第2話

 船旅というのは基本的に暇なものである。船の上でできることなど船酔いくらいしかないわけだが、僕は船旅には慣れているから縁がない。陣内も同様のようだった。


 それにしても驚いたのは、陣内がキリスト教徒だったということだ。確か、じぱんぐの王はキリスト教を禁じたのではなかったかな。もっともそういうことだから不具の身をおして郷里を離れ、こんなところまで流れてきたのかもしれないが。陣内もその部分についてはあえて語りはしなかった。ただ、目と耳のこと、そして旅の目的は教えてくれた。


「おれの居たくにで、かつて知られぬ病が流行った。三人に一人が死に、二人が生き延び、しかしそのまた一人は不具になるという、おそろしい病だった。おれの家族はおれと姉を残してみな死に、おれと姉は不具の身になった。不具の身でさむらいは出来ぬから、おれは主家のろくを喪った。困窮のうちに暮らすこと、しばし、姉はおれの知らぬ間に、おれのために人買いに身を売った。おれはそれからずっと、姉を探して旅をしている」


 なるほど。それにしてもよくもまあ、そんな身体で。一人で旅をしてきたのか、というと、さすがに、まさかと言われる。


「そなたのように、援けてくれる者は多くいる。現世うつしよは世知辛きものではあるが、それでもきサマリアびとは少なからずいるものだ。多くの人に世話になった。おれが切支丹きりしたんであることも、日ノ本の外では幸いした」


 ふぅん。そういうものかね。僕はキリスト教の国で生まれて、物心つく前からずっとキリスト教徒をやっているから、よく分からない。もっとも僕はオランダ人であるから新教徒で、陣内はイエズス会士に洗礼を授かったカトリックであるらしいが。


「しかし、なんだってそんな、辛い(と本人は言わないが、そんなものはそうに決まっている)旅を続けてまでお姉さんにそんなに執着するんだい、陣内。おのれでおのれを人買いに売ったものを、今さらどうしようと言うのだい」


 すると陣内は難しい顔になった。


「これはそなたが友とはいえ他人であるから、言うのだが」


 と陣内は続けた。


「おれは姉を好いている。姉として、家族としてではなく、一人の女としてだ」


 こいつはたまげた。


「陣内。君もキリスト教徒なら分かるだろう、それは——」

「分かっている。この想いは禁断のもの、地獄いんへるのへと通じる道だ。だが、そうかといって、断ち切ることができるというものでもない」


 僕はしょせん他人なので、ずばりと聞いてみた。


「君がそんなだから、お姉さんは君のもとを去っていったんじゃないの?」


 そう手文字で伝えると、陣内は黙った。そんでもって、その後三日くらい口を聞いてくれなかったので、その部分にはそれっきり触れなかった。


 さて、そうこうしているうちに、船はゼーランディアの港に着いた。もっともここがゼーランディアと呼ばれるようになったのはわがオランダが総督府を設けてからのこと、つまりごく最近で、中国人ちゃいにーぜんはここを安平あんぴんと呼ぶ。


 まあそんなことはどうでもいいとして、騒ぎが持ち上がったのは船から降りて少し歩いた先でのことであった。他の、同船していた乗客らしき者たち(顔に見覚えがある)だが、二人ばかりのごろつき同然の輩が、僕と陣内を待ち伏せしていた。陣内が乗船時にでかい金貨を見せびらかしたりしたのがまずかったのだろうか。


「おい、お前ら。おとなしく金を渡せば、命だけは見逃してやるぞ」


 二人のうちの片方、のっぽの男が言った。そう言われたので、僕は陣内に素早く手文字で情報を伝えた。


「てきはふたり、どちらも短剣ショートソードだ。ぼくはすぐはなれる」


 すると陣内は、大きな声で言った。


「分かった」


 人でなしの盗賊どもはその答えに満足したようだった。下卑た笑みを浮かべ、頷く。ちびの方の盗賊が、何か言いかけた。


「よし。それじゃあ——」


 次の瞬間。たて続けに、二人が血しぶきを上げた。陣内が斬ったのだ。抜くところは見えなかったが、陣内がその身を翻しながら、とても長い剣を振り回すように振るったのだということは分かった。ああ、長いカタナだ。じぱんぐのものとしては、特別製だろう、恐らく。


 そういうわけで悲鳴を上げることすらできずに二人は死んだ。こんなところで修羅場を演じて、目撃者が出ないはずもなく、大騒ぎになったあげくに警邏けいらが飛んできた。僕が事情を説明したのだが、いちおう取り調べなければならんということになり、僕と陣内はゼーランディア城に連れて行かれることになった。

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