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『894円のお会計でございます、ありがとうございます』


いつものように、アルバイトに入る放課後。レジ。


「ほら、小銭こっちにあるんよ」

「じゃ、出して」

「あと2円?」

「ちゃんと数えなさいって」


けらけらと笑いながら細かい小銭を出していくお茶目な老夫婦。

お金を払うだけのことがこんなに楽しいなんて。


いいなぁ……


と私は思う。


『カップとコーンとどちらにいたしますか?』


「けいくん、どっちにする?」

「こーん!」

「じゃ、コーンで。あと、スプーン二つお願いします」


ひとつのソフトクリームで笑顔が溢れる温かい親子。


いいなぁ!!


と私は思う。



確かにえりかの言った通り、うちも裕福だったら今頃こんなアルバイトはしなくても良かったのかもしれない。でも、貧しくたって愛さえあれば……とここ最近思うのだ。


帰ったら、勉強。

期末試験が近いから。えりかと違って結果が良ければ、お父さんは私を誇りに思うかな。


生理痛がひどい。頭もお腹も痛いし、学校休みたい。でも、がんばらないと。

隔月で熱を出すたびお母さんを拘束するえりかと違って、元気でいれば、お母さんに迷惑をかけずに済むかな。


今月はたくさん働いた。本当はもうクタクタだけど、私がえりかと違ってお金をせびったり物をねだったりしなくて、むしろ家にお金を入れられれば、お父さんは、お母さんは私を必要としてくれるかな。


あの子より、せめて同じくらい、愛されるために。大切にされるために。


そう思って、生きてきた。

封じていた記憶がフラッシュバックする。


まだ若い父親の手が、顔に当たる感触。顔だけじゃない、脇腹、太もも……。

二十歳で私を産むことになった両親は、経済的にも精神的にも子育てをしている余裕なんてなかったらしい。小さい頃から、お父さんが嫌がることをしたら痛いことがある、そういうものだと思っていた。ところが、小学校に上がると急にそれが無くなった。びっくりするくらい、急に。学校の先生とか他の親に注意されたのか通報されたのか知らないけど、あのままが続いていたら、今は施設育ちという可能性も無きにしも非ず。


10歳になると、妹が生まれた。えりかという名前の愛らしい女の子。

30歳のお父さん、30歳のお母さん。優しく抱かれ、優しい言葉をかけられ、何をしても優しく怒られる妹を見ているのは、自分が育ったのとは違う家庭を見ているようで。まるでペットの手懐け方の動画を見ているような。


小学校のテストで60点、周りのことを考えていなくて、たくさん世話をかける。

両親は、なんとか工面してえりかを塾に行かせ、えりかのだらしなさを卑下するかのうように自慢し、何かあればつきっきりで看病する。

次女であるというそれだけで、そんなに可愛いの?


小学生時代は、「お父さんもお母さんも忙しいんだから」と

中高生時代は、「お姉ちゃんなんだから」と

言われたのか言い聞かせてきたのか、今ではわからないけど、

私の生き方は、「自立したいい子でいること」。


愛されるために、あるべき姿。喜ばれるはずの、理想の姿

を求めて走ってきたのに。


なぜ、なぜ、なぜ。私じゃだめ?


比較的優秀な頭脳、自立した生活習慣。甘えすぎないこと、迷惑をかけないこと。私にはいいところがたくさんある。


頼らない、甘やかし甲斐がない、順調すぎて、ネタにならない。私にはダメなところがたくさんある。


努力してきたはずのもの。


あの子より、愛されるために。


なのに、なぜ?



「さえちゃん、私だよ」

レジの向こう、少し下からこちらを見上げているのは、中学生時代の親友、あきちゃんだ。ちょうど5年前、交通事故で足を失ったあきちゃん。車椅子を押しているのは、5年前、同じようにあきちゃんの隣を歩いていた、こうへいくんだ。


私は親友との再会に心を躍らせる。でも今は仕事中だからまた今度、ゆっくり話せたらいいな。



『イートインスペースはご利用ですか?』

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ハンディキャップ 雨野瀧 @WaterfallVillage

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