第22話

 何事もなく、異世界旅行を終えられると思ったが、全てのゴールドを配り終わった終着地点で事件は起こった。

 流石にエレノアが疲れ果てて動けなくなったのだ。一同は仕方なく宿を取る事にした。

 マキは一緒に泊まれると大喜びだ。鈴原零は困ったような恥ずかしいような顔をしていた。


「あの、2部屋お願いします」


「ええ、かしこまりました。50ゴールドになります」


「は、はい」


 うわ、高いな。冒険者は毎日宿屋に泊まってるイメージがあるけれど、こんな事では中々お金が貯まらないぞ。きっとパーティーメンバー共同で住居を借りて住んでるに違いない。


「じゃあ、エレノアまた明日ね」


「え? マキとエレノアさんが同じ部屋だよ」


「なんで」


「いや、こう言う時は女の子同士でしょ」


「どうして」


「だからね、漫画とかアニメではこう言う時は女の子同士でね」


「これはアニメや漫画とかじゃない。現実なのよ。こう言うチャンスを逃す人だったんだ」


「チャンスってなに?」


「もういい。エレノア一緒に寝るよ。今夜は激しいぜ。朝まで寝かせないぜ」


「え、ちょ、マキさん私疲れてるので寝たいんですけど」


「こうやるの。零わかった?」


「よくわからんけど、仲良く寝ろよ。俺は風呂に行ってくる」


「が……もういい。エレノア! 私達もお風呂行くよ。体洗いっこしようね」


「え、いくら疲れてても自分で洗えるっすよ」


「まあまあ、そう言うなって。これでもプロなんだぜ。絶対気持ちいいって」


「そ、それならお願いするっす」


 零はマキとエレノアはもうすっかり仲良しだなと安心して風呂に向かった。どうやらマキの挑発に気がついていないようだ。

 マキはすっかり怒ってしまってエレノアをめちゃくちゃにした。体を隅から隅まで綺麗にされた後のエレノアは全身を激しく痙攣させていた。


「こ、こんなの初めてっす。私、別な道に目覚めてしまいそうっす」


「あ、私、ノーマルなんで」


「こんな事をしておいて酷いっす。マキさん責任取って下さいっす」


「ん、私は体を洗っただけだよ」


「確かにそおっすね。マキさんの今の超絶テクニックを学んで今度好きな男にやってみるっす」


「応援するんるん」


「や、やってみるんるんっす」


「それでよし」


 マキとエレノアのふたりが部屋に戻って、少し話をしていた。


「その好きな男ってどんなの?」


「私はマキさんみたいに胸もないし、尻も小さいので色気が無いっす。男も友達としか思ってないっす。だから、見かけの良くないモテない男をターゲットにしたんすよ。それなら私だけを愛してくれるかもと」


「自分だけを愛してくれてるって最高よね。浮気する男だけは許せない」


「で、その男は私が調べた結果、童貞なんすよ。私の体でも他を知らなければ満足させられるかもと思ってる訳であるっす」


「確かに体って大切よね。繋ぎ止める切り札にもなるもの。だから女の子はいつも綺麗にしないと」


「マキさんが持ってきた石鹸凄かったっすね。私の体からぼろぼろと黒い物が落ちましたっす。一応毎日水で洗ってたんすけどね」


「だいぶ色も白くなったね。石鹸あげるから毎日よく洗うともっと白くなるよ。きっと。女の子の肌は命。大切にするんるん」


「はい。ありがとうっす」


「じゃ、私そろそろ行くね」


「どこにっすか? お手洗いっすか?」


「ふふふ、夜這い」


「夜這いってマキさん女の子っすよね。それは男性がするものっす! マキさんはとても素敵なとっても可愛い。自分から行かなくても相手から来るのでは? 焦る必要ないっすよ。自分を安売りするべきじゃないっす! 私と違うっす! マキさんは特別っすよ!」


「ごめん。何か焦る。心がざわざわするんだ。今夜で決めておきたい。大丈夫。私は料理だけでなく、ベッドテクニックも天下一品だぜ! 最高の女だって事を鈍い零にわからせてくるぜ!」


「ならもう止めないっす! いってらっしゃいっす御武運を!」


「おうともさ! ぎったぎたのめっちゃくちゃにしてくるさ! 私は怒ってるんだ。男たる者、勝機には敏感でなくてはならんのでな。いざ出陣じゃ!」


 マキは最後は戦国の武将のように出ていった。全身が震えている。そこに気合いを入れて震えを止める。怖くない。私は大丈夫。自分にそう言い聞かせて零の部屋に入って行った。緊張で心臓が爆発しそうだ。

 寝ている零の背後からそっと抱きついた。心臓の鼓動が高まる。それが零に伝わって起きてこちらを振り向いた瞬間に勝負を賭ける。一瞬で終わる。マキにはその自信と腕があった。仕事で磨いたテクニック。患者の体を洗う事から応用させた秘技だ。


「ん、マキなんで来たんだ? 怖い夢でも見たの?」


「そう。今夜結ばれないとあなたに逃げられる夢を見たのかもね。今夜決めるぜ!」


「ちょ、待って!」


「待たねえよ! 堪忍しな! すぐに終わるから」


 布団の中で激しくも繊細なマキのテクニックが炸裂する。もう物凄いのなんの。手のひらの動きが神がかっている。いや、鬼がかかっている。


「ほらよ。先っぽ入ったぞ」


「ちょっと待って」


「ほらほら気持ちいい?」


「ヤバい凄くヤバい。ってさっきから男女逆じゃない?」


「なら零から攻めてよ」


「だからちょっと待ってって。話したい事がある。とても大切な事なんだ」


「わかった。とりあえず、1戦終わってからね。このまま続けるよ。私の腰使いは凄いんだから。一瞬で昇天させてやるぜ。どこまで耐えられるかな?」


「だから待ってって」


「ああ、もう良いところだったのに」


「マキ聞いてくれ」


 零はマキを強く抱きしめた。まるでボクシングのクリンチのようだ。マキは動けずに行為を続ける事が出来ない。


「なんですか」


「あのですね、大切な話というのは」


「はい」


「マキさんと出会う前に好きな人がいまして……」


「はい。それで? それを超えて私達の縁と絆から愛が生まれましたよね」


「そうなんですが……」


「愛してるって言ってくれましたよね。ずっとコンビニで働いてて貴方を特別な目で見てた人を抱きしめて愛してると言ったらどうなるかわかりますよね? ずっと貴方がコンビニに来てくれると嬉しかった。話せるともっと嬉しかった。それが同じゲームを始めて毎日一緒だと本当に喜んだ。ずっと一緒だとも約束をした。この私の気持ちがわかりますか? 私の前から出会った好きな人? 貴方に取っては最近かもしれない。私にとっては1年の片思いだったんですよ。私は貴方より愛が深い。先輩なんです。貴方が気づいていなくても!」


 マキの長い言葉を聞き終えて、零は涙した。こんなにも自分の事を愛してくれている人がいた事を。でも、だからこそだ。心の片隅に麗奈がいる状態ではマキの真っ直ぐな愛の前では不誠実な気がした。


「マキさんの気持ちは痛いくらい伝わりました。この涙を証拠にして下さい。だからこそ、俺の今の愛では不誠実だと思うんです。貴方ひとりだけを愛する事が出来るまでの時間を下さい。だからさ、時間を戻しませんか? 500万円を課金する前に。実はあの時の愛してるは友人としてだったんです。いや、あの時は無意識。本能的に愛していたのかも知れませんが、確証はありません」


 今度はマキが大粒の涙を流した。嗚咽を漏らしてそれが落ち着くのを待ってゆっくりと語り出した。


「あの鼻血を出す程の興奮と感動を忘れろと言うのですか。あなたはとても残酷です。でも、あの時の愛は本物でした。それは間違い。例え貴方が忘れようとも私の胸には永遠に刻まれるでしょう。一生の宝物です。でも、いいですよ。時間を戻しましょう。私達は友達。大切な友達です。同じギルドで毎日一緒で、会いたい時に気軽に会える距離。その関係でいいんですね? 貴方を……あなただけを一生愛してるパートナーでなくていいんですね?」


 零は失いたくない。このぬくもりを手放したくないと必死にマキを抱きしめた。ぎゅーと抱きしめた。


「マキさん本当にごめんなさい。今この時の話を絶対に忘れません。心に魂に深く刻みました。貴方が俺に与えてくれた愛も忘れません。どうか貴方も今の愛を忘れないで下さると嬉しいです。本当にごめんなさい。まだ会ってもいない女性が心の片隅にいる俺の不完全な愛を許して下さい。この愛が完全な物となったら再び愛して下さいますか?」


 零の言葉でマキの体がぶるぶると震えている。怒りの絶頂なのだろうか。このまま破局するのだろうか。

 まだ会ってもいない女に義理立てする零はやはりおかしいのだろう。


「まだ会ってもいない? なんだー! もう肉体関係で結ばれてるのかと思ったよ。二股でもなかったんだ。なんだー! なんだー!  あはは。零さん真面目すぎ。そっか。そうだったんだ。いいよ。私は愛を温めて待ってるよ。1年も温めていたんだ。どうって事ないぜ! 熟成が進んでもっと美味しくなるかもしれないし。その時は脅かせてやるぜ!」


「ありがとう。マキさん。愛してる」


「また言ったね零さん。信じちゃうぞ」


「あ、ごめん。マキさんの愛とは重みが違うや」


「そうだよ。私の愛は海より深く重いのですよ。友情の愛として受け取っておくね」


「ごめん。ありがとう。すっごく愛してる」


「また言ったね。本当に友達で行けるのかね?」


「我慢する」


「我慢する事ではないと思うのだけど。少なくても私の準備は万端なのに」


「俺の準備が不十分。近いうちに決着をつけてくるよ。好きな人が出来ました。その人を愛して始めていると。この愛を本物にする為に麗奈さんへの想いは今日で断ち切りますってさ」


「近いうち? いつ?」


「時期が来たらさ」


「時期が来たら。カッコいい」


「待ってて」


「うん。待ってるね」


「ずっと一緒にいれるようになるまで待つからね」


「うん。ずっと一緒にいたい」


「それじゃ……寝ようか……安心したら眠気が……くーくーすーすー」


「おやすみマキさん。本当に愛してるんだ。あなたの愛より軽いけど。真実の愛に絶対変えるからな。待ってて」


 こうして長い夜は終わり、ふたりは抱き合うように朝までぐっすりと眠った。この日の朝を人生最高の目覚めを更新したと零とマキが言っていた。最高に好きな食べ物に出会って初めてそれを食べた瞬間と言っていいだろう。最高の睡眠だった。

 良い目覚めをするとそのふたりの相性は抜群だと言うが、まさにその通りであった。ストレスがあるとそうも行かないが。それは仕方ない。別の部屋で寝ても他で愛を補えばいいのだ。今日は聖女の話はやめておこう。それでは、次回にまた。この物語を宜しくお願い致します。

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