ダイダラボッチの墓

厠谷化月

ダイダラボッチの墓

 荒涼とした島の海岸にいくつのも金属の巨人が横たわっていた。巨人たちは朽ち果てることなく、今後幾十億年も眠り続けるだろう。

 有人ヒト型ロボットは、それが10mを越えない限りは非常に使い勝手がよかった。しかし、60mを超えるものについては、グラビトンデバイスを積んだところで、うまく使いこなせはしない。

 先の星間戦争末期、この星の軍隊は本土決戦に備え、大量の巨大ヒト型ロボット兵器「キュクロープス」を製造した。キュクロープスには、当時実用化されたばかりの超合金や重力操作技術など、この惑星の技術の粋を集めた兵器であり、悪化していた戦局は簡単に好転するはずだった。しかし、敵軍はこの惑星に降りることなく戦争は我々惑星連邦の惨敗に終わった。敵の衛星兵器が大量の食塩を投下したことにより、この惑星の土壌は、どこも耕作に不向きになった。大塩害による食糧危機に陥ったこの惑星は戦争を継続することが不可能となり、あっけなく降伏した。

 戦争が終わり、用なしとなったキュクロープスは臨戦態勢のまま放棄され、8年たった今、ほとんどが自立することなく地面に倒れこんでいた。言うまでもなくキュクロープスはこの星の工業を集中して生産したものであり、その中は大変有用で盗むに値する機械がぎっしりと詰まっている。さらにその装甲である超合金は貴重な金属をふんだんに使用しており、これも価値がある。しかし、たくさんのキュクロープスは外に捨てられたまま、8年間元の形をとどめていた。装甲に使用されている超合金は、いかなる砲弾でも貫くことができないほど硬く、キュクロープスを開けるための鍵が終戦のどさくさで失われてしまった今、誰も中の物どころかその装甲すら盗み出せないのである。


 若い女は膝を曲げて腰を下ろす形となっているキュクロープスの肩にあたる部分に腰を下ろしていた。彼女は三十代に入ったばかりだったが、潮風のせいで深く刻み込まれたしわで実際よりも老けて見えた。ブロンドの髪も潮風のせいで傷んでしまい、学生時代のつやのあった髪の面影は残っていなかった。

 彼女は煙草をくわえ、水平線を眺めたまま微動だにしなかったが、その目には確かに理性の光が宿っていた。この惑星では理性を保った若者の存在は珍しかった。彼女くらいの年代の者は皆、戦時に徴兵され、終戦後の軍事法廷で死刑かよくて辺境の惑星の鉱山での5年間の労役刑が科されていたからだ。5年の刑期はとっくに終わっているはずなのに、帰還するものはいなかった。なぜなら、鉱毒や寒さ、飢えによって5年も生き永らえることができた囚人などいなかったからだ。

 女は短くなった煙草をプッと吹き出した。吸い殻は砂浜に落ち、波にさらわれていった。彼女はポケットから新しい煙草を取り出して口にくわえた。彼女がライターを探してポケットをまさぐっていると、海上を飛んできた高速の飛行物体が彼女を横切った。飛行物体が起こした強風が彼女のくわえていた煙草を巻き上げた。彼女は舌打ちをしたが、飛行物体の起動音にかき消され、彼女自身にも聞こえなかった。

 飛行物体は彼のはるか後方でUターンすると、減速しながら彼女に近づいて、彼女の横で停止した。それには黒髪の少女が乗っていた。少女の美しい髪の毛と着ていたワンピースの裾が海風になびいていた。

「グラビトンプレーンを乗り回していいのか?いざという時のための物だろう。」

 彼女は少女に聞こえるように声を張り上げた。

「いざという時なんて滅多に来ないもん。そんな時まで待ってたらこいつが壊れちゃうよ。」

 少女は躊躇せず言った。少女はいつでも正論で言い返してくる。それが戦後世代の特徴だった。といっても、戦後世代とくくるほど、この惑星には人はいなかった。

 グラビトンプレーンは畳一畳分くらいの木の板に、操舵用のハンドルをつけた幅広のスクーターのような形をしていた。これは、少女の村に住む、元技官だという老人が、軍の基地から盗んできたデバイスを使って作ったもので、結構簡単に高速で空中を移動することができた。

「それより兵隊さん、一緒に来ない?いいもの見つけたんだ。」

 少女は女を兵隊さんと呼んでいた。初めて会ったとき彼女が軍服を着ていたことからそう呼び始めたのだが、終戦から8年が経ち、とっくに兵隊ではなくなった今でも、その呼び方は変わらなかった。

「いいものって?」

「ダイダラボッチ!」

 少女の答えに、女は腹を抱えて笑った。

「お嬢さん、それならここにも広がってますよ。」

 女はわざと恭しく言った。少女を含め、戦前からこの地域に住む人々は、キュクロープスをダイダラボッチと呼んでいた。キュクロープスが古代ギリシアの伝説上の巨人であるように、ダイダラボッチもこの地域に伝わる架空の巨人の名前だということを、同じ部隊にいたシロウから聞いた。彼もこの地域の出らしく、祖母からよく聞かされたということだった。

「こんな所に寝転がってるのとは違うの。鍵があるのよ。」

 少女の言葉に反応して、女の目は子供のように好奇心でいっぱいになった。鍵があるということは、コックピットに入れるということで、ということはキュクロープスが動かせるかもしれないということだった。

「それ、どこにあるんだ?」

「ずっと北の島。これで1時間くらいのとこかな。」

 少女は自身が乗るプレーンを指さした。

「よし、すぐ行こう。」

「そう来なくっちゃ。」

 少女は女のいる方にプレーンを寄せた。女は立ち上がって、プレーンに乗り込んだ。彼女のポケットの煙草がすべて落ちてしまった。

「さあ、出発だ。」

 女は落ちた煙草に目もくれず、少女に言った。



 少女のプレーンはいくつかの不毛の島を飛び越えて、一つの島の真ん中のはげ山の麓へ降りた。山の斜面には上から見えないように大きなトンネルが掘られていて、そこには軍の設備と分かる車両や何やらがそのままにしてあった。上空から見るとただの山のように見えていたが、降りてみると山をくりぬいて軍事基地が建てられていることがわかった。

「よくこんなの気づいたな。」

 女は少女を素直に感心していた。

「この間の長雨で山が崩れて、建物の壁が出てきたのよ。」

 大塩害によって木々が枯れ、荒れ果てた山は頻繁に土砂崩れを起こしていた。それによって山のふもとの集落がいくつも土砂に飲み込まれていった。

 二人はプレーンをトンネルの入り口に留めて、中へ入っていった。一度来たことがある少女は、懐中電灯の光を揺らしながら早足で進んでいく。女は少女が一瞬だけ照らして見えたものを頼りにゆっくりと進んでいった。

 しばらく進むと開けた場所に来た。急に目の前が明るくなって、女は片手で目を覆った。少女が電灯のスイッチを入れたのだった。

 しばらくして明るさにも慣れてくると、女の目の前に大きな白いものが横たわっているのが見えた。キュクロープスだった。巨人は運送用の巨大な列車の上にうつぶせに横たわっており、その背中にあたる部分には少女が乗っていて、女に向かって手招きしていた。

「鍵が刺さったまんまだったんだよ。」

 キュクロープスに上る女に手を差しのべた少女が言った。見るとコックピットへの扉に、本当に鍵が刺さっていた。戦時中、キュクロープスの搭乗員だった女は、この基地のずさん極まりない管理に驚いた。終戦の前日、女のいた部隊では機密保持のために、キュクロープスの鍵を閉めたのち、その鍵を鋳つぶしさえする徹底ぶりだった。ここでは基地自体が占領軍に見つかることはないだろうと思われていたのだろうか。だとしたら相当な自信である。

 女は早速乗り込んだ。制御卓がひしめく狭苦しいコックピットに身体を押し込むと懐かしさがこみあげてきた。彼女にとってその席は、青春の大半を費やした場所だった。ついぞ実戦で使用されることはなかったものの、搭乗員だった女は、軍学校時代から終戦まで一日の大半をキュクロープスの操縦訓練に費やしたのだった。

「動きそう?」

 少女がコックピットをのぞき込んで聞いた。

「屋内にしまってあったし動くだろう。」

 そう言うと、少女にコックピットの扉を閉めさせて、起動準備にかかった。8年も使っていなかったが、訓練で何度もやった手順を体が覚えていた。慣れた手つきで制御卓を操作していく。

 駆動音がし始めた。正常なことを示す緑色のランプが、主電源、補助電源、各部モータと順に灯っていく。そして壁面に設置されたディスプレイが点灯し、周囲の様子を映し出した。機体の横には少女がニコニコしてこちらを眺めていた。静止していたキュクロープスしか見ていない少女はそれが動くのをとても楽しみにしていた。順調にいっている思っていたが、制御中枢のところが赤く灯った。女は落胆して制御卓を叩いた。

 その音は外にも届いたらしく、少女の顔が一瞬にして曇った。

「駄目そう?」

 少女が両手をメガホンにしていった。少女の声は機体のマイクが拾って、コックピットのスピーカに流した。女は制御卓を操作し、首筋の部分の装甲を開けた。

「制御中枢が駄目だ。首筋のところに行ってくれないか?」

 少女は機体に駆け寄って、はしごに上り始めた。キュクロープスの首筋にあたるところに制御中枢があることは、整備畑にいなかった彼女も知っていた。軍学校では、搭乗員候補生も機体のメカニックな部分を座学で叩き込まれていた。

「何かわかったか?」

 少女が首筋に着いた頃を見計らって女が言った。

「うーん、何にもわからない。」

 少女は即座に答えた。機械のキの字もわからない少女に身に行かせたのは意味がないことに気づいた。女はコックピットから這い出て、少女のいるあたりに向かった。

今思えば、キュクロープスの隅々まで詳しく習ったのに対して、唯一制御中枢だけはわざとぼやかして教わったように思えた。簡単な整備については訓練を受けたが、制御中枢については修理できるか不安だった。

 女は首筋に開いた穴をのぞき込んだ。制御中枢を実際に見るのは初めてだった。そこには透明な円筒形のガラス容器に何本ものコードが接続されていた。そして容器の中に、萎びた果物のような、乾いたスポンジのような何かがあった。容器には液体が満たされていたらしく、その側面を一周する茶色い跡が残っていた。

 女は戦時中、軍内で話されていた噂を思い出した。


星間戦争の最初期、優勢だったわが軍は多数の捕虜を得たが、実際収容所にいる捕虜の数はずっと少ないらしい。


軍の戦術電算機がマゾヒズムに目覚めたらしく、機械学習における罰則にむしろ快楽を感じるようになってしまっており、もはや正常に運用することは不可能になってしまったらしい。


ヒト型ロボットの制御は非常に難しく、キュクロープスのように巨大でかつ高速に動かすものだと尚更だ。そういう制御には実際に経験がある人間、特に軍人のような人物の脳が適当らしい。


 その中には荒唐無稽なものもあったが、いくつかは制御中枢を目の当たりにして合点がいった。

 この惑星のいたるところに打ち捨てられたキュクロープスはもう生命を宿してはいないのだ。死んだというのに、超合金の体があだとなり、いまだに土に還れずにいるのだった。死してなおその骸を人目に晒されるという辛さは、死んだことのない女には想像しがたいほどだろう。しかし女にはどうすることもできなかった。容器は超硬化ガラスでできており、やすやすと壊せるようなものではなかった。

 神妙な面持ちの女の様子を見て、少女は諦めたようだった。

「動かないのか。残念。でも、ダイダラボッチなんてたくさんあるから、まだ一つくらい動くのはあるよ。」

 そう言って、少女は機体から降りて行った。女は曖昧にうなずいた。女もコックピットに潜り込んで、電源を落とし始めた。制御卓をいじっているうちに、どうもこのコックピットが彼女にぴったりだったことに気づいた。座高が高めな彼女にとって、デフォルトのコックピットは頭がぶつかるくらいだったの思い出した。


 軍学校を卒業し、晴れて自分のキュクロープスを与えられた女は、整備の者に頼んで、コックピットを自分の体に合わせて調整してもらった。訓練が終わるたびに整備班に操縦桿の重さや座席の高さの微調整を頼んでいた。搭乗員と整備士とにはそれぞれの事情があり、時には両者が衝突することもあった。両者はともにキュクロープスを愛してのことだった。

散々言い合った整備士とは、なんだかんだで恋仲になったりもした。そういえばあの整備士はどうなったのだろうか。私はどうにか占領軍から逃げおおせて今日まで生き延びたが、おそらく彼も縛り首になったか、遠くの星で凍え死んでいるのだろう。

 

 電源が落ちて、駆動音が止み、コックピットの中が静かになった。軍隊にいた時のことを思い出した。訓練が始まるときと終わったとき、電源の落ちた巨人の中は冷たく、暗く、静かだった。制御卓とお飾り程度のクッションが女を包み込んでいた。女はその間、母の胎内にいるような感じがしていた。女はそこでいつも家族写真が埋め込まれたネックレスを握りしめていた。

 あの時みたいに首元に手を伸ばすも、その手は空を掴んだ。ネックレスも逃亡生活の中で失くしてしまった。もう家族のことも忘れだしていて、両親や兄の顔はぼんやりとしか思い出せなかった。

 そんな女も、このコックピットには懐かしさを感じていた。確か、終戦の直前、部隊に移動命令が出されて、彼女のキュクロープスだけ先にどこかへ移動させられていた。巨人の胎内から出た女は、もしかしてと思い、扉の内側を見てみた。そこには何本もの線が刻まれていた。超合金製の外装にはキズ一つつけられないから、訓練の勝ち数は鉄製の内壁に刻み込んでいた。しかし、それも誰でも思いつきそうなものだ。筆跡も見てみたが、ひっかき傷に筆跡なんかあるわけでもなかった。女は諦めて扉を閉め、鍵を引き抜いた。

 外では少女が備品を物色していた。女がキュクロープスから降りて、少女の方へ向かうと、背後で扉の開く音と、獣の唸り声のようなものが聞こえた。振り向くと、3人の男がこちらに向かって走ってきたのが見えた。唸り声の主は彼らだった。彼らの目には理性が宿っておらず、体にまとわりついているオレンジ色の布も、囚人服が破れたものだろう。もはや彼らは人間とは言えなかった。


 占領軍は超合金について口を割らなかった技術者の脳をいじったが、結局技術者が理性を失って廃人となって、目的は果たせなかったらしい。


 女は戦後の闇市でまことしやかに語られた噂について思い出した。そのうわさが本当だろうと確信した。

「走れ。ここから逃げろ。」

 女が叫ぶと、立ちすくんでいた少女が出口に向かって走り出した。女は懐から一丁の拳銃を取り出しと、こちらに向かってくる2人の男に向かって撃った。銃弾は1発ずつ2人の頭を貫いた。

 女はもう1人の男を探した。3人目の男は虚ろな目で女を見つめたまま佇立していた。女はその男に見覚えがあった。髪や髭が伸び放題で、理性を失った顔だったが、そこには昔の面影が残っていた。あの整備士だった。

「シロウ?」

 女が呼びかけると、男は今にも泣きだしそうな悲しみにあふれた表情を浮かべた。

「私だ、キャシィだよ。分かるか?」

 女は持っていた銃を懐に収めた。そして敵意がないことを示すために両手を広げて男に近づいた。

「8年ってのは長いもんで、私もこんなになっちまったよ。髪も肌も荒れ放題。でもシロウが気づいてくれてうれしいよ。シロウも変わってないね。」

 女は素直に再開を喜んで、笑顔で一歩一歩と近づいていくが、男の方は後ずさりをするばかりだった。

「ねえ、大丈夫?」

 少女が逃げてこない女を心配して戻ってきた。男は野生の本能で女より早く少女の存在を察知した。そして男は叫び声を上げて少女の方へ駆け出した。

 女は急いで拳銃を取り出した。かつての恋人はもう愛を忘れ、野生の欲望のままに生きているのだろう。男と少女、どちらを守るか逡巡する暇はなかった。

 一発の銃声が部屋に響いた。叫び声を上げていた男も静かになって立ち止まっていた。女は天井に銃口を向けていた。

男が突然の銃声に驚いている間に、少女は部屋を一歩出て扉を閉めた。しかし、男は諦めることなく再び走り出した。そして扉に向かって突進した。

 少女が扉を抑えていたため扉は開くことがなく、男は衝撃で後ろに突き飛ばされた。男は立ち上がると雄たけびを上げて扉をたたき出した。女が何度か銃を天井に向けて撃ったが、もう男がひるむことはなかった。女はできればかつての恋人を傷つけたくなかった。銃声におびえてねぐらへ帰ってほしかった。しかし男は扉を叩き続けていた。

 女には、彼の雄たけびが食糧にありつけた歓喜ではなく、何かの悲しみからもたらされるものに聞こえてきた。扉の上の部分にはめ込まれたガラスが男のこぶしで砕けた。しかし男は扉を叩き続けた。割れたガラスに手を通せば少女を捉まえられるのに、男は扉を叩き続ける。

 女は思った。男は少女を食べようとするそぶりを見せて、殺してほしいのだろう。かつての恋人にこのような姿を見られては、生きてはいけないのだろう。男の中には凶暴な野性のみならず、純粋な心も持ち合わせていたのだろう。


軍人になってから使い続けている拳銃だったが、いつもより引き金がずっと重かった。



 島に戻って集落の長老の家を訪れた。

「ビワコってどこにあるか分かるか?」

 女は長老に会うなりそう言った。

「ああ、島から北東にずっと行った所だよ。」

 長老はボロボロになった地図帳を引っ張り出して、この島と琵琶湖の位置を教えてくれた。



 地面の土砂を支えていた木々が枯れ、土砂崩れが頻繁に起きるようになったため、琵琶湖の形も相当変形していた。地図では真っ青に塗られていたが、実際は土砂が流入して黄土色に濁っていた。

 女はプレーンから男の遺体を湖に落とした。遺体は小さくなって見えなくなった。

「何も鍵まで落とすことないじゃない。」

 ハンドルを握る少女が不服そうに言った。

「あいつもダイダラボッチを愛してたからね。」

 女はプレーンの縁から足を投げ出して煙草をふかしていた。紫煙がプレーンの後ろに流れて、飛行機雲のようだった。

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ダイダラボッチの墓 厠谷化月 @Kawayatani

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