3. 三年目
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三年目ともなると小慣れてくるものだ。なんせすでに千を超えるポエムを綴っている。たった一つのテーマでここまで積み重ねた人間はまあいないだろう。
今になって初期のポエムのコピーを見返すと微笑ましくなる。情熱は買おう。だがチグハグだ。問題点を挙げればキリがない。まず指摘できるのは”君”への愛がギトギトすぎて何を言っているのか判らないという点。まるで夢でも見ているかのように理解不能な文が次々と飛び込んでくる。そして何より問題なのは、「キモい」ということだ。
しかし、したためたことに意味はあった。不器用でも経験を積み上げることで僕は成長していった。今や文学の域に達しているほどである。今日はその成果を叩きつけてやろう。
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君が割った皿の破片で怪我したい。溢れた血をポップコーンにかければ、それはストロベリー味。
するとストロベリーを愛するストロベリーゴリラたちがストロベリーを担いで群がるだろう。僕はそいつらをバッタバッタと薙ぎ倒し、その味を独占する。
もちろん無傷じゃ済まない(知っての通りストロベリーゴリラはとても獰猛なため)。僕は無数の傷を負うだろう。
そこから流れた血、舐めてくれるかい?
ほら、全然、まだ出てないとこまで吸い取っていいから。
僕をMIIRAにしてくれ、ハニー。
(今回は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」をオマージュしました)
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見よ、このレベルの違い!
キモさは完全に消えており、愛を情熱的に訴えながらも学術論文のように理路整然としている。誰が見ても成長は明らかだろう。もしも何も変わっていないように見えるならひらがなドリルからやり直せ。何? それすらやり方が判らないか? まずは表紙と呼ばれる一番上の紙を摘んで引っ張ってみろ。すると中にも紙がある(このような構造を持つものを「本」と呼ぶ)。そこに空欄があるからお手本を参考に字を書いてみるんだ。オーケー?
さて、早速このポエムを投函だ。僕は引き出しから愛用の封筒を取り出す。慣れた手つきで住所を書き、便箋を丁寧に三つ折りし──。
その時、邪魔が入る。携帯電話がヤクをキメた松尾芭蕉のように歌いながら震え出す。電話が入ったようだ。僕は作業を中断されたことに苛立ちを覚え、二つ折りの携帯を逆にひん曲げてしまいかねないほどの勢いで開いた。
表示されていた名前は古い友人のものだ。
「しねしね?」
『え⁉︎ 何でいきなり呪詛を……⁉︎』
「あっ、間違えた。『もしもし』だ」
電話の向こうで彼は呆れたように大きなため息をついた。
『……悪い。何か邪魔したみたいだな』
長い付き合いの彼は何かに集中していると他が一切見えなくなるという僕の気質を熟知していた。理解のある優しい友人だ。少し落ち着いてまともに応対することにしよう。常識人である僕からすれば当然の判断である。
「何か用か?」
『あ、いや、これといった用はないんだけどさ。お前二年以上集まりに顔出してないし、元気かなーと思って』
「ピンピンピンピンピンしてる」
僕は「妖怪大戦争」のイントネーションで告げる(今試しに口に出してみた奴、今夜おねしょ)。
『ピンは二回でいいんだぞ……? まあいいや、生きてるんだな』
「そっちは?」
『みんな元気でやってるよ。仕事にもすっかり慣れて立派な大人って感じだ。お前は仕事どうなの?」
「ほどほどだよ」
ポエムの傍らで副業として会社には通っている。勤務中も大体”君”のことを考えているので営業成績は良くない。
『あのさ、お前mixiやってないの?』
「mixi?」
『やってりゃ近況報告……というより、生存報告できるしさ。お前も登録してくれたらみんな安心なんだけど……』
二千九年。世間ではmixiとかいう得体の知れないウェブ魔窟が流行っているという噂は知っている。上司や同僚に誘われることもある。マジで嫌な顔をするという洗練された大人の対応でさりげなく逃れてはいるが。
「面倒臭い」
『まあそう言うなって……。別に毎日日記書けって話じゃないんだからさ』
日記など馬鹿らしい。僕が書きたいのはポエムだ。
──いや、待てよ?
ポエムを投稿してみるのはどうだろうか。別に僕が褒められたいわけでも讃えられたいわけでもないが、”君”の素晴らしさを世に知らしめる活動と捉えれば悪くない。あのポエムを読んで嫌な気持ちになる人間など一人もいないことだし。
「……判った。やってみる」
『本当か⁉︎ 良かった〜、じゃあ招待送るな!』
友人は声を弾ませ、招待とやらをするために通話を切断した。二分後に届いたメールから登録フォームを訪れ、「エターナル・ラブ・ポエマー」というクールなアカウントを開設した。
「早速やってみるか……!」
まずはポエムを書くことになった経緯を簡単に書き記す。そして続け様に過去に書いたポエムを一から掲載していった。千通以上文字起こしをするのはかなり骨の折れる作業だ。しかし初期のポエムを改めて見返すとやっぱり全然キモくはなかったという再発見を得られたのは有難い。
「……ん? コメント?」
招待してくれた友人からコメントとやらが寄せられていた。僕のポエムに感動し、思わず泣いてしまったとのことだ。こいつ、中々分かる奴だ。
コメントはそれだけでは止まらなかった。全体公開という部分をチェックしていたおかげか、彼のマイミクである「友人の友人」に当たるアカウントからも続々好意的なコメントが寄せられる。合わせてマイミク申請も無数に届く。……何だ「友人の友人」って。「他人」だろうが。
だが、悪くないな。見ず知らずの奴らが”君”の素晴らしさを噛み締めている。何人集まろうが”君”の爪先ほどの価値もないが、褒め称え要員として存在することは赦そう。ただし「生きている」という自覚はするな。「巣食っている」、もしくは「蔓延っている」と思っていろ。いいな?
僕は届いた全てのマイミク申請を許可していく。
噂が噂を呼び、数日後には僕のマイミク数はカンストした。
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