第九話 起床転結

 同時刻。


 無謬むびゅうの地にて、禁域指定レベル4、セントラル島の、唯一神殿アスカが何者かによって消滅させられた。

 再生と自壊を繰り返すことで、なんとか世界にその存在を繋ぎ止めていたアスカが、跡形もなくこの世から消え去ってしまったのだ。

 資源調査のためこの地に駐在していた大使の一人、巫女アマツは、その前兆にも、アスカの消失にも、全く気がつく事ができなかった。

 気がついた時には、平らになった地面から、死の匂いを纏った凶悪なモンスターが這い出ていた。


「王が目覚めた」

 

 絶望的な響きが大地を震わせたように思えた。

 巫女アマツは己の全ての力を使って、目の前の厄災から離脱することを選択していた。

 戦える相手ではなかった。

 その存在は、悪魔の化身であり、冥王の復活を意味することを、本能レベルで身体に深く刻み込まれていた。


 亡国騎士ヒズミ

 

 間違いない。

 Sランクの害悪モンスター、国王軍の精鋭部隊と同等の魔法力を持つ、極めて害悪な、冥王の臣下…。


転移エスケープ! ⬇︎⬆︎⬇︎⬆︎」


 魔力のベクトルを転移エスケープの命令系統に間一髪間に合わせる…が。


「遅い」

 

 おそらく、アマツの転移エスケープは間に合っていなかった。

 それは、転移エスケープの直前に聞こえた、害悪モンスターの不穏な呟きからも明らかだった。


 遅かったのだ。

 でも、それは私の転移エスケープに向けられた言葉ではない。

 私がここから逃げ、救援を呼んだとしても、冥王はもう目覚めてしまったのだという事に対しての、全ての人類に向けられた、もう「遅い」、だったのだ。


 閉じられる魔力空間の隙間で、不適な笑み浮かべる害悪モンスターを見て腰が抜けてしまい、恐怖で震える身体をどうすることも出来ずに、アマツは転移エスケープした。

 そして、無謬の大地に跪く、暗黒の害悪モンスターは、目の前の巫女の転移エスケープには関心も示さず、目覚めた王に忠誠を改めて示していた。


「はじまりの森…」


 一言呟いて、ヒズミは転移スレイブ

 始めた。


 ⬇︎⬇︎⬇︎⬆︎

 

「今、お迎えにあがります」


 空気が螺旋状に切り裂かれ、一瞬のうちにヒズミは転移スレイブした。

 目覚めた王がいる、彼が呟いた、「はじまりの森」へと。

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せっかく異世界に来たのに、僕は『はい』か『いいえ』しか選べない。 倉科光る @kurahika

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