第5話

 まだ暗闇が支配する午前三時ごろ。俺は指定した(指定された)集合場所に赴いた。

その場所とは国の南西に位置する農園に隣接した屋根のない廃墟だ。俺たちが北方からクスリを密輸する時のルートに近いため中継地としての役割を果たしている。

廃墟の正面に回りドアのない戸をくぐった。長い間修復されていないせいか

歩むたびに床がミシミシと音を立てている。

かつて居間があったであろう広い空間には俺と同じ売人グループである

三人の男女が既に来ていた。部屋の真ん中に「支配の血」が持ってきたのだろうか、大きめのジュラルミンケースが人数分置いてある。

その中には作戦用の衣服や護身用の拳銃、ナイフ、医学書型の爆弾が月光に照らされ存在を誇示していた。

そのせいで足の踏み場が無いらしく、三人とも壁に寄りかかり俺のほうを

じっと見ていた。

左の赤毛の簡素な服を着たやせ型の男は名前をイエヴォという。かつては「支配の血」の構成員だったらしいが、破門処分を受け俺たちの元へ転がり込んできた。

破門になった理由は未だに教えてはくれない。

右に居るのはモディポというタンクトップを着た肌の黒いドレッドヘアーの男だ。こいつは外国からの戦争難民だったが当時売人として駆け出しだった俺は用心棒としてこのグループへ引きこんだ。

最後に中心にいる色白の眼光の鋭い女、名前はオリガ。俺たちのグループのリーダーだ。彼女は俺が幼い頃に娼婦として人気を博していたらしいが、客の一人であるマフィア組織の幹部からクスリの販売を勧められこの業界に参入してきたらしい。

娼婦時代の人脈を活かし着々と成長してきたところを幹部の男はオリガを搾取しようとしたらしいが、「支配の血」の台頭により組織が悉く潰されいまはそこの搾取を受けているというわけだ。

「今までも大変なことはあったけど、どうやら今回は段違いにヤバいのが舞い込んで来たわねぇ。」

オリガは気だるそうに話しかけてきた。

「全くだ。いっそのこと全員で国外逃亡でもするか?この経験を美談にでもして本にすれば馬鹿どもがこぞって買いに来るかもしれないぜ。」

「この世界に逃亡できる場所があれば考えておく。」

「・・・ヴィスよお。今回の一件、俺はお前から集合の合図を掛けられてここに来た。それと同時に組織の奴からこんな無茶な要求を突きつけられてきたんだぜ。

どういうことか、説明してもらおうか・・・」

イエヴォが真剣な口調で聞いてきた。

「オレ、も、あ、たぁのむ。」

モディポもカタコトの言葉を発しながら疑問を投げかけてきた。

俺は今日あった出来事を三人に説明した。未知のクスリが流通し始めていること、それのせいで上納金を納めることが出来なかったこと、そのケジメとして教団のアジトに破壊工作を行うことになったこと...

そのすべてを三人に話した。

「・・・破門された俺が言うのもなんだが、「支配の血」はカタギのお前らにケジメを取らせることはねぇよ。・・・なんたって盃を交わしちゃあいねぇからだ・・・」

「盃?」

「・・・あぁ。・・・自分の棟梁自らの血を一滴だけ貰って飲み干すのさ。・・・それで「支配の血」の力の恩恵を受けられる・・・」

そう言うとイエヴォは腕を前に差し出しその一点に力を込める。次の瞬間イエヴォの視線の先からぺちゃりという音がした。音のした方面を見ると壁に液体がまき散らされていた。

その衝撃で老朽化している壁もかなり歪んでしまっていることから

かなり強い力が発生していることが伺えた。

この音には聞き覚えがある。恐らくは命が潰れる音、ヤモリあたりでも破裂したのだろう。・・・何⁉離れたところからヤモリを破裂させたとは、この男は今何をしたんだ⁉

俺は今、「支配の血」の力の恐ろしい片鱗を見てしまったかもしれない・・・

「・・・俺は3次団体の構成員だったから2次団体の棟梁からしか盃を交わしてねぇ。・・・だから血も薄くなり、力も弱まる・・・あのお方から直接血を頂いたら俺は力を制御出来ずに死んでいくだけさ・・・」

イエヴォはしみじみとそう言って、「・・・話を戻すが」と続けてきた。

「・・・その依頼をしてきた男はレオナルドで間違いねぇんだな?」

「あぁ。ついでにアンドレアって奴も隣に居たが。」

「・・・なら俺は降りさせてもらう。・・・」

「ちょっと待ちなさいよ。貴方、死ぬ気なの?」

「ジサツ!よく、ない!」

「・・・この作戦は不明瞭なことが多すぎる。・・・今からでも破門を取り消して貰って組織の底辺からやり直すさ・・・」

慌てて制止を試みる二人に対し、俺はこの選択は懸命だと感じていた。

それでも自殺行為であることには変わりないが、こちらのほうが生存する確率が高いと踏んだのだろう。

気づけば「・・・今まで世話になったな・・・」と言い残し、廃墟の出口へと向かっていた。ぎしぎしとなる床が一層と不安を駆り立てる。

横を見ると、二人ともイエヴォの決断が固いことを悟り、これ以上は追及を行わず目で別れを告げていた。

俺は頭を垂れてこれまでのイエヴォとの思い出を振りかっえってみた。・・・・・無いな!

そもそもこのグループは『患者』の取り合いにならないよう、活動区域を分割して行動しているのだ。(モディポは用心棒としてたまに一緒に活動することもあるが)

だから今回のような招集をかけない限り4人が集まることなど起こりえないのだ。

俺が駆け出しのころ、教育係として担当したのはオリガだったためイエヴォと話した回数はほんの数回に満たないのだ。

しかし、同業者のよしみとしてちゃんと別れを告げるのも礼儀だと感じ、再び俺は顔を上げた。

「・・・?」

イエヴォは廃墟の出口に立ったまま動かない。片手を顔に覆いコフッツ、コフッツと嗚咽ともとれるような音を立てていた。

「よう、やっぱりこのままお別れは辛いのか?」

俺はイエヴォのもとへ歩みそっと肩を置いた。するとそっとその顔がこちらに振り向き―顔の一部から血石のようなものが湧き出し、それが全身を包み込まんと体全体を覆っていく様を確認した。まるでそれは悪魔にでも取りつかれた様だった。

それと同時に苦悶の中でイエヴォの唇が「逃げろ!」と形づくったような気がして、俺は身体の向きをそのままに勢いよく後方へ飛んだ。

そしてジュラルミンケースが置いてある手前の床に着地する。床が抜けないことに感謝しながらそのタイミングで俺の頭は床の方を向く、すぐ上で何かが通り過ぎる音がした。それが腐食した窓ガラスに当たり、割れる。

そして、一糸まとわぬ月の光が入り込み部屋の明るさを一段階上げる。それが飛んできたものがイエヴォの頭部だという事実を一層ここが現実に起こっていることであるという事を認識させていた。


 その一部始終をオリガはただぼぉっと見つめていた。気づけばモディポはイエヴォの頭部を抱え、大声で号泣していた。・・・ここでまた奇妙なことが起きた。

モディポが抱えている頭部から恐らくは血液であろう液体が流れ出し、まるで生きているかのように床を這って外へ向かおうとしていたのだ。

その血はイエヴォのかつて胴体であった部分からも流れ出し、やがて待つべきものの場所へ帰っていく。その場所とは農園の奥からゆっくりとやってくる

巨大な死の掌の上。それの進路を阻む木々は王に道を譲る兵士のように歩みを進めるごとにめしり、めしりと歪んでいく。そして、それは葉で覆われていた

農園の空を一直線に月光が照らし出すこととなった。、まるで軍服を彷彿とさせる煌びやかな服に紅の義足である右足を露出させたスカート、肩に羽織る身の丈より

一回り大きい灰色のコート、そして、腰ほどまである輝金色の髪に血のような色をした瞳を持った彼女こそが「支配の血」の絶対的な現棟梁、

アグスティラ・マエスティラその人であった。

「あーあ。この私に歯向かっちゃうなんて、なんて馬鹿なのかしら。」

「直接私の血を分け与えなくても、破門になったとしても、私の命令に従えないなら、こんな死に方になるのも仕方ないわね!」

イエヴォの血が全て彼女のもとへ集まったのだろうか、右の掌の上でそれを球体上に形づくり、くるくると回転させて遊びながら

彼女はそう言った。

「オ、オマエ、がイエヴぉ、を殺し、た、のか。」

水分が完全に抜け落ち、まるで干物のようになったイエヴォの頭部を抱えたモディポが震えながら言った。

「今の私の話、聞いてなかったの?殺したのは私の意志によるものじゃないわよ。このコは支配の血のルールを破っただけ、私に対する絶対的な服従の・・・ね。」

「ルール?」

反射的に俺はそう聞き返した。

「支配の血」にはさっきのイエヴォが見せた以上の力があるというのか?

「冥土の土産ついでにこの私自らが教えてあげるわ。いい、私の血はトクベツなの。これを1滴でも与えられれば

おっっつっつきな力を手に入れる代わりにこの私への絶対的な服従を約束しなきゃいけないのよ!反逆してきた奴はさっきのコみたいな哀れな

最期を迎えることになるの!どう、凄いでしょう!」

「・・・」

「ソンな、死二方じゃ、イエヴぉ、カアイソウ・・・モディポ、イエヴぉの代わリに、お前を殺ス‼」

恐怖により本能的に身体を震わせながらも、モディポは自身を奮い立たせた。

そして、部屋にあった拳銃二丁、ナイフ一本をさっと手に取り野生動物のような大声を上げながら、アグスティラの元へ突撃を開始した。

「待ちなさい!」

オリガの必死の制止の声は届かないようだった。何とかモディポの腕を掴んではみたものの直ぐに振りほどかれてしまった。

モディポは廃墟を飛び出すと拳銃を両手に持ったまま前方に構え、一呼吸ついた後正確に引き金を絞った。その鉛の弾丸はアグスティラの心臓部を貫き、復讐という名の

大願を果たす・・・筈だった。彼女の心臓に届かんとする弾丸のすべては直前で停止している。・・・いや、正確には止められているのだ。

彼女の掌にあった血の球体が蜘蛛の巣のような形に変形し、まるで王宮への進行を阻む門番のような堅牢さでこちらへ迫る弾丸を赤い壁の中へ飲み込ませた。

頭に血が上っているのか、アグスティラの正面が真っ赤に染まったことで手ごたえを感じていると勘違いをしているのかは不明だがモディポは弾倉が

空になるまで射撃を止めることは無かった。

「あら、意外と勇敢に立ち向かってくるじゃない!」

「前の組織を潰して以来、こうやって正面から立ち向かってくる人が全然居なかったから退屈だったのよー。なかなかいい銃の腕だったわね♪」

そう言ってアグスティラは勢いよく腕を前方に振ると、真っ赤な蜘蛛の巣の中にあった弾丸が散弾銃のようにモディポめがけて返ってきた。

「ぐうっつ・・⁉」

その弾丸が全て命中するわけではなかったが、被弾が脚部に集中しているらしく、モディポは膝を折りうつぶせの状態になった。

「まあ、全部当たってなかった訳だけど!」

アグスティラは止めを刺そうとゆっくりとモディポのもとに近づいていく。彼女が歩みを進めていく最中に蜘蛛の巣だった血は

しゅるしゅると音を立て、大剣のような形状に変化していた。

「まずい!」

目の前でまた一つの命が潰されようとしていた。それに居てもたってもいられなかったのか本能的にオリガはジュラルミンケースから装備を持ちだし、モディポの元へ駆け出した。

俺もオリガのその後に続いた。

「来るナ!」

俺たちの助太刀をモディポは静止し、彼はアグスティラの方に顔を向けた。彼女はモディポのすぐそばというところまで近づいている。

その姿はまるで手負いのシマウマを狩らんとする獅子のようだった。

「なア、俺、今死んデも、構わナイ。デも、この二人ハ、見逃シてくレ!」

「なっ⁉」

俺は一瞬モディポが何を言っているのか分からなかった。そして、その意図にはっと気づいた俺は内心では

真逆の事を言えば良かったものを・・・と冷静に考えていた。

「アンタ・・・命を無為に捨てる気なの⁉」

オリガも同じく驚愕している様だった。

「戦争、かラ、逃げてキタ、俺ヲ、助けてクレタのは、アンタタチダ。オレハ先二、神様の元ヘ

イカセテ、貰うゼ・・・」

「さア!俺ヲ、早く、コロセ!殺すん―!」

モディポが最後まで言葉を発することを許さず、アグスティラの大剣がモディポの肉体を文字道理一刀両断する。

当然の如く、即死していた。

「私って家族以外の人に命令されるの、死ぬほど嫌いなんだけど。」

何食わぬ顔でアグスティラはその大剣を片手で振り上げ、何度も、何度も振り下ろした。

「その中でも殺せーっていう命令だけは気に食わないのよねー。」

べちゃり、ぐちゃりと嫌な音が耳に入ってくる。これだけ盛大に遺体を損壊させているのに不思議なことに彼女は返り血を浴びていなかった。

それが彼女の能力によるものなのか、今までの経験によるものなのかは分からなかった。

「そりゃあ、こっちは最初から殺すつもりでやってるんだけど、何だか結果的に命令に従ったことになる感じで終わるのかしら?」

「私に刃向かうすべての人が何にも言わずに命を差し出すか、命乞いでもして死んでくれた方が面白いんだけどねー。」

もう、モディポの遺体は本人と識別することが出来ないようなぐちゃぐちゃな状態になっていた。

「でもでも!殺した死体をミンチにする快感は止められませんなー!」

平然と人を殺めながら笑顔を振りまく奴は今までも見たことがある・・・

だが、それは狂気に取りつかれた上の笑顔であることが全てだった。

しかし、彼女に至っては恐らくは正常・・・飲み屋で友人たちと喜劇的な話を行うときなような笑顔をしている・・・

俺は心の底から戦慄した。同種族を殺すときに現れる本能的な殺気や抵抗感をこいつは・・・持ち合わせてはいない!

「あなたは・・・イカレてるわ!こんなことをして楽しいと思うなんて人間の思う事じゃない!」

オリガは彼女のその趣向?に堪えきれなくなったのかそう叫んだ。

「その言葉を聞くのも何回目になるのかしらねぇ・・・(指で回数を数える動作)うーん・・・足の指でも足りなくなりそうだから数えるのは今度にするわ。」

「それよりも。次はあなたたちの番だわ!私、やってみたい殺し方があるの!あなたたちの全身を蜜で塗りたくってから、ちょっとづつ全身の皮を生きたまま剝いでいくのよ。

私に対して刃向うのは万死に値する罪・・・これなら、二人で一万人分の苦しみを味わえると思うわ!これぐらいの事はやっても許されるわよね?」

曇りなき笑顔で彼女は俺たちにそう言った。

「うーん。喜劇性がちょっと足りないわね・・・(数秒思案)。あ!これなら面白そうじゃない!」

彼女は唐突に下にある今は肉塊となってしまったモディポの亡骸に眼を向けた。そして、自身の懐から5センチほどの金属製の針を取り出して自分の指先に触れさせた。

案の定そこから血液が数滴出てくる。ぽたぽたと垂れるそれを彼女はモディポの亡骸に差し向けた。

『万死の掟を破りし罪人よ。貴方の罰はまだまだこれから。心せよ。死は救済ではない。永き償いのはじまり、はじまり。』

『起因―傀儡』

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ピースマン @CatMatir

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