第21話

 遂に始まった異世界旅行。カジノで稼いだ金を全額モンスター競技場に賭けて万馬券を的中させた金を全国のギルドに配るのが目的だ。

 そこから家が無い人達限定で雇用して、モンスター解体所とレストランを作り、そこで働く社員寮を作るという流れだ。今までは素材だけ取って捨てられていたモンスターの肉が使われるので、期待されている。

 が、しかし、問題もある。動物型のモンスターは臭みは強いが食べれない事はない。が、ゴブリン等の人形の肉はどうにかしてもどうしようも無くて食えないのだ。肉自体が呪われている。


「よし、行くっすよ。目的地はマツザカギュウの町っす。先代の勇者様が町の名前を改名した後でスキヤキという料理で栄えた町っす」


「え、その名前は馴染みがあるけど何だろう。テンション下がるわ」


「私はテンションあがるんるん! いぇあ! 松坂牛のすき焼き食べたい!」


 こうして、エレノアの転移魔法で一瞬で目的地の町に到着した。120キロの距離が一瞬である。

 

「もう着いたの!? うーんすき焼きのいい匂いがするんるん」


「マキちゃんルンルン気分だね」


「あったり前さ!」


「いちゃいちゃしないっす! さっさとギルドに行くっすよ」


「はい。エレノアさんごめんなさい」


「はーい。後からにするんるん」


 ギルドに到着すると、ギルドのカウンターで大量の金貨が入った袋を出した。


「この大量の貴族ゴールドは噂の幸運の勇者様ですね。あ、内緒でしたか。あなたがあのゴブリンキングと四天王ミガルギアを倒したのですね」


「いえ、人違いです。俺はただの一般人です」


「零さん何嘘言ってるんすか!」


「そうだよ零。何だか知らないけど嘘はダメ。そうです。私の零は凄いんです。私の!」


「ごめんなさい。嘘つきました。どうも僕の犯行でした。ごめんなさい」


「零さん犯罪者みたいになってるっすよ」


「零。君を逮捕する。私の部屋に永遠にだ。出たければ私に毎回キスをするといい」


「何を言ってるんすか。マキさん。次に行きますよ」


「待って! あの人腕がない!」


「え、マジっすか! 自分の腕を大切そうに持ったまま泣いてるっすね」


 お馬鹿なやり取りをしていたが、深刻そうな事態に遭遇したようだ。


「あの、大丈夫ですか? 私、治療の魔法が使えるんですが、ダメで元々なので試してみませんか?」


「ありがとう。可愛いお姉さん。でも、もういいよ。あらゆる治療魔法は試したんだ」


「天使のように可愛いお姉さん」


「え? 何て?」


「天使のように可愛いお姉さん」


 深刻そうな冒険者の顔がマキの迫力に負けて蒼白になる。


「……天使のように可愛いお姉さん?」


「うん。それでいいんだよ。ありとあらゆると言ってましたけど、光の治療魔法は試した?」


「それはまだ。第一そんな珍しい魔法の使い手は滅多にいないぞ」


「ふふふ。私が使えるのだよ。崇めたまえ」


「ははー! 天使の光魔法使い様ー!」


「よしよし。苦しゅうない。顔を上げよ。さあ、光の治療魔法を試してみましょう。元に戻らなければごめんなさい」


「宜しくお願い致します」


「じゃ、頑張ってみるんるん!」


「マキ頑張って!」


「零、そこはがんばるんるんだよ」


「……マキ頑張……るんるん」


「照れがあるな。やり直し」


「マキ! 頑張るんるん!」


「それでよし」


「なんすか。そのるんるんってのは勇者の世界で流行ってるんるんっすか?」


「エレノア上手い中々ね。流行ってないけど、少しずつ流行らせようとしてるんるん」


「緊張感に欠けるんるんっすね」


「大丈夫。私はいつも本気で全力だから」


 マキは冒険者の腕を接合させようと必死に念じた。額からは汗が流れ落ちる。それが胸の谷間に落ちた。


「おお、細胞がうごめいている」


「今よ。くっつけて!」


「おう! 神経が繋がっていく? これは奇跡か!」


「……はぁはぁ……後少し……はあ!」


 光の魔法の治療が終わると、マキは力尽きて背後の零に倒れかかった。そのまま零はマキの肩を抱いて抱き止めた。


「よし! 完全に腕がくっついた。マキお疲れ様。流石ナースなだけはあるよ。異世界でもその力と精神が合ってるんだよ。きっと!」


「私の夢が叶った……ずっと思ってたの……交通事故で手足を失った人の手足を元通りにしたいと思ってたんだ……やっと報われた……零もっと私を褒めて」


「凄いぞマキ! マジでマキは天使だ!」


「俺の天使だ……やり直し…だよ」


「マキは俺の天使だ。頑張ったね。お疲れ様。凄かったぞ」


「ねえ……零……キスして……頑張ったご褒美……」


「なんだよ。恥ずかしい。仕方ないな。ん、息してない。心臓が止まってる!」


「零さんマジで早くキスをするっす! 霊力不足は死ぬと勇者学の本で読んだっす!」


「わかった! マキ戻って来い!」


 零はマキに何度もキスをした。それでもマキの意識は戻って来ない。


「何でだ。何でなんだ! マキを失う事がこんなにも辛かったなんて! 失って初めて気がついた……俺はマキ無しでは生きられない」


「うう……なんて悲しい話」


「勇者の恋人が死んだぞ」


「他人の腕をくつけて死ぬなんて美談じゃないか」


「美談なんかじゃない。それで死んでしまっては悲劇よ!」


 ギルドにいる他の皆も零の号泣につられて涙した。


「ううーマキ……マキ……何でだ。今思えばマキは俺の太陽だった。友達も沢山連れてきてくれた……太陽を失って俺はどうしたらいい……もっと俺を導いてくれよ……輝かせてくれよ……マキ……マキ! 俺は運命の女神を呪うぞ。そこまでして聖女とやらと結ばそうとするのか!」


 零の号泣は止まらない。その怒号は天をも貫く勢いであった。麗奈と結ばせる為に本当にマキを早々に表舞台から退場させたと言うのだろうか。運命の女神ならやりかねない。こうして、マキは亡くなった。享年25歳である。あまりにも早すぎる。


「くーくー」


「ん?」


「むにゃむにゃ零すき焼き沢山……食べて……美味しい?」


「あ、皆さんごめんなさい。とっくに生き返って寝てました」


「ずこー! 俺達の涙を返せ!」


「ごめんなさい!」


 零はマキを抱き抱えて逃げるようにギルドを出た。そのまますき焼き屋さんに逃げ込んだ。


「礼を言い忘れたな。零とマキとエレノアか。この剣聖バルムログこの恩は忘れんぞ。あ、天使のように可愛いマキか。いや、光の天使マキ」


「幸運の勇者レイと光の天使マキと、エレノア」


「貧困の人達を救う為に大金を寄付しに来たらしいぞ。そしたらこんな奇跡もついでに起こしてしまった」


「うん。覚えたぞ。皆で町の皆に伝えるぞ。新しい伝説が始まったと」


「おう。行こう。友達、知人、親類出来る限り伝えるぞ」


「この場所にいた事が幸運だった。光の天使マキがいると本当に心が熱くなった。本当に太陽みたいな子だった。しかも、人間離れして可愛いマジ天使」


 こうして、零達が去った後もギルドは大いに盛り上がり、興奮が冷めなかった。その熱を持ったまま、他の人々にその話を伝えて回った。


「マキ。すき焼き出来たぞ。食べよう」


「ん……私いつの間にか寝ちゃったんだ。あのね、すっごく綺麗なお花畑に白くて大きな門が見えたんだ」


「それ、天国の門っすよ!」


「マキ、一時的に心臓が止まってたんだ。霊力が上がるまでは俺の前以外で治療魔法を使うのは禁止な。また心臓が止まるといけないから」


「うん。わかった。気を付ける」


「そこは気を付けるんるんだろ?」


「そうでした。気を付けるんるん。愛してるんるん」


「俺も愛してるんるん」


「うわー羨ましくなんかないやい。さあ、さあ、食べるっすよ。日本から連れてきて繁殖させた松坂牛のすき焼き」


 マキは体全体を震わせながら最高の笑顔で松坂牛のすき焼きを食べた。


「きゃー美味しいー零も食べるんるん」


「マジでうまい! こんな美味しい牛肉初めてだ! いつもは半額の牛肉しか買わないし」


「ねー! 私もいつも半額のやつ。真っ先に値引きシールに目が行く」


「だよな。20%でも嬉しいけど半額のやつ買えたらルンルンだぜ」


「うん。わかる」


 異世界の特産料理を食べるつもりが、地球それも日本の料理でも庶民的なふたりは大満足だったようだ。

 このペースで進んで行くと、この物語がいつまでも終わらないので以下は略で行く。

 マキはその後も数々の怪我人を癒し続けながら旅は続き、最終的に128名もの怪我を治した。光の天使マキその名は全国に轟いた。

 必読すべきは零が与えた膨大な霊力で、初期からして5万8000だったが、今は59万にまで増大していた。キスをしすぎて二人の唇がねばねばになったのは笑い所だ。128回唇を重ねた事になる。

 もちろん握手でも霊力を渡せるが、それでは量が少ないのだ。キスなら握手の10倍は一気に渡せる。こうして、零とマキの絆は強まった。数年分に相当するだろう。たったの1日で数年分の愛情度が上がった。もう麗奈は周回遅れ。今までのリードはまるで無かったかのようだった。

 だが、麗奈の逆襲はここから始まるのだ。凄まじい勢いで迫りくる麗奈。まるで鬼神のように。それでも彼女は聖女なのだからある意味凄い。純粋な暴力的な愛。純情による暴走の果ての狂気。処女なのに淫ら。もう最悪の修羅場となるのだ。 

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