第3話
半ば強引に女に手を取られ店の隅のテーブルに座らされた。
連れていかれる途中で向こうからヌーティが引き留めようとして席を立とうと
していたが、目線を送って止めさせた。
女と席に着くと、店の様子も少しずつにぎやかさを取り戻していった。
客達もここの地で生き抜いて来ただけの事はある。
女は給士にウォッカとステーキを注文した。俺はビールと鶏の骨付きもも肉を
注文することに決めた。
「所でアンタは神様ってのを信じているかい?」
「は?」
「アタシは自分の中に幸運の神がいるってのを信じているのさ。だから、アタシが地獄に落ちるときはその神がアタシを見限ったってことになるわけさ。」
既に酒が回って酔って居るのかもしれないが、女は存在もしていない神について
語り始めていた。
「馬鹿馬鹿しい。もし世の中に神が居るってんなら俺たちはこんな場所で暮らさずに平和な楽園で暮らしているはずだ。」
「楽園、ねぇ....アタシからすれば争いのない場所なんてクソほど面白くないと思うけどねぇ。」
「大体、ここで暮らしておいてよそに行ってももっと暮らしにくくなるだけさ。人を傷つけて生きている奴らにはここが一番の楽園なんだよ。」
知ったような口をききやがって。と言おうとしたがそういえばこの女もヌーティと
同じよそ者であることを思い出した。
この女、いつから居たのかはわからないが時々この土地に姿を見せている。そして、見かける度に誰かと殺し合いをして常に無傷で生還し、
この店に酒を飲みに来ている。どこから来たのか、何者なのか、この女の事は誰も知らない。
「そういえばお前は外から来たんだったな。俺は北方領までしか行った事は無いが、今までどんな所を旅してきたんだ?」
「争いが絶えなかった所は、大体行ってきたよ。でもあまり面白くも無い。どこまで行っても血と硝煙と死の匂いしかしないんだ。」
「でもここは違う。今までとは違った匂いがするんだ。核爆弾なんか比にならないほどの殺戮の匂い......アタシはその正体が知りたいんだ。」
眼をギラギラと輝かせて、そう女が言った。
その正体については少し心あたりがあった。北方領の軍事基地に最新鋭の兵器が
密かに実践投入されようとしているらしい。
そのことについて指しているのだろうと話そうと思ったが思い留まった。
これで女が単身で北方の軍隊を何人か殺す結果になろうものなら警備が強化され、クスリの密輸が出来なくなってしまう恐れがあった。
俺たち売人が使える密輸ルートは南方と北方を隔てる山脈の地下を通る
一本のルートしか存在しないのだ。
以前までは予備ルートが存在していたのだが、組織に上納金が納められなかった時
以来、その上納金の代わりとして、使用権を剥奪されている。
だから安易に教えることが出来ないのだ。しかし、この女に隠し事でもしようものなら今度こそ腕が吹っ飛ぶ気がしてならないのもまた事実。
どうしようかと考えているその時、給士が食事と酒を持ってくるのが見えた。
女もそれに気づいたのか一旦飯にしようかという話になった。
「そんな量食べきれるのか?」
女が食べようとするステーキの量はおよそ1.5kgほど。飢えていなければ一食分食べきれるほどの量ではなかった。
心配する俺の発言に女は答えず、ナイフとフォークを使って淡々と食べ始めた。
一方で俺に出された鶏の骨付きもも肉もなかなか量が多い。
350kgほどの大ぶりの奴が二本、皿の上に乗っている。
一緒に付いてきた紙で骨の部分を包んで肉にかぶりつく。
歯の先から肉汁があふれ出し、口の中全体にその旨味が染み渡る。
量もさることながら、香辛料も聞いていて程よい辛みが引き立っている。
それを口の中で咀嚼し、ビールを流し込み喉の奥にそれを連れて行くと、再び肉を体内へ送り込もうと口が勝手に動いていた。
こちらの食事が終わり、余った紙で口元の周りをふき取る。目の前を見ると向こうは既に食べ終わっていた。
プレートから肉が綺麗さっぱりと消えている。
「もう食べ終わってたのか。早いな。」
「ああ。この食べる早さこそがアタシの強さの秘訣なのさ。」
そういうと女はウォッカの瓶を一気に飲み干した。
「......?」
その女の奥の窓から。男が合図を出している。そのぎこちなさから組織から雇われている乞食だと推測がついた。
そのため、その合図の意味が若干わかりかねたが上納金の催促だということに気づいた。
「悪いが、用事が出来た。もう行かなければならない。」
「おや、酒が回ってきた女を一人で置いていくのかい?」
席を立とうとしたら引き留められた。
「酔いが醒めるまでお前に手を出そうとした男が、今までどんな結末を迎えてきたか俺が知らないわけないだろ。」
「あぁ。だから最近、アタシと飲む相手が中々いなかったのか。」
向こうは原因を今まで理解していなかったようだった。
「気が向いたらまた飲もう。今度は運命を試すだなんてことは止めてくれよ。」
「その点については大丈夫さ。アタシはアンタの中に神を見た。それだけで十分なのさ。」
まだそんなことを言っているのかと内心思い、女と別れを告げ、店を出た。
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