第20話

 遂にやって来た。異世界旅行当日。鈴原零はギルドバトルを早々に終わらせた。レベル10000万の雪子やフィガロを倒せる者は中々いなかった。

 ただ、ふたりとも回復スキルを所持していないので、7割り程度まで体力を削られていた時もあった。

 回復スキルはレアで貴重だ。100人のキャラの中で5人回復スキル持ちがいたらいい方だという。その中に自己回復や、相手の体力を吸収するスキルを含めると10人程度。やはり少ない。

 もちろん、わしの惑星である異世界でも回復スキル持ちは少なく、1万人に1人の確率である。更に光属性持ちだと100万に1人にまで減ってしまう。レアな属性な上に回復スキルまであれば当然と言えるだろう。どっかにいないかな。そんな人材。わし、とっても欲しい。


「さて、そろそろ行くか」


 鈴原零は身支度を整えて、近所の喫茶店にやって来た。


「あら、零くんどうしたの? そんなに改まって」


「あのですね、以前いた会社に復帰する事が決まりまして、その挨拶とバイトを辞めたい件をお伝えに来ました」


「あらそう? 復帰できて良かったじゃない。でも、零くん目当ての女性のお客様達が悲しむわね。今度は可愛い女の子を探して男性客を取り込むのもいいかもね」


「男性客なら静香さんがいるので、もう十分ですよ」


「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」


「今度は俺みたいな不細工じゃなく、イケメン入れた方がいいですよ」


「あら、零君の家って鏡無いのかしら?」


「ありますよ」


「なら自分の顔が嫌い?」


「はい。鏡を見ても目を合わせないようにしてます。不意に顔が窓ガラスに写ってしまった場合は急いで目を反らしてます」


「なら、皆で撮った写真とかは?」


「上手に撮れてた場合は、誰だこれ? と少し嬉しく思う時があります」


「なるほど。私理解しました。あなたを愛してくれる人を愛しなさい。わかりましたか?」


「はい。こんな不細工で性格も悪い俺を愛してくれるだけで嬉しいです」


「とにかく、そんな人が現れたら絶対に断ってはダメよ。俺なんかでいいの? とか、他にもっといい男がいるのでは? というのも無し。速攻で抱きしめてものにしなさい。絶対に逃してはいけないよ」


「はい。わかりました」


「それじゃ、また来てね」


「在宅ワークなのでランチ食べに来ますね」


「うん。これからはお得意様ね」


「はい。今までありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそありがとう」


 こうして、バイトを辞める事を伝え、鈴原零は、スマホアプリの地図を見る為に止まっては歩いてを繰り返していく。


「おーここか。208号室。一番角の部屋か」


 呼び鈴を押すと、はーいという元気な声が聞こえた。


「零さんおはよ。ちょっと待っててね。今シャワー浴びてる途中だから」


「バスタオル1枚でお客さん相手に出たら危ないよ」


「大丈夫。零さんだけにしかこんな事しないから」


「俺だって男だよ。変な気持ちになって襲いかかるかも知れない」


「いいよ。髪は洗ってないけど体は洗ったから」


「え、え! え?」


「今する? それとも旅行先でする?」


「え、あの、その、あ、後からで!」


「うん。わかった。後からね」


「やっぱり結婚してからで!」


「え? それなら今日結婚する異世界にだって教会あるでしょ?」


「……」


 零はあまりの事に黙ってしまった。静香さんが自分の事を愛してくれる人を逃がすなって言っていたし、もしかしたら今がその時では?


「愛してるマキちゃん」


 これならどうだ。どう答える?

 まだ会ったばかりとか、言うのだろうか。

 鈴原零は前にコンビニでマキを抱きしめて愛してると言ったことを全く覚えてない。あれは、課金のカードを沢山仕入れてくれた事に感動して言った言葉だ。勢いとノリと無意識だ。


「私も、もちろん零の事だけ愛してるよ。前にコンビニでも言ってくれたね。あの時から私は身も心もあなただけのものだよ」


「あ、うん。そうだったよね。コンビニで言ったよね」


「うん。あの時は興奮しすぎて鼻血出しちゃった。下も大洪水で大変だった」


「そ、そうだったんだ」


 ど、どうしよう。知らない間に彼女が出来ていた!?

 しかもめちゃくちゃ可愛い顔してるし、すっぴんも可愛い。

 でも、麗奈さんはどうしよう。まだ会ってもいないし、付き合ってもいないけれど正直に話すべきだよな。彼女が出来ましたと。


「零さん何を考え込んでるの? さあ、入って待ってて。そこのソファーに座ってテレビでも見てて。マイキーと一緒に」


 ソファーの上には既に猫がくつろいでいた。毛が長く、目が青い。白と茶色模様だ。パンダ柄の茶色バージョン。だが、グレイも少し混ざっているような茶色である。

 零が横に座ると、匂いを嗅いで、頭を零の太ももにすり付けて、ピョンと膝に座って寝そべり、ゴロゴロと喉を鳴らした。


「マイキー人見知りなのに一発でなついたね。やっぱり飼い主に似るのね。好みのタイプが同じ」


「え、俺なんかが好みのタイプなの?」


「うん。すっごく好み。私はどう? ほれほれ。どうよ。この体。可愛いでしょ?」


「え、バスタオル巻いて! 見えてるから!」


「見せてるから当然だぜ。で、どうなの? 私の事好みのタイプ?」


「同然好みのタイプです! 早くタオルを!」


「うふふ。そうでしょ。じゃ、シャワー行ってくる」


 何だろう。女性経験は何人もしている鈴原零なのに、顔が真っ赤で心臓の鼓動も早い。まるで大地震のようだ。そう。これが本当の運命の出会いなのである。女性の方が勘がいいので、先に気がついていたようだが。

 正直言って、麗奈の方との相性は微妙である。と言うか、よくない。寧ろ相性は悪い。お互いがお互いを乱し合う相性にある。相性自体は良いのだが、乱し合ってはいけない。よって悪い関係になる。


「もう少し待っててね。お茶も入れないでごめんね」


「いいや、俺が早く来すぎたのが悪いのさ。だから気にしないで」


「うん。私に早く会いたかったのね」


「うん。何故か勝手に引き寄せられるんだ」


「そう。私達は運命の出会い。異世界の運命は私達ふたりの手に掛かっているのだ。我が右目の封印が疼く。力を解放しろと」


「え、封印があるの?」


「あ、私、厨二病なの。だからね、本当に異世界行くの楽しみなんだ。魔法使ってみたい。深淵より来たりし魔力よ。弾けろ! エクスプロージョン!」


「マジだ。本気の気合いが伝わってきた」


「うん。私はマジだ。ふたりで異世界を救おうぜ。相棒。愛してるぜ」


 マキは零の頭を両手で挟み込むととても熱いキスをした。5分以上も続いた。


「今まで我慢してたものが一気に出たね」


「マキちゃん鼻血も出たね。はい。ティッシュに」


「あら嫌だわ。ありがとう。ふきふき」


「それじゃ、行こうか。どんな魔法か楽しみだね」


「うん。絶対爆裂魔法か、火炎魔法がいい。カッコいいもん」


 こうして、身支度を整えて異世界に行く準備が出来た。わしが現れたらマキはどんな反応するのかのう。


「どうも神様じゃよ。これからわしの世界にふたりを連れて行くのう」


「初めまして、お願い致します。神様。私は本能寺真紀にございます。以後お見知りおきを」


 マキと突然神妙な顔立ちになって地面に付くくらい深く頭を下げた。礼儀正しい。好きになっちゃいそう。許す。俺の零君と結婚してもよし!

 もう麗奈なんか知らん。忘れた。聖なるオーラは光のオーラよりもレアであるが、失われやすく、維持するのが大変だ。処女のままだとどうせ、積極的なマキには敵わない。叶わない恋など忘れるに限る。


「ここが異世界かー! 夢の異世界にやって来たぞー!」


 マキは大いに喜んでいる。周囲の通行人の目を引いてしまう。


「なにあのこの世のものとは思えない可愛さの女の子」


「誰が勝てるのあの可愛さに」


「きゃーあのお姉ちゃん天使みたいだよ。お母さん」


「間違いない。ありゃ天使だ。幸運の勇者が天使を恋人にしたぞ」


「ああ、ラグナのおっさん。あれは人間の可愛さじゃねえな。可哀想なエレノア。勇者とのふたりきりの旅行だと楽しみにしていたのにな。あいつ色気ないから勢いで勝負するって身体中に香水ふりかけてたんだぜ」


「可哀想にな。あの可愛さに対抗できるのは聖女様くらいのもんさね」


「おお、聖女いいな。飛びきりの美人で俺が最初に汚せる優越感ってやつか」


「そう。それだ。誰だって初めての相手で自分の為に聖なる力を捨ててくれるってのはグッとくるもんよ」


 ラグナとギルレインがふたりで話し込んでるが、ふたりは気にする事なくギルドの中に入った。


「あら可愛さ人ですね。まるで天使のよう。それとも妖精のお姫様かしら? 零さんの恋人ですか?」


「はい。そうです。この気持ちが愛だとわかるまで時間が掛かりましたが、本能は感じ取っていたようです」


「はい。彼女の本能寺真紀です。零さんは運命の相手なので絶対逃しません」


「あら素敵。私の占いでもふたりは運命の相手と出てますね。あ、でもお気をつけ下さい。聖なる者がふたりを邪魔すると出ています。三角関係にご注意を」


「なにその女。後から入ってきてずうずうしい。でも、お話ししたらわかってくれるよね。私と零さんは最高の相性だと」


「そうでしょうか。かなり手こずると思いますよ。恋人がいてもお構い無しに追い続けて来ると出ています」


「うわーストーカーじゃない。どうしよう。私と仲良くなったら諦めてくれるかな」


「どうでしょう。仲良くなると言うか、殺されそうな気がしますね」


「それは困ったぜ。愛人になってもらって一緒に暮らすのは?」


「それも無理ですね。相手の独占欲が物凄いので」


「それもダメか。まあ、何とかなるよ。私可愛いし。自画自賛」


「そうですね。それではそろそろギルドに登録しますか?」


「うん。する宜しくね」


 ようやくマキとミレイヌの長い話が終わった。そしてギルド登録が進み、魔力の適正検査に移った。


「これは珍しい。光属性でしかも、霊力依存ですね。零さん程ではありませんが、霊力の値が物凄く高い。常人が20の所、マキさんは18000です。これなら魔力で魔法を使うより強力ですよ」


「えー爆裂魔法か火炎魔法がいい!」


「そんな属性より希少ですよ。光属性は。治療魔法も使えるようですね。これは凄いです。治療魔法は才能ある人が1年修行してようやく習得するのに初めから使えるなんて」


「ん、治療魔法なら興味ある。沢山人の役にたちたい。沢山治してあげたい」


 なんて事じゃ! わしが探していた光の属性で更に治癒魔法が使えるじゃと!?

 こんなに嬉しい事はない。マキちゃん最高! もうこれで零君が怪我をしても安心じゃな。

 治療魔法の中で光魔法が最高なのである。何故なら、光が皮膚や筋肉を貫通して体の中まで治すのだ。癒しの水だと表面しか効果が無いし、内蔵の治療も飲めば治るが、内蔵が破裂していては治せない。だが、光魔法の場合は違う。内蔵の破裂も光の範囲にあれば、細胞同士をくっつけて元通りに復元させて癒すのだ。


「何か攻撃魔法は無いの?」


「残念ながらまだ使えないようですね」


「そっかー! じゃあまた来るね。攻撃魔法が使えるようになったら教えてね。レベル上げてくる」


「レベル上げ? ああ、勇者語ですね。その服も勇者の世界の物ですね?」


「そうなの。可愛さでしょ。しかもバーゲンで50%オフ」


「バーゲンまた勇者が語ですね。安売りでよろしくて?」


「うん。そうだよ」


「オフは値引きだったかしら」


「うんうん」


「まあ! そんな高級な素材で華やかな刺繍が施されているのに半額ですって? 今度私にも買ってきて下さい」


「ん、いいよん。お姉さんに似合いそうなの買ってくる。お金はいいよ。占って貰ったから」


「ありがとうございます」


「あのーいいすか。おふたりさん。そろそろ行きたいんすけど」


 エレノアが凄く嫌そうな顔をして待っていた。零はにこやかに微笑んでいる。マキちゃんとミレイヌさんが仲良くなって良かったと。こうして、異世界旅行が始まった。マキは既に新婚旅行気分だが。



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