第25話

 マックロソフトを出た鈴原零は、昔通っていた飲食店に行って夕方まで時間を潰す事にした。

 店内はコロナの影響で客がまばらだった。昔は満員で外に行列ができていたのに。


「あのすみません。メニューのここからここまでお願いします」


「は、はい。かしこまりました。お客様はフードファイターの方ですか?」


「いえ、違います。でも、配信してもよろしいですか? せっかくなので」


「少々お待ちを。店長の許可を頂いて来ます。たぶんお客様なら大丈夫だと思いますが」


 零はメニューの一番上から下までを注文した。一体何を考えてるのだろう。こんな時だから、ひとりの客が沢山食べて客単価を上げてあげないとな。という心の声が聞こえてきた。そうだとしても食べすぎー!


「お客様。店長の許可が取れました。配信OKです」


「ありがとうございます」


 零はそれから気合いを入れて配信を開始した。ゲームの放送しかしていないチャンネルで大食い配信ってどうなのだろう。ジャンルが違うぞ。大丈夫なんじゃろうか。


「どうも皆さん、こんにちは! 私はこれから沢山の料理を食べてコロナに苦しむお店の客ひとりひとりの単価を上げて貢献しようと思います。これを見た皆さんも同じような事をしてご協力して頂けると幸いです」


 零の配信が始まった。次から次に運ばれてくる料理を冷静に処理していく。まるで機械のように正確に。ときおり美味しいと言って満面の笑顔でギャップを作る。

 そうかと思うと不味そうな顔をして美味しいと言うと、美味しいのかよ!

 と視聴者からのツッコミが入った。なんだかんだで合計3時間配信して、料理を全て食べてしまった。相変わらず涼しい顔で苦しい様子はない。鉄仮面の零という異名がついた。  それなのに時折見せる笑顔が反則だ。苦しいふりをして変な顔をして顔面を崩すのも好評だった。


「ごちそうさまでした」


「またのご来店を心からお待ちしております」


「はい。会社がこの近くなのでまた必ず来ます」


「もしよろしければお客様の電話番号を。あの、あれです。予約頂ければ料理を前もって作れますし、そのお店の関係であのその」


「いいですよ。これが名刺です。古いものですが番号はそのままです」


「いいんですか? やった! いえ、ではご来店の際には私の番号に連絡下さい」


「はい。では、また」


「ありがとうございました!」


 なんだろうね。わしの若い頃ってこんなにモテたかな。また女の子のハートを盗みおって実にけしからん。羨ましくなんかないもん。

 女性店員の容姿が知りたいじゃと? もちろん美人じゃったよ。清潔で完璧に整えられていた。非の打ち所がない。でもね、麗奈やマキは更に上を行くレベルなんじゃよ。神の領域じゃな。

 そんな事があって、零はハチ公の像の前に向かって行った。麗奈との待ち合わせの場所に。数分後、周囲の人間と明らかに浮いてる人が歩いてきた。ひとりだけ別次元にいる。圧倒的な存在感。すれ違う人は振り向かずにはいられない。


「雪子!?」


「誰が雪子よ。私の方が美人でしょ? 鈴原零さんね?」


「ひ、ひと、人違いです。さようなら」


「顔を真っ赤にして嘘を言って立ち去るな!」


「だって、あまりにも美人過ぎて逆に引いた。俺にはとてもじゃないので釣り合いが取れません。美女と野獣。帰ります。さようなら」


「待てい! 逃げるな! しかも全力疾走! この野郎。陸上部に助っ人で呼ばれていた私の脚力舐めるなよ! 逃がすか! 鈴原零!」


 渋谷の街で零と麗奈のおいかけっこが始まった。大丈夫か? お前ら今何歳だよ。ふたりはまるで子供に戻ったように大騒ぎしていた。


「待ちやがれ!」


「綺麗な声で汚い言葉を吐かないで下さい」


「うるせえ! あんたが逃げやがるからだ!」


「もういいんです。諦めます。ギルドも抜けます」


「ふざけんじゃねえよ! 犯すぞてめえ!」


「それ、男のセリフですから!」


「うるせえ! 私を怒らすあんたが悪いのよ!」


「ぐあ! つまずいた!」


 零は地面の繋ぎ目に爪先を引っ掻けてしまった。前にととんと細かく踏みとどまり、なんとか転ばずにすんだ。


「つかまえた」


 零の背中にLカップの激乳が押し付けられた。セレナの胸よりも大きい。


「く、幸運な筈の俺に何で不運が。逃げ切れた筈なのに」


「観念しな! なーに、痛くしねえから安心しな。目を閉じてりゃ、一瞬で終わるぜ」


「麗奈さんだから、それは男のセリフだから!」


「うるせえよ! 私を興奮させたあんたが悪いんだ。どうイジメてあげようかしら。ゾクゾクしてくるわ。とりあえず縛る所からね」


「く、間接を決められて動けない」


「私を舐めるなよ? これでも柔道部に助っ人に呼ばれて大会で優勝したのよ? 逃げようとしたら折る。躊躇なくな!」


「く、ホテルに向かってる? 凄い力だ。踏ん張りが効かない!」


 こうして、麗奈は怪力で零をホテルに連れ込んだ。零が逃げた先は不運にもホテル街の近くだったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る