第8話

 無数の狼達を倒した鈴原零と冒険者4名。皆息が上がっているが、大きな怪我もなく乗り切る事が出来た。問題は50匹を超える狼の死体をどうするか。ギルドに持っていけば処理して報酬も受け取れる。


「助かった。ありがとう。あんたは命の恩人だ。名前を聞かせてくれ。俺はサイラム。他のメンバーはオルガとメリナとラムサスだ。ラムサスは俺の弟。メリナは妹だ」


「俺は名乗る程の者ではないですよ。ただの一般人です」


 名前を聞かれるも答えない鈴原零。冒険者がざわざわしている。何だろう目立つのが嫌なのじゃろうか。


「ただの一般人が高度な召喚魔法を使えるのは思えんが。まあ、いい。お礼をさせてくれ。酒場で1杯やろう」


「あ、俺はいいです。夕方までに帰りたいので」


 えー誘われてるのに一緒に飲まないの。とわしは驚いた。そこまでしてゲームがしたいっておかしい。こんな勇者嫌じゃ。困っちゃう。酒場に行かずに仲間が増えそうだったのに。しかも無料で。普通はパーティーに入れてもらうのにいくらかお金を取られるのだ。


「あの、先程は守ってくれてありがとうございました。木の所まで逃げたのが私です」


 フードを深くかぶった冒険者がフードを脱ぐと短い髪の女性だった。顔が小さく、目は大きくはないが、くっきりしている。鼻は低いが小さい可愛い。よく見るとゆったりローブではわかりづらいが、大きめの胸があるのがわかる。


「あの、私もっとあなたとお話したいです。一緒に飲みましょう。皆でごちそうしますので。お願い」


 そう言うとメリナは零の腕を組んで胸に抱き込むと引きずるように歩こうとした。


「ちょ! メリナ! そんなや……そんな……あれだ。羨ましいやつ。メリナの誘いを断ったら殴るぞ。羨ましい」


 オルガが狼狽している。どうやらメリナの事が好きなようだ。サイラムとラムサスもここぞとばかりに零の肩を抱いたり、背中を押したりして連れて行こうとしている。零はすっかり困ってしまって、顔が真っ赤だ。もてはやされるのに慣れていないだろう。


「あ、そうだ! 狼の死体を持ち帰らないと! もったいないですよ」


「確かにそうだが、ひとり1匹で限界だぞ。それかロープに結んで引っ張るか。これなら1人5体は運べるか。メリナの魔力が戻れば馬車を作り出して運べるが、今日は魔力切れだしな。同じ具現化同士仲良くしてくれよ。これも何かの縁だし」


 ラムサスの言葉に何かを考えついた表情の零。ゆっくりと話し出した。


「あのーメリナさんに俺の魔力を分けるといいと思うんですよね」


 その言葉にメリナの瞳が輝いた。キラリとな。


「それならキスですね。さあ、どうぞ。今すぐどうぞ。ほら早く」


 今がチャンスと言わんばかりにメリナは零の方を向いて顔を斜め上に上げて唇をつき出す。


「ぎゃー! 俺のメリナがー!」


 オルガの悲鳴が平原に響き渡る。零の困った顔といったらもう。なんだかんだモテモテじゃのう。セレナにも好意を持たれとったし。セレナが招待した勇者に惹かれるのは久々のことじゃ。12人ぶりかのう。


「あ、そうだ。俺が何とか出来るかも知れない。皆さん少し離れてて下さい」


「仕方ないですね。逃げちゃダメですよ」


 そう言うとメリナが零の腕を離した。ラムサスも零の肩から腕を離した。そして数歩離れた。


「行きます。はあー! 出でよアイテムボックス!」


 零の体が光り輝き、道具袋がポンと出てきた。零は疲れてその場にへなへなと座りこんだ。


「おー! 何か出たぞ。どれどれ。お! 吸い込まれる!」


 オルガが道具袋の中に吸い込まれた。どうやら大きい物でも物理法則無視で入るようだ。


「オルガ大丈夫?」


 メリナが道具袋に手入れるとオルガを引っ張り出した。


「引き出すまで軽かったのに体が全部出たら重!」


「オルガさんとメリナさん。道具袋の実験ありがとうございました。さあ、これにバンバン入れますか」


「お、おー! 何だろう。あんたって大物冒険者なのか? こんな凄い物も出せる何て……大魔法使いレベルなんだが」


「こんなの普通ですよ」


「普通じゃないー!」


 4人が一斉にツッコミを入れた。わしも、ゲームの中なら普通だよねとツッコミを入れざるおえない。鈴原零はゲームの世界の常識を異世界に持ってきている気がする。ゲームの世界に入ったような感じと言うか。これは紛れもない現実だと言うのに。この勘違いが大きな危険に繋がらなければいいのじゃが。


「凄い。82体もの狼が全部小さな袋の中に入ってしまった。大魔法使いでも50が限界だぞ。仕組みそのものが違うのか、それとも大きな魔力を持っているのかだな」


 ラムサスの考察に零はこう答えた。


「詳しい事はわかりませんが、何とかなったからいいじゃないですか。さあ、行きますよ。時間が惜しい。2時間だけですよ。ゲームいえ、約束がありますので」


「おー! いいね! 行こう行こう。今夜は飲むぞー! 死んでた筈が生きてたんだ。こんな大きな儲けはないぜ」


「そうね。ラムサス兄さん。私達死んでたんだからこの体はあのお方のものだよね」


「それはちょっと恩に着すぎじゃないか?  確かに感謝はしてるけどさ」


「うるさい。オルガは黙ってて。昨日娼婦を抱いてたの知ってるんだからね。そのお金があるなら装備を買いなさいよ」


「ごめんよ。メリナ。我慢出来なかったんだよ」


「知らない。あんたの一途なんて所詮そんなもんよ」


 帰り道で色々と口喧嘩もありながら、無事に町まで帰ってきた。そのままギルドに向かう。ミレイヌが出迎えてくれて、獲物を保管する倉庫に行く事になった。


「零さんお疲れ様でした。それでは今日の成果を見せて下さい。新米冒険者なのに魔法の道具袋を持ってるのはあえて聞きません」


「あ、はい。数えるの大変でしょうけれどお願いします」


 零が道具袋に向かって解放と言うと、道具袋の中から無数の狼の死骸が出てきた。それをミレイヌが出てくる度に声を出して数えた。


「80、81、82全部で82体ですね。まあまあの量でしたね。これが群のボスと。最近狼が増えて来てたので助かります。今度はゴブリン退治もお願いしますね。このメンバーで受けますか?」


「はい! お願いします! 伝説のミレイヌさんに会えて光栄です!」


 ミレイヌと会えた事に感動しているラムサス達。次の冒険が決まってしまった。ミレイヌは凄いから断れずにいる零。

 彼女の雰囲気は穏やかだが、オーラが凄いのだ。密度が濃いというか、例えるなら果汁1000%なのだ。とてつもない量のオーラをぎゅっと絞った感じがする。コップの水を1滴にしたように。


「あの、それなら次のゴブリン退治は3日後にして下さい」


 鈴原零は相変わらずゲーム優先らしい。1週間に2回。最低でも3日おきという契約をきっちり守るようだ。


「了解いたしました。丁度大規模レイド部隊を手配するのに2日は掛かるので問題ないです」


「大規模レイド部隊を!? あの、ゴブリン退治ですよね?」


「はい。ゴブリン退治です」


 にっこりと答えるミレイヌさんにその場の皆が固まった。絶対普通のゴブリン退治じゃねー! という心の叫びが聞こえてきた。


「オルガ、ラムサス兄さん、サイラム兄さん、私に今日稼いだ魔力頂戴。魔力が沢山ないとすっごく不安なの」


「ならキスだな! ぐぎゃ!」


「あんたは手からよ! はい。魔力をどうもありがとう」


 メリナがキスを求めるオルガの顔をぶん殴って吹き飛ばし、強引に手を取って魔力を吸いとった。他のふたりからも両手を広げて手を繋ぎ魔力をもらった。


「いい判断ですね。この戦いは遠距離から何体やれるかにかかってますから。それでは、カウンターで報酬を受け取って下さい。それでは3日後に。ゆっくり休んで下さい」


 ミレイヌが立ち去った後、しばらく固まってから報酬の900ゴールドを受け取った。狼が1匹5ゴールドでボスが500ゴールドだ。

 それから酒場に向かった。飲んで忘れよう。そんな感じになってしまった。いつかミレイヌクエストを突破して名を上げたいとは思っていたが、噂が本当だとすると待つのは地獄だ。ラムサス達はどうせもう1回死んだ身なのでどうにでもなれと思っている。零の盾になって死ねたら本望だと。


「飲むぞ。飲むぞ! 明日も明後日も休みだー!」


「おー! 潰れるまで飲むぞー!」


「え、俺は2時間で帰りますけどね」


「えー!? それじゃあ酔わせて無理やり既成事実作って赤ちゃん産めないじゃないですかー! 玉の輿がー!」


「え、あ、ちょ! やっぱり帰ろうかな」


「まあまあ、食べるだけでも、あ。そうそう。ミレイヌさんがレイさんと呼んでましたね。名前を知らないと困るので助かったよ。これから改めて宜しくね。レイさん」


「大魔法使いのレイさんよろしくー!」


「あ、いえ、俺は一般人ですから。弱いですけど宜しくお願いします」


「え、あ、はい。そうですか」


 強引に一般人を貫く零に諦めたのか、ツッコミを入れずにそのまま食べて飲んだ。たわいない話をしてあっとういう間に2時間が経過し、零の帰る時間になった。


「それでは、また3日後にギルドで。今日はお疲れ様でした」


「お疲れ様でしたー」


 鈴原零は酒場を出て、人がいない裏道に入った。


「神様いますか? さあ、帰りますよ」


「うん。全部近くで見とったよ。歴代勇者の初戦ランキング38位という所かのう」


「神様ちなみに下は何位まであるんですか?」


「全部で99人じゃよ。なので下に61人じゃ」


「わりと高いですが微妙ですね。俺はやっぱり弱いんですね」


「そんな事はないぞ。わし具現化した魂を宿した肉体を召喚した時に驚いたし、アイテムボックスも同じ方法で具現化してたし。素早い剣捌きも中々じゃったよ。68点じゃな」


「68点。俺ってやっぱり雑魚勇者なんですね」


「いやいや、上が凄いだけだからね。零君はその歴代勇者達が倒せなかった暗黒の魔王を倒せる唯一の希望だから」


「慰めはいいですよ。やっぱり雑魚か。帰って酒のみながらゲームして気分変えよう」


 零君はすっかり落ち込んでしまった。歴代勇者ランキングとか言ったわしのバカ。ゲームが好きなら評価があると燃えると思ったが逆効果だったらしい。



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