第5話 凍る蓮池

「流石、北国の人だね。冷やすだけじゃ余裕そう。」


 女性的な声、顔付きをしているが、体格や身長は明らかに男子である。そんな彼が、吹雪を纏って登場した。


 男よりも背丈が高く、細長い。

 こんな寒さなのに、彼自身は薄着である。


 積もった純白の中に、光沢のある銀髪と、宝石のように煌めく緑色の瞳がよく映えている。


「オイオイ、神じゃあるめえしよ……。」


「やあやあ、我こそは。[絶対零度ドロウニング・ドリーミング]の異能力、仇道アダミチ レイとは僕のことさ…まあ、貰いたてだけど?」


「自己紹介ご苦労。」


「カッコイイでしょ?」


 言いながらレイは、男の足元を見て笑った。


「あれ、さっきの男の子。殺してしまったの。僕が殺そうと思っていたのに。」


「……。」


「どうしたのさ、黙っちゃって。」


 男は胸ポケットから引き出したメモ帳から数枚のページを千切り、辺りへ撒き散らした。

 鋭い風に乗って、それらは辺りを飛び回る。

 レイは一時はそれを目で追うが、すぐに男の方を向き直った。男は、よそ見をしたレイに追撃することなく律儀に突っ立っている。


「君の異能は、何?」


異能だ。」


「ウソつくなよ。」


「ウソじゃねえよ。」


「絶対ウソ。」


「壁を溶かして見せようか?」


「じゃあ、壁に触れてよ。」


「駄目だね、くっついちまう。」


 男がやけに芝居がかった口調で話すので、レイはクスクスと笑った。

 男はレイの出方を伺っている。


 2人はしばらくまた睨み合っていたが、男の服に水が染み込まないのを見て、レイは怪訝な顔をした。


「あれ?君のそれ……」


「なんだ?服か?」


「冷えるのを待とうと思ったのに…」


「防水性なんだ。」


「防水Tシャツなんて、最近は面白いものが売ってるんだね?」


「いや、俺の異能はんだ。」


「もう!ウソばっかり!」


「ウソじゃねえって。」


「“アイスランス”。」


 和やかに見えた談笑の中、仕掛けたのはレイだった。吸い込んで強く吐いた息が氷柱となって、男の胸を目掛けて飛んでいく。


「“ゾウ”ッ!」


 男はそれを、手にしたメモ帳で弾いた。

 高く金属音が響き、氷柱は凍った壁へぶつかって、張り付くように一体化した。

 レイは面食らったような表情でいたが、すぐに快活な笑顔を浮かべ、拍手する。


「すごい。どういう手品なの?」


「こいつはんだよ。」


「田舎者だからって馬鹿にしないで。」


「……ウソじゃねえって。」


「絶対ウソ!“アイスランス”っ!」


 氷柱が続けて3本飛んでくる。男は先程やったように紙を空中へとばらまいた。


「“步磨城アルマジロ”ッ」


 ばらまかれた紙が一瞬にして硬化し、加速する。しかしそれは尚男の周辺を舞い続け、叩き折るように全ての氷柱を粉々にした。


「アルマジロ?」


「技名だ、悪いか?」


「ううん、格好良い。」


「そりゃ……どうも。」


「君強そうだし、やっぱり近付かない方が良さそう。」


 男は自分の周囲を飛び続けるページの1枚を手に取り、レイに向かって鋭く投げ飛ばす。

 レイはそれを身体を屈めて軽く避ける。ページは氷の張った背後の壁に突き刺さり、止まった。同時にその表面に霜が降り、一瞬で凍り付く。


「君の異能力、何?紙使い?」


「さァ……なんだろうな。」


 男は紙を細く破る。それを自分の人差し指から小指までに巻き付け、拳を握り締めた。


「“ゾウ”」


 男の手元で、紙は形状を保っている。


「……さァ、来いよ。」


 その言葉にレイはまた、高く笑う。

 吹雪の中で結われた髪を乱すその姿は、おとぎ話の中の氷の女王のようだった。


「挑発してもダメだよ。」


 そう返されることを予想していたのか、男も眉根を下げ、苦虫を噛んだように口を歪めた。


「僕の戦法かちかたはこれなんだから。」


 同時に、男は諦めたように地面に尻もちをついた。男の服が、手のひらが、一瞬にして凍り付き、床に張り付く。

 彼のくるぶしまでは、既に氷の塊になっていた。最初の一瞬で既に、勝敗は決していたのだ。吹雪が吹いた時点で地面が凍り付き、男の靴裏は地面へ張り付いてしまっていたのだった。


「……ハア……だろうな。」


 男はため息をつく。体温を示す白い煙が宙へ浮かび、すぐに掻き消えた。


「脚が動かねえ時点で、俺の負けは確定してんだ。」


「その体制の彫刻って、あんまりかっこよくなくない?それでいいの?」


 レイは遠巻きに、安全な場所で。男がじわじわと凍り付いていくのを眺めている。

 吹雪の中で、男は低く笑った。


「死ぬんだから、関係ねえだろ。」


「違う違う、わかってないなあ。」


 レイはその言葉に、肩をすくめる。


「最期くらいって意味だよ。」


「ああ…。」


 男は靴ごと凍り付いた自分の脚を見てから、レイに話しかける。


「……少し話を聞いてくれるか。」


「もちろん。僕、お喋り大好き。」


 男はその返答を聞いて、死を受け入れたような穏やかな笑顔を浮かべる。この男は己の死を望んでいたのやも知れない。

 その時には既に、男の膝まで、手首までが凍りついていた。

 雪が積もっていく。

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