小さな炎と2つの命

栫夏姫

小さな炎2つの命

 昔々、あるところに二つの物語がありました。

 一つはマッチの炎に希望をを抱いた少女の物語。

 そして、もう一つは魔女から逃げるために心を通わせた兄弟の物語。

 二つは決して交わることのない真逆の物語……

 その二つが交わり合う時、物語の歯車はあらぬ方へと動き出す。

 少女は父から、兄弟はしか逃げ出せない。歯車はどんどんその統率を失い物語を別の物語に変えていく。二つの物語が交わり一つの物語に変わる時、それは私達の知る物語とは全く違う結末になるのかもしれない。






 父から逃げ出した少女は、捕まらないために森に入り奥へ奥へと進んでいました。

「はぁ……はぁ……もうお父さんは来ないかしら……」

 少女は、小さな切り株に腰掛けて荒くなった息を整え周りをぐるりと見ました。

 そこは森の奥深くであり、空も大きな樹々が塞いで太陽の光も届かない。なのに森は不思議な明るさを保っています。

「なんだか不思議なところね……」

 切り株から立ち上がり、もう少し歩いてみることにしました。

「あ、熊……」

 少女がしばらく歩くと行く道を遮るように熊が立っていたのです。

 熊は少女を見つけると、ついてこいと言わんばかりに道を進んで行くのです。

「ついていけばいいの……?」

 少し不安になりながらも少女は熊の後についていきます。

 すると、少し開けた場所に森の動物達が固まっているのを見つけました。

「あそこに行けばいいの……?」

 熊の顔を覗き、恐る恐る集まっている動物達に近づきます。

 少女が近づくと動物たちはのそのそと離れていき、その場に倒れる一人の少年の姿が現れました。

「えっ……!?だ、大丈夫!?」

 少年に気づいた少女は、急いで駆け寄りその肩を一生懸命揺らします。

「ん……?」

 揺らされていることに気づいた少年はゆっくりと目を覚まし、目を擦りました。

「大丈夫?倒れてたみたいだけど……」

「あ、ああ…… 大丈夫だ……」

 少年は自分の周りを探すように見渡しました。

 すると、いきなり絶望したような顔になりその場にうずくまってしまったのです。

「どうしたの!?」

「グレーテルが居ないんだ…… 僕の大切な妹のグレーテルが……」

 少女は少年が経験した話の経緯を聞きました。

 少年は魔女の家に妹のグレーテルと共に迷い込み、命がけで抜け出してきたという。

 しかし、一緒に抜け出したグレーテルの姿がどこにも居ないと言うのです。

「もしかして、魔女の家に一人で取り残されて……」

 少女のその言葉を聞いた少年は、大慌てでその魔女の家に向かおうとしました。

「待って!一人で行くなんて危ないわ!!私も行くわ!」

 少年の後を追いながら少女はそう叫びます。





「ところであなた、名前は?」

「僕の名前はヘンゼル、そういう君の名前は?」

 少女はしばらく悩んだ後、もじもじとし始めました。

「どうしたの?」

「私ね……名前ないの…… お母さんは私を生んだ後すぐに死んじゃったし、お父さんは私に名前をつけてくれなかった。だから私には名前がないの」

 少し暗い声で少女はそう答え、場を重い沈黙の空気が包みます。

 それから二人は会話をすることなく、森の中を歩き続けついに目的の場所にたどり着きます。

「着いた……」

「ここが魔女の家……」

 ヘンゼルが魔女の家と呼んだ建物は、全てがお菓子で作られており扉はクッキー屋根はチョコと森にあるものとは思えない不釣り合いな建造物でした。

 しかし、その建物は人が中で迷うと言えるほどの大きさではなく、せいぜい小屋という大きさでした。

「ここに迷い込んだの……?」

 少女は信じられないという様子でヘンゼルに問いかけます。

「見た目なんかあてにならないよ。中に入ったら常識なんて通用しない、ここは本当に魔女の家なんだと思えるよ」

 そう言ってヘンゼルはクッキーで出来た扉に手をかける。

 ドアを開けて二人は家の中に入ります。






「ここは……?」

 二人が家に入ると、そこはさっきまで目の前にあったお菓子作りの家ではなくレンガで作られた照明もあまりついていない、薄暗いエントランスのような場所に居ました。

「ほら…… 家が僕たちを食べようと……」

 ヘンゼルが後ろを見てみなと言うように指差しました。

 少女が後ろを振り向くと、少女たちが入ってきた扉がなくなっており代わりにレンガ造りの壁になっていたのです。

「えっ……!扉は!?扉はどこにいったの!?」

 扉が合ったはずの壁を触りつつ少女は大慌てしています。

「キャハハハハハハ!!」

 すると、どこからともなく女性の笑い声のようなものが聞こえました。

「この家は魔女の意思によって姿形を変える…… こんなことで驚いていたら生き残れないよ」

「随分と冷静なのね……」

 少女はいまわしそうに声が聞こえた階段を睨みつつ、ヘンゼルの冷静具合に疑問を持ちます。

「僕は一度ここから抜け出してるからね…… こんな物絶望にもなりはしない」

 そう言ってヘンゼルは階段をゆっくりと登っていきます。

 しかし、ヘンゼルが階段を登りきった瞬間にその階段が姿を消してしまったのです。

 片足を階段にかけていた少女は体制を崩しその場で転んでしまいました。

「えっ……?」

「どうやらこの階段の先に行けるのは僕だけみたいだね。手分けしてグレーテルを探してくれるかな?」

「う、うん……」

 ヘンゼルはそう言って廊下を進んで行ってしまいました。






 その姿が見えなくなるまで眺めた後、少女はエントランスを少し探索してみることにしました。

 探しているうちに少女はほこりまみれの扉を見つけました。

 恐る恐る扉を開き中に入ってみます。

 扉を閉めて、少女は部屋の電気をつけました。

 明かりがついていくにつれて部屋の全貌が明らかになり、その部屋がなんの部屋なのかがわかるようになってきました。

「ここは…… 図書館?」

 部屋が完全に明るくなり少女が周りを見てみると、そこには天井にも届きそうな程の大きさの本棚がところ狭しと置かれていました。

 本棚に収まらない本は、床に散乱していてとても手入れが行き届いているようには見えません。

 少女は一冊の本を本棚から取り出します。

「絵本みたいね。えーと……タイトルは……」

 絵本に付いているホコリを取り払い、その絵本のタイトル部分を近くにあったタオルで拭き取ります。

「ヘンゼルとグレーテル……?」

 ヘンゼルとグレーテルと書かれたその絵本の表紙には、先程別れたヘンゼル似た少年とその隣に小さな女の子が描かれていました。

「なにこれ……」

 少女は興味本位でその絵本を開いてしまいました。

 絵本に描かれていたのは、お互いのことを名前で呼び合う兄弟の姿と、先程ヘンゼルが少女に話した内容と全く同じ内容を絵にしたものでした。

「これって…… 冗談よね……?」

 少女はその絵本を本棚に仕舞い、その隣にあった絵本を取り出しました。

 すると、その本の表紙には“シンデレラ“というタイトルと共に白いドレスにガラスの靴を身にまとった女性の絵が描かれていました。

「この人…… 見たことある……」

 少女はその女性に見覚えがありました。

 その後も少女は様々な絵本を見ていきます。

 そして、ついに少女はある絵本を見つけてしまったのです……

 少女が手に取った絵本には、赤い文字で“マッチ売りの少女“と力強く書かれていました。

「これって…… 私……?」

 今までの絵本と同じように、タイトルの下に少女と全く同じ女の子の絵が描かれています。

 少女は恐る恐るその絵本を開いてみます。

 すると、そこには父親から逃げてきた少女の姿やヘンゼルと話す姿、そして今自分自身の絵本を読んで顔を真っ青にした少女が描かれていました。

「嫌っ……!!」

 少女は読んでいた本を壁に投げ捨て、入ってきた扉から飛び出します。

 しかし、外に出てもそこは先程までいたエントランスではありませんでした。

 少女が出た先に合ったのは、終わりが分からないほど長い渡り廊下です。

 赤いカーペットにはところどころ穴が空いており、やはりこちらもあまり手入れはされていないような雰囲気でした。






「本当にどうなってるの……」

 少女は扉の一つ一つを確認しながら、奥へ奥へと進んでいきます。

「ほとんどの部屋が客室なのね…… あとは物置とかそういう部屋ね……」

 そんな独り言をしゃべっているうちに少女は一番奥の部屋にたどり着きました。

 その部屋はおかしなことに外の扉に鍵を閉める工具がついており、中から外に出れないようになっていました。

「変な部屋ね……」

 少女がその扉を開けずに立ち去ろうとした時、何者かが扉をドンドンと叩く音が聞こえました。

「なにっ……!?」

 突然の出来事に悲鳴を上げてしりもちをついてしまう少女。

 しかし、その間も何者かが扉を叩く音は鳴りやむことはありません。

「……だ…ず……げ………」

 扉を叩く音と共に、中からそのようなかすれた声が聞こえます。

「だず……け……で…」

「っ……!」

 少女にはしっかりと”助けて”という言葉を認識しました。

 その中には確かに何かわからない者がいて、そして偶然通りかかった少女に助けを求めている。

「待っててね!今開けるから!!」

 居ても立っても居られずに、少女は扉の鍵を開け扉を勢いよく開けました。

「大丈夫ですか…… きゃあ!!」

 扉を開けた瞬間、少女は悲鳴を上げました。

 そこにいたのは、両足を切断され手は明らかにおかしな方向へ曲げられてる、片目はくりぬかれ体中から出血をしている金色の髪の女の子でした。

 その姿を見て悲鳴を上げたものの、少女はあの図書館で読んだ絵本を思い出したのです。

 ”ヘンゼルとグレーテル”と書かれたその絵本には、確かに金色の髪の女の子が描かれていました。

「もしかして…… グレーテル……?」

 少女は恐る恐るそのもう生きているのかもわからない女の子に問いかけます。

 すると、その女の子は小さく頷き少女にゆっくりと近づきます。

「ヘンゼルがあなたのことを探してる。一緒に行きましょう?」

 少女がそう女の子に提案すると、女の子は驚いたような顔になりその血だらけの体を引きずりながら、ありえないような速度で部屋を飛び出してしまったのです。

「ちょっと!どこに行くの!?」

 少女は急いで女の子を追っていきます。

「グレーテル!!」

 すると、近くの広間からうれしそうなヘンゼルの声が聞こえたのです。

 少女は急いでその声が聞こえた広間に向かうと、そこにあったのは最悪の光景でした。

「ヘンゼル……?誰を抱きしめているの……?」

 ヘンゼルが抱きしめているのはグレーテルではなく、おそらくこの家の魔女と思われる高齢の女性だったのです。

「誰って、グレーテルだよ。僕の妹だ」

……」

 魔女はニヤニヤと笑いながらヘンゼルを抱きしめます。

「お兄ちゃん?僕のことそんな呼び方してたっけ?ま、いいや。本当に無事でよかったよ」

 ヘンゼルには目の前の魔女がグレーテルに見えているのか、魔女の頭をなでたりいろいろ話しかけたりしています。

「ヘンゼル…… そいつはグレーテルじゃない…… 魔女よ」

 少女は小さな声でそう呟き、涙を一粒流しました。

 なぜならもう分ってしまったのです、ヘンゼルは魔女に魔法をかけられたのだと。

「魔女?そんなわけないだろ、どこからどう見てもグレーテルだよ」

 ヘンゼルは自信満々にそう少女に言いました。

 すると、何かを引きずるような音と共にが部屋に入ってきたのです。

「へン……ゼ……ル…… だ…ず……げ………で……」

 グレーテルは血の涙を流しながら必死にヘンゼルに話しかけます。

 しかし、現実は甘くはありませんでした。

 血だらけのグレーテルを見たヘンゼルは顔をこわばらせ、魔女を自分の後ろに隠しました。

「下がっててグレーテル!魔女め、そんな姿になりながらもまだ生きているのか!」

 グレーテルを睨みつけ、ヘンゼルは近くにあった拳銃をつかみグレーテルに突きつけました。

「やめてヘンゼル!!」

 少女がそう叫んだ時にはもう遅く、グレーテルはヘンゼルによって放たれた弾丸を喰らい、悲しそうな叫び声をあげてその進行を止めてしまったのです。

「今のうちに行こうグレーテル!」

 ヘンゼルは自分の真後ろにあった扉を開き、魔女の手を引き出て行ってしまいました。

「ヘン……ゼ…ル……」

 グレーテルはそうヘンゼルの名前を呼び、そのまま息絶えてしまったのです。

「待ってヘンゼル!行っちゃだめ!!」

 少女はそのままヘンゼルが入った扉にヘンゼルを助けるために飛び込みました。

 しかし、そこはヘンゼルたちが出た魔女の家の外ではなく、薄暗い厨房でした。

「え……?」

 少女が引き返そうと扉に手をかけますが、扉は固く閉ざされており開きません。

「なんで……?なんで開かないの!?」

 必死に扉を開けようとしますが、一向に開く気配はありません。

「この子が魔女様が言ってた新しい食材かな?新鮮そうで調理しがいがあるなぁ~」

 すると、低い声と共に何かが少女に近づいてきます。

 少女が振り向くと、そこには人はおらず包丁だけが宙に浮いていました。

「嫌……!来ないで!!来ないでよ!!!」

 足がすくんでしまい一歩も動けない少女、死へのカウントダウンは着々と迫ってきます。

「ずいぶんとうるさいな。先にしゃべれないようにしたほうがいいか」

 声と共に包丁が少女の真上へと振りかざされます。

「きゃああああああああ!!!!」

 叫び声と共に、何かが床にボトリと落ちる音が厨房に響き渡ります。






 魔女の家を抜けたヘンゼルたちは自分の家に帰るために、ゆっくりと歩みを進めていました。

「グレーテル本当に無事でよかった……よ?」

 ヘンゼルがそう言いながら振り返ろうとした時、魔女がヘンゼルの腹をナイフで突き刺したのです。

 即死でした。ヘンゼルは何も言うことができずそのまま息絶えてしまいました。

「ふふふ……今日は豪勢な食事になりそうだ」

 そこに残っているのは怪しい顔をしている魔女ただ一人だけ……

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小さな炎と2つの命 栫夏姫 @kakoinatuki

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