最終話  ―白猫は腹黒いお腹を見せない―



「乃白瑠君」


「何ですか、編集長」


「私も昨夜考えたんだが、鬼子母神は大日如来になりそこねた女性だったんじゃないだろうか」


「えっ! どういう事ですか!?」


「鬼子母神は、子供を食らう神様だが、それは人間の魂を吸収して、自分の分霊を子供として産んでいたと考えられないか」

          

「それが大日如来! じゃぁ、釈迦如来様が隠した愛奴アイヌとは?」


「私が思うにパンドラのように、希望の光、理性そのものだったんじゃないだろうか」 


 母親の偉大さ。鬼子母神。女性がどうして荒霊に支配されるのか。子供を守りたい為。

 小説家もしかり。自分が書いた小説も、小説家にとって子供も同然だ。

 全ての子供を守る為に、だらしない親から誘拐して、教育して育てているユラリア=セランヌ。神は、初子を捧げよと命ぜられた。

 その親友の為に書いた小説『誘拐犯』を消去された優城美町。

 彼女達を含め、全ての女性が鬼子母神になる可能性がある。

 小説家もしかり。ボツとなった小説の原稿。数百ページにわたる文字の羅列。文字数から言えば十数万文字。それを統合するテーマ。その文字全てが死ぬのだ。皆に読まれない事で。

 その文字に宿った言霊ことだまの怨霊が疑念を渦巻いて、とことわの空間に焼き付いている。その領域で活動する聖霊の怒りを静めるために、乃白瑠達を含める明王家があるのだ。

 おくら入りとなった小説がこの世にどれだけあるだろう。

 多くの子供を持つ小説家もいる。即ち、多くの小説を書いて、小説という子供を作るという事だ。

 その小説が泣いている。日の目を見なかった小説が怨嗟の炎をあげて泣いている。

 新人賞に送られてくる何千、何万もの小説の想像主(創造主)の苦しみ。


 その苦しみは全て、月に、月泣文庫に記録されている。


 それをわかりたい。それが読者だろう。神はその全てを聞いておられるのかもしれない。世界精神の想像力。素晴らしい歴史を紡ぐ存在に選ばれたのが神だ。

 だから『聖書』という歴史書を書かせた神がその地球の代表者なのだ。

 自転する地球が一つのダイナモ、巨大な発電機になって、記録された世界精神の精神波を他の星々に電波発信している。太陽の光ではない、電波放送だ。

 だからこの地球で小説家が頭の中で考えて書かれた小説は、皆他の宇宙へ発信されているのだ。だから、小説家を志す者はそれを認識しなければならないのだ。

 これが乃白瑠が考えた結論だった。だが、自分で考えた理論に照合して、自分が小説家に相応しいかどうか。それは今後の乃白瑠の生活にかかっている。


「乃白瑠君。君は小説家としての資格があると思うか?」


「いえ……。それが……」


「現実にはまだだが、君は霊が読む小説を書く小説家になっているんだぞ」


「それはどういう意味です」


「天上界に、即ち和魂の活動領域である月に住んでいるエリュオニムが、君の小説に耳を傾けているそうだ」


「誰から聞いたんですか?!」


「……教育大臣、冴元香梨亜からだよ」


 それを聞いた乃白瑠は、俯いて一言こう言った。


「この小説の続編は必ず書きます!」


 乃白瑠は本当に脱稿して、それをとある出版社の新人賞に応募した。

 自分に小説家としての資格があるかどうか自問しながら。

 今はその結果を待っている。実際の事件の『誘拐犯』の主犯が甲乙龍之介の仕業だったかどうかはわからない。が、これだけは言える。永遠のイマジンの正体は、母親のお腹の中で想像する事。母親の中で見る希望の光に溺れるままに、乃白瑠は言葉の涙を紙に、神にぶつけようとしているのだ。


 そんな『想像世界』に『剣撃文庫』が存在しますように。

 



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剣劇文庫 ~永遠のピーターパン~ 飯沼孝行 ペンネーム 篁石碁 @Takamura-ishigo-chu-2-chu-gumi

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