また仲良くなるから、絶対。今日はね、ノンちゃんが忘れてたらもう一回誘わなきゃだから確認しただけ」

「“約束”ですからね。楽しいことしようって。手始めにクレープを食べます」

「ふうん……」

 よし、と吹っ切れた様子のユメノとユウキが朔に手を振る。「ありがと、さく様」「裏もち様も今度クレープ食べましょう」と言って階段を降りて行った。

 その背中を見送った朔が、ひとりその場でため息をつく。




☮☮☮




 境内を掃き清めながら、ノゾムはぼんやりと空を見上げた。この前死んだとき、どうやら自分の中の大きめのデータを削除されてしまったようだ。いつもより記憶の継ぎ接ぎが雑である。

 タイラやカツトシの言うことには、例の里の子たちの記憶であるようだ。彼らとは随分と仲良くしていたらしい。

 だが、今のノゾムにはそれが問題であるとは思えなかった。。そういう風にできている。


「本気でそう思ってんですか、?」


 足を掴まれ、ノゾムは思わずそれを蹴り飛ばそうとした。「うわ、乱暴だな」とそれは言う。

 ノゾムの影から伸びてきた手はゆっくり彼の腰を掴み、頭が現れ、「どうもこんにちは」と決して朗らかじゃない挨拶をした。ノゾムはそれを、もちろん知っていた。里の子らが通う学校で“こっくりさま”とか呼ばれて担がれている己の別側面である。

「ええ……こんなこともできんのかよ。やっぱ祓っといた方がいい気がしてきたな」

「逆に誰かに呼ばれなきゃあんたの影ぐらいしか行き来できないんだからクソ安全でしょ」

 ノゾムは警戒しながら「何の用すか」と尋ねた。朔は肩をすくめ、「別に悪さしようとなんてしてないですよ」と瞬きをする。

 それから、ちょいちょいとノゾムに近づくように合図した。ノゾムは眉をひそめながらも顔を寄せる。すると朔は額をつけ、「今回だけですからね。あの子たちがあんまりいじらしいので、特別っすよ」と言った。その瞬間、ノゾムの脳内に雪崩のように映像が流れ込んでくる。


「――――これ、は……」

「お返しします。オレが持ってても意味ないですしね」


 じゃあオレはこれで、もう会うことないといいすね、と言いながら朔は影の中に消えていく。

 呆然としているノゾムのもとに、ユメノとユウキが駆けてきた。「ノンちゃん!」と呼ばれ、ノゾムはゆっくり振り向く。

 そうして――――走ってくるユメノたちを見て、ノゾムは一瞬言葉に詰まった。それから、申し訳なさそうな、バツの悪そうな、だけど幸せそうな、何とも言えない笑顔を作る。


「クレープは、お行儀悪いのが醍醐味……なんでしたっけ。楽しみだなぁ」


 驚いた顔で、ユメノとユウキは立ち止まった。それからわっと泣きながらノゾムに抱き着く。「あー、ごめんなさい。そんな泣かないでもろて……困ったな」と言って、ノゾムは二人を抱きしめた。




☮☮☮




 今日も今日とて屋上から侵入してきたタイラが、朔の隣で胡坐をかいている。

「俺と一緒にクレープ食い行くか?」

「行きませんけど??」

 朔はといえば、完全に不貞腐れ顔だ。


「全部返したのか?」

「全部ではないです。……持っておきたい記憶もあったんで」

「そうか」

「『そこは全部返せよ』と思いました?」

「別に思わねえよ。むしろ、よく返したなってびっくりしてる」

「オレが取ったわけじゃないですからね」


 どうして返したんだ、とタイラが優しく尋ねる。「あの子たちが泣いてて困り果てただけですよ」と朔は答えた。

 しばらく沈黙があって、朔が口を開く。


「今回死ぬとき、オレ……望月は、割と怖気づいてたんですよね。今回こそはこの子たちのことを、忘れてしまうかもしれないなって。死にたくないなぁ、忘れたくないなぁ。忘れたくないって思ってしまったから、忘れちゃうんだろうなぁって。でも死んだ。心底やりたくなかったけど、やった。そんなのオレにはできないなって思ったんですよ。

 オレは結局、望月命の弱さのあらわれだから。たとえその後で全部取り返せるとしても、どんな苦痛も受け入れたくない。やらないで済むならやりたくないし、オレじゃなくて他の誰かがやってくんないかなってたぶん思うんです。

 だから。そんなオレなんかが持ってちゃいけないなって思った記憶を返したんです。それだけ」


 朔は膝を抱えて、目を閉じた。不意にタイラが朔の背中を強めに叩く。「いっ……!」と言いながら朔が目を開けた。


「お前が“望月命の弱さのあらわれ”だったのは過去の話だ。今、お前はお前だろ。そうじゃなきゃ、どうしてお前がノゾムに記憶を返したのか説明がつかない。ノゾムがあいつらのことを忘れたくなかったのなら、お前だってあいつらを忘れたくないと考えるはずだからだ。だけどお前はあいつらの記憶を手放した。『どんな苦痛も受け入れたくない』『やらないで済むならやりたくない』と言いながら、お前はやった。そうだろ?」

「……それに何の意味があるんですか」

「お前は決してノゾムのお下がりなんかじゃなく、お前自身の思い出を作っていける」


 立ち上がったタイラが、最後に朔を振り向いて「楽しみだなぁ、これから。どんな面白いことするか考えておけよ」と笑う。朔は一瞬呆然として、空を見た。




☮☮☮




「え……ノンちゃん、クレープ食べるの下手じゃない?」

「慣れてないだけっすよ」

「口の周りにクリームすごくついてます。あそこのガラスで見てください」

「……ゆうて君たちもクリームついてんじゃないすか」

「うわっ、マジじゃん。これで外歩いてたの恥ずかしすぎ」

「でも、醍醐味なんでしょう?」

「そうそう。これが醍醐味なのだ」

「ぼくはちがうと思いますよ」

「美味しけりゃいいのだ」

「それはそう」

「そうかもしれません」


 ユメノはけらけら笑いながら、スマートフォンでカメラを起動する。口の周りにクリームをつけたままピースサイン。「ちょっ、それ絶対誰にも見せないでくださいね」とノゾムが焦ったように言った。

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雀鈩山日記 hibana @hibana

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