だれもしらないひとつのおはなし~獣人の少女と悪徳商人は、おたがいにぬくもりを求めあう~

狐月 耀藍

「ムラタのむねあげっ!」外伝:だれもしらないひとつのおはなし~~

本作は「ムラタのむねあげっ!〜君の居場所は俺が作る!異世界建築士の奮闘録〜」の前日譚ともいうべき作品です。愛の本編に対し、哀の本作となっています。

★「ムラタのむねあげっ!」https://kakuyomu.jp/works/16816700426016108377


――――――――――



 王都のとある貴族の館の隅に、金色の毛並みが珍しいケモノの剥製が置いてある。

 誰に向けて飾るでもなく、ほこりをかぶったそれは、間違いなく、ケモノである。


 それは、頭頂部に一対の三角の耳を持ち、くすんでしまってはいるが金の毛並みを持ち、豊かな尻尾を生やした、


 まぎれもない、二足の、ケモノである。




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




「おっと、気を付けてくださいよ。こいつは商品なんです、傷つけてもらっちゃあ、困ります」


 おれの言葉に、冴えない中年オヤジが額に浮かべた青筋をさらに二本増やして叫んだ。


「ふざっけんな貴様! わしを誰だと――」

「お客さまですが、商品を傷つけるような輩は、お客さまとは呼べませんので」

「わ、ワシは! 高級品だと聞いたから買ったんだ! こんな詐欺商品を――」

「詐欺かどうかは、お客様の主観にすぎません。わたしは、夢を売るのだと最初から言ったでしょう?」


 ふたたび掴みかかってくる男の腕を掴み上げると、その手をひねり上げる。


「い、いだだだっ!?」

「それから、わたしが販売いたしましたのは、『商品との一夜』でございます。けっして、商品そのものではございません」

「あ、あんな法外な値段を吹っ掛けておいてか!」

「貴重な『一夜』の経験、お楽しみいただけたはずですが?」

「たった一夜であの値段だと、納得できるか!」

「これ以上ご無体なことをなされますと、わたしも商品を守るために、実力行使に出ねばなりません。ご理解いただけますと幸いです」


 男がもう一度身をひねろうとしたところを、鳩尾に一発。

 ひるんだところをもう一発。


「……ふん。議員という肩書も、こうなってはクズの証でしかないな」


 おれは悶える男の脇腹にもう一発、つま先の一撃をくれてやると、商品を抱え上げる。


「この街で稼ぐのも、もうしまいだな。商品コイツの腹も随分出てきてるし、紛れ込みやすいところでしばらくやりすごすか」




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




 王都と呼ばれている街がある。

 おれがかつて生まれ育った街。

 麗しの王の膝元、それが王都。

 そこにおれはまた帰って来た。

 


 自ら生きる力のないものは、生きていく事すら難しい、無慈悲の街。

 その街の片隅の、屋根が半分抜けた廃屋が、おれたちの根城。


「……あの、……一品、多い、の?」

「てめえは商品だ。そんなやせっぽちなナリじゃ、高く売れねえからな」

「……はい」


 それに――おれは、商品の腹を見ながら続ける。


「……腹の仔に、少しでも栄養が必要だろ」


 おれに言われて、商品は自分の腹を撫でさする。


「ネッティさま……。うれしい、気、つかってくれた……」


 誰の仔なのか分からない。こいつを拾ってから数カ月、すっかり腹がでかくなっていた。もうすぐ生まれるんだろう。


 この獣人の少女は、どこだったかも忘れた、どこかの名もない村の橋の下にいた。

 雨でずぶ濡れだったこいつを見たとき、最初は狐だと思った。


 だが、それにしては妙に大きいので興味を惹かれて石を投げてみたのだ。

 石自体は外れて近くに落ちたが、それを見て上を見上げたこいつを見て、やっと獣人だと気づいたのだ。


 そして、そいつは腹を膨らませていた。

 太っているのではない、孕んでいるのだと、一目でわかった。

 こんな小さな娘が、と思ったが、同時に気が付いた。


 こいつはカネになる、と。


 日の下を歩けないモノを売ってあるいは小金を稼いでいたおれの嗅覚は、コイツの商品としての価値をとらえていた。


 こんな珍しい色の獣人は、初めて見たからだ。雨でぐっしょりと濡れてはいたが、それでもわかる、ふわふわの、金の毛並み。

 汚らしい様子ではあったが、それでもその毛並みの色の珍しさは分かった。

 そして、孕んでいるとなれば、間違いなく、あと腐れなく『遊べる穴』だ。


 世の中、いろんな趣味の奇特なヤツがいて、でかい街ほどそういう腐れ野郎に事欠かない。ただでさえ孕みにくい獣人娘、それが腹を膨らませているとなれば、相当に特殊な奴が、高い金を出しても味わいたいと言ってくる。


 おれはこのガキを一晩貸し出し金を得る。

 このガキは一晩温かい寝床を手に入れる。

 顧客は滅多にない商品との一夜を楽しむ。

 誰も損をしない、実に素晴らしい取引だ。


 ガキっぽいナリをしてはいるが、こいつはどうも成長期に食い足りなかっただけらしく、こんなちっぽけでやせっぽちだが、成人はしているらしい。

 成人はしているがこの小ささだ、買う奴らに言わせれば、小さいがゆえに背徳感を楽しめるらしい。


 クズ野郎どもには吐き気を感じるが、そんなクズにこんなガキを売りつけるおれも、相当なクズだとは自覚している。

 悪徳商人クズ下衆男クズを相手に獣人クズを売りつける。それだけだ。


 なのに、こいつは嬉しそうにソーセージをかじる。おれをちらちら見上げながら。

 自分が騙されてると、分かっていないのか?

 それとも、分かっていて、食い物にありつくために演技をしているのか?


 ――なんだっていい。こいつはおれの財産で、商品だ。

 黙って従っているなら、それでいい。




 懐に潜り込んでいるガキは、ふわふわの毛布のようだ。

 獣人族ベスティリングは臭いとよく言われるが、まあ、スラムのおれたちはみな同じようなニオイをまとっている。水浴びしなきゃ、遅かれ早かれみな、同じようなものだ。


 だからこいつには、毎日川で水浴びをさせる。ムクロジの実の洗浄剤は、高くはないが安くもない。実入りが良かった日は買ってやることもあるが、普段はただの水浴びだ。

 あのクソ野郎から巻き上げた金額はなかなかのものだったから、今回は買ってやれた。だから、今日のコイツの毛皮はふわふわだ。


 ぴんと立つ三角の耳。

 よくはねるくせ毛の髪。

 なによりも、金の毛並みと青紫の瞳という、見たことのない色。


 犬属人ドーグリング、それも原初プリムと呼ばれる珍しい種だとは思うが、でも違うような気がする。

 誰の仔か知らないが、孕んでいなけりゃ、闇市で高く売れただろうに。


 ……いや、孕んでいたら値が下がるのは、並みの獣人族だ。

 こんな珍しい色の奴なら、かえって孕んでいた方が高く売れないか?


 いや、産むまで待って、仔も珍しい色を受け継いでいたら、揃って売りとばせば?

 だが、コイツの色を受け継がずに、平凡な仔を産んでしまったら?


 別々に売る?

 しかし乳が出るなら、乳母としての需要もあるだろう。そうしたら、仔はいずれ労働力になるとして、おまけ程度には値を付けてもらえるかもしれない。


 まてよ? いっそ手元に置いておいて、特殊な性癖の奴に、乳の出る珍しい商品として「一夜」を売り続ければ、かなり稼げないか?


 ――そんなおれのゲスな思考を知ってか知らずか、この金の犬娘は、おれのふところで小さな寝息を立てている。


「ネッティさま――」


 なんだ、と答えたが、返事はなかった。ただの寝言だったらしい。

 まったく。ひさびさに美味いものを食えたからって、幸せそうな顔をしやがって。

 体を丸めて、おれの懐でぬくぬくとしやがって。

 ……あ、いや、ぬくぬくしているのはおれか。こんなにあったかい、毛布みたいなやつ。

 でもな、もうすぐガキが生まれたら、お前なんかなあ……。




 おれはガキの頃、この街のスラムで育った。

 お袋は、そこそこに身分のある女だったそうだが、おれが物心ついた時にはいつもベッドで寝ていた。

 ひどく痩せて、元気がなく、いつも、誰かの絵姿の入ったロケットペンダントを見ていた。

 なんにもしてくれないから、おれはいつも外でかっぱらいをしては、そいつで食い物を買って、糊口をしのいでいた。


 お袋の話だと、おれの父親に当たる奴は、さる高貴な人の血を引く男で、その男の容貌に、すこし似ているのだという。ただし、髪の色はお袋譲りの栗色の髪で、それだけがお袋にとって残念だったらしい。

 いつも栗色の髪を撫でては、すまない、すまないと嘆いていた。


 もう、その家はない。

 とっくの昔に、火事で焼けた。

 おれのせいじゃない。どっかから広がってきた火事の巻き添えになっただけだ。


 おれも、この商品と一緒だ。

 住む場所と親を一度になくし、物好きな男に拾われて、そして、飼われた。


 こいつは、商品だ。

 あくまでも商品だ。


 二度と失敗しない。

 情を移せば負けだ。


 情を移せは、あの男と同じになっちまう。

 逃げ遅れたおれをかばって死んだあの男。


 繰り返しちゃならないんだ、おれはもう。

 また温もりを失ってしまった、あの夜を。


 こいつは、商品だ。

 あくまでも商品だ。




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




「まずったなあ……」


 まさかこれほど執心するなんて。

 箱のふたの向こうから迫ってきた足音が、そのまま通り過ぎてゆく。

 クァスヤンケ名誉議長の野郎、七十を過ぎてるくせに、あれほど盛んだと思ったら、売れだと?


 誰が売るか。こいつらはおれの大事な商品なんだよ!


「ネッティさま、あたし、売って? もういい、迷惑、かけたくない」

「ばか言うんじゃないよ、誰が売るものか。せっかくチビすけもなにかアーアー言うようになったってのに」

「でも……でも、ネッティさま、いつまでも、にげる、むり」


 チビすけに乳を飲ませていたおかげで、今は何とかやり過ごせた。

 だが、同じような状況でチビすけが泣きだすようなことになったら、確かに逃げるのは格段に難しくなるだろう。


 商品が、泣き出しそうな顔で訴える。

 ――却下だ。


「お前はね、おれの一番の商品なの。おれは、お前で稼いでるの。売っちまったら、それっきりじゃないか。細く長く、お前を使って稼ぐんだよ、おれは」

「で、でも……」

「王都からずらかりゃあ、追ってくる奴もさすがにいないだろうさ。今夜のうちになんとか出るよ!」




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




 寒い、クソッ――

 血を流し過ぎた。


「ネッティさま、わたし、もう、行きます、だから――」

「だめだ! お前はおれの金づるだって言ってるだろ!」

「だめ、ネッティさま、このままじゃ、死んじゃう――」


 脂汗を流しながら、脇腹に刺さった矢を抜こうとして、そして、あきらめる。


 内側から引っ張られる矢じりによる、激烈な痛み。

 抜いても死にそうだし、抜かなくても死にそうだ。


「うるさいね! おれはねコリィ! リトとお前を、死んでも手放さないって決めてんだよ!」

「お、おかねより、いま、ネッティさまのおいのちが……!」


 うるさいうるさい。

 クソッ、まさか連中、飛び道具を使ってくるとはね。

 こっちには商品コリィがいるってのに。なりふり構わなくなってきたってわけ?

 でも、リトが乳で腹を膨らませて寝たってのが幸いだ。


「いいか、コリィ。おれが先に走る。きっと連中はおれを追うだろう。お前はしばらく待ってから、リトを抱えて反対方向に逃げろ。待ち合わせは、門前広場のすみの、シェクラの木の下。いいね?」

「で、でも――」

「いいから聞くんだ。待ち合わせはシェクラの木の下だが、馬鹿みたいに突っ立ってたら捕まってしまうかもしれない。そばに隠れてるんだ。もし、もし一刻待ってもおれが姿を見せなかったら、独りで逃げろ」


 おれの言葉に、コリィは首を振る。涙を振りまくようにしながら。


「聞き分けてくれ、おれはお前の主人だ。親だ。仔は、親の言うことは聞くもんだ」

「そんな、だめ、ネッティさま……ネッティさま……!」

「言ったろ、おれはお前の親だ。言うことを聞け」


 複数の駆けてくる足音が、ゆっくりになる。

 ……気づかれたか?


「コリィ、……また、会おうな?」


 彼女の頭をくしゃくしゃっとやって、そっとその頬に口づけをする。

 ふわふわの頬のくすぐったさを、しばし、味わう。


「ネッティさま……あったかい」

「おれもあったかいよ、コリィ」


 ……もう、これが最後だ。

 おれは、一気に駆け出す。


「……ネッティさま……っ!!」




 時間が、ゆっくりになっているのを感じた。

 金の毛並みの、小さな少女が、いくつもの醜い棒を何本も突き立てられ、ゆっくりと、倒れ込んでゆく。


 おれに刺さるかもしれなかったそれらを、彼女は、その小さな体で受け止めて。


「こ……りぃ……?」


 コリィは、たしかに、こっちを見た気がした。

 何かを、訴えようとするような、そんな目で。


 けれどもそれは、あまりにも短すぎる時間で。

 彼女が何を言おうとしたのか分からなかった。


「コリィッ!」


 何もかも忘れて駆け寄ろうとしたおれの体に、たくさんの何かが突き刺さる。

 おれではない誰かが、愚か者、なぜ射たと罵倒されているのが聞こえてくる。


 冷たい石畳の上で、妙に動きにくい腕を、コリィに伸ばす。


「……コリィ……」

「ネッティ、かあさま……」


 コリィは、わずかに、微笑んだ気がした。

 彼女はその腕に、リトを抱いていなかった。


「かあ、さま……。だい、じょうぶ……? あの仔は、置い、て……た……」


 コリィ! コリィ、目を閉じちゃだめだ! コリィ!!


「あの仔……よろ、し……」


 コリィの首が、ぐらりと、ゆれる。


 そのまま、動かない……!


 足音が近づいてくる。

 コリィに、腕を、伸ばす。


 コリィ、この街から出るの。

 この街から出て、あなたと、リトと一緒に、三人で、おれは……


 もう少し。

 もう少しで触れそうになった、そのとき。


「……おい、犬の方、死んじまってるぜ」

「どうすんだよ、旦那様のお叱り、誰が受けるんだ?」


 無造作に、コリィの髪を掴んで持ち上げた男が、手を離す。


 ゴッ――


 無慈悲な音。


「しょうがねえ、剥製にでもするか?」

「珍しい色だしな、旦那様の収集品の一つに献上するしかねえだろ」


 はくせい――

 は・く・せ・い……?


「うわっ! こいつ、生きてやがった!?」


 殺す……!

 ころす……!!

 ――コロス! コロス!! コロシテヤル!!!


 あの子を汚してなるものか、コリィを、おれの娘を……!!




 ▼ ▽ ▼ ▽ ▼




 王都のとある貴族の館の隅に、金色の毛並みが珍しいケモノの剥製が置いてある。

 誰に向けて飾るでもなく、ほこりをかぶったそれは、間違いなく、ケモノである。


 それは、頭頂部に一対の三角の耳を持ち、くすんでしまってはいるが金の毛並みを持ち、豊かな尻尾を生やした、


 まぎれもない、二足の、「ひと」である。


 そのネームプレートには、【コリィ】と刻まれている。


 かつて、ネッティという悪徳商人の奴隷とされ、その魔の手から、クァスヤンケ名誉議長により救われたとされた、プリム・ドーグリングだと言われている。


 救われたはずの少女がなぜ剥製にされ、そして、なぜクァスヤンケ名誉議長の館にあるのかは、誰も知らない。


 彼女が産んだ、娘の行方も。




――――――――――

 お読みいただきありがとうございます。

 本作はこのような結末を迎えましたが、本編たる「ムラタのむねあげっ!」は、不器用な男女が徐々に愛を深め合う作品となっています。もし興味を持たれましたら、そちらもお読みいただけると幸いです。

 「ムラタのむねあげっ!」https://kakuyomu.jp/works/16816700426016108377

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だれもしらないひとつのおはなし~獣人の少女と悪徳商人は、おたがいにぬくもりを求めあう~ 狐月 耀藍 @kitunetuki_youran

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