第13話

 遂にゴブリン討伐の日がやって来た。鈴原零はと言うと、普段は7時からのアラームなのに、朝5時からアラームをセットして早起きしてやる気十分のようだ。わし、とっても嬉しい。


「神様いますか?」


「はい。おりますとも。いつも見守ってるよ」


「では、準備が終わったらすぐ行きますか」


「うん。待ってる」


 鈴原零は朝食をいつもの3倍食べて、2階の自分の部屋に戻り、猛烈に体を鍛え始めた。腕立て伏せを物凄い早さで行い、スクワットに、背筋、腹筋。

 そして、また1階に戻り、シャワーで大量の汗を洗い流すと、髪を乾かして体を拭いて着替え終わると、仏壇に手を合わせた。祖父と祖母のものだ。


「お爺ちゃん、お婆ちゃん行ってくるよ。俺も早死にするかも知れない。その時はあの世でまた会えるね。お爺ちゃんとお婆ちゃんから受け継いだ、この霊感でどうにかやってみるよ。まだ死ねない。こんな俺でもさ、異世界では必要らしいんだ。じゃ、行ってくる」


 鈴原零は祖父母から受け継いだ家を出た。霊の祖父母は仕事の傍ら徐霊をしていたのだ。その仕事でふたりとも凶悪な怨霊との戦いで勝利はしたものの、その時に受けた大怪我が元で亡くなった。

 遺言書には、遺産はこの世で一番愛する者に残したとあり、名前の欄には零の名前が。遺産はまだ手をつけていないが、かなりの額がある。

 そもそも、鈴原零を見つける事が出来たのも、この祖父母の強烈な霊力を追っていたら、たまたま見つけたという感じだったのだ。わしってラッキー。


「神様。準備は整いました。行きましょう」


「うん。行こう」


 異世界に到着すると、セレナが待っていた。新しい剣と鎧を大切そうに抱えて。


「勇者よ。お待ちしていましたよ。さあ、あなたの成長に合わせた新しい剣と鎧を受け取りなさい」


「あ、鎧だけでいいです。剣は今のものがまだ使えます」


「あ? この私が寝ないでワクワクしながら選んだ剣がいらないだと? 犯すぞてめえ」


「あんた女神でしょうが! 言葉を慎めよ!」


「女神見習いなのでセーフですー! 本当の女神になったらちゃんとしますー! だからその前に好き勝手しとくんですー!」


「そんなんだから、いつまでも女神見習いなのでは?」


「……そ、そうかも」


「ともかく、ご好意は受け取っておくよ」


「え、朝から1発行っとく? いいわよ。スッキリしてからゴブリン討伐ね」


「え、そうじゃなくて剣の事さ。せっかく寝ずに選んでくれたんだろ? 剣が折れた時の予備に貰っておくよ。ありがとう」


「あ、そっちか。でも、やりたくなったらすぐに言うのよ。私はあなたを見るだけで体の準備はいつも万端です」


「な、何それ。それってヤバい人じゃ」


「経験豊富なもので極まってるのよ」


「ま、勇者の性欲の処理も私の立派な仕事なのよ。だから遠慮しないで。容姿の良くないモテない勇者の時はとても喜んでくれたわ。魔王を倒したら付き合う約束までしていたの懐かしいなぁ」


「あ、そうですか。俺も容姿が良くないし、モテないのでいつかお願いする事もあるかも知れませんね」


「鏡見てるのか? このイケメンが!」


「鏡は見てるが髪型だけだ!」


「もっとちゃんと見ろ!」


 何だろう。この仲がいいような悪いようなよくわからない喧嘩。さっさと着替えてもらってギルドに行きたいんじゃが。


「鎧って着るのが難しいですね」


「もう。仕方ないわね。私がやってあげる」


「いつもありがとうございます」


「いいのよ。抱きつくチャンスだもの。胸をむぎゅー」


「てめえ、それわざとか! 胸が大きいから仕方なく当たってるのかと思ってた」


「どう? この体が欲しくない?」


「朝から勇者を誘惑しないでくれますか? ムラムラしたらどうすればいいんですか」


「そうなったら欲望に任せればいいじゃない。簡単な事よ。私はいつも待ってるのよ」


「あ、もういいです。諦めました」


「遂に私のものに?」


「違います。俺は麗奈さんのものらしいです。浮気したら殺されるようです」


「そんな危ない女と付き合ってるの? やめたら?」


「まだ付き合ってはないと思うのですが、そう言われました」


「うーん。微妙な所ね。友達以上、恋人未満か。困ったらお姉さんに何でも相談するのよ? フラれたら慰めてあげる。この胸と体を使ってね」


「ありがとうございます。セレナさん。でも、慰めはいらないかな。セレナさんは神がかって美人だから戻れなくなりそう」


「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。私はいいのよ。結婚しても。霊力がもの凄く強い子供って下手な神と結婚するより凄そうだもの」


 ああ、何だろう。このままふたりがラブラブして終わりそうもない。と言うか、このまま結婚してもおかしくない。


「着替え終わったし、さっさと行くぞい! せっかく朝早く起きたのに遅刻じゃい!」


「ヤバい! もうそんな時間に!? 朝一番でやる事があったのに!」


「急ぐぞい! 零君!」


「行ってらっしゃいませ神様。そして、あ、な、た! そうそう。困ったら鎧のポケットを見てみて。寝ないで作った特製のポーションよ」


 セレナのハートがこもった言葉に無言で手を上げる鈴原零。テレやすい所が可愛いけど色々心配じゃのう。一体誰を選ぶ事になるのじゃろう。沢山の女性にモテモテじゃ。

 こうして、無駄な時間を過ごしたが無事にギルドに到着した。


「ごめんなさい。遅刻しました!」


「お、幸運のゆ、ゆ、勇猛果敢な零が来たぞ。危ないギルレインさんとラグナさんに怒られる。気がつかないフリと」


「そうだよ。ゆう、おっと。誘惑をはねのける一途な零の事は口止めされてるじゃない。何だろう。誤魔化すと変になってない?」


「ああ、かなり。ゆうし……勇士達よ。言えない言葉があるとかなり大変だね。各ギルドから集まった上位に連なる勇士達よ。ゴブリン討伐の準備はいいか!」


「ごめんなさい。まだです!」


「何だね、幸運のゆうし……勇士の零君。早くしたまえ」


「はい! 急ぎます! ミレイヌさんこのお金で手配してほしい事がありまして」


 鈴原零は急いでアイテムボックスから大量の大きな袋を取り出した。


「そのような大金で何を?」


「この国の全ての町に魔物の加工する大きな場所と、それを調理するレストランを作って下さい。それに伴う人員は管理職を除いて全ては浮浪者を雇い入れる。それに伴いその浮浪者の人数ぶんの大勢が住める寮もお願いします」


「かしこまりました。手配はしておきます」


「ありがとうございます。これで安心して死ねます」


「ですが」


「ですが?」


「ご自身の手でお金を配って下さい。その町の規模に必要なぶんだけ小分けしておきますので。私はあなたが行くと伝えるのとそれだけしかしません。だから、必ず生きて帰って来なさい。でないと、浮浪者達はこのままですよ。1年はですが。あなたならもっと早く成し遂げられる事でしょう。転移魔法のエレノアさんと一緒ならもっと早く」


「やあやあ、私はそのエレノアっすよ。勇者に憧れて冒険者になったっすよ。よろしくっす。ギルマスのラグナさんからの命令なので期限は気にしなくて大丈夫っす。楽しくやりましょう。国内旅行っす」


 ミレイヌと零との会話を聞いていたのかエレノアが登場した。魔法使いがよくかぶる帽子に長い髪。少しウェーブが掛かっている。癖毛なのだろう。目は猫のようで可愛らしい。口元も猫を思わせる。

 だが、小さな胸で色気はあまりないが、男女の友情を築きやすい気さくな性格の彼女は男女問わず大人気だ。旅行が一瞬で出来るその能力とその性格がその人気を生み出している。つまり、彼女が死ぬと大勢の人が泣く。


「その前にゴブリン討伐で死なないで下さいね。エレノアさん」


「私がゴブリン1000匹くらいで死ぬ訳ないっす。前に3000匹相手のレイドで生き残ったっすよ」


 見事に死亡プラグを立てるエレノア。黒いオーラが立ち昇る。物凄い勢いだ。


「あら嫌だわ。ゴブリン1000匹に10倍の報酬。メンバーはほぼ全員がギルドの上位メンバー。この条件で既に気がついていると思ったのだけれど。このゴブリン達は全てが一騎当千なのです。これは近年最大の異常事態。何者かが何年も育成した恐るべき驚異の軍団。よって、弱者の入る余地は4人まで。その中にエレノアさん。あなたも入ってます」


「えー! 私もっすか! 私死ぬっすか! よかった。昨日大好物たらふく食ったっす。思い残す事は無いっす」


「死なれたら困るっすよ。あ、移った。エレノアさんには負傷者の安全圏への離脱が主な任務です」


「了解っすよ。ミレイヌさん。転移魔法でガンガン逃げてガンガン怪我人運ぶっすよ」


「頼りにしてますよエレノアさん」


 ミレイヌとエレノアの話が終わって冒険者達がわなわなと体を震わせて怒っている。またやりやがったなミレイヌ。そんなヤバいクエストならお前も来いやと、多くの冒険者達が思っていた。

 だが、誰も何も言えない。ミレイヌはこの場の誰よりも強いからだ。ギルマスのギルレインやラグナよりもだ。歴代勇者にも匹敵する強さを持っている。

 こうして、ミレイヌが持ってくる超難易度のクエストが開始されようとしていた。鈴原零はというと、前に狼を一緒に倒した冒険者達を探しだして一緒にいた。彼らを守る為に。ラムサス、サイラス、オルガ、メリナは俺が守る。俺には今回のクエストでそれが限界だろう。零はそう固く決意した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る