第32話 10-6 死神少女

 夕暮れの中で少女は物思いに沈む。

夕暮れの中にあっても少女の肌は白く、横にいる兄との決定的な違いを示していた。

生者と死者。

けれども兄が死者となったところで兄は自らと道を同じくしないのは彼の晴れ晴れとした顔が物語っていた。


「兄さん。ごめんね。これ以上引き伸ばせなさそう」


「そうか。キリがよくてなによりだ。そうだな、もう少しぐるりと歩いてから家に戻ろう」


岬は穏やかに言い、テーブルから離れる。

少女を促すとゆっくりと歩き始めた。

少女が横に並ぶと岬は歩幅を合わせる。

公園からの道にある電線には何匹もカラスが止まっており、げーげーと品なく嗤うその眼は兄に向いていた。


「カラスが多いな。やっぱり分かるものなのかね」


「すぐに見つけて刈れるように見張ってる」


岬はおどけて肩を竦めてみせる。


「それは怖い。昔はほら、猫に怖がって泣きついてきたの覚えてるか?それを思えば強くなったな、なんて」


「昔の話」


兄は妹の左肩に視線を落とした。


「それに俺の知らないところで長い旅があったんだろうな。……ところで、さっきの言い方だと皐月のそばに来ていたカラスとはなにか違うのか」


「ええ。今いるカラスたちは他の死神から使わされたの。兄さんのこと気付いたみたい」


「今まで隠してくれていたのか。この調子だと最期の散歩も台無しだな。家に戻ろう」


カラスの視線に囲まれ続けながら歩き続け、家に到着するなり逃げるように戸を閉ざす。

岬はコップに汲んだ水を何度か喉に流し込む。


「生き返る。いやもうすぐ死ぬ身なんだが」


「面白くないよ」


「悪い」


岬は窓辺まで歩くと空を見上げて息をついた。

その日は何の気まぐれか一等星が一際強く光っている。


「最期に見る夜としては中々じゃないか。それで皐月、前に聞いたことの答えを教えてくれ」


少女は言葉を返そうとしてつっかえる。

今になるまで答えは出なかった。

いくつかに絞り込む中でどうしても二つの中から選べなかった。

 少女はずっと耐えていた。

死神になる方法を打ち明けようという誘惑と抗っていた。

兄に死なれると自分はこれから先ずっと寂しくて仕方がないと泣きついてしまえばいい。

たったそれだけでこれから先妹一人を置いて行くことに強い未練を持つだろう。

死神になったら一度記憶は消えるだろうがあとは上司に頼み込んで一緒にいて記憶を取り戻す手伝いをすればいい。

だがそれはなんて身勝手で、そして、以前自らが説いたことと反する発想なのだろう。

兄はこんなにも晴れやかにしているのに。


「私、強くなんてないよ。ずっと寂しかった」


「そうか」


震える少女の頭に兄は手をのせるように置く。


「いつになっても生きても死んでも兄は兄で妹は妹だ。妹のわがままを聞き入れるくらい当然だ」


妹は兄の腕に縋りつくようにして心に任せるままにした。

それから少女はそっと離れた。

そして、死神の職務を果たすために決意を湛えた瞳を岬の眼と向かい合わせる。


「私は約束を守るよ」


兄は妹の後ろに回り抱きすくめた。

少女は鎌を短く持つと刃先を自らに向ける。


「約束した。ずっと一緒だって。私の方から破ったけどもう破らない」


刈るべき魂は少女を抱きしめている。

ずっと一緒だった鎌もこの行いを咎めていない。

少女は今まで付き添ってくれた鎌に置き去りにすることを心の中で謝り、慈しむように撫でる。

少女は鎌を自らに、そして愛する兄に埋めた。

死神少女は祈りを捧げて目を閉じた。

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死神少女、リベンジ! うらなりLHL @toranarilhl

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