L

 高校生の頃、叔父の世話になったことが何度かある。補導で、だ。


 別にお金に困っていたわけではない。ただあたしには昔から“そういう傾向”があった。

 主な対象は別の学校の、だいたい同級生か下級生。年上はまるで興味がなかった。行為の前に申し訳程度にお金を渡したり貰ったりするのは、何か、あたしの中で一種の儀礼のようなものなのかもしれない。

 最後に相手をしたのは誰だったか――ああ、自分の家のお父さんを殴って逃げてきたとかいう、あの同い年の男の子――おととしの秋頃だったか。あの時には二人まとめて補導されたんだっけ。


 快楽というより――あれは一種の加虐心、あるいはどうにもならないものに向ける破壊衝動にも近いのかもしれない。

 ともあれ、それは常人には受け入れられがたいものだ。その自覚はあった。


 しばらくして、ようやく落ち着いてきた。

 そのはずだった。今日までは。


―――


 ハルの瞳は「なぜ?」と言っているようだった。


 理由は簡単だ。

 可愛かった。むかついた。でも、やっぱり可愛かった。だからハルを“買った”。彼自身が持っていたクシャクシャの1,000円札。それで買った。そして襲った。


 もっと正直に言う。役目とやらに固執するこの少年を“手折って”やりたい。このさびれた喫茶店で押さえ込んでいたはずの衝動がそうして再び鎌首をもたげた。

 そう思わせるほどに、ハルの目はあまりにもまっすぐだった。苛立ちは衝動へ、そして情動へと変換される。世界が滅びるとか守るだとか、あるいは自分がこのお店を守らなくちゃとか――“役目”なんて言葉はもう聞きたくない。だって、それは自分が持っていないものだから。


 あたしはハルを強引に籠の中へと引きずり込み、牙を突き立てた。


 ハルの目は困惑に満ちていた。どうして? なにがどうなって? 荒い息づかいの中で彼はうわごとのように繰り返し、いよいよあたしをその気にさせる。困惑に反して、ハルの身体はさらに熱を帯びる。テーブルの隅で冷め始めたコーヒーの温度が、そこに移っていくかのように。


 午後9時。あるいは10時。もう時間もわからない。何度迸り、何度果てただろう。あたしはハルの刺青に浮かんだ汗を舐めとる。酸味の混じった芳香が鼻をくすぐる。


 ――役目。キミの役目って、なんだっけ?


 耳元で囁く。ハルの目はもはや虚ろになって、天井を仰いでいた。ぞくぞくと、再びあたしの背中を何かが駆け上ってくる。ちりん、と首から下げていたカギのアクセサリーが音を立てる。それをハルの肌に強く押しつけ、薄くきれいな胸元に痕を作る。と同時に、痛みに耐えるハルのツメがあたしの肩に食い込む。苦悶と快楽に喘ぐ嬌声が連なる。

「僕は。僕の、役目は」

 何も言わせるものか。再びハルの唇を塞ぐ。絡めとるように、吸い付くように。自身でも制御しきれなくなった、陶器のような、あるいは果実のような、熱気に満ちたハルの身体を味わい尽くす。何度も。何度も。


 散った桜の、アスファルトに落ちたピンクの花びら。情動に任せ、それを靴で踏みしめる。汚れた花びらは排水溝に落ちて、耽溺にぬるむ流れにさらわれていく。


 あたしのようになってしまえ。


―――


 やがて。

 温くなった、酸味の強いコーヒーを一口含み、ハルを見る。ハルはぐったりとソファに寝そべり、動かなかった。それでも目ははっきりと見開いていた。あたしはもう一度ハルの傍らに近づき、汗ばんだ頬を撫で、指に髪を絡ませる。


 旅行でも行こうよ、とあたしは誘いかけた。


 籠の扉はとっくに開かれていた。どこだっていい。レンタカーでも借りて、この街からどこかへ遠くへ、二人っきりで出かけて。望むならさんざんに求め合って。ハルが見たこともない、あたしも見たことがないところを見て。

 世界の命運なんてどうでもいい。キミがやらなくたって、きっと誰かがなんとかしてくれる。


それでも気になるなら、終わったあとに決めて、自分自身を捧げればいい。こっちはどっちだって構わない。


「僕、は……――」

 ハルはほとんどの言葉を失っていた。何かを自分に言い聞かせようと足掻いていたその続きも、もう切れ切れになっていた。“役目”の単語も口にしなくなった。あたしが何もかもめちゃくちゃにしたからだ。

 彼の口から答えはなかった。だけど、その首はこくんと小さく頷いたように見えた。


 ――これでよかったのか。まあいいか。きっと大丈夫だろう。



 午後11時。

 いつの間にか、外は雨が降り出していた。

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春に桜花は散る 黒周ダイスケ @xrossing

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