第3話 鮫の子
あたしはなんとか、第四校舎へ辿り着いた。途中で何人かに襲われそうになったけど、先を急ぐので戦わず、全部異能力で逃げて来た。あたしの手元には今、フラフープが2本ぶら下がっている。
ここに来たらレンに会えるって言われたから、超特急で来た、のに。
…のに、
静まり返った校舎。
見渡す限りが死んでいる。
死屍累々って、こういうことを言うんだろう。まさか再会できるって、死体でってこと?そりゃ、あたしから向かわなきゃあ邂逅できませんよね〜、って洒落が今は洒落にならない。
「レン!」
とりあえず叫んでみる。
あたしの声は断熱性の高い壁に吸い込まれながら、少し反響した。何も応えない。死体は起き上がらないし、壁から気の利いた返事もない。こうも静かだと不安になる。全力で叫んで、周囲から何もリアクションが返ってこないのって、怖い。
あたしは死体をひとつひとつ眺めながら、散策することにする。寝ている間に、先に目覚めた人に殺された死体が多いみたい。
まるで鮫の胎内みたいだなと思う。
鮫の一種はお腹の中で子供を卵から
人間が生きるために兄弟を殺す生き方なんかをしなくて良かったよ、とも言っていた。
なんてことを考えながら一通り死体を確認したけど、レンらしいのは無くて、ほっとした。レンみたいに筋骨隆々で、肌の色が目立つような子、一発でわかる。顔面が溶けて掻きむしった死体、後頭部の陥没した死体、下顎から上が真っ二つに切れた死体、全部どこからどう見てもレンじゃなかった。
となると、ニビイロが言っていた〈絶対に会える〉というのはお互い死体で果たされる約束では無かったことが伺える。
レンは生きている。
じゃあこれは、レンがやったの?
悪い想像ばかりが膨らんで、胸の底が冷えていくような心地だった。ともだちが人殺しになってしまっていたら、あたしがどう受け止めればいいのか、わからない。
でも、ここに、レンの死体がなくて良かったと思った。レンが、そしてあたしが、早く目覚めていて心底良かったと思った。自分が早く起きて、周りが寝ていたらまあ殺すに決まっているよね、当たり前だよね……。
それはそれとして、レンが殺し合いに積極的なら、早いうちに何人も殺したんだから場所ももう移動してしまっているかも。
このままじゃああたしはわざわざ体育館倉庫入口から第四校舎に来て、大量の死体を見ただけの女の子になる。あたしは運良く大丈夫だったけど、レンもあたしも移動の最中に他の生徒とかち合って殺されてしまう可能性があるのだ。
そもそも第四校舎がこんなに静かだということは、この校舎に撒かれた子はもうほとんどが死んでしまっているのかもしれない。
目が覚めるには少しだけでも個人差があるだろうから、目を閉じたまま殺されてしまった彼らの結末を考えると少しやるせなかった。
ともかく、レンが〈鮫の子〉だったこと。
それに安堵を覚えつつ、同時にあたしと会ったとして……あたしのことを殺さないでおいてくれるかというところで、疑問符が立ち上がった。
レンはいつでも優しいけど、割り切るときはバッサリ割り切って、非道な選択を取る人だ。効率重視って言うのかな__倫理的な観点から目線を外せばその選択はいつだって最高で最善だったけど、私達から見たらあまりにも醜くて理解できないことが多かったし、レンも卵白のように生暖かく凝り固まった周囲を嫌って、理解しようとしなかった。
あたしはそんなレンが好きで理解しようと努めたし、レンはなんとなく付き纏うあたしを傍に置いてくれていたけど、それは殺し合いなんかしないで、仲睦まじく過ごすのが普通の現代社会だからで。
こんな状況になったらレンは区別なんてつけずに誰彼構わず殺してしまうのではないか……と、ちょっと思った。
あたしはレンと一緒に死にたいのではなくて、一緒に生き残りたいんだ。辺りを見渡して慎重に歩みを進めながら、あたしは決意を固めていた。
いざとなったら、人を殺す覚悟もしておかなくてはならない。そう考えると、どうしても苦しいものがある。
足取りは自然と重くなっていった。
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