「幼馴染としか思えない」と幼馴染からの告白を断ったら、紙袋被った神(自称)が部屋に現れて幼馴染と付き合うよう説教された件について~いや、お前なにしてんの?~

くろねこどらごん

紙袋幼馴染

 俺には幼馴染がいる。


 しかもそこらへんのアイドルじゃ歯が立たないくらいの美少女という、ある意味では男の理想を体現したような幼馴染が。






 そいつの名前は天塚香澄あまつかかすみ


 俺とは同い年で、小学校から高校生になった今に至るまで、ずっと同じクラスになり続けてる、いっそ呪われてるんじゃないかってくらいの腐れ縁。


 生まれた時から一緒だった、それこそ兄妹のように育ったものだから香澄のことに関しては、俺が誰より詳しいつもりだ。




 香澄は昔から、飛び抜けた容姿を持っていて、周りとはオーラからして違っていた。


 人形のように整った、ある種異次元の容姿に加え、北欧の血が混じった銀色の髪を持つ香澄は、常に注目を浴びる存在だった。




 大きくくっきりした瞳はクリクリと動いて見るものを飽きさせず、必ず好感を抱くことだろう。それはある種の魔眼とも言える。


 お喋り好きな香澄の唇は常に快活に動き、透き通った綺麗な音を紡いていく。


 香澄の声を聞きたくて、男女問わず積極的に話しかける生徒もいたくらいだ。




 スタイルも抜群で、気付けば大きく膨らんでいた胸は自然と男子の視線を惹きつけてしまう。


 だけど無防備なところのある香澄は男子の不躾な眼差しを気にすることもなく、自然に話しかけてくるものだから、中学の頃は勘違いした男子が後を絶たなかったくらいだ。


 香澄と関わりを持ちたい男子から、幼馴染である俺になんとかしてくれと散々頼まれた苦々しい過去は未だ記憶に新しかった。






 そんな完璧ともいえる容姿を持った香澄だったが、どうやら神様はよほど彼女のことを愛していたらしい。


 スポーツに関する才能も与えたようで、運動神経は昔から抜群。


 容姿を鼻にかけることなく、性格は人懐っこい天真爛漫。


 さらに誰とでも会話をすることができるコミュニケーション能力まで備えていた。


 昔はその日本人離れした容姿から浮いていた時期もあったが、香澄は持ち前の積極性から自分からガンガン輪に入っていき、気付けばあっという間に人気者になっていたことを思い出す。




 とはいえ、欠点もまるでないってわけじゃない。


 成績のほうはイマイチで、ちょっと抜けてるところあった。


 オブラートに包んだが、ぶっちゃけ少しばかりアホの子である。


 高校受験するときなんて、身の丈以上の高校を選び同じ学校を受験する俺にわざわざ泣きついてきたほどだ。


 隣の家に住んでるということもあり、去年は帰宅してから寝る前までほぼつきっきりで勉強を教えたのは懐かしい限りである。




 正直香澄の性格と愛想の良さを考えたらどこでもやっていけそうなものだが、彼女の熱意に押されて一緒に頑張った結果、ともに高校に合格し、今でも腐れ縁は絶賛継続中。


 さらにいうなら、まだ入学して間もないというのに既に学園ナンバーワン美少女の声も高く、告白もよくされているのだとか。




 まぁここまで香澄について語ったわけだが、とどのつまり俺の幼馴染は神様にすら愛された、非常にモテる人気者ってわけである。






 それに対し、俺こと三雲武尊みくもたけるは多少容姿を褒められることこそあるにせよ、それ以外は特に秀でたところもない、ごくごく普通の男だった。


 朝一緒に登校してても、香澄の横を歩くのは役者不足だよなーとか思うくらいには、卑屈なところもあったりする程度には、自分にだって自信がない。


 というか、香澄の横を自信満々で歩けるやつなんて、いったいどれくらいいるんだろうか。少なくとも俺ではないことは確かだろう。




 とはいえ、そのことに関して悲観的になったことはない。


 何故かって?その答えは簡単である。






 だって俺、香澄のことを女の子として好きじゃないもん。シンプルな理由だろ?






 ん?何言ってんだお前だって?そんない可愛い幼馴染が傍にいたなら、好きになるのが当たり前?


 あー、なるほど。まぁ言いたいことはわかる。実際俺だって香澄のことは可愛いと思ってるよ。




 一緒にいて楽しいし、なんだかんだ隣にいるのが当たり前の存在だったけど、中学以降周りが色付き始めて香澄を持ち上げ始めた当初は危機感のようなものもあったと思う。


 そこでこの気持ちなんなのか、自問自答してみたわけよ。俺は香澄のことが好きなのか、それをしりたくなったのだ。




 答えを得るまで、そりゃあもう三日三晩は悩んで悩んで悩みまくった。


 飯もろくに喉を通らず、あんなに真剣になにかを考えることなんてもう二度とないかもしれない。


 それだけ香澄のことだけをずっと考えて、考え続けて―――やがて結論は出た。






「うん、別に俺、香澄のこと好きじゃなかったわ」






 正確には女の子としてと前置きがつくが、異性として意識しているのかを考えたら別にそんなことは一切なかった。


 だって、香澄といて胸が高鳴るとかドキドキするとか、そんなん一切ないんだぜ?


 風呂だってふたりで入った仲だし、薄着姿を見たことところで今更なんとも思わない。


 そんな格好をしてたら風邪を引くんじゃないかと、むしろ心配してしまうくらいだ。


 かといって女の子に興味がないってわけではなく、クラスの可愛い子はつい目で追ってしまうくらい、異性には興味津々なお年頃である。




 だけど、香澄にだけはそういう感情を抱くことがない。視界に入っても余裕でスルー。


 どうせ向こうから話しかけてくるだろうし、他の子見てたほうが目の保養になるってくらい、俺の中で香澄の優先順位は低かった。つーかぶっちゃけ最下位まである。






 とどのつまり、この頃にはもう香澄のことを、そういう目で見られなくなっていたのだ。


 昔からずっと一緒に育ってきたため、俺の感覚では香澄との距離感はもはや兄妹に近いものがある。


 香澄のことを散々褒めちぎりこそしたものの、それは優秀な身内を自慢したかった、所謂親戚のおじさん感覚ってやつである。




 当初抱いていた危機感も、妹を他のやつに取られるかもしれないという、シスコン的な独占欲であると結論付けた俺は、自分の中で香澄に対する感情を無事昇華することに成功したというわけだ。


 今では完全に兄としての目線で、手のかかる香澄のことを見守っているのだった。




 だけど、香澄だっていつまでも子供じゃない。


 この関係が永遠に続くことはありえないんだ。


 香澄にも、近いうちに好きな奴ができるに違いない。


 高校生に上がった今、幼馴染としての付き合いを少し見直すべきかもしれないな…なんて、我ながらちょっと大人びたことを考えていた矢先。


 ある出来事がきっかけで、俺たちふたりの関係に、大きな転機が訪れることになる。












「香澄のやつ、いったいなんの用なんだ…?」




 テスト明けのとある放課後、俺は香澄に校舎裏へと呼び出されていた。


 半日で授業が終わったこともあり、家でゆっくり寝ようと思っていたのに、帰り際に一通のメッセージが届いたのだ。




 なんだろうと確認すると、そこには校舎裏で待っているという簡素な文面とともに、香澄の名前が載っており、どういうことか本人に聞こうとしたら既に教室内には姿がなかったため、こうして出向いているというわけである。




「なんかシチュエーションだけみると告白されにいくみたいだなぁ」




 なんて口にしてみるも、その可能性はまずないだろう。


 だってアイツ、アホみたいにモテるし。


 わざわざ俺を選ぶ理由なんざまるでない。


 香澄ならとんでもない高スペックイケメンを捕まえられるに違いないのだ。


 俺はそれを草葉の陰から祝福してやるのがお似合いだし、それでいいと思ってる。




「案外恋愛相談とかだったりしてな」




 そんときゃ真面目に答えてあげることにしますか。


 からかうといい反応するやつだっただけに少しばかり寂しさも覚えるが、幼馴染の恋路を応援しないほど器量の小さい男ではないつもりだ。


 とはいえ、娘に彼氏ができた親ってやつはこんな気持ちなのかもしれないな…


 年に見合わぬそこはかとない寂寥感に襲われながら、俺は足を進めるのだった。














「私、タケルちゃんのことが好きなの!私と付き合ってください!」




 冗談的中。俺は幼馴染から、まさかの告白を受けていた。




「あー…マジで?」




「マジだよ!」




 万一の可能性に望みをかけ、聞いてみるも即答で返される。


 そこに込められた気迫は尋常ではなく、一歩後ずさりしたくないほどのものだ。




「実は嘘告白とかだったり…」




「しないよそんなこと!するはずないじゃん!」




 香澄は俺の言葉に頬を膨らませ、プンスカと可愛らしく怒りを顕にしている。


 付き合いが長いからわかるけど、どうも本気で怒っているらしい。




(マジかー…)




 ここまでくると、さすがの俺でも嫌が応にも理解した。


 どうやらマジのガチらしい。香澄のやつ、本気で俺のことを好きっぽかった。




「あー…えっとさー…」




 こうなると、俺も本気で返事をしないといけないのだろう。


 この後のことを思うと胸が痛い。でも嘘をつくわけにもいかなかった。




「うん!わかってる!タケルちゃん天邪鬼なところあって、ひねくれ者のツンデレだけど、ほんとはもちろん私のことを愛してるんだって………」




「ごめん、俺、お前とは付き合えない」




 きっぱりと、俺は自分の気持ちを告げた。












「…………………Why?」




 そして香澄は固まっていた。












「無理。付き合えない。だって俺、お前のこと幼馴染としか思えないもん」




「えええええ!!??ちょっ!追い打ちぃっ!!もっとオブラートに包んでよぅっ!!!」




 それを無視して事実を告げると、香澄は再起動してツッコミを入れてくる。


 あ、案外大丈夫っぽい。これはいける流れですわ。




「いやー、だってさー。俺たちガキの頃からずっと一緒じゃん?もう兄妹みたいなもんだし、今更女の子として見るの無理っていうか…ぶっちゃけ、香澄といてもドキドキしない。むしろ落ち着く」




「落ち着く!?そこはドキドキしようよ!男の子でしょ!?」




 男だよ?お前限定で兄的感情が働くってだけだぞ?




「いや、一時期ちょっと頑張りはしたんだぞ?でもさ、去年つきっきりで香澄に勉強教えたじゃん?部屋にも何度も出入りして、休みの時もずっと一緒だったけどさぁ……ぶっちゃけた話、女の子の部屋にいて、女の子が隣にいるっていうのに…正直、ぜんっぜん!全く!まるで!一切!微塵も!!お前じゃ興奮しなかった……」




「はああああああああああ!!??」




 ここぞとばかりに俺は次々と本心をぶっちゃけた。


 だってしゃーないやん。そりゃ顔いいけどさぁ、妹に興奮出来るかって言ったら普通無理だろ?


 身体は身内判定しちゃってるんだよ。身体は正直ってやつなんだ。




「私、可愛いよ!?」




「可愛いな」




 自分でいうのはどうかと思うが。




「銀髪だよ!?めっちゃレアだよ!?」




「銀髪だな」




 それ、言う必要ある?レアだからなんだよ。それはまた別問題やろがい。




「おっぱいも大きいよ!?」




「大きいな」




 うん、おっきい。Eはありそうだな。いいことだ。




「なら、普通ムラムラするよ!?」




「俺はしない」




 でもそれとこれとは別だよね。


 可愛いと性欲は必ずしも一致しないのだよ香澄くん。




「タケルちゃんは貧乳派なの!?」




「いや、美乳派だ」




「めんどくさっ!じゃあ実際に自分の目で確認しなよ!!!私のおっぱい綺麗だよ!!??」




「いや、ガキの頃散々風呂で見たし…」




「んもおおおおぉぉぉっっっ!!!」




 牛のような雄叫びをあげ、地団駄を踏む香澄。


 誰もが認める美少女が銀色の髪を振り乱し狂乱する有様は、なかなかにシュールな絵面だった。




「おい、落ち着けよ」




「落ち着いたら付き合ってくれるの!?」




「いや、それは無理」




「んにゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 今度は猫みたいな叫びだな。


 てかうっさい。誰かきちゃうんじゃないかこれ。




「なぁ、香澄。お前は可愛いよ。ただ、俺じゃお前を性的な目で見ることができないってだけなんだ。今回のことは水に流すから、この告白はなかったことにして新しい出会いを…」




「うるさい!タケルちゃんじゃないと意味ないんだよぉっ!」




 ひとまず場を納めようとそんな提案をしてみるのだが、あっさりと一蹴されてしまう。




「かす…」




「ぜっっったい諦めないから!!!タケルちゃんのバカヤロー!!!」




 そう叫ぶと、香澄は脱兎の如く駆け出した。


 世界を取れるんじゃないかってくらいの速さで三下みたいなセリフをドップラー効果とともに置き去りにし、止める間もなくあっという間に消え去っていく。


 我が幼馴染ながら、なんとも恐ろしいスピードだった。




「あっちゃあ…」




 やっちゃったかなぁ。でもどうしようもないじゃん。


 そういう目で見られないってことは、つまりそういうことなんだから。




「まいったな、これは」




 誰もいなくなった校舎裏で頬を掻きつつ、俺は途方にくれるのだった。




















 それから数時間が経ち、日もとっぷりと暮れた頃、俺はようやく家路に着いていた。




「ただいまーっと…」




 なるべく音を立てないように注意を払って鍵を差し込んで玄関のドアを開けると、家の中へと素早く体を滑り込ませる。


 そのまま背を預けるよう扉を閉め、完全に外部と遮断されたことを確認すると、大きく息を吐き出した。




「ふぅ…さすがに家の前にはいなかったか」




 幼馴染の待ち伏せを警戒していたのだが、いなかったのは本当になによりである。




「今はなんて言えばいいかわからないしな。それはさすがの香澄でもそうだったか」




 時間をずらし、用心深く帰宅したのは、単に香澄に会いたくなかったからだ。


 また告白されようものなら、こちらももう一度断らざるを得なくなる。


 アイツは基本アホの子だからか、異様にメンタルが強いのだが、俺はそこまでじゃない。


 むしろ何度も告白を断るとか、申し訳なくて仕方ないと思うくらいには普通の感性の持ち主である。想いに応えられないとあれば尚更だった。




「どうすっかなぁ。あの様子じゃきっと、簡単には諦めてくれないよなぁ」




 思案に暮れながら、俺は自室のある二階への階段を一歩ずつ進んでいく。


 両親はこの時間はまだ仕事から帰っておらず、家にいるのは俺ひとりだ。


 そのことが正直有難い。考えをまとめる時間が、今の俺には必要だ。




「彼女いたって嘘でもつくか?いや、毎日一緒に帰ってたしいくら香澄でも騙せないよな」




 ぶつぶつと呟きながら歩を進めると、やがて二階へと到着する。


 この時にはもう思考の海に沈んでおり、周りが半ば見えていない状態だった。


 所謂狭窄視野というやつだが、家にいる人間は俺ひとりという先入観があったのも事実だろう。


 思い込みというやつは恐ろしく、現実を正しく認識できなくさせる。




「いや、案外いけるか…?香澄だもんな、可能性はゼロじゃねーわ」




 そのせいで、俺は自室を隔てる扉の下から光が漏れていることに、ドアを開けるまで気付くことができなかった。


 要するに、心構えなんてなにもできていなかったのである。


 俺は疑問を覚えることなく、ドアを開けた。






 ガチャリ






「ま、とりあえず着替え―――」








 そして、そいつはそこにいた。






「…………」






「…………はぇ?」




 まず目についたのは顔だった。


 いや、というかそこにあるのは顔なんだろうか。


 普通、こんな疑問が生まれてくる状況などないだろう。


 だが、俺は体感している。この世には人には理解できない世界があるのだということを。


 俺はそいつを、真正面から見てしまった。




(なに、あれ…?)




 とりあえず、なんか茶色い。あと角張ってる。


 目の辺りなんてマジックで殴り書きでもされたかのように、黒く塗り潰されていた。


 トドメに額?の位置には『神』の一文字も書かれており、凄まじい負のオーラを放っているように感じるのは、果たして俺の気のせいだろうか。




 本来人の顔があるはずの位置に、明らかに顔でないものが覆いかぶさっている。


 というか、あれ多分紙袋だ。うん、多分そう。


 この前スーパーでもらった袋になんか似てるし。




「…………」




 ここまででわかったことは、多分あれは紙袋なんだろうということと、それを頭から被って部屋の中心に鎮座しているやべーやつがいるということである。




 さて、それじゃ次に俺が取るべき行動はなんだろうか?そんなもん考えるまでもない。


 俺は未だ握ったままの扉のドアを、ゆっくりと引き戻した。






 キィィィ…パタン。






「…………」






 1.2.3




 1.2.3




 1.2.3






 ……ヨシ






 数拍置いて、もう一度開ける。






 ギィィィ……






「…………」






 あ、まだいる。






「ははぁ…」




 ストレスから白昼夢か幻覚でも見てるかと思いたかったけど、どうも夢でも幻でもないっぽいですね、これは。




 現実を直視して、俺は大きく息を吸った。






(…………こっええええええええええええええええ!!!!)






 なんだあれ!?なんだあれ!?




 ここ、俺の部屋だよな!?なんで怪奇紙袋怪人が俺の部屋にいるんだよ!?不法侵入だぞコラァッ!!こえぇよっ!!!




 頭を疑問が支配して、今の俺は半ばパニック状態だ。


 ていうか、ならないほうがおかしい。現在進行形で、俺のSAN値はゴリゴリ削られている真っ最中であった。






「…………遅かったではないか、人の子よ」






 シャ、シャベッタアアアアッッッ!!??






 この紙袋さん、喋りましたでおわすことよ!?


 人の子!?なにそれお前どんなキャラだよ!!??




「お、お、おまままま…」




「まずは自己紹介をしよう。私は…神よ」






 …………What?え、神?えぇ?






 瞬間、脳がフリーズする。なにいってんだ、こいつ。






「神?」




「神」




 意味不明すぎて聞き返すも、オウム返しで投げ返された。


 いや、なんの要領も得られないんだけど。


 キャッチボールしてんじゃねーんだぞ。




「神すか」




「神っす。我が名は神。マイネームイズゴッド」




 紙袋は頷いて答える。表情がわからないのに、何故か向こう側のドヤ顔が透けて見えるのは気のせいだろうか。




 いや、マイネームて。神は固有名詞であって人名じゃねーだろ!?というツッコミ待ちだろうか。


 それともこれは所謂ゴッドジョークなのか?上位存在にしか理解できない、高度な笑いなのかもしれないな。


 しかし紙袋被ってる時点でシュールの極みだと思うんだが…


 いや、いかん。なんで俺はこいつが神だという前提で話を進めようとしているんだ。


 事態についていけなくて、脳がバグってるのかもしれない。


 少しでも冷静にならないと、頭がどうにかなりそうだ。




「……その神様が、どうしてこんなところにいらっしゃるんです?」




 とりあえず時間を稼ごうと、ツッコミどころ満載の神(自称)に話を促すことにした。


 本当ならこの不審者には今すぐお帰り願いたいのだが、実力行使にでるのもなんか怖いし、話を聞くのが良さそうだと思ったのだ。




「フッ、よく聞いてくれた。本来なら私のような神が人と会話をするなどありえないことだが、今日は特別に答えてやろう」




 イラッ。


 なんだその見下した態度は。


 なんか知らんがすげー腹立つな。口挟まんけど。




「はぁ…それで?」




「今日はタケルちゃ…人の子と話があってここにきたのだ!光栄に思うがいい!神が人と対等に会話するなんて、早々ないことなんだよ!」




 仰々しく両手を広げてるが、おいちょっと待て。


 この神(自称)、今タケルちゃんとか言いかけなかったか。




「今、俺の名前を言いませんでした?」




「!?わ、私は神だからな!人の名前を把握くらいはしている!下らぬことをいうでない!」




 俺の指摘に、明らかに神(自称)はキョドってた。


 あわあわしてるのが手に取るようにわかるようだ。


 ていうか、この挙動には見覚えがある。めっちゃある。




「ゴホン!細かいことはいいから本題に入るぞ!お前の名は三雲武尊!15歳の高校一年生の超イケメン男子だ!そして隣の家には一緒に育った超一途な同い年の超絶美少女がいる…そうだろう!?」




 誤魔化してる。


 この神(自称)、めっちゃ誤魔化しにかかってる。




 それを理解すると同時に、頭が冷えていくのを感じる。


 パニックになっていた思考が冷静さを取り戻していく。




「はぁ…超を多様しすぎな気はするけど、まぁ一応そうっすけど…」




「うむ!やはりな!私は今日そのことについて話があってきたのだ!」




 そうなると、見えてくるものもあるものだ。


 具体的に言うと、神(自称)の首から下を見る余裕がようやくでてきた。


 紙袋のインパクトがあまりにも強すぎて、神(自称)の衣服まで目がいかなかったのだ。


 俺は神(自称)に気付かれないよう、ゆっくりと視線を下に落としていく。




「三雲武尊!お前は今日、超絶スーパー美少女幼馴染からの告白を断った!そうだな!?」




 果たしてそこにあったのは、黒のブレザーとチェックのスカートだ。


 俺の今着ている高校の制服の女子版の、近隣の学生からは可愛いと評判で人気の高い制服だった。




「彼女はあんなにも勇気を振り絞って告白をしたというのに、お前はその告白を無下にしたのだ…ほ、ほんとに、あんなに頑張ったのに…」




 女の子座りをしているため、白い太ももが丸見えだ。


 胸元は明らかに大きく膨らんでるし、格好からしてもどうやら神(自称)の性別は女であるらしかった。




「スタイルだって頑張って良くしたのに…美乳派とか…そういうことは先に言えよぅっ!」




 声色も微妙に変えてるけど、これまた聞き覚えがあった。


 ていうか滅茶苦茶ある。昔からずっと聞いてきた声だ。俺が分からないはずがない。


 気付かなかったのは、よほど気が動転していたということだろうか。




「ちょっと!聞いてるのタケルちゃ…」




 さらにいえばトドメというか。


 紙袋の隙間から、髪が漏れてた。




 サラサラと柔らかく流れる、銀色の髪が。






「……なにしてるの、お前」




 そんな髪色をしていて、こんなことをしでかしそうな人物の心当たりが、残念ながら俺にはある。




 すっげー嫌だけど。めっちゃあった。




「え、なにしてるって…ていうか、神にタメ口とか…」




「お前、神はねーだろ神は。何考えてるの?ていうか、どうやって家に入ったんだよ」




 髪と紙と神の奇跡のトリプルコラボレーションがここに成立したわけだが、もはやそんなことはどうでもいい。


 ここまで物的証拠が出揃って、誰がこいつを神だと信じるというのか。


 むしろ未だに神を名乗ってることが、俺には残念でならなかった。




「え、普通に合鍵使ってだけど…い、いやいや違くて!私は神なの!神様の話はちゃんと聞いて…」




「お前、香澄だろ」




「ギクゥッ!」




 指摘してやると、神(自称)はわかりやすいほどわかりやすいリアクションを返した。


 ギクゥッて。お前、わざわざ口に出すとか…色んな意味で残念すぎるだろ…




「やっぱそうか」




「ナ、ナンノコトカナー。ワタシ神ダヨー。超エラインダヨー。そんな美少女のことなんてシラナイヨー」




 今時そんな片言の怪しい中国人みたいな動揺するやつがあるか!


 つーか、まだしらばっくれるつもりなのか…幼馴染のあまりの図太さに戦慄すら覚えてしまう。


 マジでメンタル強いなこいつ…ある意味尊敬に値するぞ…




「じゃあ聞くけど、神様がなんでうちの制服着てるんスか」




「ホァッ!?そ、それは慌ててたから…ち、違う!これは、天界でも採用されている由緒正しい衣服なのだ!」




 いや、苦しすぎるだろそれは。


 天界がどんなとこかは知らんが、そんな俗世にまみれたおっさんが喜ぶような世界はすげー嫌だぞ。


 不快な想像をしてしまい、無性に腹が立った俺は腹いせ紛れに神(自称)へと追い討ちをかけるべく、気になっていた点を更に指摘していく。




「はぁ…じゃあなんで紙袋被ってるので?」




「これは神のご尊顔を人如きが拝むなどおごがましいからだよ!あまりにも可愛すぎて目が潰れちゃうからね!べ、別に神様って言えばタケルちゃんもきっと言うこと聞いてくれるとか思って被ったわけじゃないんだからね!」




 ツンデレかよ。


 てか考え浅すぎるぞおい。俺のことを普段どんな目でみてるんだコイツ…ていうか…




「……隙間から髪見えてるんスけど」




「…………あ」




 神(自称)、フリーズした。


 いや、気付いてなかったんかい。


 ますます持って残念な気持ちが加速していく。




「ちょ、ちょっと待って!今直すから!」




「あ、おま…」




 そう言って神(自称)は反対側を向くと、ガサゴソと紙袋を外して髪を整え始めた。


 言うまでもなく俺からはその後ろ姿はモロ見えで、白いうなじまでハッキリと見えている。




「え、えーと…とりあえず髪を巻いて、中に入れて…うぅ、まいったなぁ…」




 まいったのはこっちだ。お前、なにやってんの。


 そこにいるのはどこからどうみても神の姿ではない。


 俺の幼馴染、天塚香澄その人だった。




「じ、時間なかったから…ハーフアップにしとけば良かったよぅ…やっちゃった…」




「………………」




 独り言を呟きながら自分の世界に入っている幼馴染を見て、俺はすごく悲しい気持ちになっていた。


 長年一緒に育った幼馴染がここまで残念なやつだったと、この瞬間まざまざと見せ付けられているのだ。


 いくら可愛い妹分とはいえ、可愛さだけで誤魔化しきれないものがあるのだと、俺は初めて知ったのである。




「育て方を間違ったか…」




 俺はいたたまれなくなり、ポンコツな幼馴染から目をそらす。


 違う意味で、見てはいけないものを見てしまったという、謎の罪悪感に包まれながら。




「んしょっと…よし!これでバッチリ!待たせたなタケルよ!もう大丈夫だよ!」




「…………うん。お前がそう言うなら、もうそれでいいよ…」




 数分後、紙袋を被り直し、こちらを振り返った神(自称)の隙間からはハラハラと幾本の髪が早くもこぼれ落ち始めていたけれど、それを突っ込むつもりはもうなかった。


 というか、突っ込みたくない。なんかもう、疲れたのだ。




「じゃあ神様。どうぞ、続きを話してください。もうなにも言いませんので」




「?タケルちゃんがそう言うならいいけど…じゃあ話すね」




 先を促す俺に、キャラ作りを忘れ、素で答える神様(自称)。


 うん、もうどうでもいい。神の正体もわかったし、さっさと言いたいことを話させて、早く寝たい。




 そんな考えが思考の大半を占めつつあった俺のことを、いったい誰が責められるというのだろうか。


 もはやなにも言うまい。とにかく話を聞こうじゃないか。




「私がここにきたのは言うまでもなく、その幼馴染に関することでだ。隣の家に住む超絶ウルトラスーパー美少女……そんな子が幼馴染とか、ハッキリ言ってお前はSSR級の幸運の持ち主だ。しかもお前を好いてるというのだぞ?そのうえ向こうから告白までされるとか、もはやSSRを通り越してUR級のラッキーさだろうに、何故断る!?」




 そう言って憤慨する神様(怒り)。


 いや、例え安っぽくない?もっと上手い言い回しあったろ。


 てか自分をSSRとか、自信過剰すぎん?まぁ合ってるんだろうけどさぁ…なんか世の不条理を感じるわ。




「えー…あの時も言ったけど、香澄のことは幼馴染としか思えないし…」




「何故に!?可愛いし性格いいし、おまけにタケルちゃんに常にべったりなんだよ!?普通意識するよね!?私なんて幼稚園の頃から意識しまくりだったよ!?」




 なんかいきなり衝撃のカミングアウトが始まった件について。


 神だけに神ングアウトってか。いや、笑えん。


 しかし神(自称)も神(自称)でなんかぶっちゃけてきたなおい。


 ある意味互いに本音で話し合ってると言えなくもないが、シチュエーションが嫌すぎるぞ…




「えー…マジで?」




「マジだよ!?ずっと好きだったんだよ!?マジで気付いてなかったの!?」




「いや、全然。いつも後ろをちょこまかついてきて、なんか犬みたいだなって……」




「犬扱い!?ペットと同じ目で私のこと見てたの!?」




「うん。そんで可愛がってたら、気付いたら保護欲にランクアップしたっていうか。恋愛感情に発展する要素が思い返せばなかったなーって…」




「――――――」




 そこまで話すと、神(自称)は絶句していた。


 なんていうか、傍目で見ても真っ白に燃え尽きているのがよくわかる。


 ちょっとつついたらサラサラと灰になって崩れ落ちそうだ。




「あー、そういうわけだからさ。今度こそ俺のことは諦めて、俺以外のやつと幸せに…」




「うっ、ぐす…」




 なんだか居た堪らない気分になってしまい、慰めようとしたのだが、聞こえてきたのはすすり泣きだった。




「え、おい…」




「そ、その幼馴染は、ずっとタケルちゃんのことが本当に好きだったんだよ…いつも一緒にいるのが当たり前だったけど、本当に大好きで…これからも一緒にいたかったから告白だってしたのに、こんなのって…」




 紙袋の下から、ポタポタと雫が落ちてくる。




(泣いている、のか。あの香澄が…?)




 それを見て、自分でも驚く程ショックを受けていた。


 いつも底抜けに明るくて、ちょこまか後ろをついてくる幼馴染の泣いている姿なんて、見たことがなかったからだ。




「おい、泣くなよ…」




「だって、だってぇ…」




 たとえそれが紙袋を被って、顔が見えないクッソシュールな絵面であったとしても、俺の心に大きな動揺を与えるには十分だった。


 結局のところ、このポンコツな幼馴染を誰よりも大事にしていることには変わりないのだから。




「……そんなに香澄は、俺のことが好きだったのか?」




 だから、俺の心を動かすには香澄の涙は十分な理由足り得るものだ。


 告白を断られたにも関わらず、こんな紙袋を被って恥をかなぐり捨ててまで、俺と付き合いたいという香澄の気持ちを無下にするなんてできそうもない。




 ちなみに紙袋は濡れまくって、目のところがグチャグチャになり、垂れたインクが血涙のようなホラーさを醸し出していたが、それは無視する。今はどうでもいいことだ。


 顔を俯かせ震えながらも確かに頷く神様の姿を見て、俺はひとつの覚悟を決める。




「…………そっか。なら、わかった」




「え…………」




「付き合うか、俺たち」




 それを告げるのは、俺からしても覚悟のいるものだった。


 だけど、香澄はもっと勇気を振り絞ったに違いない。そう考えると、言わないわけにはいかないだろう。


 俺だって一応、男だしな。




「…………ぇ?」




「付き合おうって言ったんだよ。香澄がそこまで俺のことを好きだっていうなら、俺も努力してみることにする」




 正直、まだまだ俺は香澄のことをただの幼馴染としてしか見ることができない。


 もしかしたら、これからもずっとそうかもしれない。


 だけど、それは変わらない理由にはならないんだよな。




「俺は香澄のこと、ずっと幼馴染だと思ってた。これからもそうなんだろうって。だけど、香澄はそうじゃなかったっていうなら、俺も変わろうと思う…正直、自信なんてないけど、お前のこと、女の子として見れるよう、頑張ってみる」




 そう言い終えて、改めて俺は香澄を見つめる。


 相変わらず馬鹿みたいな紙袋を被ったままだけど、ポカンとしてるらしいことはわかった。




 なんだかんだ、付き合い長いからなぁ。


 表情が見えなくてもわかっちまう。その関係が途切れるのは、俺だって嫌だ。




「だから、俺達付き合おう。実際付き合ってみたら、また違ってくるかもしれないもんな」




 短いけど、これが俺なりに出した答えだ。 


 これからも香澄とずっと一緒にいようとするのなら、俺も頑張ってみようと、そう思った。




「…………ほんとに?」




「ああ」




「ほんとに、私と付き合ってくれるの?」




「そう言ってるじゃないか。疑ってるのか?」




 香澄は明らかに半信半疑といった様子だ。


 まぁ無理もない。心変わりしたにしても、急なことは自覚してる。




「だ、だってタケルちゃん、いつも嘘ばっかりいって私をからかってくるし…」




「さすがにこんな時に嘘いうはずないだろ。それ言うなら、今のお前だって嘘みたいな格好してるぞ」




「!?ち、ちが…今の私は神だから!タケルちゃんの幼馴染で恋人の香澄とかじゃないから!」




 今更それ言うんかい。しかもちゃっかり恋人であることは主張すんのな。


 お前はほんと、ずるいやつだよ。男ってのは、女の子の涙に弱いんだ。


 それを無自覚に使ってくるんだから、マジでタチが悪いと思う。


 ただでさえアイツを可愛がってる俺に勝ち目なんてなく、最初から負けることが決まってるんだから。




「はいはい神様、じゃあさっさと帰ってくれよ。そんで香澄に俺はお前と付き合うことにしたって、そう伝えといてくれ」




 やっぱり香澄は残念なやつだ。だけど、同時に可愛いとも思う。


 いつまでも変わらずにいるこの幼馴染が、俺はどうしようもなく好きだった。




「…………今更、もう嘘だなんて言っても遅いからね。お母さんにも伝えるから」




「生々しいこというなぁ、おい」




 苦笑しながら頷くと、神様は部屋から出ていった。


 階段をドタバタと駆け下りていく音が聞こえるあたり、きっとすぐに俺の部屋に帰ってくることだろう。




 今度は幼馴染であり、恋人の香澄として。


 きっと目を涙でぐしょぐしょにしながら、俺へと駆け寄ってくるに違いない。


 その光景が目に浮かぶようだ。もしかしたら勢い余って、抱きつかれるかもしれないな。


 きっとこの予想は現実になるだろうという予感を感じ、とりあえず俺は蹴破られないようドアを開けておくことにした。




 めんどくさい幼馴染から恋人になった俺たちを、きっとあの自称神様も祝福してくれるだろうと思い、つい笑いながら。














































「タケルちゃーん!私のこと見て、お母さん倒れちゃったよー!?早く来てー!?」




「………………」






 …………あの紙袋被ったまま帰ったなら、そうなるよね。うん






 (アイツと付き合うの、やっぱ考え直そうかなぁ……)






 俺を呼ぶ残念すぎる幼馴染の涙声を聞きながら天井を仰ぐと、俺はついそんなことを思うのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「幼馴染としか思えない」と幼馴染からの告白を断ったら、紙袋被った神(自称)が部屋に現れて幼馴染と付き合うよう説教された件について~いや、お前なにしてんの?~ くろねこどらごん @dragon1250

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ