第七話 急変は突然

 なんだ、これは…。


 そう思って血の気が引いたのは、僕だけだったのだろうか。


「これは…」


 キズナは僕のことを目で牽制しながら、腐食した剣を拾い上げた。


「剣…」


 陽光を剣身に反射させ、見定めるように手首を返す。


「これ、あなたの?」


 凛とした表情と剣を扱う慣れた手付きに、僕は少しだけ身構えた。



【はい】    【いいえ】



 彼女の質問は、その態度は、まるで職務質問中の警察だった。

 

 まさかだけど、この世界に銃刀法違反とかいう概念って存在する?

 いや、でもその剣折れてるし、銃刀法違反には当たらないんじゃないのか。

 ちょっとばかし犯罪臭のする怪しげな布には包まれてはいたけどさ…。

 ていうか、その革袋にそんな物騒な物が入ってたなんて、僕終わったか?

 どう考えても曰く付きじゃないか。なんでこんなもの貰ってきちゃったんだ僕は。今頃、持ち主が絶対に探してるに決まってる。ああ、終わりだよ終わり。

 good bye !



【はい】    «いいえ»



 僕は迷わず【いいえ】を選び、首も横に振った。

 

「じゃあ、誰の? まさか盗んだんじゃないでしょうね?」



【はい】   【いいえ】



 透かさずキズナの質問が飛んでくる。


 ああ、こんなピンポイントで質問くるの?

 ちょっと、まってよ…。



【はい】   «いいえ»

 


 もちろん【いいえ】を選んだ。

 どこの知らない異世界だろうと、銃刀法違反より、窃盗のほうが罪が重いに決まってる。

 それに、嘘はいってないしな。僕は盗んだんじゃなくて、間違えただけで、そんな、剣が入ってるなんて知らなかったんです。

 

 じーっ


 【いいえ】を答えたはずなのに、キズナはそのまま僕の顔から目を離さずに、沈黙していた。

 彼女が僕のことを怪しむのはとても良くわかるけど、なんとか理由をつけて自分を納得させてほしかった。


 さっき、僕のことを芯がないとか不器用だとか頭が悪いだとか、言ってたじゃないですか。

 僕が盗みを働いたり剣を振り回したり出来きるわけないじゃないですか。

 お願いです。見逃してください。

 

「まあ、何か事情がありそうね。あんまり詮索はしないわ。あなたにそこまで興味ないし」


 ぐさっ


 うぅ…。

 痛い、心が痛い…。 

 まあ。でも、助かった。


 キズナは剣を器用に布に包み直すと、革袋に丁寧にしまいこんだ。


「でもこれであなたの転職先は、はっきりしたね」


 転職先?

 ああ、そう言えばそんな話だったっけ…。


 言葉の意味はあんまりわかってなかったけど、たぶんキズナは、剣を持っていたから僕が剣士の卵かなんかだと思ったらしかった。


「こっちに来て、剣使い用の装備を見繕ってあげる」

 

 キズナは優しい笑顔でそう言うと、僕に手招きした。


 えっ?

 ああ…。

 うん。


 あまりの態度の変わりように、僕は戸惑ってしまった。

 さっきまで逮捕されるんじゃないかとビクビクしていた僕にとって、彼女の部活の親切な先輩みたいな仕草はあまりのギャップにきゅんと来てしまうし、なんだか恥ずかしかった。


「剣使いとしてのステータスの振り分けとスキルの習得も、私が手ほどきしてあげるから」


 キズナはさっきとは別人みたいに、健気に僕の世話をし始める。

 そして僕は、最初そんな彼女の対応を素直に受け取る事ができなくて、自分があまりにも人のことを信用していなかった事に気がついた。


 どうやら、僕はこの人の事を誤解していたらしい。

 見た目が派手で、態度も口もあんまり良くないから、冷たい人なのかと思ってたけど、そうじゃなかったって事だよね。


「あなたは多分、小柄だから重めの装備よりも機敏に動ける軽装備の方がいいと思うの」


 僕にもし妹がいたら、こんな感じで、服を選んでもらったりとかあったのかな。

 いや、絶対にないか。


 そう思うと、今のこの状況は感慨深いものがあった。

 家族と話せないくらいコミュ障だった僕にとって、まともに人とコミュニケーションをとって、先輩と後輩みたいな関係を築くことなんて、絶対にできないことだったんだから。

 部活とかも一回も入ったことなかった。

 みんなと練習したり、学校の後買食いしたり、友達の家に行って遊んだり、勉強したり、全部してみたかったけど、全部できなかった。

 僕には縁のない話だと思ってた。

 でも今は、少しだけその気分を味わせてもらってる気がした。


「これはどうかな」


 キズナが両手に持っていたのは、剣士の装備というよりは、盗賊みたいな黒装束の装備だった。



 «はい»  【いいえ】



「着てみる?」


ファンシーなピンク色の唇が、見るもの吸い込むように開いて言葉を発した。



 «はい»  【いいえ】


 

 僕の心臓は破裂寸前にまでドキドキしてたけど、キズナは至近距離まで近づいて来て、平然と顔を寄せた。

 くっきりとした輪郭にろうそくみたいに白い肌。

 耳にかかる艶のある髪の毛も、アクセサリーよりも鮮やかなアイラインも、小さな頭を支える細い首も、全部が造り物みたいで、全部がリアルだった。

 息を止めるのに必死だったし、顔がぽっと赤くなるのを感じた。


「頭さげて?」


 その甘えるような彼女の語尾に、僕はノックアウトされかけて、なんとか指示に従った。



«はい»  【いいえ】



 頭に装備を被せられて、僕はぎりぎり正気を保てた。


 なんで、あんな顔の近くで、人に話しかけられるんだ。

 どんだけ自分の顔に自信あるんだよ。

 しかも、至近距離のほうが可愛いってどういうことだよ、反則すぎる…。

 

「あほ」


 えっ?


 頭に被った装備越しに突然罵倒を被せられて、一瞬聞き間違いかと思って動きも思考も止まった。

 そしてその一瞬のスキに、彼女は僕のみぞおちに強烈な一撃を加え、ダメ押しに罵倒もした。


「まぬけ」

「ぐわっ」


 痛みよりも気の遠くなるような吐き気を催して、僕は泡もふいて白目も向いて、何も見えない真っ黒な地面にぶっ倒れた。

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