第6話 床の上のムツキ

 トイレに酷い汚れもなく、謎のゴミにも遭遇しなかったある夕暮れのこと。

 田中義男は、「あと一カ所で業務は無事終了だ。今日は平穏無事に終わって良かった」、などと気の早いことを考えながら、最後の掃除場所の男性用トイレに足を踏み入れました。

 すると、どうでしょう。


 汚れた面を下にして、床にたたきつけられたおむつに出会ったのです。


 ――などと、微妙に児童文学っぽい書き出しではじめてみましたが、今回は男性用トイレにの床に捨てられていたおむつに遭遇した日の話です。


 冒頭にも書いたとおり、おむつにさえ遭遇しなければ何事もない一日だったので、落胆具合はかなりのものでした。

 ……いえ、正直に言うと、多少の怒りすら感じました。


 ただ、「なんでこんなことするんだよ!」という怒りの言葉が、心の中に込み上がってきたときに――


 ……本当に、なんでわざわざ床にたたきつけたんだ?


 ――という具合に、妙に冷静になりました。


 冷静になると同時に改めてあたりを見回してみると、あることに気がつきました。


 おむつ交換用のベッドがなかったんです。


 つまり、おむつを交換するには――


 赤ん坊をおんぶしていた場合、一度おんぶ紐を解いて、抱っこの体制にする。

 おんぶ紐はギリギリ赤ん坊が乗れない幅の荷物置きに置く。

 片腕で赤ん坊を支える。

 もう片方の手で汚れたおむつを外す。

 汚れたおむつを荷物置きに置く。

 ウエットティッシュを取り出す。(片手)

 お尻をふく。(片手)

 新しいおむつを取り出す。(やはり片手)

 赤ん坊に新しいおむつをはかせる。(もちろん片手)

 汚れたおむつを捨てやすいように丸める(まだまだ片手)


 ――それは、床におむつを叩きつけたくもなりますね……。


 もう少し、育児に積極的なお父さんに優しいトイレだったら、こんなことは発生しなかったのかもしれません。まあ、個室が一つしか作れないような狭い場所なので、おむつ交換用のベッドを設置するのは、かなり無理があるのはたしかなのですが……。


 ということで、その日はそこそこ納得しながら、おむつを拾い上げて床の汚れを落としました。


 ただし、トイレは大勢の方々がご利用になるので、交換に疲れた場合は汚れたおむつを床にたたきつけるのではなく――


 渾身の力でゴミ箱にダンク!


 ――くらいにしていただけると、助かります。そうすれば、少しは気が晴れるでしょうし、お客様が気持ちよく使っていただけるような床の状態を保てるので。


 ちなみに、当店の場合、性別関係なくご利用可能な多目的トイレには、必ずおむつ交換用のベッドがございます。

 おむつ交換の際はそちらをご利用していただけると、安全かつストレスフリーだと思われますので、なにとぞよろしくお願いいたします。

 

 


 


 

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トイレ清掃員ぶるぅす 田中義男 @TanakaYoshio

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