逢魔が刺した
蘇我 峰子
第1話 貰い物
_____明るい。
見上げた小さな窓から、斜めに日が差しているのが見えた。
あたしは床に倒れ込んでいて、頬が冷たくて硬い床に触れている。ここは学校。体育館倉庫。あたしの通う
「……うーん……」
頭が割れるように痛むけど、身体を起こす。
ひどく具合が悪い。
そうして遠くまで見渡すと、一定の距離を置いて模様を作るように点々と人が倒れていて、なんだかおかしくなる……あたしが眠る前にあったことは、確かに現実らしかった。
あたしは立ち上がると、ジャケットの肩についたほこりを手ではらって腰にまきつけた。
他の生徒たちには流すように目を通して、放ったらかしにする。この中にはもしかしたらあたしの知っている人もいるかも知れないけど、あたしは今、彼らに興味はない。
頭が痛い理由をあたしは知ってる。
緑色のジャケットの、彼を探さなくちゃ。
「レン、どこにいるの?」
*
「ねえ、ちょっと」
あたしはしゃがみ込んで、床に突っ伏した知らない男の子に声を掛けている。男の子は少しうめいて、目を開けた。
「……え、あ……?」
「ミーコよ、あたし。あんたは?」
小さくて薄い目蓋を顫動させて、怯えて震えているだけの男の子。大人しそうな印象を受けたから声をかけたのに、全く喋れないとは思わなかった。
さっさと別のところに行って、違う生徒に聞いちゃおうかな。
そう考えていた時、男の子が自分の下敷きにしていた白いぬいぐるみを抱き寄せたのを見て、あたしは聞いた話を思い出す。
「……あんた、イヌイニビイロくん?」
「……た……お……!」
ニビイロくんは錯乱したままでそのぬいぐるみをきつく抱き締めて、こくりと頷いた。
やっぱりこの子、レンの話してた子だわ。
*
レンが2年生の頃、1年生になったばっかりの私に大儀そうに話してくれた。
イヌイという3年生がいるらしい。彼は服飾学科に通っているが、その日は具合が悪くて寝ているらしかった。
そのため自分が寮室まで頼みの書類を届けに行った時に、あまりに大きな声で誰か──この時は恐らく同室の誰かだと思った──と話しているので身を引こうかと思ったが、わざわざ4階まで上がってきたので、そんなしょうもない理由で引いてやるのが癪だった。
ノックをしたらぴたりと話し声が止んだので、要件を話したらドアが開いた。そこから具合悪そうに出てきたのが衣縫であった。
書類を手渡す時に何気なく室内を覗き込んでも誰もいなかった。それならば彼は一人で、まるで話すように大笑いしていたことになる。彼の薄いベッドに腰掛けた奇妙なデザインの白いぬいぐるみも手伝って、薄気味が悪くなって走って帰ってきた。
更に不気味なことに、寮入居者の札のところにはふたりぶんの〈イヌイニビイロ〉〈イヌイリョウ〉の札が刺してある。それとなく講師に、彼は兄弟持ちなのかと聞いてみたのだが。
どうやら彼は自分の繕ったあの白いぬいぐるみに〈リョウ〉という名前をつけてまるで人のように扱っているらしく、学園側もそれを許容して〈リョウ〉を生徒扱いしているらしい。これはどういう事なのか、度し難い。
……と悪態づいて教えてくれた。
「ぼ……僕、……」
「緑色の上着の男の子、見なかった?」
あたしは手短に要件を話す。こういうのにはあんまり気に入られたくない。ニビイロくんは少し狼狽えていたけど、いきなり手元のぬいぐるみに目線を落とした。
「え、リョーちゃん、見たの!」
思わず顔がこわばる。
彼の訳の分からない腹話術とかに付き合うつもりは毛頭なかったし、そもそもあたしはオカルトの類なんかには興味が無い。
冗談はよせと本気で思った。
「あー、のさ……」
「リョーちゃんがね、緑色の上着の男の子、見たって。ここじゃなくて、第三講義室の
廊下。刈り上げの、目付きの鋭い子。」
でまかせを言うな!
口から出そうになった。レンの見た目を知っているのはこいつが前にレンと顔をあわせたことがあるからに決まっているし、レンはまるで毛皮みたいにその緑色のジャケットを着ているから、きっとその時も着ていたんだろう。
「……ほんとー?ありがと、リョーちゃん」
適当に返事をするが、それがかえって気に入ったようで、彼はあたしへの警戒心を緩めつつある。
たどたどしく、歳不相応な間の多い語り方。
「どういたしましてって、リョーちゃんが。」
あ、そ……。
彼のめいっぱいの笑顔は、今のあたしと足して割ったら丁度いいだろうな。
「きみはリョーちゃんのことを信じてくれたから、おまじないをかけてあげるね。」
勘弁して。気が狂いそう。
なんでこの男はあたしより2つも歳が上なのに、こんなに夢見心地で浮ついて、ふらふらしたことが言えるの?留年したのも頷ける。
ひどく辟易してきたとすら思える中、ニビイロくんはあたしの手を取った。
「異能力だよ、おまじない。」
瞬間、視界がゆっくりと白黒になる。輪郭のぼやけたニビイロくんの小さな瞳があたしを覗き込んでいた。
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