第14話

 一騎当千のゴブリン討伐に向かう事になった、選び抜かれた100名のメンバーは足取りが重かった。これから地獄に向かうのだ。当然だろう。


「皆暗いっすよ。ヤバい時は皆まとめて転送するっすよ。100人ならギリギリ行けるっす」


 そんな雰囲気を壊そうとエレノアが話しを切り出した。


「そうだな。ヤバい時は観光地にでも転送してもらって、皆でそのままバカンスするか。楽しそうだ」


「ああ、楽しいが1番」


「楽しそうな所に悪い。怒ったミレイヌ様の顔が浮かんじまった」


「ああ……俺も見えてきた。俺達なら行けると判断した事を信じよう。あのミレイヌ様の予測だぜ。きっと行けるんだよ」


「ああ、そうだよな。自分達の力を信じよう。仮にもAランクまで行ってるんだ。最低でもBランク4人だしな。残りはAランク以上、噂の新人零君はランクが低いが特別枠か」


「そうそう。何でもミレイヌさんがこっそり大量の狼との戦いを見ていたらしくてな、そこで使った特質系の能力を見てイケると判断して大規模レイドを組んだんだってよ。受付嬢の彼女が言っていた」


「なら俺達は零の護衛みたいなもんなのか? 噂の新人のお手並み拝見だな」


「それは違うぞ。自分の身も守れるかどうかだ。誰かを守る余裕なんかない」


「なあ、幸運の勇者よ。特質系の能力見せてくれよ。それで少しは安心できそうだ」


「ちょ、お前それは言っちゃダメ!」


「いいじゃねえか。この100人の中の秘密にしちまえば。口が硬い奴ばかりだしな。何せ、自分で言うのも何だが一流の冒険者揃いだ。で、どうなんだ。幸運の勇者レイ見せてくれるのか、くれないのかどっちだ。この戦いはお前の能力が鍵なんだ」


 鈴原零に皆が注目する中、彼は返答に困っていた。勇者である事は秘密にしたかったが、誤魔化せる雰囲気ではない。


「俺はまだ勇者みたいな凄い存在ではないですが、自慢の能力ではあります。思いで強くなるそんな能力です。少し早いですが事前に呼び出しておくのも悪くないですね。雪子召喚!」


「おおー!」


「可愛い!」


 雪子の登場に一同が驚いた。雪子はきょとんとしている。そして不満そうな顔で零にこう言った。


「マスター浮気したらダメでしょ! 保護シールド使えなくなっちゃったじゃない! 私への思いが足りないのよ。もっと強く愛して」


「え、浮気ってフィガロじゃん! 男じゃん!」


「そう。それでも浮気なの。私は最強だと信じるの。ほら皆も!」


「雪子最強」


「そう。もっと大きな声で」


「それは無理。ゴブリンの砦が近い」


「なら、着いたら大きな声で叫びながら戦うの。わかった? マスターだけでなく皆もね」


「あ、はい」


 雪子は怒っていても可愛いなと思いながら、皆も雪子最強と言い始めた。雪子はご満悦で笑顔になった。その笑顔を見て、男女問わず雪子に魅了された。

 こうして雪子を先頭に100人が進軍し、ゴブリンの砦が見えた。


「うん。いい感じ。少しずつ力が増してきた。その調子その調子」


「危なかったな。その保護シールドとやらが発動しないのなら、戦いの場所で困っていた事だろう。皆いいか! この恐ろしく可愛い姉ちゃんが勝利の鍵らしい。雪子を信じろ! 雪子最強! 行くぞお前ら! 突撃だ!」


 ずっと黙っていたギルレインの号令でゴブリンの砦に皆が突撃して行った。雪子最強と叫びながら。ゴブリン達はその声の意味がわからずに戸惑った。何だこのバカな集団はそう思った時には攻め込まれていた。


「雪子最強! なんだコイツら素早いぞ! この俺と互角だと!?」


「雪子最強! そうだな。こっちの攻撃をかわして的確に急所を狙ってくる。気を抜くと一撃で致命傷だ」


「雪子最強! ギルレインさんとラグナさんくらいだな。無双してるのは」


 戦況は互角。が、しかし、数は相手がこちらの10倍。全滅は時間の問題だ。まだ黒いオーラの冒険者はいないが、相手が複数になるとわからない。


「雪子! このままじゃ全滅だ。冷気で動きを遅くするぞ。俺達は必死に戦って体を温める。裸のゴブリンよりはマシな筈だ」


「了解マスター。吹雪の結界!」


「うわ、寒い! だが、ゴブリンの動きが鈍ったぞ! しまった! 雪子最強!」


「これなら2匹相手でも行けるな。お、雪子最強ー!」


 雪子の吹雪の中でも果敢に戦う冒険者達。その中でBランクのラムサス、サイラス、オルガ、メリナは動きが鈍い。黒のオーラになっていた。


「く、4人は俺が守る! 出ろ保護シールド!」


 零の体だけ白いシールドに包まれた。ひとりだけ凄い速度で動き続けた。ギリギリの所でメリナ達4人に群がるゴブリン達を倒した。その剣の速さはまるで電光石火だ。皆の動きが遅い中で零ひとりだけ、何の影響も受けずに動けるのだ。その動きは数倍にも見えた。


「おお、あれが保護シールドの力か。ありがとうな零。俺達が弱いから迷惑掛けちまった」


「皆さん、雪子が完璧ならこの保護シールドが全員につきます。雪子最強!」


「うおお! 寒い雪子最強!」


「俺達にも保護シールドを! 雪子最強!」


 この勢いなら行けると思ったその時、冒険者のオーラが次々と黒くなっていく。


「ヤバい。雪子の吹雪の結界の効果が切れるぞ!」


 もうダメだと思ったその時、ずっと猛者達に萎縮していた、メリナが魔力を高めてそれを解放した。


「うう。ライバルが強すぎるよ。寒すぎるよ。雪子最強。でも私も最強! 壁よ私達を守りたまえ!」


 メリナの呪文で大きな壁が現れてゴブリン達を阻んだ。だが、ヒビが割れている。冒険者達の黒いオーラが消えた。これで少し時間が稼げる。


「おお、Bランクが頑張ったな。これで一息つける。どうだ、雪子ちゃん保護シールドは行けそうか?」


「ごめんね。まだ。あと少しなんだ」


「このままではこちらが不利だな」


「零よ。今のうちに俺とラグナに保護シールドをかけてくれ。ふたりなら行けるだろう? それでゴブリンキングを倒して敵を大混乱させる。それしか生きる道はない」


「ダメ。マスターの保護シールドは未完成。1回の吹雪の結界ならそれでも耐えられる。でもね、2回、3回と重ねるのが本来の使い方。それには耐えられない」


「大丈夫だ。少し動きを遅くするだけで十分さ。俺の先読みの加護と、ギルレインのおっさんの高速剣があれば勝てるって」


 メリナの具現化した壁が壊されそうだ。迷っている時間は無い。零はギルレインとラグナに保護シールドを与えた。雪子も仕方ないという感じで首を横に振りながら吹雪の結界を発動した。


「よし! 行くぞ! ラグナ!」


「おう! ギルレインさん!」


 ふたりは壁が壊れた隙間から飛び込んで、物凄い早さで突撃し、一騎当千の勢いでゴブリン達を倒していく。ゴブリン達が凄い高さに吹き飛んだり、木に叩きつけられたり、一刀両断されたり無数の屍を作りながら前進して行った。

 壁が全て破壊された時、ふたりがゴブリンキングの近くまで行くと異変が起こった。ふたりの黒いオーラが増して行くのだ。


「あのふたりが危ない。ゴブリンキングは危険だ! 雪子どうする!?」


「こうなったら私を抱きしめてキスだね」


「こんな時に冗談言うなよ」


「私は本気だよ。それしかない」


「く、麗奈さんごめん」


 零は雪子を抱きしめてキスをした。雪子の唇は柔らかくて冷たかった。


「ごめん。あと少し足りない」


「皆、頼む! あと少しなんだ!」


「行くぞ!」


「おお!」


「せーの、雪子最強!! 零と雪子は最強!!」


「零と雪子は最強!!」


 戦いに傷つきながらも、懸命に戦場の皆が叫ぶと、雪子の体が白く輝いた。


「きたきた! マスターの足りない心を皆の心が埋めた! 保護シールド展開! ならびに吹雪の結界を展開! マスターも早く!」


「吹雪の結界!」


「はは、ラグナのおっさんよ。雪子と零の協力技すげえな! まるでゴブリン達の攻撃が止まってるようだぜ」


「ああ、6割りは遅くなってるな。これなら並のゴブリンより弱いぞ!」


 覚醒した雪子の力で全員に保護シールドを与えた。吹雪の結界もこれで3回重なった。ゴブリン達は動くのがやっとで止まってるようだ。

 だが、ギルレインとラグナの黒いオーラは消えない。ゴブリンキングの攻撃がふたりを襲った。


「何だコイツの剣速は! 先読みでもギリギリだったぞ。ギルレインのおっさん大丈夫か!」


「とっさに大剣の腹で受けたがとんでもない威力だ。雪子と零の合わせ技でもスピードが死んでない。これで動きを遅くしてなかったら俺達はどうなってた? ラグナよ」


「そりゃ、もちろん瞬殺されてたね。あぶねえ。こりゃ、生きて帰ったら零と雪子にうまいもん食わせなきゃな」


「ところでラグナよ。このまま避け続けて勝機は見えるか? お前の先読みで」


「全く見えねえ。このままじゃ俺達は死ぬ。時間の問題ってやつだ」


 ラグナとギルレインは防戦一方だ。ゴブリンキングの一方的な攻撃を回避するだけ。攻撃する隙はない。それどころか動きを止めた瞬間に死ぬ。


「マスター! もう1回吹雪の結界行くよ!」


「うん。わかった!」


「吹雪の結界!」


 ふたり同時に吹雪の結界を発動した。これで5回。追加ダメージもかなりの物で、吹雪の雪が突き刺さり、爆発してゴブリン達がバタバタと倒れていく。だが、ゴブリンキングは動じる事はない。動きが少し遅くなったくらいだ。


「お、勝機! カウンターが決まるぜ! これをかわしたらな!」


「ラグナでかした!」


 ラグナの神がかった回避から放った決死の一撃は突き刺さった。筈だった。だが、ガキンという金属音で弾かれた。


「何だこいつ! 硬いぞ! まるで分厚い鋼鉄だ!」


「く、何てことだ。必死に回避して攻撃を当てても効かないだと!?」


「こりゃ、死んだな」


「ああ、俺達が死んだら皆も死ぬな」


「って死ねるかよー!」


「ああ、絶望するのは死んでからだ!」


 ふたりの諦めない戦いに皆は涙した。涙でにじんで前が見えない。その中で鈴原零は涙を拭いて、魔力を高めた。


「フィガロ来てくれ!」


 零の体が光り、ワイルドな風貌の筋肉の塊のような男が現れた。


「やっと俺の出番か。って寒いぞ。保護シールドお願いします。雪子先輩」


「フィガロ。この前はありがと。1番強いの倒してくれて」


「礼はいいから早く保護シールド!」


「あ、うん。保護シールド展開」


「ああ、寒くないって素晴らしい。さあ、俺様の出番だ! ゴブリンキングの硬さ何て関係ねえ。俺様の鋼鉄の拳で粉砕してやるぜ!」


「あのね、今さら凄んでも寒さに震える姿から始まったからすっごく格好悪いよ」


「そんな! だって半裸だしさーマジで寒くてさー! 雪子先輩厳しー」


 フィガロが召喚されて勝機が見えるかと思ったが、期待できそうもない雰囲気になってしまった。


「私の出番っすね。ふたりをゴブリンキングの背後に転移させてズドンっすね」


「お、そりゃいいな。っとその前に少し早いがスキルの譲渡だ。マスター手を出しな」


 零が手を出すとフィガロがその手を握り、光が零の手に伝わって体の中心に向かって行った。


「これでよし。マスター行けるか? 殴る度に威力が増す攻撃に、回避が上昇。更に必殺のヘルズブロウでその上がった攻撃力ぶんのシールドを付与。わかったかよマスター。これが俺達の力だ。やるぞ。奴は俺達の100倍の魔力だ。だが、俺達ふたりならやれる!」


「やるしかないか。エレノア頼む。俺達を転送してくれ」


「了解っす! 行くっすよ!」


「あ、黒いオーラが出てるから俺達を転送したらすぐに自分を転送して逃げろよ」


「わかったっす! 2連続転送で行くっす」


 こうしてゴブリンキングの背後に転送されたフィガロと零。猛烈な勢いで殴りまくった。効いてるのか、ゴブリンキングが怒って振り向いてギロリと巨大な目で睨みつける。

 猛烈な速度の斬撃が横凪ぎで飛んでくる。それを素早く身を屈めて回避し、起き上がりながら、アッパー気味に再びフィガロの鋼鉄の拳を叩き込む。ゴブリンキングが痛みで身を屈めた所に零が剣で顎を突き刺した。今度は弾かれる事はない。


「よし、攻撃が効いてるぜ! このまま行くぜマスター! 俺達の攻撃は尻上がりに増していくぜ!」


「おう! ギルレインさん、ラグナさん後は俺達に任せて下がって下さい!」


「すまない。助かった」


「後は任せる。ラグナ俺達は生き残ったゴブリンの始末だ」


「ああ!」


 こうして、フィガロと零のコンビネーションはその精度と威力を増していく。回避しつつ交互に攻撃を当てる。隙間なく連続攻撃を決めていく。ゴブリンキングはさすがに弱ってきた。


「そろそろ決めるぜ! ヘルズブロウ! 地獄に落ちな!」


「ぐぎゃー!!」


 ゴブリンキングの凄まじい声が戦場に響き渡った。これで戦いが終わったかと思ったその時、フィガロにゴブリンキングの大剣が上空から遅いかかった。回避は不可能。物凄い金属音と共に金属の破片が飛び散った。


「あぶねえ。シールドが無ければ即死だった。断末魔の一撃かい。マスタートドメの一撃だ!」


「わかった。魔力全開! ヘルズブロウ!!」


 突進しながらのヘルズブロウはゴブリンキングの体を突き破った。そのままゴブリンキングの体を突き抜け、大量のゴブリンを粉砕しつつ、木を次々となぎ倒しようやく止まった。


「ようやく倒せた。化物かよ。ふたりでざっと200発の打撃だぜ。4000%アップしてようやくだ」


「フィガロありがとう。助かった」


「マスター気を抜くな! 上から来るぞ!」


「なに!?」


 強烈な魔力を持ったエネルギー弾が零の体に当たって爆発した。森は50メートルに渡って消滅した。


「マスター無事か!? 俺が存在するって事は無事なのか。シールドがあって助かったな」


「何なんだ。さっきの攻撃は」


「あいつだよ。空を優雅に飛んでやがる。魔力5億はあるぞ。ゴブリンキングの1000倍はある。おいおい。俺もマスターも魔力切れだぜ」


「ゴブリンキングでも精一杯だったのにこれは何の悪夢だ!?」


 ふたりは絶望した。勝てる要素も可能性も残っていない。わしが出れば勝てるだろうが、さすがに10秒では倒せない。魔族四天王のひとり暴魔のミガルギア。セレナやミレイヌならいい勝負をしそうだが。


「これは、こそこそと見てるだけではいけなくなりましまね。私が相手をしている間に皆さん逃げて下さい。エレノアさんの魔力はまだ残っていますよね。皆を一斉に転送して聖なる結界のある町まで下がって下さい」


「ミレイヌさん! それではミレイヌさんが!」


「大丈夫。私は奴に1回勝ってますから」


「俺が昔のままだと思うなよ。ミレイヌ!」


 ミレイヌの言葉はどうやら本当のようだと皆は安心した。これから次元が違う戦いが始まろうとしていた。皆が転送されて逃れたが、彼だけは残った。そう零だけは。何故ならミレイヌに黒いオーラが見えていたからだ。



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