第六話 出現したもの

 「え…。どういうこと…」


 僕も一瞬、この世界がバグったのかと思った。【はい】か【いいえ】、相反する二つの選択肢を同時に選べるなんて、どう考えてもおかしいんだから。


「あれ、私何か言い間違えた!?」


 キズナが突然大声で森に向かって叫んだ。ひどく焦った様子で、手に持っていた六法全書をものすごい速さで捲り出す。


「なんで、なんで、なんで何も起きないの!?」

 

 どうやら、本当は何かが起きていなくちゃいけないみたいだった。

 

 これは、ぼくのせいなのか?


 彼女は僕の存在なんてすっかり忘れてしまったみたいに、捲っている本にだけ悪態をついていたけど、なんとなく僕のせいな気がした。


 でも、どうしたらいいんだろう。


 手持ち無沙汰で、ただ困っている女子高生の姿を眺めているしかなかった。

 そして。

 

「きゃあぁ」


 突然キズナが持っていた本が暴れ出し、まるで四次元ポケットから秘密道具が出てくる感じで、勢いよく、武具や魔法アイテムが次々と外に溢れ出した。


「なに? なんなの!?」

 

 あまりにも予想外の事態に、キズナもどうしたらいいのかわからないみたいだった。

 僕は僕でモンスターでも出てきたのかと思って、驚きのあまり尻もちをついてしまった。


「ちょっ…と。とまりなさいっ!」


 キズナはなんとか、本から飛び出してくる品々を一生懸命抑えようとしてるみたいだったけど、可哀想なことに、被害は更に広がった。


「きゃあ」


 さっきのよりも断然、乙女の悲鳴みたいなのが聞こえて、彼女は内股になると、片手でスカートを必死に抑えつけた。

 堪えるような、踏ん張るような、なんとも言えない微妙な表情をして。

 そして、抵抗虚しく、今度はスカートの中から大量の秘密道具が漏れ出した。


「とまって! …もう!」


 キリッとした顔立ちで、全くスキがなかった彼女の顔に、ほんのり赤みがさした。

 僕は、助けようと彼女に近づこうとしてたのに、急転回して、後ろを向いた。こっちまで恥ずかしくなってしまって、まともに見ることができなかった。


 だめだ、よくわかんないけど、僕には刺激が強すぎる。


「ちょっと、そっぽ向いてないで止めてよ! 変態!」


 彼女の怒りがようやく、僕に向いたようだった。

 でも、はっきりいって心外だと言わざるを得ない。


 ふざけんな! 僕は変態じゃないから、その、妙にエッチな光景から目を逸らしてたんじゃないか! 

 あんまりだ。


「はやくっ!」


 ただ「今のを見てエッチだなぁと感じることが、HENTAIなんだ」ってマックに言われたら、何も返す言葉はないけど。


「本を閉じて!」


 火元に布団を被せて消火するみたいに、僕はガラクタが烈火の如く溢れ出してる本に身体ごと覆い被さって地面に抑え込み、何とか閉じた。


「ふぅ」


 キズナはキズナで、なんとか決壊したスカートのダムを修繕することが出来たみたいだった。

 スカートのホコリを払うような仕草をして、一件落着の表情をした。


 まったく、何が起きたんだ


「まったく、何が起きたって言うのよ」


 お宝の山というかガラクタの山というか、神聖な女神様の石像の前は、今やスクラップ工場みたいになってしまっていた。


「まあ。でも、結果オーライってやつね」


 キズナはそう言うと、まだ地面にへばりついていた僕の事を見下ろして、本を返せと無言で要求した。



【はい】  【いいえ】



 おい、出てくるなよ、二択。

 惨めじゃないか。



 «はい»   【いいえ】



 僕は、僕が着ていた布切れみたいな服についた泥を気にするように目線を落として、なるべくぶっきらぼうに本を渡した。

 僕の目には、まださっきのハプニングに見舞われた彼女の姿が残像としてあったため、まともに顔が見れなかった。


「んんっ…。はい」


 キズナは本を受け取ると、ちょっと恥ずかしそうに視線を外して、僕を立ち上がらせようと手を差し出しのべた。


 あっ…。

 ええっと…。


 

【はい】   【いいえ】



 ナイス! 二択!! ありがとう!!!



 «はい»    【いいえ】



 僕は、身体の割に大きく感じた、白くて冷たい彼女の手を握ると、勢いをつけて立ち上がった。


「さてと、それじゃあ…」

 

 被害現場をざっと見渡した後、キズナは足元に転がっていた、? みたいな形の煤けた杖を拾った。

 そして杖を持ったまま、僕の顔と交互に見比べて、難しい顔をした。


 …。

 なんだよ。


「どうだか」


 何かが気に食わなかったのか、杖をゴミの山に捨てると、今度は山の中からハープみたいな弓を引っこ抜いて僕に見せた。


「…」

「…」


 えっ? 

 なに?


「ちがうか」


 ちがったらしい。

 

 その後も武器のような物を地面から拾っては、僕の顔に持ってきて比べたり、手のひらの大きさと比べたりして、あーでもない、こーでもない、と一人でぶつぶつ呟いて、ひたすら同じことを繰り返した。


「…」


 まるで、鑑定されてる骨董品の気分だった。

 

「…」

 

 僕は微動だにせずに、早く終わらないかなってひたすら祈りたいのに、キズナが僕の身体に無遠慮に近づく度に、香水の匂いで頭がくらくらして、彼女の小さな呼吸音まで聞こえて、正直「この時間終わってほしくない」って思ってしまった。


「ちょっと。何突っ立ってるの?」


 そして怒ってるとしか思えない早口かつ低めの声をぶつけられて、僕は夢から覚めた。


 何って…。

 立ってたんじゃないか。

 いけないのかよ。


「あのね、今あなたの人生にとって、一番大事な時間なんだけど?」


 そんな風に言われたって、そんな風に思えるかよ。

 なんだよ。そんな言うなら、なんかいいことが、このあと、あるのかよ。


 しかし僕のHENTAI妄想が始まる前に、キズナはようやく、今僕がどのような状況にあるのか、わかりやすく、そしてちょっと距離を感じる口調で話し始めた。


「あなたは運良く、このはじまりの森に辿り着けた初心者だってこと、ちゃんとわかってるの? 普通専門職に就いてないと冒険者になることなんて出来ないのに、神様のきまぐれで、ただの貧民のくせに冒険者に成れたんだから、もっと謙虚で積極的な態度を見せてもらわないと困るんだけど」


 ああ、なんか、あなたは特別だよって言われてるはずなのに、ものすごく怒られてるし、ディスられてる気がするのは気の所為だろうか。


「初心者のままじゃ、フィールド世界で冒険なんて出来ないから、だから、私が今あなたを転職させてあげようとしてるっていうのに、まったく…」


 ああ、なるほど、そういうことだったのか…。

 なんとなく、わかったよ。

 突然現れた謎の女子高生は、要するに、異世界転生物語に出てくる、僕のことを全肯定してくれる美少女ヒロインキャラではなくて、その前に出てくる僕のステータスとか職業とか決めてくれる、神様的なガイドキャラクターだったのね。

 はいはい。

 わかった、わかったよ。


「それで、あなたは魔法使いか弓使いか剣使いか獣使いか言の葉使いか、どれか選べるの。自分的にどれがいいとかさ、何かないの?」


 そう言われてもな…。


 なんとなく状況はわかったとはいえ、急に転職先を選ばなくちゃいけないとなると話は変わってくる。

 魔法使いか剣使いか後なんだっけ? 言の葉使いって何だ?

 響き的には、剣使いに成りたいなって思ったけどさ。

 だってなんか一番勇者っぽいしさ、異世界転生の主人公って感じがするから。

 僕って寡黙だしさ、似合ってると思うんだよね、黙々とただ強さだけを求めてさ、己の剣技を磨いていて強敵を次々となぎ倒していく…みたいなの。


「なんか、芯がなさそうなんだよねぇ」


 ぐさっ。


 剣使いに成りたいって思った僕にとって、一番言われたくない言葉だった。


 芯がなさそうって…。

 何を見てそう思ったんだよ、ひどい…。

 そんなん言うなら、いいよ別に、じゃあ魔法使いになる。

 この世の理を理解してさ、複雑な呪文を諳んじて、攻撃防御回復、縦横無尽の活躍さ。


「頭もあんまり良くなさそうだし…」


 うっ…。

 じゃ、じゃあ、弓使い…森と精霊を守る逞しい狩人に僕は…。


「不器用でしょ、あと、たぶんだけど」


 …。

 あ…あ…。


「そうだ、そういえば、それ何が入ってるの?」


 キズナは、塩をかけられたナメクジみたいになってる僕の事なんて無視して、地面に転がっていた革袋を指指した。


 ああ…。

 なんだっけ、知らない。どうでもよくない?


 僕は拾って、キズナに投げた。


「籠と、なにこれ空き瓶? それから…。これは」


 中を物色して、キズナは何かを見つけたみたいだった。

 なんだ。そういえば、他に何が入ってるのか僕はまだ確認してなかった。

 なんか、金属的な重い物が入ってるのはわかってたけど。


「よいしょ」


 掛け声と共にキズナが革袋から取り出したのは、おどろおどろしい、血のついた布の塊だった。

 怪訝な顔をしたキズナと、背筋が凍った僕。

 そして僕の事を警戒するように一歩遠くに離れた後、キズナはおもむろに暗赤色の布を広げた。


 ボトっ


 そして鈍い音がして地面に落ちたのは、不気味なほど腐食して半分に折れていた、聖剣とも魔剣とも形容できそうな鋭利な鉄の塊だった。

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