第19話
マキと一緒に異世界に行く約束をして、食事を取って歯を磨き、風呂に入って眠りについた鈴原零。翌日バイトに行き何事もなく1日を終えるかに思えた。
いつものように帰宅してスマホのゲームを起動した。通話アプリも起動する。
「零くんこんばんは。今日もギルド戦お願いするわね」
「零ちゃんこんばんは。ギルド戦頑張ります」
「今日の相手は世界ランク3位のヤバい相手よ。あなたのフィガロに掛かっているわ」
「ええ、お任せ下さい。手始めに世界ランク3位に挑戦してみます」
「待って、少し被害は覚悟してふたりで相手の猛者を倒してからにしましょう」
「え、雪子とフィガロなら行けるのでは?」
「あら、新しく入った猛者のエンリケさん。雪子はこのギルドにはいないのよ。味方も全滅させるので使用を禁止にしたの」
「なんですって? 何て勿体ない。レベル10000で味方全体に保護シールドを与える事が昨日判明したのに。雪子がいれば世界ランク1位にも勝てた可能性があったのに」
「ええ? そんなバカな。零くんすぐに雪子を呼び戻して。世界1位ギルドを目指しましょう」
「零くん?」
鈴原零は黙って考えている。1度は雪子を追放したのに虫がいい話ではないのか。
地元ギルドも盛り上がってきた所だし、やっぱり雪子がいないからキャラを返してくれとも言えない。
雪子以外の全キャラをあげてしまった事が仇となった。
「麗ちゃんそれは出来ません。このギルドは一度雪子を邪魔者にして手放した。雪子は地元の仲間のギルドの主力ですし、雪子ひとりで勝てるので、全てのキャラを皆に分配して配ってしまった後です。耐えられますか? 雪子がいなくなったからやっぱりキャラを返してくれと言われて。俺には無理です。皆の宝物を奪うのは」
「零くんお願い。謝るから許して」
「ごめんなさい。今さら遅いです」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「何度謝られても無理なものは無理です。麗さんごめんなさい」
「そう。世界ランキング1位の夢は諦めるわ。全ては先見の明が無かった私が悪いのよね」
「そんな事ないですよ! 麗奈さんは最後まで零さんの事をかばってた!」
「でも、最後に決断したのは私なの。ああ、時間を戻したい」
ギルドには気まずい沈黙が流れる。そこで、新しい話題が投下された。
「麗さんの超高級スーパーカーってどうやって買ったんですか? ネットで調べたら4000万円超えてたんですけど」
「え、ああ、それはね、大学の卒業祝いにパパと祖父が買ってくれたの。手放す時は反対されたけれど、どうしても欲しい人が現れて買った値段より高く売れたので喜んでいたわ。私も憧れの車だったのだけれど、乗るならやはり男性の方がいいかなと思って」
「それって贈与税凄くないですか? パパが買ってそれを借りてた感じね」
「でも、売ったお金は麗さんの資金運用に当てたんですよね?」
「直前にパパから格安で売ってもらって、それから欲しい人に売ったわ」
「なるほど。売買の形を取れば贈与税の対象にならないんですね?」
「とてもグレーだけれどね」
「ところで麗奈さんのお父さんの職業は? 官僚よ。株で儲けて、いつ辞めてもいいって言ってる不良官僚だけれど」
「副業禁止なのでは?」
「公務員でも副業出来るのよ。株だけでなく、土地の売買や、クラウドソーシング、FXとかね。ネットオークションでも随分儲けたみたい。後は記事の作成も可能ね」
「高級外車を買ったのもその儲けたお金ですか?」
「いえ、土地を売ったお金よ。相続時精算課税制度を使ったの。これなら2500万円以下の土地なら贈与税が掛からないの。普通なら700万も取られるわ。その土地を2つ手放して約5000万ね。というか6000万で売れたらしいのだけれど」
「うわ。本物の金持ち家族なんですね。さすが東大家族」
「そうね、父も母も兄も東大出身よ。そして私も」
「うわ、何か次元が違う話をしている。という事は今持ってる株を全部売れば5000万以上になると?」
「そうなるわね。8000万くらいかしら」
「次元が違う」
零は思った。ゲームの中では対等な関係に思えた麗奈は別の世界の人間なのだと認識した。知らない間に涙が出ていた。俺なんかとは釣り合う筈もない。
だが、その時に電話が掛かってきた。
「はい。もしもし鈴原ですが」
「鈴原久しぶり。俺だよ。健太郎。お前が企画してたゲームがようやく完成してさ、大ヒットしてお前から企画を奪って罠にハメて追い出した部長がクビになった訳よ。これまではわかった?」
「あ、うん。ここまでは理解した」
「これからは本題でさ、お前を会社に戻したいと上司が言ってるんだ。続編の開発の為に」
「え、俺は英語が出来ないし、大企業は俺の居場所じゃなかったんだよ」
「英語なら俺が代わりに翻訳して本社に流すから大丈夫だ。戻って来いよ鈴原。また年収1000万超えの世界に戻れるぜ」
「俺はそんなに貰ってなかったよ」
「戻ってくればそれ以上貰えるって事。なあ、いいだろ? 俺の昇進も掛かってるんただ。昇進したらお前の上司。好き勝手やらせてやるぜ」
「なら頼みがあるんだけどいいかな。最低でも1年は週に1回の出社でいいかな?」
「それだとスーパーバイザーになるぜ。リモートで会議に参加するだけでいいから、戻って来いよ。それなら出社も週に1度でいい」
「わかったよ。俺も丁度、社会的地位がほしいと思ってたんだ。理由があってさ」
「なら決まりだな。マックロソフトに復帰おめでとう。改めてこれから宜しくな。天才企画者」
「俺は天才じゃないさ。ただ、ゲームが好きで自分がやりたいと思ったゲームを考えただけさ」
「じゃ、会議のID送っておくな。朝9時から。通勤なくて楽だろ? 契約の書類は用意してある。今度暇な時に来てくれ」
「ああ、楽だ。通勤電車の時間が無いのは天国だ。痴漢される心配ないし。それでは明日の会議で」
「男なのに痴漢されてたのか? 羨ましい奴」
「いいもんか。コンビニでパンツ買ってトイレで着替えるんだぜ」
「お前って超人的にモテるよな。他の奴とは違うと言うか。雰囲気が全然違うのよ。女ってそういうのに弱いだろ?」
「そうかな、俺は普通だと思うけど」
「普通とはお前と一番遠い言葉だ。それじゃ、おやすみ。零またな」
「ああ、おやすみ。健太郎また」
異世界に行くのは午後からか。いや、早く終われば昼前に行けるか。マキちゃんは今頃夜勤だな。頑張っているかな。
それにしてやったぞ。フリーターの生活に
満足していたけれど、大企業に復帰できる。これで麗奈さんと少しは釣り合える。
「あ、零さんお帰りなさい。今ね、零さんも麗奈さんくらいお金持ちだから、仕事は何かなって話をしてたんですよ」
「ああ、仕事ね。マックロソフトです」
「あの世界的な大企業の!?」
嘘は言ってないぞ。復帰する事が決まったばかりだけど。嘘ではないぞ。
「さすがね零君。今度兄があなたに会いたいらしいのだけれど時間ある?」
「麗ちゃん週末なら空いてるよ」
「あら、そう。よかった。それじゃあ週末に会いましょう」
「あ、ごめんなさい。週末は兄の予定が合わないらしいの。忙しい人だからごめんね。会うのは今度の楽しみにしていて」
「はい。都合のいい日でいいですよ」
こうして、会話をしている間にギルドバトルは終わった。雪子がいないとやはり世界ランク3位には勝てなかった。だが、それ以外には勝てたので58対42で勝利した。
「お疲れ様でした。それじゃ、地元のギルドに行ってきますね」
「え、もう行くの? もっとお話……切れてーら。マジか。クソ」
「麗奈さん口が悪いですよ」
「だって胸騒ぎが」
「それって浮気ですかね? おふたりは付き合ってるんでしょ?」
「出会ってから付き合おうと思ってるけど、まだ付き合ってないわ」
「えー!? 大変急がないと他の女に取られますよ! 今すぐサブアカ作って! 零さんの地元ギルドにスパイとして侵入して!」
「え、大丈夫よ。私以上の女はいないわ」
「それは過信です! ほら早くサブアカ作って!」
「わかったわよ。仕方ないわね。私以上に零くんを愛している女はいないのに」
「あ、いえ、愛の大きさを数値に出来る訳じゃないので。上には上がいる可能性があるし、突撃作戦で一気に行かれる可能性だってあります」
「確かにそうね。心配になってきた」
「サブアカで零さんのギルドには入れましたか?」
「今やってる」
こうして、麗奈のサブアカウントが零の地元ギルドに潜入する直前。
「零さん夜勤がんばるね。明日は異世界デートだね。すっごく楽しみ」
「うん、夜勤頑張って応援してる。明日は昼前になりそうだから少し寝れるね」
「え、10時に終わるから家に帰って着替えて身支度したら終わる。寝ないで異世界旅行するね。大丈夫。心配しないで。零さんと一緒だと私は元気になるの。零さんは私の栄養ドリンク」
「そうか。じゃあ、異世界旅行が終わったらゆっくり寝てね」
「うん。あ、忙しい所を乗りきった合間の時間が終わったから仕事に戻るね。ありがとう。元気でたよ。眠気も吹き飛んだ」
「うん。引き続き夜勤がんばって」
という会話を聞けた訳ではく、個人チャットだったので、麗奈は何の収穫もないまま、数時間待機していただけで終わった。
麗奈はそのまま寝落ちした。しかも悪夢を見た。知らない女が零の手を引いて連れ去るのだ。
それは正夢だった。その女はマキそっくりだったのだ。そう、麗奈もまた超能力者。予知の力がある。更に聖なるオーラも持っている。清廉潔白で純真無垢それが聖なるオーラを与えたのだろう。だが、汚れれば聖なるオーラも無くなる。乙女にだけ許された最強のオーラだ。
零は聖なるオーラと光のオーラのどちらかを選ぶ分岐点に立っていた。光のオーラとはもちろんマキの事だ。さあ、どちらの女性を選ぶのが正解なのだろうか。
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