エピローグ

 日差しが強い。

 かざした手のひらで影を作ったとき、空を眺めている自分に気が付いた。


 姉貴のいる病院へ向かうためのいつもの道は封鎖されていた。

 なんでもトラックが事故を起こしたらしい。

 だから仕方なく選んだ初めての道は、オフィス街に続く住宅地の一角だった。

 昨日遅くまで本を読んでいた僕は欠伸をしながら、それほど多くない人の波に流されるように横断歩道を渡っていた。

 少女を見つけたのは、その時だ。

 背の高いマンションの屋上で、その子は前のめりに体を出して遠くを眺めている。

 フェンスや柵があるようには見えない。

 気づけば、僕の体は駆け出していた。

 マンションのエントランスに飛び込んで、エレベーターのボタンを押す。

 かごが下りてくるまでのほんのわずかな時間が、ひどくもどかしく思えた。

 乗り込んでからも、それは同じだ。頭は冷静なはずなのに、体がひどく熱い。

 ピン、という機械音がしてエレベーターが止まる。

 半透明のガラスで作られたボタンはオレンジの光で『R』を示していた。

 飛び出す。

 何もない屋上でその子を見つけるのは簡単だった。

 下界を眺めるように、限られた床の淵から乗り出している。

 僕には気づいていないようだ。

 いつ飛び降りても、おかしくないように見えた。

 鼓動が跳ねる。それを無視して走った。手を伸ばす。

 

 そしてようやく、僕は自分の間違いに気づいた。

 

 伸ばした指の先が、彼女の肩をすり抜ける。

 慣性の乗った僕の体はもう止まることはできなかった。

 一瞬、水の香りを通り過ぎた気がする。

 後はもう、地球の引力に身を任せるだけだった。

 少女は今も、僕に気づいてはいない。

 

 笑っちゃうよな。

 僕は君を、助けたいと思ったんだ。

 

 空が近い。

 手を伸ばせば届いてしまいそうな、そんな気がした。

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場違いな歯車はカラカラ廻る 碇屋ペンネ @penne_arrabbiata

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