戌の陣内
きょうじゅ
戌の陣内
陣内とハンス
第1話
ひどく、
「このふねは、フォルモサへと、ゆくか。このふねは」
確かにオランダ語ではあったが、かなり
「行くよ。この船はフォルモサのゼーランディア行きさ」
だけども、問いを発した男は、首を横に振って言葉を重ねた。
「おれはアカズで、その上に
それを聞いたオランダ船員のひとりが進み出ようとしたが、僕はそれを制した。そして、僕がその男の左手を握ってやった。
「あり、がとう。船賃は、この
男は、もう片方の手で大ぶりの金貨を一枚示した。形からすると、
そして、その手の甲に指で走り書きをした。ものの性質上、そんなに複雑なことは書けない。こう書いた。「むちゃな たび」。
男ははっとした。しかし、こうしてみるとなんとも大男だ。筋骨隆々という感じで、両目は閉ざされているのだが腰には剣を帯びている。じぱんぐの民が使う、カタナというやつだ。
「そなた、手文字ができるのか」
「まあ、多少。あんたみたいな人間の世話をしたことがあるので」
既に船には乗り込み、三等の船室――室とはいうが、ただ雑魚寝をするだけの広い空間――に二人並びあって座っている。手文字は時間がかかるが、船の上のことだ、時間は十分にある。
「これは有難い。道中、世話になることとは思うが、よろしく頼みたい」
「いいよ。暇な旅だしね」
「かたじけない」
「あんた、名は?」
男は答えた。
「
「僕はハンス。ハンス・プットマン。貿易商人、と言いたいところだけど、まあしがない行商人というところ。陣内、フォルモサのどこに向かう? ゼーランディア城かい?」
陣内は首を横に振る。
「シャルフェンベルクと呼ばれるところにある、領主の館に向かいたい。おれの尋ね人が、そこにいるという話を風聞に聞いた。確かめなければならない」
「シャルフェンベルクか。カロン伯爵の屋敷だな。ゼーランディアからなら、馬を借りればすぐだ。馬芸は?」
「できる。この目だからな、己で歩くより走るよりよほど
「じゃあまあ、馬を借りるところまでは手伝うよ。シャルフェンベルクまで送ってはいけないけれど」
「かたじけない。ならば、代わりに船中道中の護衛は引き受けよう」
「まさか。あんた、そんな身体で無茶を言う」
「そう思うか。一つ、明かしてみせよう。おれの背の向こうの壁に、何か肉が掛かっているな?」
「ああ、ソーセージが船室の壁に吊るしてあるよ」
「では、見ていてくれ」
陣内はそこで、つ、と立ち上がった。そして、近くに座っていた二人組に、ジェスチャーをしてその場を離れるように伝えた。そもそも、見えも聞こえもしないはずなのに、人がそこにいたことが分かっていたらしい。
僕も離れる。陣内の纏う空気が、一気に冷たくなった。そして——
何が起こった? 陣内が、何か動いたのは見えた。刀に手をかけたのも。だけど、みんなにそうと見えたのはそれだけだった。チン、と音がした。
陣内はいつの間にか刀から手を離しており、そしてどこから取り出したのか雅な
ソーセージをつまみながら、陣内は言った。
「きみも食べるかね」
僕は、食べる、と答えて、自分の
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