第5話

 鈴原零が朝目覚めて出かけるのを待っていると、遂にチャンスがやって来た。ゲームを起動したら彼に批判のコメントが殺到したのだ。これでゲームが嫌いになって異世界生活一直線。わしってラッキーな神かもしれん。やったね。零君には悪いけど。


「あ、使えないキャラに500万使った零さんだ。おはようございます」


「慎太さんおはようございます」


「え? それだけすか? 効きすぎて何も言えないんすか? そうですよね。500万もドブに捨てちゃったら。暗黒の魔神に使ってたら英雄だったのに。勿体ないですわ。もう少し考えて金を使った方がいいっすよ。間抜けすぎますわ」


「そうですよね。でも使った金額は100万くらいですよ」


「はー!? 損した額に嘘をつくとかあり得ないですわ。呆れ果てて何も言えねえ」


「嘘ではないですよ」


 慎太は鈴原零を褒めまくっていて、弟子にして下さいと言っていたのに、今ではすっかり変わっていた。零君の心のダメージは計り知れない。

 500万の損とは、キャラのレベルによって大体の金額が割り出せるのだ。レベル8900のキャラではだいたい1000万。その半分程度なら500万という計算だった。彼は幸運すぎて僅か100万で500万近い成果をあげたのだった。


「嘘つき零さん。おは」


「あ、嘘つきの零か」


「皆酷いよ。いくらギルド戦で使えないキャラを強くしたからって、ここまで態度が変わること無いのに。私はギスギスしたギルドは嫌いなので抜けますね。零さんも抜けた方がいいですよ。零さんまたです」


「愛さんまたです。優しい言葉をありがとう」


「稲田さん俺は嘘は言ってませんよ」


 稲田は無課金プレイヤーでリアルの生活重視。本気出して課金したら零などすぐに抜けると思っているが、課金はしない。

 愛は凄くいい女の子で、課金は思い立った時に物凄い勢いでするタイプ。停滞が続いていたのに、気がつけば一気に強くなっているタイプだ。無課金に見えていたのに、廃課金並みに一気に伸びるという。


「愛ちゃん抜けちゃったか。この前一気に50万くらい課金してたから期待してたのに。たぶん、零君に追いつきたかったんでしょうね。前に言ってたもの。あ、零君おはよう。私があなたの除名止めたけど、影響はまだ収まらないようね。最悪だわ」


「レイさんおはようございます」


「レイさんとか何を他人行儀な。レイちゃんはどうしたのかしら? レイ君」


 麗奈がログインしてギルメンが大人しくなったが、まだまだ不満がありそうだ。ほら。こんな居心地の悪いギルドは辞めて、一緒に異世界に行こう。わしは魔力を込めた。零君が気分転換に外に出たら即座に異世界に連れて行けるように。


「レイちゃん。俺はそんなに間違った事をしたのだろうか。俺にはわからないよ。外の空気を吸って落ち着いてくる」


「うん。零君。また後でね。私も他人の課金にとやかく言うのは違うと思うの。例え同じギルドの仲間であっても」


 麗奈の言葉は届かず、零は家の外に出た。異世界連れ込みチャンス!

 わしは魔力を全開にして零君の上に光の柱を作った。そして、彼の体を一時的に霊体にする。軽くて無敵となった体を異世界へと一直線に運ぶ。もちろん隣にはわしもいる。


「何なんだ一体!? 飛んでいる!? 地球にあれは月?」


 零君とわしの宇宙旅行。嬉しいな。楽しいな。そして、いくつかの銀河を越えて、わしの惑星ハピルナにたどり着いた。もう帰さないよ。零君。君はわしと、この惑星の民のものじゃ。さあ、新しい勇者の誕生だ。この惑星を救っておくれ。

 神殿に到着すると、わしの神官であるセレナが出迎えてくれた。


「勇者様お待ちしておりました。もう既に3日遅れておりましたので、どうしたのかと心配致しておりました」


「はあ? 勇者? 人違いですが?」


 セレナに零君はガチ切れしている。こんな怖い零君は初めてじゃ。


「あなた様は神様が選んだれっきとした勇者でございます。人違いなどあり得ません。さあ、こちらに来て装備を身につけて冒険の旅に出て下さい。あなたの運気を見られる能力こそがこの世界を救うのです」


「はあ? そんなの見えませんけど? 俺は帰るね。異世界なんか興味ないんで、他を当たって下さいよ」


「あ? 勇者の癖に嘘つくのか? 私を舐めるなよ。自慢の巨乳でビンタしたろうか? あん?」


 零君の態度にセレナまで怒ってしまった。これはわしが出るしかないか。魔力を温存する為に皆には見えない姿でいたが、これは緊急事態なので仕方ないじゃろう。セレナなら上手くやってくれると思っていたが。


「まあまあ、零君、セレナ落ち着いて」


 わしの登場にも気がつかずに喧嘩を続ける2人。セレナの往復チチビンタが決まって複雑な表示の鈴原零。そして、セレナが馬乗りになり、顔を近づけた。


「どお? 私をあげるから世界を救ってみない?」


「あ、いらないです。俺には麗奈さんがいるので」


「はあ? 私の巨乳に何の不満があんのよ!」


「あんたのは巨乳どころか爆乳でしょうが!」


「なおいいじゃない。なのに何故!?」


「ゲームがしたいんですよ」


「は? 世界の勇者になれるのにゲームがいいの? ゲームが好きなら現実の異世界で冒険したいと思わないの? あなたの顔なら女性にもモテモテでハーレムも持てるわよ?」


「そんなのいらない。俺には麗奈さんひとりでいい。いいから地球に帰らせろ」


「このわからず屋! もういいわ。私の体を使って性の虜にしてその女を忘れさせてあげる! 神様と全惑星の民の為にね! 私の犠牲でそれが叶うなら本望よ! うへへ久々の若い男」


 ふたりが大変な事になりそうなのでわしは慌てて止めに入った。


「ちょっと待った! 地球に帰れるなら異世界に来てもいい? 神様のわしならそれも可能だけど。朝から夕方までとか可能じゃよ?」


 ようやくわしの存在に気がついた鈴原零と目が合う。相変わらずかなりいい男じゃな。ぽっとなってしまう。わし男だけど。二重まぶたに切れ長の目に鋭い眼光そして高い鼻にすっと通った鼻筋。わしの若い頃のようだ。


「神様。それくらいならいいですが、3日1回で朝から夕方ですよ?」


「あ、はい。その条件で宜しくお願いします」


 こうして、ようやく鈴原零を異世界に連れてこれた。何か思ってたのと違うけどいいや。何とかなるじゃろう。



 





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