第31話 届かない願い

 対地獄課24班、地上の世界が組織した、度重なる地獄からの襲撃から人類を防衛すべく作られた世界中から集められた総員10名からなる戦士たち。その中でもこの男『サキジ』は、トップの実力を持っていた。正真正銘、世界最強の男だ。その名に恥じず幾千もの戦いを勝ち続けてきた彼の実力を疑う者はいなかった。だが、彼はひどく動揺していた。一度だけ聞いた『エニグマ』という存在。経験、技すべてが通じない理不尽な強さとは聞いていたが。まさか、かすり傷一つ付けられないとは。

 「クソッ……」

 血が滴る目を拭い、痛む体を必死に動かし刀を構え突進する。いくら満身創痍であっても太刀筋の鈍りはほとんどと言っていいほど無かった。だが、そのすべての剣戟に意味が与えらることはなかった。

 「しぶとすぎるのも考え物だね。」

 「人間なんでな……」

 エニグマの両手が変化した刃が鞭のように風を切り、サキジに襲い掛かる。縦横無尽に繰り出される斬撃はひゅんと鳴るのみでありその軌跡は見えない。が、直感で捉え身を翻し避けつづける。次に繰り出されたのは、その軽快なステップを踏む足を狙った薙ぎ払い。自在に伸びる両腕から逃れる場所は地面にはなくサキジは跳躍してそれを回避した。

 「飛んだな。」

 宙に浮かんだサキジの身体。エニグマは左手を素早く縮ませ頭にめがけ再び伸ばす。その速度は先ほどとは比べ物にならないほどだった。だがサキジはそれを、頭を傾け回避し、逆にその伸びた手を掴んだ。反射的に振りほどこうとその手は暴れるが、その暴走の力を利用しエニグマに飛び掛かる。伸びた両手を縮ませようとするがまったくもって間に合わない。

 エニグマは、その気味の悪い笑みを崩さない。サキジを嘲るように口角をあげている。首に刀を突き刺そうとしたその時、エニグマの口が裂けるように開いた。口から覗いたものは、黒く光る銃口。軽率な行動を後悔する暇は、サキジには与えられなかった。

 ドンッ

 低く乾いた破裂音が響く。

 エニグマの身体には、返り血はついていなかった。サキジは、側面の壁に打ち付けられうめいている。エニグマの正面には、サキジの代わりに二人の一目で双子とわかる少女が立ち塞がっていた。低い背丈、曇り空のように重い灰の髪、肩までかかるミディアムヘア、果てには二人が持つ剣さえも寸分の狂いなく同じ、まさに瓜二つだった。唯一の違いは、瞳の色のみだった。一人はルビーのように燃える瞳、もう一人は、エメラルドのように輝く緑の瞳。そしてその二つの宝石は、エニグマを眩く照らしていた。

 「ナナ、ネネ……何、しに来た……。」

 「助けに来た!」

 「大切な人がピンチになってたら、あなたも助けるでしょ?」

 サキジはその体を虫のように動かし声を荒げる。

 「逃げろ……そいつは俺たちが勝てる相手じゃない……。命を無駄にするな……!」

 ナナは緋の光をこちらによこさずこう返す。

 「あなたは、いろんな人を救ってきた。私たちもそうだ。あなたに救われた。だからたまには……」

 二人は剣を互いに触れさせる。

 「私たちにも、救わせてよ。」

 二対の剣は解けゆくように融合し、一つの大剣となった。

 「行くよ。ネネ。」

 「うん。」


 交わす言葉はない。ただ少女二人による大剣の投擲が開戦の合図となった。空間を切り裂きながら突進するそれは直線的な軌道ゆえに簡単に避けられてしまう。

 「ネネ!」

 「分かってる。」

 ネネはすでにその剣の軌道の先に回り込んでいた。飛翔する剣をキャッチ、そのままエニグマに斬りかかる。ネネはそれを軽々と振り回すが風を切る重い音がそれがどれだけの重量を持っているかを物語っている。広範囲の素早い斬撃にたまらずバックステップで避け間合いから離れようとするもネネはそれを許さなかった。ネネの手から剣が離れ再びエニグマに突っ込んでゆく。横に回避する暇はない。大剣が眼前に迫ったその瞬間、エニグマはその場で前宙。すれ違う大剣の風圧が回るエニグマの前髪を揺らした。通り過ぎた大剣は再びネネの手に渡り着地の隙を狙う。先程の素早く手数を重視したものとは違い一点集中にかけた斬撃。それをまともに喰らえばどんなものでもひとたまりないことは明らかだった。

 エニグマの腕から黒い物体が生えてくる。それは瞬間的にエニグマの身体を覆った。黒く輝く盾に刃は深く食い込む。

 「嘘……」

 腕を一振り。ナナは振りほどかれ、吹き飛び壁に張り付けられてしまう。小さいナナの何倍もの亀裂が壁に入った。ナナの骨と内臓は、もはや使い物にならなかった。

 エニグマの手が拳銃をかたどりナナの脚に狙いを定める。

 「バン。」

 指先から硝煙が上がる。

 「ッ」

 致命傷にならない場所に次々と穴が空いていく。ナナは身体を跳ねさせ動かない体で必死に痛みから逃げようとしていた。

 ネネは助けようとした。だが走り出した矢先、妙な感覚がネネの足を止めた。

 「なに…これ…」

 見えない壁がそこにはあった。進もうとしても空気にぶつかり足を前に出すことが出来ない。

 また1つ。右足に穴が空く。大きく体が跳ねる。

 「やめろ…」

 もう1つ。左足に穴が空く。体が跳ねる。

 「やめろ…!」

 更に1つ。右腕に穴が空く。少し体が跳ねる。

 「止めろ!!」

 最後にもう1つ。左腕に穴が空く。ナナの体は、搾り取った果実のようにただだらしなく血を流すのみだった。

 ネネは壁を忘れ再び走り出していた。だが壁はネネを引き止めない。ナナの手から引き剥がされ地に突き刺さった剣を引き抜く。

 その柄は、見慣れた血に塗れていた。

 

 サキジは目に映る光景が理解できなかった。自分の目を、信じたくなかった。

 「いい景色だろう?」

 エニグマはサキジと同じように壁にもたれ座り、まるで映画を見ているようにくつろいでいた。

 「何をしたか気になるか?」

 動かない体。圧倒的な力の差。どうしようもない。

 「……ナナが権を投げようとしたあの時。お前があいつらの頭に触れたとき、何をしたんだ……。」

 頭の上で指をくるくる回し、少し自慢げに答えた。

 「姉を殺してその死体を乗っ取る夢を見させた。そこでちょいと意識をいじるんだ。夢と現実の区別がつかないようにな。」

 「混乱した妹さんは、ご覧の通りだ。」

 ナナは必死に叫ぶが、刃は止まらない。少しずつ、確実にナナの命を削ってゆく。

 「ネネ!ネネ!!どうしたの?!やめてよ!!」

 「その体で、喋るなぁ!!」

 止めようとも、動けない。サキジはただ見ることしかできなかった。

 「さて、取引しよう。これに応ずれば姉妹は生きて帰してやる。」

 「貴様の言うことなど……!」

 剣はナナを追い詰め、端に追いやる。ナナは首を落とそうとする剣を素手で掴み抑えるが、小さな手の平から滲み噴き出す血は残された時間を残酷に表していた。

 「……ッ!」

 「なんだって?」

 エニグマは携帯を取り出すと一人の人間の写真を見せる。

 「こいつを殺せ。全人類をあげてな。できるだろ?」

 「名前は…」

 「カリン。綾森カリン。」

 サキジは黙って首を縦に振る。この時、彼は人類の命運などどうでもよかった。彼女らがいない世界に、約束を果たせない自分に価値を見出せなかった。

 「家族愛とはかくあるべきだな。」

 エニグマが指を鳴らす。その音と共にネネの憎悪は瞳から消えていた。

 「あれ……私、何して……」

 その眼前に移るのは、いまにも手がもげてしまいそうで、苦悶の顔で涙をこぼす姉の姿。そして、手に残る刃を押し付けた記憶。

 「……ぁ」

 ネネの目に光はなかった。底から湧く罪悪感と、自分への激しい嫌悪と呵責に彼女の心は壊れてしまった。

 「さぁ、今日はもうお開きということで。じゃあな、頑張れよ。」

 エニグマの姿が消える。あとに残されたのは、深い絶望と悲哀の身だった。


 ビルの屋上、三つの影が下に輝く街の光を見下ろしていた。一人のひときわ背の小さい少女がビルの縁を渡り歩いている。

 「スレイヤー、次はどうするの?」

 無口な男を隣に置き、エニグマは肌をなでる風を感じていた。

 「そうだな。もう力も十分に集まったし、そろそろ行くか。」

 「天界。」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポジティブ☆スレイヤー 弾、後晴れ @tuoi

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ