第4話

 鈴原零は深夜に目覚めると、物凄く遅い夕食として買っておいたコンビニ弁当を食べた。2リットルのフルーツジュースをまるで500リットルのように軽々と持って飲んでいる。剣を持つときに良さそうだ。もう既に初心者にも良さそうな軽い剣も用意しているし、早く異世界にやって来てほしい。

 ゲームの育成も順調なようで、雪子の専用武器を早くも入手していた。冷気による減速効果が強まるだけでなく、敵の必殺技のSPも貯まるのが遅くなる効果が追加された。更に自らのSP回復も冷気が強まると同時に高まっていく。これまでは自らにつくサポート系能力が強化されたが、専用武器を10本手に入れた所で更にスキルが追加された。冷気状態の割合に応じて攻撃力が増加していく。冷気スタックが1だと15%アップ。10だと150%アップになる。更に昨日のレベルアップで覚えた、冷気状態の敵に対して与えるダメージが30%アップが加わるのでボスの最大ダメージを狙うのにも使えるようになる。真の能力を得た雪子はかなり強いが、同時に重大な欠点が世界中のネットで話題になっていた。味方にも減速効果が入るのと追加ダメージも入るのだ。敵だけでなく味方も全滅させてしまうという致命的な欠陥だった。残ってるのは戦場に雪子ただひとりという状態となる。


「よし! 雪子が超難易度の詰んでたステージクリアーしたぞ!」


 だが、鈴原零はその雪子の致命的な欠陥も気にせずゲームを楽しんでいるようだ。快進撃を続けている。ステージを進むと神装備が手に入るのだ。その神装備を強化する素材もステージからしかドロップしない。零の運を持ってしても常人の3倍程度しかドロップしていない。専用装備もたまに出るが、オートバトルの報酬なので数日に1つ程度だ。出たらラッキー程度な感じだろう。


「さてと、専用武器の強さも満喫したし、余った金で雪子のレベルを更に上げるか」


 鈴原零は独り言の後に気合いを入れると幸運のオーラが高まって爆発したようになった。雪子の為に残り全ての50万全てを注ぎ込んで、レベル上限が星68のレベル上限が3400になった。

 ただ、これ以上レベルを上げるには戦闘回数10倍チケットの力が必要になる。これを自力で上げようとすると10回ステージを周回するのに1時間掛かってしまう。つまり1時間を金で買えるのだ。

 だが、鈴原零の課金した金は尽きていた。彼は何度も今行ける最高難易度のステージを何度もクリアーし、周回を重ねてレベルを上げていった。恐ろしいまでの雪子愛を見せる。疲れて来たのか、ビールに手を出して、つまみのイカ三昧を美味しそうに食べている。早くレベル上げ終わらないかなと、わしが首を長くして待っていたら、朝から夜になり、また朝となった。


「イベントに合わせてバイトを事前に休んでいて良かったな。ラスト1日だ!」


 鈴原零は冷凍食品を取り出してレンジに入れながらスマホを操作している。そして、スプーン片手に食べながらそれを続け、食べ終わると更にレベル上げを続けた。そして、夜となり彼のスマホに通話が掛かってきた。ゲームが一時中断される。


「はい。もしもし。麗さん。何ですか?」


「零君。あなたねーギルチャ無視して何日こもってるの。あなたの話題でギルチャは大変な事になってるわよ。雪子の育成やめろと皆が叫んでたの。もう手遅れのようだけど」


「え? それはどういう事ですか?」


 麗奈からの通話に固まる鈴原零。彼女の声がいつもより緊張していて声に尖りがある。普段は丸いルビーのような声が、トゲトゲのダイヤのようになっていた。


「雪子の育成をやめないとギルドを除名にすると会議で相談されていたの。雪子は危険よ。ギルドバトルで使えば味方を全滅させてしまうもの。雪子の使用は禁止します。これはギルマスからの命令です」


 鈴原零の顔が青くなった。そして、わかりましたとだけ言って通話を切った。ギルドの皆に祝福されると思って頑張っていたレベル上げが無駄になった所かマイナスだった。だが、彼はそれでも雪子の事を嫌いになれなかった。そして、ゲームをやる気を無くして眠りについた。朝起きると見慣れない人から電話があった。


「どうもコンビニ店員のマキです。ゲームの方は順調ですか? 今皆でライブハウスに集まってます。良かったら来ませんか? 会費はいりません。祝杯なので。お酒と食べ物沢山ありますよー! コンビニは大繁盛でした。あの、聞いてます? 零さん?」


 鈴原零の目には大粒の涙が溢れている。声が震えるので話が出来ないのだ。深呼吸をして落ち着くのを待ってからゆっくりと答えた。


「うん。聞いてる。今から用意して行くね。お待たせして申し訳ありませんが、少々お待ち下さい」


 雪子の件が相当堪えていたのか、零は不意に出た涙に驚いていたが、どこか救われた気がした。急いでシャワーを浴びると、お出かけ用の服に着替えて、家を後にした。祝杯は深夜まで続き、ライヴハウスだったので皆で交代で歌も歌った。わしが参加出来なかったから短くまとめた訳じゃないんだからね?


「零さんお疲れ様でしたー! 目指せ世界チャンピオン!」


「いいぞ。行け行け零君。地元の星だー」


「私も始めてみたけど、零っちのアカウント凄いね。何かいらないキャラちょうだい」


「俺も彼女と一緒にやってみた。キャラを他人にあげられるって今時凄げえな! 金持ちが引退したら人が群がるんじゃね?」


「あの、俺達地元のギルドを作りませんか?  サブアカウントでいいので。そこに強いキャラをひとりだけでも譲渡してくれたら嬉しいです」


「お! いいねー! 作ろう。俺が作るー」


 祝杯が終わりかけの時にギルドを作る事になった。零は思った。雪子をサブアカウントに移そうと。ギルドの皆から見放された雪子の新たな活躍の場が出来たようで嬉しかったのか、彼は物凄くいい笑顔をしていた。

 ギルドのメンバーは、コンビニ店員のマキと、27歳の建築現場作業員のルイと、その彼女のルミ、明るくてタメ口の高校生のアカリ、謎の50代のサイトウさんと、そして零の6人だ。

 ゲームのレベル上げも終わったし、祝杯も楽しく行えた。これで、遂に明日は鈴原零君を異世界に呼ぶ日だ。もうゲームに思い残す事は無いよね?

 いきなり異世界に連れて行っても怒らないよね?

 わしは高鳴る気持ちを抑え切れずにいた。暗黒の魔王に対抗できる唯一の男を連れて行けるのだ。わしも酒が飲めたら祝杯だ。体はもうないんだけどね。気持ちだけ。

 

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