第2話 異能力

 ____異能力。

 私たちがこの大学に講義を受けに来て、何故か今日、突然受け取ってしまったものだった。


 いつも通り講義を受けようと入室した生徒を襲うように、講義室に大気にも似たなにかが充満して、ドアは開かなくて、あたしの頭は割れるように痛んだし、立っていられなかった。吐いた子も何人も居たと思う。


 別の講義室でも同じことが起こっていたんだろうな、と思い返した。

 睡眠ガスか何かで眠ったのも覚えている。そこからこうやって学園内にちょっとずつばら撒かれて、先に目を覚ました人から殺し合ってくださいというお話らしかった。

 脳に細工をされたみたいで、大体のことはわかったし、説明もされていないけれど、頭に浮かんだ。


〈殺せ〉〈殺せ〉と、何かがずっと耳の中で喚いていたな。あたしは平気だったけど、強い言葉を聞き続けたらおかしくなっちゃう人もいるかもしれない。

 彼に不用心に近づいたのは失敗だったかも。彼の使った異能力がもし手を握った人間を消し飛ばす異能力だったら、あたしは今頃死んでいる。

 どうしよう。


「“5番目の結末”」


 杞憂だったらしい。

 あたしの意識は回復した。

 ニビイロくんが私の手を両手で包み込んでいる。


「ミーコちゃん。第四校舎に向かってね。きみはね、絶対にその子に会えるよ。」


 流暢に、満足そうにそうやって喋る彼を見つめる。出会った時は あ とか え とかしか喋れなかった男が頼もしいものだ、と思った。


「なんでそう言えるの?」

「いまぼくが決めたから。」


 あたしが尋ねると、思いのほかすぐに答えが返ってくる。今手放した言葉が彼からこんなに力強く返ってくるとは思わなかったので、少し驚いた。


 手を振ってニビイロくんと別れた。

 あたしは軽やかな足取りで、第四校舎へ向かいながら、あの異能力はどんな効果のある異能力だったんだろうと思い返す。

 結末とか言ってたけど、あたしの他にどんな異能力があるのかわからないし想像もつかない。


 うふふ、必ず会えるって。


 それが気休めでもオカルトでも、今だけは信じてもいいかなと思ってしまった。


 *


 彼は校内をくるくると見渡して、あたりを偵察していた。特に目立つ外見ではないが、地味っぽく切り揃えられた黒の頭髪、自信ありげに湛えられたきりりとした目尻は主人公に相応しく、手には作りのしっかりしたロープが握られている。


「わくわくしてきたぜ……まさかこんな事に巻き込まれるとはな……」


 余裕のある強者気取りなのか、そんな独り言を呟く彼。用心深く辺りを見回すと、曲がり角を曲がって歩き出す。


 ふと、何かの動く物音が。

 壁の向こうからだ。


「……なんだ?誰かいるのか?」


 壁へ向かって呼びかける。


 しばらくの沈黙。


 しばらくして、ためらうような小さな吐息の後に、大人しそうな男の声で返事があった。


「ああ……聞こえたか?信用出来ねえだろうから、壁越しでいい。こっちへ来てくれ、伝えたいことがある。」


 ぼそぼそとした、喋り声。

 彼は壁へ近付き、「なんだ?よく聞こえないぞ。」と言いながら耳を押し当てる。


「悪い、さっきまで追われてて。大きな声で喋れないんだ。少し……待ってくれよ。壁から耳を離さないで……」


 疲れたような、艶やかな吐息。心地のいい、森のざわめきのような、低い声。囁くような繊細な声使いに、思わずもっと聞いていたいと思ってしまう。


「わかった……で、要件はなんだ?」


 ここで会ったのも何かの縁。彼とは仲良くできるかも知れない。話を聞いてやろうと、そのままでいる。

 しかし、次に聞こえたのは恐ろしく平坦な声。


「──そんなもんねェよ。」


 分厚い壁が一撃にして、凄まじい腕力で粉砕される。頭蓋骨が陥没し、破片が頭部へとめり込んだ。

 穴壁の向こうから現れたのは、何の変哲も無いテニスラケット。他には……人の不幸を好みそうな、可愛げのなく無愛想で、まさに悪者わるものといった顔をした短髪の男であった。


「同じ大学の生徒とは思えんな。」


 男は相手の頭蓋骨を一撃で叩き割った、頼り甲斐のあるテニスラケットを足元へ落とした。ラケットにしては金属的すぎる、重い音が響く。

 死体をひっくり返して、シャツの襟に差し込まれた金属製の札を確認する。

 札には生徒の名前が刻まれていて、ピンは学年を示す色で着彩されていた。男はそれを見て誰を殺したか判断している。


 確認した後、機嫌悪そうに眉間にしわを寄せ、死体の襟を手放した。鈍い音を立てて、割れた頭蓋が地面へ落ちる。

 男は上着のポケットを探ってはメモ帳とペンを取り出す。細い目を凝らすようにして、生徒の名前と学年をそこへ書き留めた。

 そのメモ帳には既に、七人分の名前が記入されている。八人目を仲間に入れてやり、溜息をひとつ。


 寂寥に苛まれたような目をして、男はメモ帳を上着のポケットへ仕舞い直した。彼の着ているそのジャケットの丈はへその辺りで途切れており、色は深い緑色をしていた。

 先程地面へ落としたラケットを屈んで拾い上げると、俯いてぶつぶつと何かを呟く。


「……」


 何らかを読み上げ終えると、彼はラケットを手に持った。テニスなどには興味のなさそうな手付きで、壁へ叩き付ける。

 カンカンという軽い音が響く。先程のような威力は生まれそうにも無かった。男はそれを確認すると、自分が壁をぶち割って出てきた方へ、ラケットを投げ込む。

 地面へ落ちたそれは軽く跳ね、落とした小銭が回るようにうねって、横たわって静止した。

 死体の割れた頭蓋骨から脳髄がこぼれ落ち、地面へ血の海が広がっていく。


 男は死体の服を踏む。靴の裏へ血が着くのを防ぎながら、落ち着いた足取りでその場を後にした。

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