通話記憶

【9月1日 19:10】


「……も……し、もし」


「……?」


「んっ……あっくん……お仕事終わったの? お……ッ……つかれさま」


「あぁ、うん。今、帰った。それより美亜、泣いてない?」


「……分かる?」


「分かるよ。どうした? なにかあったのか?」


「……」


「おい、美亜。どうしたんだよ」


「……あのね」


「うん」


「さっきテレビでね」


「……はっ? テレビ?」


「うん、テレビ見てたら感動して……」


「なんだよ、テレビかよ。びっくりさせるなよ」


「なんだとは何? すごく感動したんだよ!」


「あー、はいはい。ごめんごめん。でっ、どんな内容だったの?」


「ドキュメントだったんだけど、スマトラ島に住んでるオラウータンの親子がいてね、そのオラウータンの子供が……」


「ちょっと、待った。オランウータンだろ」


「……えっ?」


「だからオラウータンじゃなくて、オランウータンだろ?」


「えー、嘘だぁ。オラウータンだよー」


「いや、本当に。オランウータンだから」


「だって私はさっきまで見てたんだよ? 間違えるわけないじゃん」


「それは、ほら、美亜は馬鹿だし」


「なにそれ! 馬鹿じゃないもん! 絶対オラウータンだもん!」


「かける?」


「かける!」


「じゃあ、もしオランウータンだったら、今度会うときドリア作って。久しぶりに美亜のドリア食いたい」


「いいよー。じゃあ、私が勝ったらゴディバのチョコレートね」



【9月5日 20:32】


「あっくん、今どこにいるの?」


「えっ? 普通に家だけど。なんで?」


「なんか、さっきから声が響く」


「あー、ごめん。今、スピーカーにしてるんだ」


「スピーカー?」


「そう。スピーカーにしておくと、携帯持たなくて済むんだよ。話しながらパソコン使える」


「えー、ちゃんと話聞いてよー」


「聞いてるよ。今日、頑張って起きたのに一限が休講だったんだろ? 授業内容はちゃんと確認しようね、美亜ちゃん」


「……馬鹿にしてる」


「してないよ。美亜は可愛いね」


「はっ? 急になに言ってんの?」


「照れてやんの」


「照れてない!」


「いやぁ、本当に美亜は可愛いなぁ。こないだのドリアも美味しかったし。俺はこんなに素敵な彼女を持って幸せだなぁ」


「もう! やっぱり馬鹿にしてるじゃん!」



【9月10日 23:01】


「ねぇ、あっくーん」


「んー?」


「今、パソコン使ってるでしょ?」


「……バレた?」


「分かるよ。スピーカーにすると、声響くもん」


「ごめん、今やめる」


「お仕事?」


「うん。ちょっと忙しくて。ごめんな」


「ううん、大丈夫。今日はもう電話やめとく?」


「いや、平気。もう少し話そうよ」


「うん、分かった」


「ねえ、画像送ったから見て」


「あ、オランウータンのぬいぐるみだ!」


「可愛いよね」


「うん!」


「美亜に似てる」


「……ねえ、それ喜んでいいの?」


「あはははは」



【9月15日 23:04】


「あっ、ごめん。もしかして寝てた?」


「あぁ、悪い。ちょっと疲れてて」


「お仕事、大変そうだね?」


「うちの製品で不備が出ただろ? その対応で毎日残業でさ。新人の女は使えないし」


「そうなんだ」


「そいつがさ、ちょっと注意すると、すぐ泣くんだよ。こっちは仕事教えてるだけなのに。そのわりにプライドだけは高くて、分からないことを聞いてこないんだよ。マジでストレス溜まる」


「……」


「愚痴って悪い。こんなこと言うつもりじゃなかったんだけど……」


「ううん。それはいいんだけど……気の利いた言葉が出てこなくて。私、バイトくらいしかしたことなくて、あっくんの大変さが分かってあげられない。ごめんね」


「ばーか。美亜は気なんて使わなくていいんだよ」


「うん、ありがとう……今日はもう寝る?」


「そうだな。今日はもう寝ようかな」


「おやすみ、あっくん」


「おやすみ、美亜」



【9月18日 23:28】


「留守番電話サービスセンターに接続します」



【9月20日 13:08】


「どうした?」


「あのね、パソコンの調子が悪くてプリントできないの。なんか画面に……」


「悪い。今、忙しいんだ」


「あっ、ごめん。でも今日中に課題出さなきゃいけなくて、プリンターの方はね……」


「本当に忙しいんだ。悪いけど友達にでも聞いて」



【9月20日 22:42】


「昼間はごめんな」


「……うん、大丈夫」


「怒ってる?」


「……怒ってないよ」


「分かってるだろ? 今、本当に忙しくて」


「怒ってないって言ってるじゃん!」


「……叫ぶなよ。疲れてるんだから」


「なにそれ? どうせ私の課題なんて、あっくんの仕事に比べたらくだらないもんね」


「はぁ? そんなこと言ってないだろ?」


「もう、いい。寝る」


「あっそ。おやすみ」



【9月21日 23:59】


「お掛けになった電話は電波の届かない所にあるか電源が入っていないため……」



【9月22日 21:55】


「あっくん……このあいだはごめんね」


「いや、俺も……ごめんな」


「良かった。昨日繋がらなかったから、怒ってるかと思った」


「あー、悪い。昨日、飲みに行ったら携帯の電源が切れちゃって」


「……あっ……飲みに、行ってたんだ?」


「あぁ、急に決まって。そうそう、会社で俺の隣に座ってる新人の女いるじゃん? あいつがマジ酒乱でさ、大変だったんだよ」


「……へぇ」


「うるさいくらいに笑ってたくせに、急に『彼氏が欲しい』って泣きだしてさ。どうやら最近男に振られたらしいんだよ。心配して『大丈夫か?』って聞いたら『大丈夫じゃないから付き合ってくださいー』とか言い出して。ウケるだろ? そいつ立てなくなったからタクシーで家まで送って行ったんだけど、アパート前に着いたら鍵が……」


「送っていったの?」




「……えっ?」


「その新人の女の子を、家まで送っていったの?」


「あぁ、でも同期の佐々木も一緒で……」



「でも送っていったんでしょ?」


「……そうだけど、だからなに? なにが言いたいわけ?」


「……」


「なんで黙るんだよ」


「……」


「美亜?」


「……」


「……泣くなよ」



【9月29日 23:30】


プルルルルルル

プルルルルルル

プルルルルルル……。



9月30日 21:28


プルルルルルル

プルルルルルル

プルルルルルル……。


プルルルルルル

プルルルルルル

プルルルルルル……。


「……」


「良かった。やっと繋がった」


「……」


「……最近、俺たちすれ違ってるよな?」 


「……」


「俺……美亜と別れたくない」


「……」


「なぁ、美亜。俺、今どこにいると思う?」


「…………えっ?」


《ピンポーン》


「ちょっと待って、部屋汚い! 五分、五分だけ待って!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでもきっと大丈夫。 真波のの @manaminono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ