第4話

 外に出るとみずぼらしい男がそこで待っていた。

男はついて来い、と目線で言って歩き出した。こっちも細心の注意を払いながら一定の距離を取って歩き出す。

前の男は尾行の心配が無いように、裏道を通って、大通りに出ては細い路地に入る。それを繰り返し目的地へと進んでいった。

やがてある小さな家の前に赤いハンカチを落とすとそのまま歩き去っていった。

そのハンカチを拾って家のドアをノックしてみる。1回目のノックから数秒後、2回素早くドアをノックした。

すると、ドアがゆっくりと開き、中からガタイのいい男が出てきた。

「上納金を納めに来たぞ。」

「入れ。」

男はそういうと中に入るように促した。


 家の中に入ると、男は地下へ続く階段のほうへ降りて行った。

地下には一室の部屋がありその中に一人の眼鏡をかけた凛々しい顔をした若い男が足を組んで椅子に座って待っていた。

部屋に案内し終わるとガタイのいい男は上の階で待ってるぞ、レオナルド。と言い残して階段を上がっていった。

レオナルド.....名前だけは聞いたことがあった。マフィア組織、ドミネーション・ブラッド(支配の血)のNO.2の地位に就いている大幹部だ。

すらりとした長身で、黒縁の眼鏡をかけ、こんな場所には合わない漆黒のスーツを着ている。聞くところによると現場の総括を行っていて、

マーケットの管理・監視を行ってると聞いたことがあるが、上納金の取り立てまでも自ら行っているというのは初耳だった。

「支配の血の大幹部様がわざわざ取り立てとは、光栄な事だな。そこまで今の組織は人手不足なのか?」

「組織が長く生き残る秘訣は上の者が下の者に対してどのようなものを欲しているのかを常に探ることにあります。

私はそれに乗っ取って行動しているだけに過ぎませんよ。」

彼は微笑を浮かべてそう返してきた。目は笑っていないが。

「さっき上に行った奴は誰なんだ?この辺にはあまり見かけない顔だったが.....」

「彼は私の直属の部下ですからね。この南方領を常に移動し続ける私たちと直接接触するだけでも珍しいことなんですよ。」

「直属の部下の割には躾がなってないようだったが。」

「彼の言動を気にしているのであれば、余り気にしないでいいですよ。何しろ幼い頃から苦楽を共にしてきた仲ですからね。」

「そうか。その件についてはこれ以上は追及しないで置く。」

「そうして頂けると助かります。」

そう言うと彼は両手を擦り合わせて足で目の前のテーブルを少し前に押してきた。

「そろそろ本題に入りましょう。上納金を納めて下さい。」

「あぁ。」

言われた通りに鞄の中から上納金を取り出しテーブルに置いた。

レオナルドは早速金額の確認に入っている。

南方領では商売をする時、必ず支配の血に上納金を定期的に支払うことが義務付けられている。所謂ケツモチ料って奴だ。

それはクスリの売人でも例外ではない。上納金の額はその職種によって異なるが、俺の商売では大体、月の平均月収の4分の3ほどだ。

それを差し引いても、毎日飲むに困らない金が残るからまぁ、いい暮らしをさせて貰っているんだろうな。

まあ、全員が上納金を完璧に支払える訳も無く、組織からの粛清を受けたり、西部の森林へと消えていく奴も後を絶たないが。

どうして西部の森へ消えていくのかだって?それは自然崇拝を行うアドリード教団の本拠地があるからだろう。

この地に大昔から居座っている奴はマフィア組織とこのアドリード教団だからな。

さらに凄いのはこの教団、設立時から名前が変わったり、組織が大きく分裂するといったことは起きなかったらしい。

なんでも、教団の意向と食い違って外国に出ていく奴は資源不足で争っている奴らを見て、自分の国の豊かさと教団の偉大さに感謝して

この地獄の様な国に逆戻りしていくんだと。豊富な資源の奪い合いと、数少ない資源の奪い合いだったらどうやら人は例えその度合いが酷くても前者のほうを選んでいくらしい。

後、争いが余りにも絶えなかったため、他国の宗教が介入する余地が無かったという背景もあるな。そういった事もあってこの国全体での教団の力は非常に大きいものとなっている。

だから組織からの粛清から逃げるために教団に入信し、上納金の義務を取り消して貰うのさ。

「おや?後4分の1ほど目標金額が足りていないようですが。」

「数え間違いなんじゃないか?もう一度確認してくれ。」

レオナルドはもう一度、数十秒ほどかけて金額を確認する。

「やはり、足りないようですね。」

「それは困った。俺は貯金をしないんでね。これが全財産なんだ。」

俺は今、人生で何回目かの危機を迎えようとしていた。

「残額分をどう埋め合わせるおつもりで?」

レオナルドにそう聞かれ、俺は鞄から1枚の写真を取り出す。そして、テーブルの金の上にそっとそれを置いた。

「こいつは今流行っている新手のクスリでね。そのせいで俺たち売人は上納金の売上金が払えなくなっちまったんだ。」

「ここいらのマーケーットの管理はあんたらの組織だろ?どうしてこんなものが市場に出回っているんだ?」

組織の奴らはちゃんと仕事をしているのか?そう問いただしたくなる。

「恐らく、このクスリはアドリード教団から出回ってきた物でしょう。我々組織もそのクスリの事は把握してはいましたが、教団と我々の力の関係上マーケーットにクスリが流入する

のを阻止できなかったのです。」

「ふざけるな!」

目の前のテーブルを横に蹴り飛ばす。その衝撃で置いてあった金がひらひらと上に舞い、やがてゆっくりと落ちていった。

「お前たちは俺たち売人の生活が成り立たなくなるのを分かっていたにも関わらず、さらに金を毟り取ろうとするのか!」

「ええ。そうですね。」

その言葉を聞いた瞬間、反射的に腰に手を回し、護身用のダガーナイフを手に取っていた。そうして、怒りに身を任せながら水平方向にナイフを薙ぐ。

その軌道が描く先にはレオナルドの首筋!その刃先はそれを一閃する―はずだった。

「レオナルド。客は金を毟る為にあって怒らせるものじゃぁ無いんだぜ。」

首筋まであと数ミリのところでナイフを持つ腕が動かなくなっていた。その腕を見ると筋肉質の剛腕にがっちりと固定されビクとも動かなくなっていた。

「グッドタイミングです。アンドレア。あなたにそう言われるのは少々癪ではありますけれども。」

アンドレアと呼ばれるその男は。ガハハッと笑うとダガーナイフを床に落とし、腕を真上に上げ正座のような姿勢を取らされた後、そのままの状態で固定した。顔をあげてその男の顔を見る。案の定俺を地下の部屋まで案内した男のようだった。

「で、こいつはどうするんだ?魚の餌にするのも良いが、見せしめに殺して売人どもに送り付けるのも悪くないんじゃあねぇか。」

「彼は殺さなくて結構ですよ。そうですね.....まずはクスリの流入を止めきれなかったことを、謝罪をさせて下さい。それと私から提案が御座います。どうです?話の前に

煙草でも。話が終わるまでにその煙草を落としたら命の保証はありませんがね。」

レオナルドはこちらの了承も確認せずに俺の口の中に煙草を入れ、先端に火をつけた。命の危機にある真っ只中では煙草の味はしないものなのだなと学ぶ良い機会にはなったが。

「実は我々組織もアドリード教団の存在には困っていまして。ですが、我々が教団の討伐に動くと他の有象無象の勢力が押しかけ、この国の構造は瞬く間に崩壊へと向かっていくでしょう。

なので、今回は穏便に交渉を行いたいのです。」

質問をしたいところが山のようにあったが煙草を咥えているために話すことが出来なかった。

その代わり、煙草の先端部分が焼け落ちて俺の膝の上に落ちた。膝の部分がじりじりと熱く、俺はきつく歯を食いしばった。

「そこで、あなた方売人の出番なのですよ。あなた方は上納金を支払うことが出来ないという名目で教団の本部に潜入をして下さい。恐らく本部のどこかにはクスリの研究施設があるはずです。そこの破壊をお願いしたいと思っています。」

「成功した暁にはあなた方売人の上納金支払い義務を約束します。やってくれますよね?」

熱さに悶えながら考える。成功すれば安泰の暮らし、失敗すれば死が待っている。断っても野たれ死ぬだけならやるしかない。この地に生きている人間にこういったチャンスなど滅多に降りては来ないのだから。

しかし、俺たち売人はクスリを売るための組織だ。施設にたどり着いたとしても破壊を行う手段がない。

レオナルドは俺が考えていることに気づいたのか、こう言ってきた。

「これを見て下さい。」

レオナルドはどこから取り出したのか片手に分厚い本をもって来ていた。ページを開くと電子回路のような物と爆薬らしきものが本をくり抜かれて入っていた。

「これは、海外から輸入した医学書に細工をしたものです。闇医者と偽って教団に潜入すれば研究施設の見学位ならまではできるかもしれません。幸いクスリの知識はあるようですし、適任でしょう。」

なるほど、これを研究施設に置いていき、爆破すれば良いわけだ。成功する確率は案外低くは無いのかも知れない。

「私は作戦後、あなた方が報復に合わないよう工作を行います。それと、赤10白...でしたっけ?あなたが店主に教えた暗号の地点に私の部下を送らせました。今頃彼らは作戦を承認している事でしょう。」

「店主の元に届く暗号は組織の耳に必ず入るようになっているんですよ。だから、伝える側の暗号の価値は案外安かったりするんです。あと、生きて帰っても店主を恨まないでやって下さいね。」

こちらの疑問を先取りして返してきた。

「話は終わりです。アンドレア。」

「おう!」

レオナルドが指示するとアンドレアは拘束を解いた。俺は無言で煙草を吐き出しレオナルドを睨みつける。

「作戦は翌日の夜明け前からです。しっかり休息を取って来て下さいね。」

俺は言い返す気力も無くなり、とぼとぼと家の出口まで向かっていた。

ドアから出るとすぐ後ろでばたんという音が聞こえドアが閉まった。


Another view

ヴィスが去ってしばらくした後、レオナルドとアンドレアの二人は町裏路地を歩いていた。

「いいのか?そのまま送り出しても。」

「えぇ。問題はありません。これ以上こちらの手を明かして万が一ぼろが出たら今回の計画は水泡に帰してしまいますからね。」

「ああ。そうだな。教団側に研究施設なんて無いなんて知られたらこっちの拠点にさっきの爆弾持って自爆特攻でもしかねんからなガハハハハハッ‼」

「そうなってしまって構成員が死のうものなら姉様が悲しんでしまいますからね。」

「違いねぇな。」

「そろそろ日が暮れます。家に帰って夕食を取りましょう。今夜はシチューらしいですよ。」

「シチューって旨いけど、俺からすればあんまし食った気になれないぞ。」

「それはあなたが日ごろから暴食気味だからじゃないですか。」

「俺の人生で二番目に大事なことが食事だからな。自制は出来ねぇよ。」

「やれやれ。くれぐれも体を壊さないようにして下さいね。」

そう話しながら二人は町の闇の中へと消えていった....

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