第五話 転移転職
ぐるぐるバットをやったみたいに、地面が大きく揺れた。
僕は倒れそうになり、安定の為思わず右足を前に出したところで、自分がさっきいた場所とは違う場所に転移したことがわかった。
ざくっ
湿った土と雑草を踏みつける足音が鳴った。
そして、塩が少しまじった風とは違う、陽光と花の芳しい香りが混じった風を頬に受けて、僕は目を開けた。
はじまりの森
この場所はそう呼ばれていたけど、僕の知っている、あの「森」では絶対なかった。
森という漢字は、木を三つ書いて森だ。
木
木 木
この場所は、もし漢字で表すとしたら。
茸
茸 茸
だった。
僕が一瞬巨木の幹に見えたものは、実際は巨大な茸の柄であり、木のシルエットを形作っている枝と葉っぱの集合は、茸のカサだった。
ただ、色合いが茸のような色鮮やかな毒っ気のあるやつじゃなくて、樹木の色、緑と焦げ茶で構成されていて、景色は普通の森とそんなに変わらないように見えた。
なんだ、これは…。
そのメルヘンチックな世界を見て、僕が真っ先に思ったのは…。
とっても、素敵♡
みたいな、おとぎの国のプリンセスみたいな代物ではなく
これ…。食えるのか?
という、サバイバル中の傭兵みたいな思考だった。
とりあえず、背負っていた革袋を地面に置いて、僕は人狼に貰ったサバイバルブックを取り出した。
ええっと、きのこ、きのこ…。
色々な食料が載っている(野草図鑑なのか? これは)本のページを捲って、およそ10メートルくらいの巨大な茸の説明がないか探した。
とりあえず、得体のしれない、この本に書いてありそうなものは、まず調べるようにしよう。
びっくりするのは、その後でいい。
この世界に来てから、恐怖や戸惑い以外に、ようやく空腹みたいなものを感じ始めてきていた僕は、なんとかこの世界で生き残ろうと、まずは、寝床と水と食料を十分に身の安全が保証されるくらいには、確保しようと決めていた。
正直、コミュ障の僕…というか【はい】か【いいえ】しか選択できない僕は、まともにこの世界で働く事はできないだろう。
もしかしたら、働いてる最中も、【はい】か【いいえ】で全て滞りなく進行してくれるのかもしれないけど、でも、どうせなら、ラノベみたいな異世界に転生したんなら、森の中でサバイバルして自分で家を作ったり狩りをしたり自給自足したり、時にはモンスターとか倒したりしてさ、魔女とか仲間にして、冒険とかして、お姫様助けたり、国を救ったり、したいじゃん?
お、あった。
本の後ろの方に、僕の目の前にある巨大な茸のイラストと説明文が載っていた。
◆キギノコ
レベル1境界線からレベル3境界線までの森林地帯に群生するギノコ科のキノコ。毒があり食用はできないが雨宿には最適である。
毒があり食用はできない。
ああ、食えないんだ。
そう思うと、途端にただの景色にしか見えなくなって興味を失った。
まあ、食べたいとも思ってなかったけどさ。
「邪魔なんだけど、田舎もん」
一人の世界を満喫中、いきなり信じられないくらい嫌味ったらしい声を後頭部にぶつけられて、僕は珍しくキレ気味で振り返った。
誰が田舎もんだよ。
ふざけんなよ、僕は東京生まれ東京育ちだぞ。
この世界にいる奴なんて全員僕からしたら原始人みたいなもんなんだぞって少し大げさに独り言を言ってやろうとして、して、絶句した。
えっ…?
僕が勢いよく振り返って、その正面にいたのは、まさかのめっちゃ現代人、オシャレまるだしのサブカルましまし女子高生だった。
「あぁ、めんどくさ。うわっ、こいつマジで初心者じゃん」
うわっ、こいつめっちゃ女じゃん。
「勘弁してよね…、私中級者以上専門のガイドなんだけど」
勘弁してよね…、僕同年代の女となんて、目も合わせられないんだけど。
「とりあえず、そこからちょっと離れて。転移してきた他の冒険者とぶつかっちゃうから」
とりあえず、僕は指示に従った。
僕の前には女子高生にしか見えない女と、広場にあった石像と全く同じ石像があった。
どうやら、この女は僕と同じように、たった今広場の石像から、この目の前にあるはじまりの森の石像に転移してきたらしかった。
2、3歩下がって、僕は女が話し始めるのを待った。
なんなんだこの女は…。
あきらかにさっきまでの人間たちと身なりが違った。
厚底ブーツにボルドーのカラータイツ。真ん中がドクロのリボンをつけたブレザー姿で、髪型はツインテール。
六法全書みたいな分厚い本を持っていて、手の甲には六芒星みたいな入れ墨が入っていた。
「ええっと。んんっ。どうも、はじまりの森へようこそ。私は冒険者ギルド ∞誘い∞ 所属のマスターガイド、キズナです」
キズナと名乗るその女は、そのまま、まるで僕が話せないことを知っているみたいに、深い不快なため息を大げさにした後、被告に判決を言い渡す裁判官みたいな厳しい口調で、一気に話し始めた。
「貴殿は、二級精霊都市港町テーシュの英雄マリナ像より転移成功し、ここ、はじまりの森へと召喚された冒険者である。
冒険者は通常、聖道五大陸において、魔法使い、弓使い、剣使い、獣使い、言の葉使い、のいずれかの修道を通過した者に限定されるが、貴殿は確率を司る英霊たちの寵愛を受けた救済異分子であるが故に、特例として、騎士の称号と初心者の階級が与えられた。よって、これより貴殿は、正当な手続きとして冒険者ギルドに加入し、聖なる法と聖なる導き手に従い、魔法使い、弓使い、剣使い、獣使い、言の葉使い、のうちいずれかの職業に転職することとする」
沈黙が流れた。
それは、少女漫画の世界みたいな森にはふさわしくない、ふざけてるのかと思ってしまうくらい場違いな沈黙だった。
僕は相変わらず何も言えずに黙っていたし、彼女も演説の後、何も言わずに、ただ、逃げようとする僕の目を捕まえるように、鋭い視線で突き刺した。
彼女は一体、僕に何を伝えたんだろうか。
僕は何て答えたらいい?
そんな疑問が僕の脳に浮かぶのとほとんど同じタイミングで、法律を具現化したような、僕のことを問いただす彼女の両目に重なるようにして、例の強制二択が浮かんだ。
【はい】 【いいえ】
それで、わかった。
そうか、何かはわからないけど、僕は、彼女に質問されたんだな。
それじゃあ、僕は、【はい】か【いいえ】を選べばなくちゃいけないんだ。
彼女の右目か左目。はいかいいえ。
僕はどっちを選んだらいいんだろう。
そんな風に考えて、目の前に浮かんでる【はい】か【いいえ】の文字を僕は凝視していた。
そして、そのうち、気づかないうちに、僕はその奥にあった、透き通るような綺麗な2つの黒の結晶に見惚れてしまっていた。
「…」
その輝く漆黒の宝石が、人の、女性の瞳だということを僕は一瞬の間だけ忘れていた。
こんなに美しいものを、僕は前の世界で見たことあったけな。
見たことあったかもしれない。
でも、最近はずっとなかった。
そして、一瞬、その宝石がどこかへ隠された。
僕はそれに、自分でも不思議なくらい、執着してしまった。
なんてことはない、ただ、彼女が瞬きしただけだったんだけど、そのせいで僕は意識を彼女の両目に集中させてしまった。
彼女の両目、重なっていた、2つの選択肢に。
そして選んでしまった。
肯定でも否定でもない、易しいでも難しいでもない、この異世界のルールから、そして人の道からも大きく外れてしまう未知のルートを。
僕は選んでしまった。
«はい» «いいえ»
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